自己紹介


1964年 大阪府豊中市で生まれました。
学生時代まで豊中市に住んでいました。
今も両親が住んでいます。

子供のころはいわゆる肥満児と呼ばれる体格で、したがってスポーツ関連は
まったくの苦手でした。
学生を卒業し、社会人になったときに東京で暮らすことになりました。
なぜか東京の食事があわず、自然とダイエットしたような形となり、
肥満児から標準児へと変身しました。
これをきっかけに、何かスポーツでも始めようかと思ったところ、
同じ職場に会社のバドミントン部の方がいらっしゃいまして、
バドミントン部に入ることになりました。

バドミントンを始めたのは24、5歳のころだったと思います。
それまで運動の経験がなかった私は、いわゆる運動音痴と呼ばれるもので
おもいっきり初心者してました。
練習で身につくものといえば悔しさばかりだったような気がします。

そうこうしているうちに、バドミントンが面白くなり週に1回の練習には
欠かさず参加するようになりました。
そしてそこからバドミントン症候群が発病するまでは
たいした時間は必要ありませんでした。
練習量は週1回から2回、3回、4回と増えていきました。
(それとともに仲間と飲むお酒の回数も増えていきました。)

私が最初にお世話になった会社のサークルは、
サークルとしての全盛期をとっくに過ぎて、
だんだんと人が少なくなっていきました。
そしてとうとう練習に参加するのは私ひとりになってしまいました。

これではいけないと思い、サークルの建て直しを考えました。
サークル名を変え、他のサークルの方に声をかけ、
何とか練習を続けられるように努力しました。

仲間のおかげでそのサークルも普通に練習ができる良いサークルに
なりました。

そして2000年3月に突然の転勤が・・・

長年お世話になった品川を離れ、静岡県沼津市へ行くことになりました。
品川のみなさん、ありがとうございました。
みなさんのおかげで、へたくそだったはしぐちも何とか中級程度には
なれたんじゃないかなと思っています。(自己申告)

今は細々と沼津でバドミントンをしています。
木曜日は夜6時から8時まで沼津厚生年金休暇センターの体育館で、
金曜日は夜6時から10時まで沼津厚生年金休暇センターの体育館で、
土曜日は昼1時から5時まで、富士市のジャトコの体育館で、
仕事の都合が良いときだけ参加しています。

このホームページは、品川でお世話になった方々に
少しでも恩が返せたらと、品川を離れた今も続けております。
品川に限らず、全国で広くバドミントン症候群の患者さんが
発病することを希望しています。
なおこの病気には特効薬どころか完全なる治療法さえ見つかっておりません。

一度発病すると、バドミントンなしでは、
生きていけない体になってしまいます。
みなさまもお体に気をつけて、楽しいバドミントンライフを
お過ごしください。

では

あれ、自己紹介のはずがなんか脱線しているような・・・

とりあえず仕切なおして

名前  はしぐち
性別  ♂
利き腕 右投右打の怪しげなレフティプレーヤー

プレースタイル 
基本的に右利きなもんですから、左腕でハードヒットすることが
苦手です。(謎)
指先は左手のほうが器用だったので、バドミントンは左利きとして
プレーしています。
スマッシュが少なくてレシーブが多いというプレースタイルです。(?)

愛用のラケット
始めたころは何もわからず「軽いラケットを使おう」と、思い込み
KENEXの何とかって言うラケットを使っていましたが、
上にも書いたように、スマッシュが苦手なもんですから、
せめてラケットだけでもと、ハードヒッター用にあこがれたりしました。
(意味不明)

次に使ったのがウィルソンのプロスタッフハンマーとか言うやつで
5〜6本使いました。
そして次にYONEXのCarbonex22を使いました。
やはり5〜6本使いました。

そして沼津に来てからはISO SWINGPOWERのSAを使っています。
今までのとはまったく違う性格のラケットで慣れるまで大変でした。
今使ってるのが3本目かな?

2004年夏に、肺が壊れました。
とりあえず病院で修理してもらいました。

また初心者に戻って一から出直したいともいます。

2004/9/11追記


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