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こしたに
  恩師 越谷達之助先生

 

      初 恋   H20年3月フルートで初恋を演奏しました。(最下段にあります)                  下の結婚式の時のVTRの写真を入れましたので、合わせて
                  「クリック」して初恋の歌をご覧下さい。
                          

      (石川啄木の詩に、学生の時の恩師越谷先生が作曲した曲です)    

            
             石川啄木    

 


 

 


 啄木によせて歌える  から   

    
『初恋』との出会い 

                            
一、小学生の頃の記憶から  

 太平洋戦争中、私は岩手県宮古市という港町に住んでいました。そこにはラサ工業という銅を精錬する軍需工場があり、戦争中なので国民の士気を鼓舞するため歌手などが慰問に来ていました。 たしか昭和十九年頃だと思うがオペラ歌手の「三浦環」という人が来て、童謡や唱歌などを歌いました。
 そして岩手の生んだ天才歌人石川啄木の「初恋」を歌ったそうです。姉の話では、この時三浦環は、戦争中ですので、オペラ「蝶々夫人」のリクエストには、この戦争が終わるまで私は歌いません、と言って歌わなかったそうです。
 私の記憶では、三浦環という歌手が来てきれいな高い声で歌をうたったというかすかな印象くらいでしたが、今年の正月、姉に会って聞いて確かめる事が出来ました。
この時ピアノ伴奏をしていた越谷先生という人と、十数年後に出会うと言うことは勿論わかりません。 これが「初恋」の一回目の出会いです。       


二、「初恋」との出会いの高校生  

 高校生の時、啄木に凝っていた国語の先生がおり、郷土の生んだ代表的な歌人の歌だから皆で覚えなさいと言って石川啄木の歌を次々に教えてくれ、別名啄木節と言って皆喜んで歌ってました。ところが高校三年の時、藤原歌劇団の地方公演が宮古高校の体育館で行われ、その時一緒に来たのが、プリマドンナの長門美保というオペラ歌手でした。
 私も授業をさぼってこの演奏会を聞いたのですが、この時初めて正しい啄木の「初恋」を聞き感動したのが、二回目の出会いです。


三、大学の時の感動的な出会い

 大学四年の時、仲の良い友達が、一般教養科目の必修が一教科足りないので音楽をとるから、お前も付き合いでとれという事で、私も歌が好きなので音楽概論をとることにしました。
 授業に出ると、その時の音楽の先生が、この啄木の「初恋」を作曲した、越谷達之助先生だったのです。音楽だから楽しく、楽なものと思ってとったら何と、コールユーブンゲンやら古典のバッハやヘンデル、そしてオラトリオとかメサイヤに始まり、讃美歌、イタリア歌曲アメリカ民謡など沢山教わりました。
 そして最後には、自分の作曲した石川啄木の歌を数曲教えてくれたのです。ここで初めて、あの「初恋」の作曲者が越谷先生だったという事が分かり、また感動をしました。

  『砂山の砂に 砂にはらばい初恋の いたみを遠く思いいずる日』

 先生の曲には、「初恋、やわらかに柳あおめる、たわむれに、………」等がありますが、その中で一番心に残っていたのが、この「初恋」という歌です。

 ところで、先程の戦争中の話に戻りますが、越谷先生の話によると、先生は戦争中もずっと三浦環の伴奏をして、日本中を回っていたそうです。かつて私が小学生の時、岩手で聞いた三浦環の伴奏をしていたのが恩師の越谷先生だったと知り改めて、人間の出会いの不思議さに驚いております。

      
こずかた
 また   『不来方のお城の草に寝ころびて 空にすわれし十五のこころ』 など
学生の頃友人と帰省した折、盛岡の不来方城趾に上ったことなど思い出します。


四、中学教師になって

 その後、埼玉県草加市の教師になり、担任を持つと私のクラスの生徒たちには、毎日二曲ずつ歌を歌うことにしており、この歌も一年がかりで教える事にしています。そして、この歌がわがクラスの愛唱歌となります。一年間の最後の日には全員で歌って泣きながらお別れをしています。

 同窓会などがあると、私のクラスの卒業生は必ず「先生、初恋を歌いましょう」と言ってくれます。こういう時は、本当に教師になって良かったなあと感じてます。


五、そして、思うこと

 この越谷先生の「初恋」が、生徒と私を結ぶ大きな絆になっております。私が大学へ入学させて頂き、木下先生を初め榊原巖先生など沢山の先生方に多くの事を学ばせて頂きました。しかし、人の出会いの素晴らしさもさることながら、越谷先生の、この「初恋」との出会いも、私の人生にとっての大きな宝物になっております。

 今、私の本箱には、越谷先生から頂いた 歌曲集「啄木によせて歌える」という古めかしい楽譜の本が誇らしげに立ち並んでおります。
 かつて娘も教師になっておりましたが、娘に伴奏をさせて、この歌をうたう事を楽しみにしております。

六、娘の結婚式で

 平成七年、ついに娘は結婚をすることになりました。父親として嬉しいような、寂しいような複雑な気分でした。でも娘が嫁ぐのですから喜んで送り出そうと決心をしました。
 式がちかずいたある日、娘時代の最後の親孝行にと、「私がピアノを弾くからお父さんにフルートをふいてもらう」ということを、母親に言ってきました。 私も喜んでOKをしました。 ところが母親いわく、娘の父親として少しかっこが良すぎるし、あまり上手くもないフルートより、歌にしなさいということで、 娘の伴奏で披露宴の席でこの「初恋」を歌わせて頂きました。
 娘にピアノを習わせたのもこの日のためだったのかと、この感激は生涯忘れられない思い出です。

 これが私の故郷、岩手の歌人「石川啄木の初恋」の歌とともに思い出す歌です。

 

     

  

 

 

  啄木の故郷

 盛岡 不来方城から岩手山を
       

 

 

 不来方城跡で 大学の時の友人 


     啄木の石碑
    

   盛岡を流れる北上川     
   

 

     娘の結婚式で 
    
   
        
( 写真をクリックして下さい
               画像と歌が出ます)
 

 


 

 


  
      
(この楽譜は、学生の時に越谷達之助先生から頂いたものです)

 

 

 


 

 

 我が故郷 岩手の「宮古」です。啄木の故郷と一緒にご覧下さい。

 

 

     

 

    早池峰山、             横山八幡宮、        宮古橋    (閉伊川から見た)

学生時代帰省 閉伊川原で牛の放牧が

 

 

 

 

               

 

 

   煙突山と桜、           小山田八幡様            宮古魚市場

  名勝地浄土ヶ浜    ラサの煙突

 

 

 

 


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  2009.3.29