成功哲学〜幸福への道


成功哲学とは

人生を成功・幸福・喜びに導くための哲学です。
成功哲学の本はかなり読んでいますので、徐々に紹介していきます。
ただし、一般書にあるような「信念を持てば成功する」というつもりはありません。それはその関係の本で読んで下さい。
ここではあくまで哲学のみを扱います。

◆目標を設定しなければ目標にたどりつけない。

◆成功者はいずれも途中であきらめなかった人である。

◆今のあなたを創ったのは、過去のあなたであり、未来のあなたを創るのは今のあなたしかありません。

◆人生を変えようと思ったら、これまでどおりの生活を送っていて変わるはずがありません。

◆成功を願いながら、いつも最悪のケースのことばかり考えている人が世の中には大勢います。そういう人は最悪のケースが起こらないために、精一杯の努力を注ぎ込んでしまうため、最高の結果を生み出せないことがほとんどです。最悪の結果ばかりで頭を満たしていて、最善の結果が生じることはないのではありませんか?

◆幸福の3要素は「家庭・仕事(職場)・家(住んでいる環境)」だと言われます。あなたはこれらに満足していますか・
 満足していないとすれば、それを変えるためにはどうすれば良いか、それぞれ10項目ほど書き出してみて下さい。
 さて、あなたはその10項目のうち、これまでいくつを実行に移しましたか?実行せなば変わらないのは当然です。
 ではこれからそのうちいくつを実行するおつもりですか?

◆世界に光をもたらした、電球を発明したエジソンは、当初の電球のフィラメントの寿命がわずかなので、世界中のあらゆる物質を試そうとしました。そして、やっと日本の京都の竹に行き着いたのは2000回失敗した後です。

◆歴史のパイオニアたちは「前例がない」ということを問題にしませんでした。「前例の最初は誰かが作ったもの。前例がなければ自分が前例となれば済むこと」と考えたのでした。

◆「成功は運」と考えている人には、運が作用します。「成功は努力」と思っている人には努力が作用します。歌手矢沢永吉は「絶対BIGになってやる」という目標を持ち続けていました。中森明菜は何度オーディションに落ちても、合格するまで、自分が歌手となり、観衆の前で歌っている姿を心の中に持ち続けていたのでした。

◆分子の数からして、化学構造式をどうしても思いつかなかった化学者は、ある日、夢の中でヘビが丸くトグロを巻いているのを見て、円形を思いつきました。今では化学常識の構造。環状の構造式を思いついたベンゼンです。

◆今の時代の我々が、後から考えれば何でもないことも、当時は偉大な発想だったのです。たとえば、
ボールペン:汚れた球が道を転がるのをヒントに考案。
クリップ:針金を曲げて遊んでいて考案。
ヤカンの蓋の穴:沸騰するとうるさいので頭にきて穴を開けてみた。

◆成功を夢見ながら、寝ころんで待っているだけでは成功はやってきません。ビルゲイツは寝ころんで成功がやってくるのを待っていましたか?松下幸之助は?本多宗一郎は?そしてあなたの最も知っている成功者は?

◆成功を望んでいるのに、何故か今の生活にしがみついている人がいます。今までの生活の仕方で成功しなかったのであれば、生活を変える必要があるのは明白です。

成功のための準備

目標に達するためには、それなりの準備が必要です。

たとえばあなたの目標がヨーロッパ旅行だとしましょう。
私は「空から航空券が落ちてくる」可能性を否定しません。クイズや福引きに当選するかも知れませんし、抽選に当たったけれどもどうしても都合がつかない、もったいないから誰かいかない?という人もいるでしょう。

ただし、実際にそうなった時、あなたはヨーロッパにすぐに旅立ちできますか?
必要なものは、たとえばパスポート・旅行カバン・案内地図・少しばかりの語学力・いつでもとれる10日間の休暇などです。
どんなに夢描いていても、これらの準備がなければ、運良く航空券がゲットできてもヨーロッパに出かけることはできません。逆に、これらが全部準備されていれば、たまたまあなたの友人が懸賞でツアーにあたって、事情で出かけられないとき、あなたに話が来るのです。
夢を実現するには、常に準備は必要です。

もう一度順番におたずねします。
・あなたはまずパスポートをゲットしていますか?
・旅行カバンがなければ、すぐにレンタルしてくれる業者のメモはありますか?
・実際にどこの国のどこへ行きたい、という希望はありますか?
・現地に立った時、行きたい場所の地図などは持っていますか?
・たとえばフランスでは、英語でなく片言でもフランス語が必要です。
・マドリッドのレストランテで、食べたい物が注文できますか?ロマンチック街道で、道に迷って、地図を指さしながらでも行きたいところまでの道を質問できますか?
・いつでも10日間の休暇がとれるような職場態勢になっていますか?なっていないとすれば、そのための努力は?労働基準法に定める当然の権利の確保なのですが?三六協定や労働組合はどうなっていますか?もしなければ、あなたが組合をつくる努力をしてみたことは?

あなたが偶然、航空券やツアーパッケージが当選することなくても、上記の条件が満たされていれば、抽選に当たったけれども都合が悪くなった人から、あなたが譲られる可能性がグンとアップすることは納得いただけるのではないでしょうか?職場で誰かにヨーロッパ出張の必要が生じた際に、上記の準備ができていれば、あなたが指名される確率がグンとアップするのは明白です。

あなたの目標を実現するためには、単に「ヨーロッパに旅行したい」という夢だけでは、足りないことが納得いただけたことと思います。
身近で、実際に目標達成された方の行動や準備を思い浮かべて下さい。何の準備もせずに目標達成できた知人が存在しますか?

以上は、願望を旅行にたとえたものですが、他の目標もみな同じです。

未来に生きる

過ぎたことはもう変えられません。なのに、人は過去を悔やんでばかりいます。どうにもならないことをあれこれ考えるのは時間の浪費そのものです。
現在のあなたをつくったのは過去のあなたですね?だとすれば、未来のあなたをつくるのは現在のあなたではありませんか?
理想的な未来をつくるためには、理想に向かっての努力が「今」必要なのは納得いかれるのではないでしょうか?
今、闇の中にいるとすれば、そのことを嘆き、悲しんでも闇はなくなりません。しかし、光をもってくれば闇はただちに消えます。
あなたにとっての「光」を追い求めて下さい。

どうしても過去を悔やんでいる人は失敗としてでなく、単なる「経験」として考えてみて下さい。ちょうど、数学の問題の間違えを繰り返すことによって、数学の実力がついたのと同様に。

もう一度、旅の例で考えましょう。旅も順調でないことがたくさんあります。でも旅を嫌いになったりしませんよね?それは、新しい景色を見ることや珍しい生活をかいま見ることや、その土地の食事を食べることが好きだからですよね?人生も同じ。旅だと思えば「あんな失敗もあったな」と笑って語れませんか?失敗を笑えればもう「後悔」とはほど遠くなっていませんか?そしてそれらの経験は「学び」そのものだったのであり、あなたを成長させ、まさに現在のあなたが形成されたのです。

これで少しは気が楽になりませんか?


過去を切り離す

過去に栄光の想い出を抱いている多くの人は、「自分の昔はこうだった」と語ります。
しかし、それは現在のあなたの評価につながりません。
昔の話を聞いた人にはこう思われます。「それがどうした?」

しかし、あなたが現在を語り「こういう夢がある」と言ったとしたらどうでしょう?「そんなのできるわけない」「アホじゃないの」という反応が帰ってくることも多いでしょう。しかしそういう反応を示す人は自分の夢を実現している人ですか?
 夢を実現したことのある人の反応は異なります。「それをどうやってやるの?」「自分に協力できることはない?」

過去は二度と帰りません。過去を懐かしむのは構いませんが、過去を自慢しても何の役にも立ちません。それはあなた自身が現在のあなたを否定しているからに他なりません。現在のあなたが充実した日々を送っているのなら、過去形でなく現在形もしくは未来形で言葉を発するはずだからです。
 過去は既にあなたのものではありません。重要なのは、現在のあなたがなにをどう考え、思い、そして、どんな夢を持っているか、です。過去だけにしがみつくのは、死んでしまったことと同じです。

あなたにお尋ねしましょう。「あなたは今、どんな夢を持っていますか?」「どのように世の中にかかわろうと思っていますか?」

人は、今日1日が最も大切な日であり、今日から明日以降はあなたの希望や夢を実現する日ですが、過去はもうあなたのものではないのです。

 逆に、過去の失敗をいつまでも悔やんでいる人がいます。
過去は「もう二度と存在しない現実」なのです。過去を何とか変えようとしていませんか?過去のことで悩んでいませんか?変えるなら今のことだし、悩むなら未来のことであるべきではありませんか?

 失敗したことのない人間は存在しません。むしろ、過去の失敗があったからこそ、現在のあなたがあるのです。間違えをおかさない人間も存在しません。特に人を傷つけたり、騙したりしたら、通常の人間ならずっと心に引っかかります。では、あなたはどうでしょう?人に騙されたり、嘘をつかれたり、傷つけられたことを、いつまでも覚えているでしょうか?よほど人生に影響を与えるような重大なことでない限り、忘れているでしょう。そして、人を傷つけた、と思っているあなたは、おそらく、逆にあなたを傷つた相手も許していることでしょう。そして、いつまでも、その相手を心の中にとどめていたりしないでしょう。そんな相手のことなんか、考えていても気分が悪いだけですから。あなたが思っているほど、相手は覚えていないものです。それでも相手が覚えていそうなら?「時」が解決してくれるでしょう。人間の記憶は1日ごとに増えていくのですから、あなたが犯した間違いの比率は減っていくことになります。
 「よほど人生に影響がなければ」と書きましたが、もし、どうしても忘れられないイヤな出来事の記憶があるなら、それはあなたのために「放棄」してしまいましょう。ずっとイヤな相手のことを考えているのと、自分や自分の好きな人との未来の事を考えましょう。そして、実は解決法はそれしかないのです。謝って済むならそれに越したことはありませんが、悩むくらいですから、謝れないこと・謝れない相手ですよね?だったら相手も蒸し返したくないことと思えば良いでしょう。

可能性の制限

可能性を制限する言葉の一つに「〜のくせに」というのがあります。
まずは、他人に対する見方で使用されます。
「男のくせに」「女のくせに」
「若いくせに」「年寄りのくせに」
「金持ちのくせに」「貧乏人のくせに」
「大卒のくせに」「中卒のくせに」

実はこの言葉で可能性を狭めるのは自分自身なのです。
「若いくせに」と人を非難すれば年齢のせいで非難されることを肯定することもさることながら、自分の年齢ゆえの限界を自らつくっていることになるのです。

これからはこの言葉をひっくりかえして使用したらいかがでしょう?
「若いくせに」と人を批判するのでなく、「若いのによく〜」などと肯定するのです。
人の可能性を信じる者は、自らの可能性も広げるのです。

もう一つの可能性を否定する言葉群があります。
「格好悪い」「恥ずかしい」「みっともない」「人からどう思われるか」など。
例えば服装を例にとりましょう。人からどう言われようと好きなものを着たら良いのに、「人にどう思われるか」という基準で服装を選択する人がいます。
例えば夏のスーツ・ネクタイ。あれは湿気の少ないヨーロッパの気候だから発達したのであり、蒸し暑い日本の温帯モンスーン気候には、適しません。
本心から着たい、と感じている人は少ないと思います。ましてネクタイなんて何の役にもたたない飾りです。
それなのに着ていて幸福なのでしょうか?
「そうは言っても会社の決まりで・・・」なるほど、やはり幸福のためでなく、我慢しているのですね?賃金のために着たくないものを着て幸福ですか?

まして、肉体労働者が通勤の場合だけネクタイ姿に着替えるというのはどうしてでしょう?自分の仕事に誇りを持っていれば、わざわざホワイト・カラーの服装をする必要がないのでは?
 実は、ここにも幸福のためのポイントがあります。
 自分の仕事が好きなら、人生の大半を占める仕事の時間が幸福だし、賃金のために無理に我慢しているのなら、週2日の休みのために生きているのです。その多くの場合、仕事で疲れた休息のために過ごすのです。つまり、休日さえも仕事のためにあることになります。(せっかくの休日は自分の好きなことをして2日間だけでも幸福ならまだそれだけ自分のための時間なのですが)

そんなことを言っても他に仕事がない?それはよく理解できます。
では考えてみましょう。世の中の職業の数は3万種類と言われています。
その中であなたがやりたい仕事はどれだけありますか?今の仕事が最高なのですか?
今更、仕事を変えたら賃金が大幅に減ってしまう?
そこです!ずっと我慢しながら今の賃金を維持するのと、賃金は半分でも良いからもっと好きな仕事をするのとどちらが幸福になれますか?

ここで言いたいのは、転職すべきだ、ということではありません。以上を踏まえた上で、今の仕事を続けるなら、今の仕事をもっと好きになるべきだ、ということです。
毎日、つまらないコピーをする仕事?ではコピー機を組み立てている人はどうなのですか?
毎日、皿洗いばかり?きれいな皿がなければ最高の料理は盛りつけできません。お客さんの「美味しいね」という喜びはあなたの功績でもあるのです。

毎日、清掃やゴミ拾い?環境にかかわる大切な仕事です。
そして人がいやがる仕事ほどやる価値があるのです。足の不自由な障害者の人が滑って転倒しないように、床を磨けるかどうか、あなた次第です。
個人情報が書かれた書類ゴミを、漏洩しないように処理できるのはあなただけです。そんなところから少しは仕事を好きになれませんか?




成功は自分で決めるもの

たとえば一つの映画が大ヒットしたとします。
主演俳優だけが成功者なのか?そうではありません。シナリオライター・カメラマン・照明係、音声担当、衣装、どのスタッフも成功したのです。

仕事とはそのようなものではないでしょうか?どんな職種でも、それが世の中に必要な仕事で、あなたが選び取った職種で、人々に貢献することができれば成功なのです。

そして人生はまさにあなたが主役の映画なのです。
そして映画と異なるのは、主演のあなたが構想を練り、脚本を書ける、ということです。そのことはどんな映画もかないません。

外を気にしない

道を歩いているだけで腹をたてる人がいます。
・誰がこんなところにゴミを捨てたんだ。
・どうしてこんなに道が混んでいるんだ。
・あんな立派な家に住んでいるヤツはきっと悪いことをしたに違いない。
・あんなにだらしない格好をしているなんて
・あんなことをしてよくも恥ずかしくないものだ
・あんなにセンスの悪い服を着て。
そういったところで、あなたは他の人の行動を変えられません。
それなのにどうして他人を批判するのでしょう?

TVを見ているだけで怒る人がいます。
・どうしてこんな事件が起こるんだ。
・こんなにつまらない番組なんて
・あんなヤツはTVに出るべきでない。

そういったことは、通常はあなたには変えられません。
あなたは楽しんだり、情報を得たりするためにTVを見ているのでなく、怒るために見るのですか?そしてそれは幸福ですか?

特に好きな格好をしている人をあなたのセンスと異なるという理由で批判したり、贅沢な生活をしている人に腹をたてるのは最悪です。それはあなた自身がそういう立場に立つことはない、と自らの可能性を否定してしまっているのです。

日常の幸福感はあなたの「思い」から始まります。
見ることをに腹をたてる暇があるくらいなら、外界のことを何も考えずに自分のためのことを考えた方がずっと良い気分になれるのではありませんか?そしてそれが最も手っ取り早く幸福感を味わえるのではありませんか?
自分と価値観が異なることに腹をたてる習慣は放棄しましょう。

幸福感

車はベンツでなければ我慢できない人がいるかと思うと、小さなバイクをやっと手に入れて喜びいっぱいの人がいます。
高給をとっていて安定した生活でもまだ満足できない人がいる一方、やっと就職先が見つかった、と安心する人がいます。
今の現状で満足できればそれが幸福であるし、上をずっと求めていれば不幸・不平不満のままです。
不足しているものを数えるより、今あるものを数えてみませんか?

ここで「貧乏」を定義してみましょう。
「貧乏=必要なものが満たされていない」ということにしてみます。
車がなくても家がなくても「いつでもこんな美味しいラーメンが食べられるのは幸せだ」「好きな人と一緒に暮らせるのは最上の幸福」「好きな音楽をいつでも聴ける」「3着の中で好きな物を着られる」と満たされた気持ちが持てる人は貧乏ではありません。
 逆に1億円の貯金があっても「ランボルギーニだけでは、不満足」「もっと大きな家や金を欲しい」「ダイヤモンドの指輪がまだ揃っていない」と思っている人は、いつでも満たされていませんので不幸です。

たとえ、100億円の貯蓄があったとしても、「もったいないから」と使わずに、貧しい食事と節約を続けているのは、100億円がないのと同じです。
反対に、10万円しかなくても、「10万もあるのだから、半分は自分を喜ばせるため・楽しみのために遣い、残りの半分は、第三世界の貧しい子どもたちに、と例えばユニセフに送るという人は最高に豊かなのではないでしょうか?(ユニセフのHPからクレジットカードでも募金ができます。もちろん通常の口座送金での募金もできます)
http://www.unicef.or.jp/
1度、ダイヤルQ2方式でTELをするだけで貧しい国の子どもたちがワクチンの予防接種を受けられます。(¥300)ネットからならもっと簡単。
http://www.jcv-jp.org/
無料で募金できるサイトも紹介しておきます。
http://www.dff.jp/
1クリックで1円しか募金できませんが、大勢が簡単なクリック操作をすれば塵ももつもれば・・・・

裕福を定義するとすれば「人に分け与える物を持っている人」ではないでしょうか?そして、上記のワクチンの例は、わずかな行動さえすれば、10人の命を救える、というものです。

あなたが今持っている本も家具も地位も家族も、あなたがこれまでに自身の幸福のために獲得してきたものです。今所有しているものは、全部あなたのものです。それらがあなたを幸福にしてくれるのではありませんか?

そしてあなたの所有しているもので最も大切なのは、心です。心だけはあなたが自由に作り替えることができるのです。今の生活で幸福を見つけることができる心に作り替えることができるのです。

幸福は離れたところにあると思っていればずっとやってきません。しかし、今の生活の中に幸福があると思えば、あなたは今幸福なのです。
今のあなたの心をつくったのはあなた自身です。ですから、つくりかえるのもあなた自身でできるのです。

自分を好きになる

好きな人と一緒に暮らせたら幸福です。
では、自分が自分を好きだったら最高に幸福ではないでしょうか?
あなたは自分が世界で一番好きですか?
嫌いだとしたら、その要素は何でしょう?
あなたは世界中にたった一人しかない個性の持ち主です。
他人と比較する必要はありません。
Aさんは自分より、○○が優れている、とか、Bさんは△△ができるけれども自分にはできない、などと欠点を数えていて劣等感にひたっていては、幸福な感情は生じません。
ベートーベンは音楽の才能を花開かせましたが、スポーツ選手になれたでしょうか?アインシュタインが「文学大賞」に応募して、入選したと思えるでしょうか?誰にでもその人の生きる道があります。重要なのは自分らしく生きるということであり、自分であり続けるということです。
他人の価値観で生きていたら自分を生きているとは言えません。

あなたは幸福になるために生きているのではありませんか?
あなたにはあなたの幸福があるのではありませんか?
それに向かって邁進すれば、他の人の批判などは跳ね返せるのではありませんか?
あなたが幸福でないとすれば、自分らしく生きているかどうか、まず疑ってみてください。

次に、自分に優しくしてあげてください。
もし、あなたに好きな人がいれば、その人のために何かをしてあげたり、何かをプレゼントしてあげたりしたいでしょう。
あなたは自分の喜びのために、毎日何かをすることができます。お金がかかることだとしても、金額の許す範囲で自分にプレゼントすることができます。最近、自分に何かプレゼントをあげましたか?
「将来のためにムダ遣いをしない」ように努力して、今を犠牲にしていませんか?「将来のために今は我慢する」というのは合理的に聞こえます。でも”浪費”でない程度に、自分を幸福にするため、というお金の使い方は、「今」も必要なのではないですか?
不確定な”将来のため”とずっと心配していたら、あなたが幸福になれるのはいつのことでしょう?「将来のことはわからないけど、とりあえず今は幸福」という状態をつくるために、ちょっと貯金を使って、一つでも自分がほしいものを自分にプレゼントしてみませんか?
実際にあなたの周囲にあるものは、あなたが自分のためにゲットしたものです。その中で一番すてきなものをゲットした時のことを思い出してください。あなたはそれをゲットした時に「浪費してしまった」と後悔していますか?それとも、喜びいっぱいでしたか?

以上述べた、お金のかかることは一つの例にすぎません。
自分の喜びのために、あなたはピアノが弾けるようになりたいですか?であれば練習しましょう。
外国語が話せるようになりたいですか?
「なりたい」と思っているだけでは話せるようになりません。
簡単な目標をつくりましょう。毎日10個ずつ単語を覚えましょう。1年後には3650の単語を覚えられます。とりあえず、それだけ覚えていれば、日常会話は概ねできるようになると思いませんか?
温泉に行きたいですか?であれば、行きましょうよ。忙しいのは理由になりません。ネットで検索すれば自宅からわずかの時間で行ける温泉がみつけられます。

”将来”というのは不明です。
でもあなたは「今」のためなら行動をすることができますし、ささやかでも自分の幸福のために明確な行動を起こすことは可能です。

マイナス感情を捨てる

あなたの心配事は何ですか?
もし、心配しても結果は変わらないのでしたら、心配してもどうにもなりません。これから起こることの良い結果、悪い結果を考慮し、最善を尽くすのは間違っていません。しかし、最悪の結果ばかりを考えるのは明らかに間違っています。
中には、もう過ぎてしまっったことまで、心配(=後悔)する人がいます。どうして後悔する必要があるでしょう?そんなことを考える暇があったら、これからの未来を少しでも明るくする努力をした方が良いのではありませんか?同じ悩むなら、恋人や家族や友人をどうやって喜ばせるか悩んだ方がはるかに良いのではありませんか?

●恨みや悪口を放棄しましょう。
自分を苦しめた人、傷つけた人にずっと恨みをもっている人がいます。その人の悪口を言い続ける人がいます。
それで状況が良くなったことはあるでしょうか?
ひょっとしたらあなた自身も他の人を傷つけたことがあるかも知れません。
あなたはそれに気づきましたか?鮮明に覚えていますか?
加害者は被害者の1/10さえも覚えていないものです。
同様に、あなたを傷つけた本人は覚えていない、あるいはあなたが辛い思いをしたことに気づいてさえいないことがほとんどです。

そんなことを考えるより、それらをうち消すほどの、これからの良い出会いを作ったり、計画した方が良いのではありませんか?

あなたを苦しめた相手を、あなたの脳裏にずっと置いておきたいですか?ずっと覚えていたいですか?違いますね。それは忘れて、もっとずっと良いこと、−−−希望や夢や可能性で思考を満たした方が良いではありませんか?

それでも忘れることができなければ、その人を許してしまいましょう。
あんなヤツ、絶対許せない?
ではまず自分を許すことから始めてみましょう?

先に書いた「後悔する」ということは、過去の自分を責めることです。
過去の時点では、あなたはそれを最良の選択だと信じて行動したのではありませんか?
自分を許してやることを試みて下さい。ずっと気が楽になります。
あなたの過去の間違いについては「時効」を設定する必要があります。
刑法の規定では、逮捕されなければおおむね10年で時効、そして服役しても10年で消滅時効(前科が消える)、軽い罪ならもっと少ないです。
もちろんこれは犯罪のことです。
そしてあなたの過去の行為は逮捕されるほど悪いことでしたか?

そして自分を幸福にしないことこそ、あなたにとって最大の犯罪ではありませんか?
自分を幸福にしてあげることを優先して下さい。

これは「自分勝手」とは違います。誰もが実行できる方法で「まず自分が幸福になる」ことを示すことによって、他の人にも幸福になる方法を伝えることができるのです。


●妬みを放棄しましょう。
豪華な邸宅を見て「どうせ悪いことをして稼いだに違いない」と、妬む人がいます。そんな人は自分が豪邸に住むことを否定しているのです。

そこのまだ見ぬ住人に向かってささやきましょう。「素敵な家を持ててすばらしい。自分もいつかこんな家に住む。」そのためにはどうしたら良いか、を考える方がずっと楽しくありませんか?

建設的な怒り


別に「正当な怒り」というものは存在します。
世界の平和を脅かすような発言や存在には怒って当然です。
ただし、建設的な方向から見る場合です。
繰り返しますが、世界の平和を脅かす存在や、弱い人々の幸福を踏みにじる発言は、間違っていますが、それらを批判するだけでは何も生まれません。あたなが世界の平和や差別撤退のためにどうあるべきか、と意見と行動を伴っている場合です。こられは未来創造のための建設的・積極的なエネルギーを持った怒りだからです。

「世界」という規模で大きすぎるなら、もっと小さくしてみましょう。
あなたを虐げたり、幸福を脅かす存在を許すということは、あなた自身がそれを認めることになります。ですからそれらは受け入れるべきではありません。ガンジーのように、あるいはM・L・キングのように、「真実は必ず勝利する」という確信を持って抵抗すべきです。
その結果はご存じのとおり、勝利をつかみとりました。

ここで、キング牧師の「I have a dream」を読んでみましょうか。
(英文・日本語文が参照できます)
http://dreamer1.hp.infoseek.co.jp/dream.html

あなたの”DREAM”は何ですか?


さて、話を戻しましょう。
かつて、あなたを苦しめた人、いじめた人、怒鳴りつけた人、罵声を浴びせた人など、いたかも知れませんが、それらはみな気の毒な人です。
なぜならそういう人たちは、そのような行動をとってあなたより優位な姿勢をみさなければ自分が維持できなかったのです。幸福でないが故に、人を悲しませたり、おとしめたりして「自分の方がましだ」と思いたかったのです。
本当に強い人は暴力をふるいません。本当に自分の考えに自信がある人は人におしつけたりしません。本当のお金持ちは人を騙して金を巻き上げたりしません。
あなたは幼児が同じことをあなたにしようとしたら本気で怒りますか?
同様に、あなたに上記のような行動をとった人は実際の年齢はどうあれ、精神的にとても幼いのです。他人に迷惑をかけずに自分の力で幸福になる能力がないのです。だから、本当に気の毒な人たちです。それでもあなたは怒りを維持し続けますか?

そんな甘いものではない、という声もきこえます。ニューヨークの9/11テロ、地下鉄サリン事件などの被害者やその家族。怒るな、という方が無理な場合もあるでしょう。否定はしません。でも、怒っているだけでなく「二度とこのような悲劇が起きないためにはどうすれば」と、積極的な考えは持つことができませんか?そう願っています。

幸福を数える

あなたはかつて、200000000個の中の最も優秀なたった一つだけ選び抜かれた精子でした。

あなたがこのディスプレイを読んでいることは、あなたにこの文章を読む能力と環境があることを意味しています。
1、インターネット環境どころでなく、パソコンを買う費用・時間のゆとりがない人が世界人口の2/3、存在しています。
2、文盲の人が世界に10億人います。
3、全財産と引き替えても視力が欲しい、という視覚障害者がいます。
 
 あなたは、読みたい本を読み、必要な時に探したいサイトを検索することができます。

 あなたは、春の咲き乱れる桜、夏の真っ青な海、秋のまばゆい紅葉、冬の純白な雪景色といった大自然の財産である自然美を見ることができます。これは誰にも盗まれず、誰とでも分かち合って楽しむことができるのです。

ここで、あなたが今のままでどれほど幸福なのか、「もし世界が100人の村だったら」という文章を紹介しておきましょう。
http://homepage3.nifty.com/yeonso/kankoku/siryou.htm
前半はハングルが出てきますが、後半に日本語拙訳を載せてありますので、読んでみて下さい。

>あなたの部屋を見渡して下さい。
以前は欲しかったものが、今はあなたの部屋にいくつもあります。
あなたの洋服はあなたがその色を気に入ってゲットしたものです。
そしてパソコンを持っているあなたは、おそらくいつでも好きな音楽を聞くことのできるプレーヤーを持っているし、いつでも好きな番組を見られるテレビもあるし、眠いときにいつでも寝られる布団やベッドがある。いつでも美味しいラーメン店に行くこともできるし、書店で好きな本を買う(あるいは図書館で好きな本を借りる)ことができるし、話したい相手にいつでも電話をかけられる環境がある。
部屋に好きな写真や花を飾ることもできるし、好きなメニュー(食事)を作るキッチンもある。
「今日のすばらしかったこと」や「自分の理想」「世界でたった一つの自分だけの創作小説」を書き留めるノートもあるし、気に入った景色を記録するカメラもある。

 これらはあなたの財産です。
 あなたは今、”恵まれている”と思いませんか?

たとえばあなたはいつでも水道の水を好きなだけ飲むことができる。
世界には、生きるために、2km先の泥水しか出ない井戸水を、重い瓶を背負って汲みに行かねばならない場所がたくさんあります。
眠る場所もなく、好きなときにしかも、布団の上で寝られない人が多く存在します。
収入のために仕事をしたくても、”仕事そのもの”がない国がたくさんあります。そういった国では生きるために生きている状態です。

 あなたは「自分は恵まれている」と思えませんか?

 現在の状況を「自分は幸せだ」と肯定できること、これが幸福ではありませんか?
 不足のものを数えている習慣のままなら、あなたはいつも満ち足りないままです。そんな習慣は放棄し、すでに持っているものを数えて、それに感謝することができるなら、それだけで幸福を感じることが多くなるのではないでしょうか?

あなたがあなたにしてあげられること

 あなたはこの宇宙から必要とされたので生まれてきました。
 あなたは、人生を、そしてこの宇宙を楽しみ、幸福になるために生まれてきました。「生まれてきた目的なんて・・・」とおっしゃる方も、少なくとも今生きているのは、今より幸福になれると思っているから生きているのに違いありませんね。
 「そう思い通りにいかない」と言われるかも知れません。ではその思い通りにならないのは、あなたの人生のどれくらいですか?50%?それとも80%?よろしい。では残りの50%や20%はあなたの思いのままですね?それはあなたの努力次第で自由に変えられるのですね?ではその自由にできる部分で最大限の努力をしていますか?
 たとえばダイエットをしたい、禁煙したい、知識を増やしたい、など、他の人に関わりなく自分だけの努力で自由に変えられるものは、最大限の努力を惜しむことなく100%の努力をして変えましょう。
 意志が弱くて・・・というあきらめはNGです。本当に達成したければ、それはあなた次第なのですから。

 あなたが宇宙から必要とされて生まれてきたのは、宇宙に貢献するためでもあります。まず誰かの役にたつことをしましょう。誰かに喜ばれることをしてみましょう。
 誰をって?思いつかなければまずは最も身近な人、つまりあなた自身を幸福にしてあげてください。過去に、人を喜ばせようと思ってした行為で、相手の反応にガッカリした事はありませんか?あなたと他の人は異なるのですから当然です。しかし、あなたが一番欲しいもの、望んでいるものはあなた自身が最も知っているはず。あなたを最も幸福にできるのもあなたです。
 そんな身近な存在を幸福にできなければ誰も幸福にすることなどできません。これは自分勝手とは違います。まず一人を幸福にする練習だと思って下さい。そして実はあなたが幸福になれば他の人にもお裾分けをできるのです。
 たとえばお金持ちになれば、お金に困った人を救うこともできるし、社会に役立つことに寄付することもできます。パーティを開いて喜ばせることもできます。 知識が増えれば、知識のない人に役立てることができます。健康になれば体を使って他の人のために動き回ることができます。欲しいものを手にいれれば、他の人はそれを模範とすることができるのです。逆に、あなたが不幸になって、誰かが幸福になる、ということがありません。

「自分には幸福になる価値がない」という場合もあるかも知れません。
それでは過去の自分を許し、自分に幸福の許可を与えることから始めましょう。これも他の人を許す練習だと思って下さい。過去にあなたを傷つけた人をどう許しますか?どんなにひどいことをしても、通常は本気で謝ってきたら許すのではありませんか?あなたも同様に許されるべきです。
 「汝を愛するように隣人を愛せ」ということばが聖書にあります。今はその逆を実行に移すときです。「人を許すように自分を許せ」
 あなたは幸福になる義務があるのです。

 あなたは愛する人のためなら何でもできる、と思った経験があるでしょう。愛する人には世界一幸福になって欲しいと思ったことでしょう。ではあなた自身についてはどうでしょう?世界で最も愛する自分を幸福にしてあげるために全力を尽くしたらどうですか?
例えばたまには、「自分に何かをプレゼントしてみる」というのはいかがでしょう?本当は”たまに”でなくて、”毎日”が良いのですが。
それにはお金がかかりすぎる?プレゼントというのがお金のかかることだけを指しているとすれば、あなたは幸福よりお金に比重を置いています。

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海の近くであれば、何の目的もなく、ただ、海をずっと眺めてゆったりした時間を過ごすのも一つのプレゼントだし、景色の良いところへ行って沈む夕日をじっと眺めているのも素敵なことだと思いませんか?
出かけられなければ、例えば、あなたの部屋がずっと散らかしっぱなしだったら、掃除してきれいな部屋をあなた自身にプレゼントすれば良いし、自分にラブレターを書いてみる、なんていうのも最高のプレゼントだと思いませんか?

そんなことをしたって、一時の気休め、という声が聞こえてきそうです。
「今までだって大して良いことはなかった。Aもないし、Bもない・・・」というあなたには特にお伝えしたいことがあります。
今まで良いことがなかった分、これから幸せになる権利があるのではありませんか?
生まれたときから裕福な家で何不自由なく健康に育ち、大人になってからもそれなりに満足できる生活を送っている、という人も多そうです。
そういう人と比して、あなたはずっと堪え、我慢して生きてきた?
だったら、マイナスの生活は十分に経験したのだから、もう幸せになっても良いのではありませんか?今度はあなたが幸せになる番ではありませんか?
考えてみて下さい。実際にあなたに「世界一幸福になってほしい」と思っている人が存在します。思いつかない?でも、あなたが生まれた時からあなたを見守っている守護天使(守護霊でも「大いなる存在」でも神でも、呼び方は問わないので何でもあなたが信じるもので構いません)は、本当にそう願っているのです。そのためにあなたはこれまで守護天使から生かされているのですから。
そんなものは信じられない?ではこう言い換えましょう。ここまで僕の文章を読んで下さった大切な読者のあなたには、「世界で2番目に幸福になる」ことを僕は本当に願っています。(どうして2番目かの説明は要らないと思いますが1番は僕です(笑)でも人口を考えれば、世界で1億番目に幸福になる、というのもすごいことだと思いませんか?
あなたには本当に幸福になって欲しいと思っています。

人生を楽しむ

人生は楽しむことが大切です。
あなたはゲームや対戦型スポーツをするときに、負けたらどうしよう、と不安を抱きながらやりますか?ゲーム中にそんなことを考えていたら、ほとんど負けます。料理をするときに、「失敗したらどうしよう」と考えながらやっていたらうまくいくものもダメになってしまいます。旅行の計画をたてる時に交通機関がストップしたらどうしよう、と心配しますか?
 ゲームをするときには勝つことに集中すれば良いのです。料理をする時には最高の味を出すためにベストを尽くすのみです。
 どうして人生を同じように考えられないでのしょう。失敗したらやり直せば良いではありませんか。失敗する可能性もあるからこそ成功する可能性もある。尻込みしていてはゲームは成立しないのと同様に、人生も成立しないのです。そして上記の例では、もし失敗したらその原因を検討し、次に同じ失敗をしないようにするだけのことです。人生も同様に考えられませんか?
 そしてそれこそ、成功の秘訣なのです。良い結果のことだけを見据えてひたすら突き進むこと。
 それでももし失敗したら?スポーツゲームや料理の”負け”は学習の場、人生の失敗も一つの学習、と軽く考えてはいかがでしょう。

あなたは「成功」するにふさわしいか?

 巷の「成功法則」本は「実現すると信じれば実現する」といっています。「自分が成功した姿に焦点を合わせて念じる」とも言っています。
 これは成功した人にとっては真実です。たとえば「絶対に試験に合格する」と信じられなければ、勉強にも身が入らないので実力はつかないし、受験さえしないかも知れません。「高級住宅に住む」ことが信じられなければ、それなりの努力さえしないので、当然手に入りません。
 つまり、多くの「成功法則」本は一部しか語っていないのです。

 たとえば、ある人が「自動車運転免許が欲しい」という願望があるとしましょう。どんなに「私は運転免許を持っている」と繰り返して唱えても自分が「車を運転している」ことをイメージに描いてもそれだけでは足りないのは明白です。運転免許が欲しければ教習所の費用を用意して、教習所に通わなければなりません。(教習所に通わず、試験場で一発試験というのもありますが、未公認の教習所費用くらいは必要でしょう。)
 
 これまでの成功法則本に書いていないことが多かったのはこの点です。先に例に掲げた「試験に合格する」という願望は、”信じる・イメージする”他にそれなりに勉強する、ということが必要なのです。そして、「自分は覚えが悪いから人の2倍勉強する」「何年かかっても合格する」という人は、実際にやがて合格するのです。

 試験の合格以外の例を考えましょう。たとえば「理想的な異性と一緒に暮らす」という夢がある人がいたとします。家で寝ころんで「イメージ」「信じる」だけでは足りなさそうです。そういう異性が集まる場所に出かけるとか、恋人紹介会社に登録するとか、最近はインターネットで恋人募集ができますので、そういうものを利用する努力は機会のために必要です。

 そしてそういう出会いに必要なのが「信じる」ことです。「そういう所に出かけたり、登録すれば、ふさわしい相手に出逢える」と思わなければ、何も行動しませんよね?
 もう一つ「信念の魔術」の記述に欠けているのが、「自分がそれにふさわしいか?」という自覚を持てるかどうかです。「自分はそんなに理想的な異性と一緒に暮らすのにふさわしいのか?」と疑うようではまだ足りません。

 たとえば宝くじで高額当選の人が「こんなに当たって、何か悪いことでも起きるのでは」と心配することです。そういうのを「ふわさしくない」と言います。

 理想の異性に話を戻しましょう。あなたは「最高のつれあいを持つにふさわしい」ですか?学校や職場で最高の成績を取りたければ「最高の成績にふさわしい努力」をしていますか?

 「流れ星に願いをかけると実現する。」というのは本当のようです。意味は「いつ出るかわからない流れ星が現れる瞬間でさえも、自分の願望・目標をずっと抱いている」ような人が成功する、ということです。


誰のために生きるのか

「こんな格好をしたら、恥ずかしい」
「こんな発言をしたら、みんなからどう思われるだろう」
「こんな生き方で世間からどう言われるか」
と、自分のやりたいことより、他の人がどう思うか、を優先する人がいます。
あなたの生活の基準は他の人の価値観が基準なのですか?それとも自分の好みですか?
それでもしも他の人(という不特定多数の共通意見は存在しないのだけれど)に納得いくように過ごしたとして、あなたは満足ですか?
極端な例では「高価な食材だから」「高級レストランだから」というだけで、本当はあまり美味しく感じないのにその気になったりします。
本当に食べて満足できるのは、他の人の評価ではなく、自分の味覚です。
カップラーメンなんて本当のラーメンではない、レトルトカレーなんて・・・と言う人が多いでしょう。でも自分が本当に好きなら素直にそう思えば良いのです。

あなたが大切にしたい、と思って振る舞うことを批判する人は、その人自身も他人の価値観で生活している人です。


しかし、本当に成功している人や真に幸福に生きている人は、先の例で言えばこう反応します。
「多くの人があんな服装を好んでいる。それで一儲けできないか」
「あの意見で学ぶべきことは?自分に参考になることは?」
「あの生き方を示して周囲をどう変えていけるだろう?」

大切にしたい相手との人間関係では
「嫌われないようにするには?」ではなく
「どうすれば相手を喜ばせることができるか」を考え、
落ち込んだ時には「どうしてこうなったのだろう」ではなく
「失敗を繰り返さないために次は何を努力するか」と考えます。

2種類の人たちへ

よくドラマや書籍などでこういう言い方がなされます。
「この世には2種類の人間しかいない。」その後がいろいろあるのですが
「勝つ奴と負けるヤツ」
「人に奉仕させる側と奉仕する側」
「資本家と労働者」
「成功するか失敗するか」
「騙すヤツと騙されるヤツ」
「諦めるか成功を手に入れるまで努力するか」
そうして、2種類の中で自分はこちらを選んだ、というのがお決まりのパターンです。
こういった即物的な論理はどこかおかしい、という感想をここまで読んで下さったみなさんはお持ちではありませんか?
AかBかという二元性でなく、それらの中間的な立場も世の中にはたくさん存在しますし、「勝つヤツと負けるヤツ」でなく、「最初からそういう勝負には興味を持たない」という人もいるはずです。

でもそれら2元性の判断の中で、ここの文章を続けるなら
「この世には2種類の人間が存在する。幸福な人と不幸な人。あなたはそのどちらになるか」ということになります。あなたは「自分は幸福な側になる」と決心したことがありますか?

さて、ここで話題を本筋に戻します。
この世には確かに2種類の人間が存在します。
「”生まれ変わり・輪廻転生”を信じる人と信じない人」

まず「転生」など信じない、という方にお聞きします。
●たった、一度の人生なのに、どうしてもっと最大限に人生を楽しまないのですか?
●できるだけ多くの国に友達を作って遊びに行くと楽しいと思いませんか?
●どうして欲しいものを我慢するのですか?
●もっと楽しめそうなものがあれば、どうしてすぐにやってみないのですか?
●どうしてイヤな仕事を我慢して続けているのですか?
喰うため?ならばたった一度の人生をその維持のために生きているのですか?あなたの人生は生物学的生存のために費やすのですか?

 あなたの物理的な体は、死ねば、炭素と酸素と水素とわずかの微量元素に戻ります。たった一度の人生を最大限に楽しみましょうよ!約4500000000年の地球の歴史の中で、あなたが地球上に存在できるのは今の80年。地球の歴史からみれば一瞬で、ないに等しい。だったら好きなことを毎日精一杯やりましょう。明日からは楽しいことだけやりましょう。(ただし、犯罪はNGです。たった、一度の人生を刑務所内で過ごすのは、人生の最大のムダ遣いです−−捕まらなかったとしても、逃亡だけで、あるいはその心配だけが大きな比重を占めるようなら今の人生を楽しんだことになりません)
それ以外ならいくらでもOK。
好きな所に住みましょう(例えば海の近くが好きならどうして今すぐ海の見えるところに住まないのですか?--1ヶ月の家賃が1万という海に面した漁村の家屋が存在します)
行ってみたいところがあるなら、すぐに旅立ちましょう。
(職場がある?そうかも知れません。でも大切なのは職場とあなた自身のやりたいことと、どちらですか?職場は実は、あなたがいなくても成り立つ場合が99%です。−−−でも、好きなことをやるための生計を維持するための職場、という考えは否定できません。そして、労働基準法の年休の規定も否定できません。あなたが今の職場に就いて6ヶ月以上経過しているなら10日/年の有給休暇の権利があります。−−−組合もなくそれができない職場??−−−権力国家には珍しく「労働基準監督署」というものがあります。労働者の味方なのです。使用者の「労働基準法違反」を取り締まる官庁です。そこに訴えましょう。−−−でもそんなことをしたらその後が怖い?あなたは心まで使用者の人生観で生きているのですか?それとも・・・?

生まれ変わりを信じる方々へ

●転生を信じる方々へ
輪廻転生は仏教でも、原初キリスト教でも当たり前、だからそれらからどのように「解脱」「救済」をするかがメインでした。
ここは宗教の教理を扱う場でなく、成功哲学のみを主題にしますので、宗教の教理は問題にしません。(とりあえず、「神」「仏」としますが、大いなる存在・無限の英知・ハイアーセルフ・守護天使(守護霊)などあなたが信じているものに読み替えて下さい)

さて、あなたが転生を繰り返しているのは何のためでしょう?

●より、神・仏近づくためではありませんか?
神・仏になった存在は不幸だったのでしょうか?最大の幸福を得ていたはずです。

●神・仏はあなたが不幸になることを望んでいるのでしょうか?幸福を望んでいるのでしょうか?
●あなたの今生の目的が「修行」だとして、神・仏はその修行を楽しみながらすることを望んでいるのか、苦しみながらすることを望んでいるのか、どちらでしょう?
●あなたが転生を繰り返しているのは、今生の「課題」をクリアーして次世に進むためではありませんか?
楽しみながらクリアーしても苦しみなが解決しても同じなら楽しみましょうよ。例えば学校卒業後に初めての職場に行った時のように。初めて訪れた場所の旅行のように。
つまり「学ぶことが多いけれども、学ぶほど自分が成長し、苦しくなんかはない」という状況です。今の人生に置き換えたらいかがですか?

そして、人生はまさに「旅」そのものです。
あなたは旅は好きですか?どうして?新しい景色やいろいろな人とふれ合い、これまでに経験していないことが経験できるからではありませんか?
通常の「旅」は楽しめるのだから、人生という旅ももっと楽しみませんか?

キャパシティを広げる(知識を広げる・趣味を増やす)

例えば、趣味が全くない人と、読書・音楽・サーフィン・スキー・旅行・カメラ・映画など多彩な趣味を持つ人と比べてどちらが幸福に暮らしているか、説明の必要はないと思います。後者はそれぞれを楽しむことができるのです。だから趣味を増やしませんか?
これも人まねをする必要はありません。自分が前からやりたい、と思っていたけれども、これまで手をつけずに過ごしてきてしまったものをやってみるのです。
筆者の例を出せば、囲碁を知っている分、囲碁を知らない人より日曜日の昼に放送される囲碁番組が楽しみです。片言の韓国語だけ知っているので、韓国旅行や韓国映画を、韓国語を知らない人より数倍楽しめます。

趣味に限りません。道ばたに咲いている草花の名前を100種類ほど覚えるだけで、道歩きが楽しくなると思いませんか?草花に興味がなくて、建築に興味があれば、1冊本を読む程度で各建築物に目がいって何の知識がないより楽しめます。

これらは「努力」の必要はありません。楽しみながら、ちょっとずつ、前からやりたかったこと、知りたかったことを受け入れるだけで、良いのです。そんな好きなこと・やりたかった事が書いてある本を、これをきっかけに1冊買ってきませんか?

そしてさらに役立つのが自分のキャパシティを広げることです。
今まで許せなかったことを、許すとまでいかなくても理解する。
実は多くの犯罪的な行為や残虐な行為は「無知」から来ているのです。例えば幼い子どもがおかしなことを言ったり、間違ったことをしても、あなたは教え促すとか、まだ幼いから仕方ない、と思うでしょう。なぜでしょう?それはまだ成長していなくてものを知らないか、経験していないからですね?
犯罪を犯す人は、被害者の苦しみに対して無知だから行うのです。家族を殺された苦しみは被害者しか知ることができません。植民地の苦しみは支配国には分かりません。これらを本当に知らしめるためには、実際にその体験をさせるのが最短の方法ですが、基本的には無知、あるいは被害者の心情を理解する、ということができないのです。理解する能力がとても低いのです。
あなたは殺人を犯すことができますか?物理的にはもちろんできるでしょう。ここで、刑法の規定も・罰もないとしましょう。相手が自分の人生の中で最も自分を苦しめた相手だとしましょう。それでもあなたはできないのではないでしょうか?
この文章をここまで読んでくださるような感性の持ち主であるあなたには、問題の解決は人を殺すことによってでは行えない、ということを知っていて、しかも、被害者の家族の心情を想像するまで成長しているので、物理的にできても人間的にできないのです。大切なことは人間性、だという意識があるからです。
だからあなた自身が苦しまないためには、自分のキャパシティを大きくすることが役立つのです。

キャパシティを狭める

前節と逆になりますが、ある部分ではキャパシティを狭めることはあなたの幸福に直結します。

例えば、大食漢と胃袋の小さな人、どちらが満腹感を味わえますか?
車はリンカーンと1800ccの普通車のどちらが日本の道で走りやすいですか?

年収500億の人はたぶん、欲しいものがなにもなくなっているか、使い道に困っているでしょう。それは幸福なのでしょうか?
生活に困らない程度で、必要なもの以外に、少しの欲しいものが買える程度の適度な収入のある人は、その物をゲットした後より、「次はどれにしようか」と悩んでいる時が最も楽しいのではないでしょうか?
そして、欲しいものがほとんどない人は、大金持ちと同じで「欲しいものがない」状態です。(しかし、これは第一の例に掲げた大金持ちとは幸福感が根本的に異なります。物を増やすことに幸福感を求めないからです。)

仮に寿命があと1年、と決まっている100億円の財産がある老人がいたとします。「財産全部とあなたの寿命と交換してほしい」ということが可能だとしたらあなたは、今の肉体と、交換した老人の肉体のどちらを選びますか?

そして実際にそんな癌宣告を受けた大金持ちの老人が大勢いるのは容易に想像できます。
あなたはより幸福の方、つまり今のあなた自身を選びましたね?あなたはそんな大金持ちの老人より幸福なのです。

悪魔がこうささやいたとします。「お前の足1本と100億円を交換しよう。1万坪の邸宅もつける。足がなくなったことによる身の回りの世話をする者も3人つける」
100億あれば欲しいものはほぼ手に入りますが、あなたはたぶん現状を選ぶでしょう。
健康こそ何にも代え難い財産なのです。


※これを読んでいる、病気に苦しむお年寄りの方、及び足の不自由な方へ
 このような例を引き合いに出して申し訳ありません。健常者が自分のおかれている環境はとても幸福な状態なのだよ、という例を掲げるためであり、他意はありません。日本政府の「障害」者に対する政策、同じ人間なのだ、という市民の意識は遅れていると思っています。

自分に言い訳をしない

自分の不満足な状態・やりたいことをできない状態に対して一所懸命に言い訳をしたり、考えたりする人がいます。「金がない」「時間がない」「自分は頭が悪いから」「誰々のせいだ」「理解してもらえない」挙げ句の果てが「自信がない」「経験がない」

しかし言い訳をしても、現状は何も変わりません。むしろ、言い訳は現状を肯定してしまうものです。

まず言い訳を2種類に分けて検討してみましょう。

1つは外的要素、もう1つは内的要素です。
外的要素というのは他人だったり制度だったり物理的な要因のものです。これらは、身近なものならあなたにも変えられる部分があるかも知れません。であれば、言い訳をしているヒマに変える努力をしてみましょう。(できる範囲で良いのです。)
しかし、自分からの距離が遠くなるほど、大きくなるほど、ほとんど変えられません。だったら言い訳をしてもムダです。

次の内的要素はあなた自身です。
努力する必要があることもあります。でも人間は楽をしたいとどうしても思いがちです。だから努力をせずに済めば、それに越したことはない、というのは筆者も怠慢な部分があるので理解できます。
 そして、最も幸福感に関わるのは実は努力が必要ない部分なのです。

それは「感じ方」「受け止め方」です。
簡単に言えば、夏を、「蒸し暑くてイヤだ」と思うか、「プールや蝉時雨を楽しめ、冷たい飲み物が美味しい季節」と思えるか、のようなものです。
もっと厳しい状況を想定しても、例えばリストラされた時に、絶望するか、「次にもっと良い仕事が見つかる可能性を得られた」と思うかです。
絶望が極端になれば自殺まで考えます。しかし、プラス思考であれば、次の職が見つかるまであきらめずに探し続けるでしょう。

このポイントは「目標」です。次の目標があれば、それに向かって進んで行けます。逆に目標がなければ、ただ生物学的に生きているだけ、ということになります。
車を運転していても、行き先が決まっていなければ動けないか、同じところをうろついているだけです。つまり人生においても目標がなければ現状維持しかないのは当然です。

あなたの目標は何ですか?
明日の目標、今月の目標、今年の目標・・・・そして一生の目標、
もっていなければ、この機会に考えてみて下さい。





過去を書き換える

あなたはこれまであなたを傷つけた人を未だに恨んでいますか?
過去の辛かったことはいつまでも覚えていますよね?

あなたは「今まで幸せでしたか?」と訊かれたら、あなたは上記のようなことを思い出すかも知れません
そして「今、幸せですか?」と訊かれても、「今」でなく「過去」のいやなことを思い出したりしていませんか?この場合の「過去」というのは10分前までのこととしましょう。たしかに10分前は既に過去となり、二度と戻ってこないのですから。
もう一度、お尋ねします。「今、幸せですか?」
自分の自由意志でパソコンの前でこの文章を読んでいるのですから、誰にも拘束されずに好きなことをしているのですよね?
「今、幸福か?」と訊かれたら、幸福なのではないですか?

過去はすべて記憶の中だけにしか存在しません。そして、「今」と訊かれているのに過去を思い出して、自分を評価してしまうようなら、次の作業が必要です。

次の事項を書き出して下さい。
(どうして書かねばならないのか−−−あなたは宝石を100こ持っていたらそのリストを作りませんか?宝石くらいでは作らない?では不動産を500件持っていたら、その記録をするでしょう?以下のものはあなたの大切な財産だから記録してみるのです。

1)あなたの好きな音楽を10曲書いて下さい。
 (もちろん10曲以上なら何曲でも構いません。−−以下同様)

2)あなたの好きな料理−−美味しいと思うもの−−を10種類書いて下さい。

3)あなたの好きな映画を10以上書いて下さい。映画をあまりみなければ好きなTV番組でも構いません。

4)あなたの好きな本を10冊以上紹介して下さい。マンガでも構いません。

5)あなたの好きな場所−−旅行先でもどこかのお店でも、公園などでも構いません。

6)あなたの好きな人を10人以上、書いて下さい。恋人でも友人でも家族でも、逢ったことのないスターでも構いません。

7)あなたが持っているものでお気に入りのものを10以上書いて下さい。

8)あなたがやっておもしろかったことを10書いて下さい。

9)あなたが家族や友人や知人からしてもらって「ありがたい」と思ったことを10以上書いて下さい。

10)あなたのしたいこと、行きたいところ、逢いたい人、やってみたいこと、など、何でも良いですから10書いて下さい。

さて、それぞれに10以上書いた後、考えてみて下さい。
今のあなたを形成しているのは上記(1)〜(9)の90以上の事柄であり、それらはあなたの大切な財産(記憶・事柄)なのではありませんか?
つまり、あなたはこれまでに90以上の宝を手に(記憶に)入れているのです。

そして最後の10番目はあなたが持っている「希望・夢」という、これも大切な宝物です。
つまり、今のあなたは100個ものすばらしい宝を抱えながら生きているのです。

そしてできれば、ここまで読んで下さったあなたには、あなたのお気にいりリストのどこかにこのHPか僕を入れてもらえれば、嬉しいです。このHPをここまで読んで下さった方は実際に僕の大切な友達です。メールいただければ、僕もあなたの名前を「お気に入り」リストに加えます。

もう一度、リストを眺めてみましょう。あなたの人生は実に壮観ではありませんか?
そんなリストの中に特定の恨みや悲しみの記憶があったら邪魔です。リストから破棄してしまいましょう。

他人の力で幸福が得られるか

僕のniftyのアドレスはMXF01***なのですが、最近、この記号か番号をたぶん1文字違いで間違えて自分のアドレスと思っている人のために、全く覚えのないメールが届くことがあります。おそらくは危ない出会い系サイト経由なのですが、その中で気の毒な女性がいました。

最初のメールは「一晩5万円を払いますからつき合って下さい」という40代の女性からのものでした。もちろん返信しませんでしたが、そのままにしておいたら「5万円では足りませんか。必要な金額を言って下さい」とあり、次には「うたがっているようですが、このとおり、お金はありますよ」と札束の写真が送られてきたのです。合計5通のメールにも無視していたらあきらめたようですが。


この人は本当に寂しかったのでしょう。でも満たされないからお金で何とか解決しようとしている。しかし、通常の男性はプライドがありますから、そんな誘いにのることはほとんどない。

この人は何と気の毒なのだろう、と思いました。
もしもお金で男が買えたとして決して満たされることはないでしょう。

顔写真も送られてきたのですが、なかなかの美人。
「お金を払う」などと言わずに、「一人で寂しいので、ボーイフレンドを募集しています」とでも、もっと健全な出会いサイトに登録すれば、かなりの反応があったと思うくらいの容姿です。

お金があるがゆえ、お金の力で幸福になろうと考えて、いつまでも満たされない例でした。


おそらく同じサイト経由から別のメールもきました。
「29歳主婦。夫が浮気をしていてあまり家に帰ってこないで寂しい。私も仕返しに浮気をしたい」というものでした。
実はこの時は「間違いメールです」と知らせたのですが、
「昼も夜も一人で寂しいので相手をして下さい」と返事が帰ってきました。
「それなら、パートに出て人と接するとか、習い事をして時間を有効に使うとかすれば良いのでは?」と返信しました。すると「私のことを嫌いなんですか」という内容の返信がきました。
この人が、根本的に欠けているのは、夫の浮気の原因を考え、それに対する解決策を模索する、ということです。

上記二人の女性の例から学ぶべきことがあります。
幸福を他人に委ねていることです。
そして本当に求めているのは性欲を満たす相手でなくて、「愛」そのものなのに、それに気づいていません。それに気づくまでは、二人とも幸福になれません。

上記の例は極端なので分かりやすいですが、実は私たちも、多かれ少なかれ、彼女らと同じ要素を持ち合わせているようです。自分の幸福を他人次第、としている部分もあるような気もします。

ともあれ、この機会にそういった危ないサイトをいくつか覗いてみました。
昼下がりの何とか、SM専門、浮気専用・・・実に多彩です。セフレ・SFというのが「セックスフレンド」の略、と解読するまでしばらく時間がかかりました。
どんな関係であろうと互いが納得しているのなら、とやかくいうつもりはありません。しかし、それは互いに独身の場合のみです。浮気・不倫の場合は心の隅に罪悪感が伴いますから、本当の幸福感は得られないでしょう。なぜなら「この人を夫(妻)とし、死が二人を裂くまで愛する」と自ら誓ったことを破るのですから。たとえ配偶者にバレなかったとしても、自分が浮気を肯定している限り、相手の浮気も当然に疑うことになるのでいつまでも平穏は得られません。

一部移行のお知らせ

この文章の中に「守護天使」などの文章を含めていましたが、ここは「成功哲学を扱う」と最初に断ったことに鑑み、スピリチュアルな部分は別の文章に移行しました。お読みいただける方は、このページの「スピリチュアルに生きる」をご覧下さい。
(ここと比べると文章が少ないですが、これから徐々に書き加えます)

自分をいじめていませんか?

人のことをばかにしたり、騙したりしてはいけない、というのは当然のことです。しかし、どうして自分のことはいじめるのでしょう?
例えば「お前は最低だ」「恥さらし」などと人に言われて、傷つきます。でも、それは相手の間違いだったり誤解だったりして、自分さえ気にしなければ傷つきません。
ところが、人は自分に対しては「どうせ自分は取り柄のないダメな人間なんだ」「どうしてあんなにバカなことをしたんだ」「自分は幸せになれない」なんて平気で言ってしまいます。
同じことを人に言われて、あなたの味方がそばにいたら絶対に「どうしてそんなにひどいことを言うのか?」と怒るはずです。(そしてあなたは自身の味方のはずなのではありませんか?)
ここがポイントなのですが、人から同じことを言われても、自分が受け入れなければ傷つきませんが、自分で自分を責めるということは100%受け入れていることになるのです。つまり自分ではそのつもりがなくても、その言葉で完全に自分を傷つけているのです。

そんな言葉を自分に対しているのはそろそろやめにして、「頑張ったね」「明日はきっと良いことがあるよ」などと励ましたらいかがでしょう?
世間の価値観に惑わされることなく、自分の行動や性格を、冷静に分析してみて下さい。
あなたは常にそうすることが自分にとって一番良いと選択して行動したり、自分の今の性格が実は一番好きだから今のあなたの性格になったのではありませんか?
例えば「消極的」という言葉に対して「積極的」の方が優れているかのように一般に思われます。しかし「消極的」という言葉を「慎重」「冷静」「思慮深い」などという言葉で言い換えてみてはいかがでしょう?
「我慢強い」が本当に良いことかどうか?「自然体」「無理な行動をしない」「自分に素直」と表現したらどうでしょう?
そして、事実、あなたの全く同じ性格や考え方の人間はこの世に一人もいないのです。あなたはこの世の中で代え難い存在なのです。
だから、本当に幸福そうに暮らしている人と同様に、あなたも幸福になる資格があるのです。いや、幸福にならなければならないのです。
あなたを幸福にしてあげられるのはあなただけです。
そういう視点で自身を見て、自分の味方になり、自分自身を愛してあげて下さい。
たまには散歩(自分とデート)するというのはいかが?


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