|
意見陳述書 屋嘉比ふみ子 2005年11月16日
大阪高等裁判所 第3民事部 御中
一.私は被告会社で25年間働いてきました。そして入社2年後の83年から今日まで22年間、シングルマザーとして暮らし、2人の子どもを育てました。
合理化を理由に被告会社から指名解雇通告を受けたのは、私がシングルになって半年後の84年2月のことでした、私はひとりで解雇撤回闘争を闘い、会社は白紙撤回しました。その後2年間にわたる仕事の干し上げ、様々な嫌がらせ、強制配転など、私を自主退職に追い込むための攻撃は数年にわたって続きました。でも私はなにがあってもめげませんでした。
会社は私を86年6月に現在所属の建設部に強制配転しました。私が河合部長から引き継いだ業務は検収・積算業務でしたが、建設部には私に指導教育できる人はいませんでした。検収・積算は単価適用基準や単価表に精通するだけではなく、工事仕様書に基づく実際の工事内容を十分に把握していなければできない仕事です。現に他社では監督の仕事と位置づけられ、被告会社でも建設部以外では管理職か監督が担当しています。
しかし当時から被告会社の建設部では、監督は検収・積算業務に一度も携わったことがありませんでした。私は初めての職務を全て自力で学習しました。
配転当時は、まだ下の子どもが小学校に入学したばかりでしたが、私は連日残業をこなし、単価適用基準のみならず監督や工事士が活用する工事仕様書を自宅に持ち帰って学習しました。女性であるわたしには決して手渡されない監督職や工事士の資格試験の問題集も手に入れて勉強しました。また私は、建設部に所属した直後から工事現場に何度も足を運び、工事士や監督の職務を見てきました。
そして大阪ガス主催の月一度の検収会議には、配転当初から参加してきましたが、私は一年くらいで他の工事会社の管理職と対等に討論できるまでに知識を深めました。
被告会社では、建設部の管理職であった河合氏をはじめ監督職や工事士の誰もが、完全に私に仕事を任せざるを得ない状況でした。「難しいことは屋嘉比さんに聞くように」というのが、被告会社に40年も在籍した取締役建設部長河合氏の口癖でした。
ひとりで磨いたスキルは、誰も奪うことはできません。毎年のように単価適用基準や検収・積算の方法は変遷しました。また工事会社各社に競争させてコストダウンを図るという大阪ガス独特の利潤追求の施策は年々強化されました。その都度私は一人で対応し、研究し、被告会社の利益を重視し、評価を上げ、工事士の配分に落ち度や不平等が生じないようにと、あらゆることに配慮しながら仕事を遂行しました。
建設部の仕事は最も利益率が高く、被告会社の屋台骨でした。その建設部で20年間も、検収・積算という被告会社の利益に直結する重責を負った職務が、私ひとりの手に一任されてきたのです。
二.この裁判の中でとりわけ被告が拘泥したのは、建設部で「入札工事の総額やカット率を誰が判断してきたのか」という点でした。被告会社は準備書面の中で「一介の事務職員に過ぎない原告が、そのような判断をしているはずがない」と、私の職務内容を事実に反して貶めてきました。しかし被告会社が、河合部長が判断している、あるいは役員が判断しているというのであれば、河合部長や役員が、入札工事の総額やカット率の判断の具体的なプロセスを証言できたはずです。しかし一審での河合部長の証言では、部長が検収・積算の実態をまった知らないと言うことが浮き彫りになっただけでした。そして控訴審でも被告会社は、入札工事の総額やカット率の判断のプロセスについて、また入札工事を受けるのかどうかの判断について、証人を誰一人として立てることができませんでした。
この裁判の中で、入札工事の総額やカット率の判断のプロセスを語ることができたのは私だけです。また「入札工事を受けるかどうか」の判断において重要な「施工体制、工期、環境」の3つの要件について証言しえたのも、私だけでした。
三.私は職員組合でも長年にわたって男女差別による賃金格差是正を課題にしてきましたが、職員組合では終に総意にならず、やむなく私は94年からおんな労働組合で団交を始めました。そのために私は職員組合の大会にかけられ、職員組合を追放されました。しかしそれを知った建設部の工事士たち数人が「屋嘉比さん、心配しなくていいよ。僕らはいつでも屋嘉比さんの味方だからね」と声をかけてくれました。
また提訴した翌年には、監督職自らが私の職務を高く評価する連名の陳述書を書証(甲18号証)として提出してくれています。私が比較対象にしてきた監督職の佐野氏自身が、私に対する不当な処遇に異議ありとして、他の監督に積極的に呼びかけてくれたのです。
私は、不当解雇によって断ち切られた人間関係を回復するために10年掛け、自分の職務のスキルを磨き、会社に貢献するために最大限尽力してきました。工事士や監督の職務を理解するために、猛暑の中も、雪の日も現場に赴き、仲間として苦労を共にしてきました。私が尽くした誠意と仕事の重さ、その事実を認めてくれたからこそ、工事士や監督たちも私の職務の価値を正当に評価してくれたのだと思います。
四.戦後の民主主義教育を受けてきた私は、憲法に則って、誰もが基本的人権を行使し、人として尊重されることが、当たり前の生き方と信じてきました。
私がこの裁判にかけた願いは、普遍的な課題として全国の女性たちの共通の思いになっています。雇用形態を問わず、私と同じように男性と同等、またはそれ以上の仕事をこなし、懸命に自己研鑽を積み上げながら企業に貢献してきた女性は数知れません。にもかかわらず女性であるというだけの低賃金は、女性の人格そのものを否定し、人間としての尊厳を踏みにじるものです。
私はこの裁判の支援を訴えていく中で、日本だけでなく世界的な運動の潮流を日々感じ、数知れない人たちに背中を押されながら、大きな展望を持って生きてきました。誰もが誇りを持って働きつづけることができる職場環境の整備と、性別や雇用形態を問わず、あらゆる労働者に対して、仕事の価値によって同等な処遇を保障する「均等待遇」を実現することは、日本の社会が最も緊急に取り組むべき課題だと思います。
性に中立で公正な評価による賃金差別の是正を実現するためにも、また真のジェンダー平等を誇れるような社会を確立するためにも、貴裁判所の見識高い英断を心から期待しています。
京ガス裁判 和解報告 裁判概要 2005年12月8日
1、裁判の経過
京ガス事件は1998年4月、京都地裁に提訴し、2001年9月20日に原告勝利判決が出された。一審では、職種が異なる男性との差額賃金1,393万円(1990年4月から11年間分)、慰謝料500万円、弁護士費用180万円の計2,073万円の損害賠償を求めていた。一審判決は、「原告と男性監督職の各職務を、知識・技能、責任、精神的な負担と疲労度を比較項目として検討すれば、その各職務の価値に差はない。労基法4条違反で違法、女性差別である」との内容で、「職務の価値」という言葉を使って原告を勝たせた。この判決は「同一価値労働同一賃金原則の観点から」と題する、昭和女子大学・森ます美教授の『鑑定意見書』を証拠の筆頭に挙げ、同一価値労働同一賃金原則を実質的に認めた画期的なものだった。損害額としては、8割5分(560万円)しか認められなかったが、被告に対して慰謝料と弁護士費用を含めて総額670万円の支払いを命じた。その後4年間、大阪高裁で控訴審を争ってきたが、05年11月16日に結審した。
2、裁判の争点
事務職の原告は、提訴当初から職種が異なる監督職男性を比較対象にして「職務の価値」に焦点を当てILO 100号条約の「同一価値労働同一賃金原則」の運用を主張してきた。被告は、「職種の違いによる賃金差は合理的」と主張し続けたが、文書提出命令により賃金台帳が開示され、事務職の男性とも賃金格差が存在することが明らかになると、原告入社以前から「事務限定・事務非限定」の男女別コース制度で処遇してきたと主張を変えた。
一審ではわずか2年間で6回の証拠調べを長時間の集中審理で行い、原告は職務の価値に重点を置いて立証を展開した。控訴審でも、被告が拘泥していた「入札に関する判断は一体誰がやってきたのか」という点に焦点をあてて立証した。
そして控訴審で原告側は、賃金台帳が提出された1990年4月から2005年3月までの基本給だけに限定した差額1,583万円と慰謝料500万円、弁護士費用180万円の総額2,260万円を求めていた。
3、和解解決
2005年12月8日、高裁において実質的な勝利和解で終結した。
和解の内容は、以下の通りである。
- 被告は原告に対して、解決金として金800万円を平成17年12月末日までに支払う。
- 原告は、その余の請求を放棄する。
- 訴訟費用は、各自の負担とする。
和解にあたって、裁判官は一審判決をベースに会社を説得し、一審判決での認容額670万円に遅延損害金を加算した金800万円を和解案として提示した。原告としては、控訴審で明快な判決が出されなかったことは残念であるが、今回の和解は、一審の勝利判決を基準とした解決であり、勝利和解と考える。
原告としては、一審判決が実質的に認めた同一価値労働同一賃金原則を、わが国において普及し、雇用形態や性別による賃金差別を是正するために、今後さらに運動を広げていく所存である。
2005.12.8
原 告 屋嘉比 ふみ子
代理人 弁護士 宮 地 光 子
同 雪 田 樹 理
同 乗 井 弥 生
連絡先 女性共同法律事務所 掾@06-6947-1201
きりの会総会 和解勝利報告 2005年12月10日
12月10日、きりの会総会は、勝利判決の前に立ちはだかった司法の壁を前に、苦渋の選択を原告の屋嘉比さんと共に勇断され、一審判決の光を守った弁護団の悲痛な報告から始まりました。弁護団、屋嘉比さんの心にしみるお話のあと、会場は京ガスでの25年の屋嘉比さんの苦闘と一人一人の人生と重なった勝利和解ありがとう、おめでとうのエールで満たされて、屋嘉比優子さんが共に世界を変えていきましょうと締めくくられました。
*このページでは、宮地弁護士の「和解をどのように評価するのか」の部分だけを掲載します。都合上、特集のすべてを掲載出来ませんが、本当に中身の濃い内容で、沢山の方に読んでいただきたいと思います。(手前味噌で、すみません。)ぜひ、機関誌をご覧ください。
弁護団から
宮地光子弁護士
【和解をどのように評価するのか】
最後に和解をどのように評価するのかですが、とにかく一審判決を守ったという最低の弁護団の使命を果たしたと思います。ただ、裁判で女性たちがたくさんの思いを込めて闘ってきたのに司法はこのざまという、苦しい苦しい思いをして、住友電工の高裁和解でこの思いがかき消されたと思っていましたがそれは幻想だったのかなということをまず思いました。司法の限界を弁護士がどういう思いでいるのかということですが、大きくふたつに分けてあると思うんですね。まず同一価値労働同一賃金原則に対するものすごい冷淡さ、この原則を定めた条約を批准しても法律はない。おそらくこの冷淡さというのは最高裁では、98年の労働事件担当裁判官による協議結果でおろしておりますので今更当たり前やんということでしょうけど、改めて日本の裁判が
何に基づいて行われるのかということを問いたいと思うんですね
98年10月に最高裁の統轄のもとに行われた労働事件担当裁判官による協議結果として「実定法上、同一労働同一賃金の原則を定めた規定も見当たらないことから正社員とそれ以外の臨時労働者との賃金格差も、公序良俗に反する場合でない限り有効。正社員と臨時労働者との賃金格差は、勤続年数、労働内容、労働時間に差異がないことに加えて、採用時の基準や提供すべき労務に対する要求水準、使用者側からの期待度などにおいて差異がないといった極めて例外的な場合であって・・」と、そこまで女性差別を撤回させるなということなのかと、改めて思います。男女別コース制の容認も結局法律がないことに帰着するのですね。男女別コース別裁判の判決を見てみますと判決が出ているのは改正均等法以降のみの違法です。まず基本的な問題点としては、事実認定がきわめてずさんです。京ガスなんか限定・非限定を根拠付ける制度が一切ない、むしろ、制度がないという根拠はあります。ところが制度がなくても、世の中男女別で動いてるんだと、裁判官の思い込みがあるんですね。それから男女別コース制を事実認定としておいた場合、評価の問題点ですね、旧均等法下に於いて憲法14条はあっても男女別採用・配置・昇進は努力義務違反に過ぎなかった。だから違法でなかったというんですね。均等法ができたから憲法14条はあってもそれは、違法でなくなった、いわんや均等法施行前は合法だと、こういう論法ですよね。判決が全部出ているのは、改正均等法で禁止規定になってやっと違法を認めだした。憲法とか、条約とかは、裁判所の判断基準になっていない。その根底には多くの企業が当たり前
のこととしてやってきた男女別コース制を違法とするのは法的安定性を欠くという裁判所の極めて現実重視の考え方があると思います。
それから裁判官はコースの違い、職種の限定・非限定、労働条件・労働実態の差、こういう差があるというといともたやすく差別を否定してしまう。それは今の均等法で間接差別禁止が明記されていないことが裁判官の頭の中にある。ですから、私たちは法律が不十分であってもそこは憲法に依拠し条約に依拠し司法に挑みたいと思ってきた。その思いというのがすべてこの実定法というものの枠の中に矮小化されて判断されてしまっているということです。これからの課題ですが、均等法ができる以前に裁判所は女性の定年差別とか解雇とかいわゆる若年定年制結婚定年制などを法律がなくても裁判所が違法として積み上げてきた。そのことが改正均等法で募集・採用・配置・昇進の差別禁止が努力義務だったけれども定年差別での解雇は禁止規定になったとよくいわれたのです。だから判例が法律を作ったとよくいわれる、まさに私たちはそういう司法を願って均等法改正のために諦めずにがんばろうと取組んできた。ところが今の司法の時代は、裁判官の頭の中はほんとに不十分な実定法をその枠の中でしか判断しないという判決ばかりが積み重なってきた。判決で法律を変えてきた時代から法律で裁判を変えなければならない時代になったのかと思います。今の均等法改正で間接差別が大きな争点になっていますが、こういう実態を前にすると判決で新しい物を積み上げていくことを前提にした法
律改正は極めて大きな疑問があると言わざるを得ない。だけど今現実に厚生労働省が素案として出しているのはごくわずかの部分だけ間接差別を規定してそれ以外は司法の判断に委ねます、そういうものです。現実はそういう司法ではないということを悲しいけれども見ないといけないと思います。
|