●大河「北条時宗」


史上最低のNHK大河ドラマと名高かった「北条時宗」
放送が終了し、一刻も早く忘れたい視聴者に抗うがごとく、ここで突っ込みを入れたいと思う。

まずは捏造問題を絡めつつ人物批評から。

●北条時宗
ご存知8代執権。
北条家があまりいいイメージを持たれていない中で彼だけは別格。
元を2度も退け、その直後に病死するのは後世から見ればまさに「救世主」。
大河でかえってイメージダウンしてないか不安(笑)

●北条時輔
時頼の長男にして、時宗の兄。大河ではもう一人の主役。
ご存知のとおりニ月騒動、元寇前に時宗に滅ぼされ死亡。生きてるんじゃねーよ(ぁ)
ちなみにその後、彼の息子が「時利」なんて名前で生きてるけどそれすらも架空。
「時朝」ってのが居るけどこれは一体・・・

●北条時頼
時輔・時宗の父。5代執権。
3代執権、泰時の嫡男時氏が早くに亡くなったため、時氏の嫡男で時頼の兄経時が4代執権に。
しかし経時もすぐに亡くなってしまい時頼が5代執権になる。
この時代、まだ得宗専制政治は確立していないが時頼の治世は優れたものだったと言う。
毒殺の可能性も高いと思われるものの、史実の上では病死。

●北条長時
北条の中でも名門とされる極楽時流祖、重時の嫡男。
極楽寺流は得宗に継ぐ家柄で六波羅や連署の重職を務める。
時頼が疫病にかかり時宗の代理として6代執権に。
その後時頼が回復した為、大河同様実権は時頼が握っていたらしい。
時頼の死後、疫病で死亡。間違っても八郎なんぞに暗殺されることはない(笑)
とは言え、死期が死期だけに実際には何があったのか・・・

●北条義宗
長時の嫡男。重時に始まる北条の名門極楽寺流。
なのに長時と言い時茂と言い、こんなお笑い俳優を起用したんだか。
実際に武芸に優れ、二月騒動で時輔を討ったのも彼。
大河では安達と頼綱の板挟みにあい、苦悩して自害だったが、
史実では六波羅から鎌倉に戻った直後、病死。ここはドラマの方が泣けたかも・・・。

●北条義政
兄長時、時茂の死去により北条の中でも重職を務める。
極楽寺流がお笑い系キャスティングの中、比較的まとも、と言うか地味。

●北条宗政
時宗の弟。母親も同じ。
弘安の役後、鎌倉に帰ることなく病死。大河の様に残兵に刺されたりはしません。
そもそも日本軍は命からがら上陸してきた蒙古軍を皆殺しにしたそうな。
大河では前半と後半で扱いが全然違う。後半の大活躍ぶりは目を見張るものが。
ところが、同じように活躍していたはずのもう一人の弟、宗頼は出番無し。
酷い話である。

●北条顕時
父実時同様、知略に優れる。大河では前半の呑んだくれぶりでイメージダウン(ぁ
時宗政権の重鎮となるが、霜月騒動で安達についたため頼綱によって流罪にされる。
頼綱粛清後は貞時政権下でふたたび活躍。
ちなみに神奈川県「金沢文庫」はこの金沢流に由来する。

●北条政村
7代執権で、時宗時代の連署も務める。
かつて執権を争い敗れたことがあり、7代執権就任に舞ったと言う逸話があり。
北条家にしては珍しく長寿だったが、元寇を前に死去。

●安達泰盛
有力御家人。大河ドラマで描かれていた通り、時頼の時代から幕府の中枢を担う。
実際にも実直な武人であり、それゆえ対立もしばしばあったらしい。
仲でも平頼綱とは犬猿の仲なのは言うまでもなく、時宗の死後、霜月騒動にまで発展して敗れる。

●北条貞時
時宗の嫡男。実際、時宗の子供は彼しか居なかったようだ。
時宗が若くして亡くなったためわずか14歳で執権に就任。実権は平頼綱が握る。
頼綱政権は「恐怖政治」として恐れられたが、成人した貞時はこれを粛清。
北条得宗として政治を行う。「永仁の徳政令」を施行のも彼。
貞時もそうだが、何故か執権職に就くと若くして亡くなってしまうのか・・・

●謝国明・佐志房
彼らは実在の人物(桐子は違う)。
でも、ちゃんと史実通りに亡くなってくれ(笑)

●平頼綱
大河では出生不明の者として扱われているが、れっきとした高家身分の出身で、
父・平盛綱は源平合戦の平資盛の子であり、平家の出。
大河では盛綱の養子ということになっていた。
でも、あのキャラクターは捨てがたい・・・(笑)

続いて複雑な北条家の系図。
数字は執権の順序。
これによって少しでも理解が深まれば幸い・・・と言うか書いている本人さえよく分かってない(ぉぃ



北条時政(1)−北条宗時         
        −北条義時(2)−北条泰時(3)−北条時氏−北条経時(4)
                             −北条時頼(5)−北条時輔− 北条時朝
                                  −北条時宗(8)−北条貞時(9)−北条高時(14)
                                  −北条宗政−北条師時(10)
                                  −北条宗頼
   (名越流)−北条朝時 −北条時章   
 (極楽寺流)−北条重時 −北条長時 −北条義宗−北条久時−北条守時(16)
            −北条時茂
            −北条義政
        −北条政村(7)−北条時村  
  (金沢流)−北条実泰 −北条実時 −北条顕時    
あまりにも複雑なので大幅に簡略化。
って言うか「時」のつく奴多過ぎ。調べていくうちに被ってるのもちらほら・・・(笑)




最後に本編より「北条時宗」最終話への突っ込み。
最終話だけでもこれだけあるのだ。いやはや・・・

「時宗殿は政(まつりごと)から退いたのでございます」

−時宗が死ぬのは弘安の役から3年後。しかも生涯執権でした。

「死ぬ時はあわてずおそれず」

−ドラマの中ですら、死の直前に時輔に泣きつく時宗(ぁ

時宗「わしの遺言と思うて2人手を携えて鎌倉を守ると誓うてくれぬか?」
泰盛「分かり申した時宗どの」
頼綱「それがしも泰盛殿に従うこと、お誓い致します」

−時宗の死後、霜月騒動で頼綱は泰盛を滅ぼす。ついでに北条顕時も流罪に。
−逆に見れば時宗が居たからこそ、この2人はバランスを持ってたと言うか・・・

「父が言い残すことは一つじゃ。人を殺すな。誰も殺すな」

−嫡男貞時に向けて。約10年後、9代執権として成長した貞時は頼綱を滅ぼす(爆

最終話、最大の見所はやっぱり頼綱絶叫でしょう(ぉぃ

まとめるとやっぱり脚本家と赤マフラーがダメダメだったからだろうなぁ・・・。
元彌ちゃんは結構がんばってたし。
関係無いけど、『時宗』は総じて子役が良かった。
時宗の子役が高時で出てきたときの驚きといったら・・・。
でも高時の何処が「利発そう」なんだか(笑)




○突っ込みどころもデータも甘いですな(ぅぁ)でも僕への突っ込みはご容赦を(ぁぁ





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