サイト名: へちま苑   制作者: 葦村午之助  
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トトリのアトリエあらすじ小説
冒険者の朝
   〜南方大平原探索
ミミ登場

■■1 素人冒険者

 ――七月一日。
 アーランド共和国南部の漁村アランヤ村。
 高台にある一軒の民家。
 白壁、朱色スレート葺きはほかと同じだが、側面のこぢんまりした建て増しの上に大きな煙突がある。
 建て増しの扉口には、釜に白い花を添えた吊り下げ看板。錬金術士のアトリエである。
 煙突は、釜を使う錬金術工房には必需品。
 その工房の中、トトリは不完全な地図を眺めながら、冒険者ギルドで受付嬢のクーデリアに言われたことを思い出していた。
『そうね、あなた、せっかく冒険者になったんだし。アランヤ村周辺の地図作りもだけど、覚えておいてほしい仕事があるの。今すぐじゃなくていいから』

 こう言った。
『アーランド南方大平原の地図をつなげてほしいのよ』

 ――黄金平原、埋もれた遺跡。
 アランヤ村側〈自然庭園〉とアーランド側〈旧街道〉の間に横たわる地域だ。ここの地図が、まだつながっていない。
 それを探索し、つなげてほしい、という。

 ■錬金術と錬金術士

 錬金術士トトゥーリア・ヘルモルトが冒険者免許を得たのは、ちょうど一ヶ月前の六月一日。アーランド共和国首都アーランドの冒険者ギルドに出向いてもらってきた。
 首都アーランドへはアランヤ村から馬車で一五日。
 トトゥーリア――呼びにくいのでトトリと呼ばれている、トトリを冒険者にしたくない姉をどうにか説得し、免許を取りに行かせてもらった。
 父グイードはとくに反対しなかった。グイードはいつも埠頭で釣り糸を垂れている存在感のない男だ。漁師でもなし、どうやって稼いでいるのか、トトリから見ても不思議な人物だった。娘の考えに理解があって反対しなかったのか、ただの放任だったのかはよくわからない。
 姉ツェツィーリア――こちらも呼びにくいので皆ツェツィと呼ぶ、がトトリを冒険者にしたくなかった理由は、トトリとツェツィの母ギゼラが有名な冒険者で、何年か前、冒険に出て行方不明になった。そのためだ。
 トトリが冒険者になろうとした理由も元は母ギゼラのこと。行方不明になった母を捜そうと思ったのである。
 といっても、トトリは村の女の子のなかでも、身体が弱く、物覚えも悪い。
 冒険者になれる要素が何もなかったが、あるとき、その要素を得た。
 錬金術を習得したのだ。
 きっかけは偶然。高名な錬金術士ロロライナ・フリクセルがアランヤ村にやってきて、トトリの家に宿をとったのである。といっても、じつはロロライナがトトリの家の前で行き倒れていたのをトトリが見つけて、みんなで家に担ぎ込こんだというのが真相。
 経緯はともかく、そのロロライナ――ロロナから、錬金術を教わった。

 錬金術、という技術はアーランド共和国では、ごく最近有名になった。それまでは首都アーランドの一隅に、錬金術のアトリエがぽつりと一つ、あるだけだった。
 錬金術は釜に複数の材料を入れてかき廻し、調合という過程を経て一つのものをつくる。パイを作るにも窯(かま)を使わず釜を使う。
 ロロライナ・フリクセルは、アーランドが王国だった当時、錬金術でアーランドを発展させて、錬金術の名を世に知らしめた。
 その後、ロロナは錬金術を広めようとしたが、これは失敗。教えるのが下手で弟子ができなかったのである。
 トトリは初めての弟子だった。逃げた自分の錬金術の師匠を追って旅に出、アランヤ村で行き倒れて偶然出会った幸運である。相性が良かったのか、トトリには、ロロナのよくわからない説明が、よくわかった。
 したがって、アーランド国内の錬金術士は現在三人。
 トトリ一三歳。
 師匠ロロナ二二歳。トトリに錬金術を教えたときにはまだ、二〇歳になるかならないかくらいだった。
 ロロナの逃げた師匠アストリッド三四歳。

 錬金術を冒険の補助とし、ほかの冒険者と組めば、トトリでも冒険者稼業ができる。
 そして、正式に冒険者免許を得た。

 ■冒険者とは

 アーランド共和国は、数年前、アーランド王国とその周辺の街や村があわさってできた国である。
 建国当初、各地の代表者たちが集まって会合を持とうとしたとき、問題が起きた。地図がつながらない。途上でモンスターに襲われる。といったことだ。
 アーランド王国には騎士がいたが、長らく有事がなかったせいで、武人としては頼りなかった。
 そこで国は冒険者制度をつくり、腕の立つ冒険者を集め、あるいは養成して、国内探索、モンスター掃討にあたらせることにした。
 これが冒険者免許制の事始め。
 首都アーランドに冒険者ギルド本部をおき、各地からあつまる依頼と冒険者たちの実績を管理することになった。冒険者免許の発行もここで行う。

 トトリも冒険者免許取得のため、アーランドの冒険者ギルドに出向いた。
 そのとき、冒険者ギルドの受付嬢クーデリアから言われたこと。それが、
「アーランド南方大平原の地図をつなげてほしい」
 である。
 トトリは、アランヤ村に帰ってきてすぐ、南方大平原探索を計画した。帰ってきてからおよそ二週間経った七月一日現在、村に一人だけいる先輩の冒険者に相談し、必要なものを調合している最中だ。
(さて、と)
 眺めていた地図をしまう。
 大きな釜の前に立ち、
(探索の準備に、今日は何をしようかな。調合か、それとも少なくなってきた材料を採りに……)
 と、考え始めたとき、

 ――ギィ。

 蝶つがいの軋む音。工房のドアが表から開く。
 人が一人、入ってきた。

 ■復讐者

 入ってきたのは、自分と同い年くらいの女の子。
 釜の前に立つトトリを見るなり、
「見つけたわ!?」
 背はトトリより拳一つ分くらい高い。すらりと姿勢の良い。長い黒髪をサイドポニーに結い。白皙紫眼。目許(めもと)にやや険があり、眉は薄めに剃り整えてある。
 フード付き赤ワイン色のマントは、金糸の装飾、白いフリルの縁取り、腿の上まで丈でやや短め。
 マントの中には黒い革の服がちらりちらりと見える。黒革に白糸で細かい装飾が施されているよう。
 マントの裾から下は、白地のニーソックスに旅用の厳ついブーツ。
 よく見ると、髪留め・マント留めは金や飾り石の象嵌入り。
 冒険者風のお嬢様か、お嬢様風の冒険者かという風体。

 一目見て、
(ちょっと違和感のある格好だなー)
 と思ったが、じつのところ、そう思ったトトリの格好も人のことは言えない。
 トトリは姉ツェツィより色素が薄い。背中に掛かるくらいの髪は亜麻色、瞳は水灰色といったところ。身体は小柄一四六センチ。
 その素体に、師匠ロロナに作ってもらった錬金術士の衣装がのる。
 まず頭の上。薄手のフリルがついた象嵌入り扇形の頭飾り。
 白い裏地のついた青い上着、丈は短く腰の上まで、袖口に金糸の縁取り、折り返しの襟が裏地の白。
 白いキャミソールとアウター用で桃色のビスチェに見えるのはじつはレオタード。桃色地に金糸の縁取り。
 フレア状のミニスカートはシースルー、一体どんな素材なのか。腰に鳥の尾のようなリボン飾り、地面に届くほどの長さ、半透明の玉虫色、綺麗に波打ち、形状が崩れない、これも不思議な素材でできている。
 スカートの下は生足に膝丈のブーツ。ブーツは薄桃色地、それへ金色の装飾が入っている。
 一度見たら忘れないだろう派手な格好。
 師匠ロロナ曰く、
「錬金術士はこういう格好をするんだよ」
 しかし、ロロナの錬金術士衣装は、帽子とマントと杖を取り去れば、けっこう普通の服だった。

「まさか、こんな田舎の村に逃げこんでいたなんてね。見つけ出すのに一苦労だったわ」
「えっと……どちら様、でしたっけ?」
「なっ……とぼけるつもり!? この私から冒険者の資格を横取りしておいて、よくもぬけぬけと!」
「横取り? わたし、そんなこと……」
 と、そこまで言いかけて、思い出した。
「あ、あー! あの時の女の子だ!」
2010/08/22

 ■客怨・冒険者ギルドの間

 今から一ヶ月前、六月一日のことだ。
 幼馴染のジーノと一緒に、馬車でアーランドの冒険者ギルドまで、冒険者免許をもらいに行ったときのこと。

 たまたま入った武器屋で冒険者ギルドの場所を教えてもらい、冒険者ギルドにたどり着いた。
 城の中のような大広間。高天井、左右に並ぶ柱。市松模様組木細工の床に赤い絨毯が敷いてあり、正面にカウンター。その向こうに、書籍だか資料だかを納めた、二階まであろうかという高さの棚。
 そのカウンターの手前で、言い争う二人の人物があった。
 周りに人だかり。
 甲高い声。
 人の群れを割って近くに行ってみると、言い争っているのは女の子二人。
 片や、冒険者風、黒髪サイドポニー、赤マントの女の子。つまり、トトリのアトリエに乗り込んできた女の子。
 片や、冒険者ギルドの係員らしい、暗色のベストの上にフリルや金糸で装飾の入ったファンシーコートを着た金髪ポニーテールの女の子。
 ファンシーコートの女の子はトトリより背が低いが、どうやら彼女の方が赤マントより年上らしい。
 二人の争いの内容、早い話が、
「理由を言いなさい! 何故私が、冒険者の資格をもらえないのか!」
「だから、あんたみたいな、生意気で礼儀知らずのガキにくれてやるものはないっつってんのよ」
 ということだそうで、
「礼儀知らずはあなたでしょう! シュヴァルツラング家の当主である私に対して、よくもそんな口を……」
「あーら、シュヴァルツラング家の方でしたの。私、フォイエルバッハ家の令嬢でございますの。同じ貴族仲間ですわねー」
「あなたみたいな金で家名を買った成金貴族と一緒にしないで!」
「つまりは金で買える程度のものってことじゃない。それをカサにきて威張り散らして、あんた自分がどれだけみっともないか分かってる?」
 そう言われて赤マントの女の子が激昂する。あわやつかみ合いかという雰囲気。
 それを見たジーノが碧眼を見開き、
「うわー、こえー。すげー」
 面白がって身を乗り出す。
「ジーノくん、あんまりジロジロ見ちゃだめだよ」
「いいじゃん。もっと近くで見ようぜ」
 トトリが前に出るのを止めようとしてジーノの手を把む。それを、ジーノが逆に引っ張った。
 ジーノの服装。シャツにだぶだぶのズボン。草模様のついた緑色のベスト。ズボンのベルトには無雑作に、ごつい剣を吊っている。
 その剣に、トトリが足を引っかけた。
「わわ!」
 よろけたトトリが、ジーノのくすんだ金髪を目の端に、

 ――びたーん。

 赤い絨毯の上、うつ伏せ大の字にすっ転ぶ。
 あわてて起きあがったところ、言い争っていた二人と目が合ってしまった。
「……何よあんた」
「邪魔をする気なら、あなたも容赦しないわよ」
(あわわ、鉾先がこっちに!)
「ここ、転んじゃっただけで! あの、その、わたしも冒険者の資格もらいにきてて、だから、その……」
 と、ファンシーコートの金髪ポニーテールが、トトリの持っていた杖に目を付け、
「あんた、その杖どうしたの?」
「これは、先生からもらったもので……」
「先生って、それロロナの杖じゃ……ああ! もしかしてロロナが言ってた弟子ってあんたのこと?」
 とたんに金髪ポニーテールの愛想がよくなり、
「それを先に言いなさいよ。ほら、こっち来なさい。冒険者の資格なんていくらでもあげるから」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 赤マントである。
「何よ、あんたまだいたの?」
「そんな田舎くさい子にはあげられて、なんで私はダメなのよ!」
 すると金髪ポニーテールは、「獲物が罠にかかった」みたいな顔で、
「あのね、この子は錬金術士なのよ。この国に三人しかいない。貴重な貴重な錬金術士。おわかり? しかもこの国を大きく発展させた、かの有名なロロライナ・フリクセルの愛弟子」
「錬金術士? その子が?」
 こんどは赤マントの女の子も口をつぐんだ。トトリも知らなかったが、錬金術士という肩書きはよほどのものらしい。
「ぐ、ぐぐぐ……」
 トトリをにらむ。
「あなた!」
「は、はい!?」
「名前は? 名前はなんと言うの?」
「え、あの、トトリ、ですけど……」
「トトリね。その名前、しかと覚えておくわ!」
 捨て台詞を残して、大股で広間から去っていく。
「まったく、自分で言う奴に限って肩書きに弱いのよね」

 このあと、ファンシーコートの金髪ポニーテールこと、冒険者ギルドの受付嬢クーデリア・フォン・フォイエルバッハから、ジーノの分とあわせて冒険者免許をもらった。
 どうやら彼女はただの受付嬢ではなく、冒険者関係の業務に関して大きな権限を持っているようだった。
「あ、そういえば、クーデリアさん、ロロナ先生のこと、知ってるんですか?」
「ええ、まあ、ロロナとは腐れ縁っていうか、幼馴染っていうか、大親友っていうか……まあ、そんな感じなわけよ」
 冒険者免許の説明がある。
 今回発行した有効期限は三年。その間に冒険者としての活動を行うこと。
「あんまりボンクラ冒険者が増えても困るし、これくらいの制限は必要なの」
 で、免許の説明と一緒に、
「そうね、あなた、せっかく冒険者になったんだし。アランヤ村周辺の地図作りもだけど、覚えておいてほしい仕事があるの。今すぐじゃなくていいから。
 アーランド南方大平原の地図をつなげてほしいのよ。こっちの方はあんまり重要でもないから、探索が後廻しになってるの。
 よかったら覚えておいて」
 さらに、宿のことに話が移り、
「そうだわ。どうせあんた達、宿なんてとってないでしょ? 今夜はロロナのアトリエに泊まってきなさい。
 あたしの家でもいいんだけど、さっきのバカ娘のせいで、まだ仕事が残ってるし」
 どうやらあの言い争いは、トトリとジーノの来るかなり前からやっていたらしい。
「はいこれ、アトリエの鍵ね」
 鍵を受け取って、トトリはふと疑問に思った。
「あの、どうしてクーデリアさんがアトリエの鍵を?」
「え? ああ、それは……ほら、あの子うっかりしてるし、鍵なんて持ち歩いたらすぐ失くしそうでしょ。だから、あたしが預かってあげてるの」
 今思いついたような返答だった。
 そして、ロロナのアトリエに一泊し、翌日夕方、アーランドを馬車で発った。

(そう、あのときの女の子……)
2010/08/26

 ■アーランドの仇をアランヤで……

「ふん、まるで今思い出したような振りを……。白々しい! あの時の恨み、今こそ晴らさせてもらうわ!」
 戸口に立っていた赤マントの少女が、間合いを詰めてくる。
 トトリが後ずさる。
 少女がマントの中で何かを握ったのがわかった。
「恨みって、わたし横取りなんてしてない……」
「弁解なんて聞きたくないわ。さあ、観念してこれを見なさい!」
 マントの中に入れていた手を、トトリの顔面めがけて、ぐいっ、と突き出す。
 出すとき少女の手の中のものが、ぎらっ、と光ったので、
(刃物!?)
 トトリは、思わず顔をかばい、
「ひゃあああ! 助けてええええ!!」
「こら! 何目閉じてんの。ちゃんと見なさい!」
 おそるおそる目を開けると、
「……え? それって……冒険者の、免許?」
「そうよ。あの後すぐ、私ももらったんだから」
「へ、へぇー……」
 が、そのあとの言葉に詰まった。
 嫌な沈黙。
「……そ、それを見せにきただけ?」
 と、少女は免許をしまい、
「そこまでヒマ人じゃないわよ。もっと大事な用があるの。あなた、錬金術士って言ってたわよね?
「う、うん……一応……」
 少女はトトリを頭飾りからブーツの先まで見て、
「錬金術士って、この国に三人しかいない優秀な人間と聞いているのだけど。あなた、とてもそうは見えないわね。顔は平凡。特別な才能があるようにも見えない。とろそうだし、バカっぽい。いや、むしろバカそのもの……」
「バカそのもの!?」
「ま、いいわ。錬金術士には変わらないし。喜びなさい。この私があなたを雇ってあげる」
「ま、待ってよ! いきなり言われても困るっていうか、わたしだって仕事とかやりたいこととか……」
「この私に雇われるのが不満だとでも?」
 少女の声が低くドスの利いたものになる。
「不満ていうか、強引ていうか、ええと……そ、そうだよ。まだ名前だって聞いてないのに!」
「人に名前を聞く時は自分から名乗りなさい!」
(こ、怖っ。でもわたし、冒険者ギルドで一度名乗ってると思うんだけど……)
 しかし下手に言い返すと話がこじれそうなので、
「あの、わたしはトトリっていいます」
「……私はミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングよ」
 お嬢様っぽい名前だった。が、それよりなにより、
「……ん? ミミ?」
 トトリの疑問顔に、
「な、なによ?」
 なぜかミミがひるんだ様子を見せた。
「私の名前に文句でもあるの?」
「あ、ううん。文句はないけど……ミミちゃん?」
「か、勝手にちゃんづけで呼ばないで!」
「かわいい。すごくかわいい名前だよ、ミミちゃん」
 するとミミが真っ赤になって、
「か、か、かわいいとか……あああ、もう! 今日のところは出直すわ!」
 冒険者ギルドのときと同じように、大股で出ていった。
「……怒っちゃった。名前はかわいいけど、やっぱり怖い子なのかな……?」
2010/08/29

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Yoshimura Umanosuke