サイト名: へちま苑   制作者: 葦村午之助  
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トトリのアトリエあらすじ小説
冒険者の朝
   〜南方大平原探索
ミミ脂汗を拭く

■■2 不器用さんの御心に

 ■対決の後

 ミミは、アトリエの外に出ると、扉に寄りかかって息を吐いた。
 さきほどの錬金術士の少女とのやりとりを反芻する。
 手袋に包まれた手で額を拭うと、べったりの脂汗。白く透き通った頬が紅潮している。
(なんとか相手に呑まれないように、こちらのことを印象づけることができたはず……)
 トトリが「ミミ」という名前に反応したときには少し、焦った。こちらのことを知っているのかと思い、焦ると同時に、なにか期待もしてしまった。
(間抜けな期待だわ)
 まだ、冒険者免許を取ったばかりの無名の冒険者である自分のことを知っているわけがない。

 一ヶ月前のアーランド冒険者ギルドでの一件の後。
 ミミは屋敷に帰ってから、ベッドでもだえた。
 じつのところ、「錬金術士」と聞いて、尻込みした。早い話が、逃げた。
 自分の目的は冒険者になって、シュヴァルツラングの家名を世に知らしめること。今では娘の誕生日プレゼントに贈るおもちゃていどの価値しかなくなった貴族の肩書きを、本当の価値あるものにすること。
 そのためには、冒険者として大勢の手強いライバルたちと競り合うことになるのは覚悟の上だった。
(でもまさか、最初に会った相手が錬金術士だなんて……)
 高名な錬金術士ロロライナ・フリクセルが冒険者でもあることは知っていた。いずれは競り合うことになるであろう強力なライバルの一人だとは思っていた。しかし、そのロロナにすでに弟子がいたとは。予想外だった。しかもその弟子が冒険者になろうという。
 冒険者を始めるに当たって、まさかいきなりこんな強敵が出てくるとは。
(私の見込みは甘かったのかしら……)
 少し槍が使えるていどで、冒険者稼業に飛び込もうという自分はあまりに世間知らずだったのか、と思った。
 そこまで悶え考えて、
(違う)
 槍術の心得を思い出した。

 ――曰く、
 敵そのものを見るときは気をつけなければならない。
 自分の中にその敵を畏れる心のあるときは、その畏れから敵を過大評価して、自縄自縛で身動きが取れなくなることがある。
 そういうときは敵そのものを見るのを止めて、敵から離れ、敵を含めた周りに目を配れ。

(身動きが取れなくなっているのは相手のせいじゃなくて、自分の畏れのせいよ)
 これはむしろチャンスだと思うことにした。
(最初から最強の敵に当たったと思えばいい。あの錬金術士を超えることが出来れば、あるいは取り込むことが出来れば、あとの相手は雑魚ばかりのはず)
 あのロロライナの弟子を捜そうと思った。

 とその前に、冒険者免許を取らなければならない。例のちっちゃい受付嬢に頭を下げるのはしゃくだが、そうも言っていられない。
 翌日、頭を下げようと、冒険者ギルドに行ってみる。今度は拍子抜けするほどあっさり免許をもらえた。
 調子づいて、ロロライナの弟子を捜し始める。こちらは見つからなかった。
 二日間でアーランドのすべての宿屋を廻ったが見つからない。
(どうして)
 と考えて、思い当たった。
 このアーランドに知り合いがいて、その人の家に泊めてもらったのだ。
(しまった)
 次の日から、冒険者ギルドの近辺を廻って、二、三日前これこれの格好をした女の子を見かけなかったかと聞き込んだ。情報はすぐに集まった。ロロライナの弟子は派手な格好をしていたので、皆よく覚えていた。
 錬金術士すがたの女の子が六月二日の夕方に馬車で街を出て行ったことがわかった。
 今度はその馬車がどこ行きなのかを調べる。それも突き止めて、アランヤ村まで来た。
 こんな田舎の漁村に隠れ住んでいるというのは、よほど錬金術を知られたくないのか、と思った。
 アーランドに三人しかいない錬金術士である。錬金術を人に知られなければ、自分だけの優位点になる。

 高台の家に来たとき、相手がどう出るか、緊張した。ここに来るまでに、対決するより、取り込んだほうが得策と考えていた。
 しかし相手に目下に見られないようにしなければならない。
 それに、冒険者免許のときの借りは返さなければ気が済まない。
 釜に白い花を添えた錬金術の吊り下げ看板の下。丹田に気を込めて、アトリエの扉を開けた。
 対決はすでに語った通り。

 高台のトトリのアトリエを後にする。
 ミミは、宿屋に帰って頭が冷えてくると、ようやく、トトリを知るためには、この村の子どもたちに聞き込みをすればいい、という当たり前のことに気がついた。
トトリと会う前にそれをやっておけばよかったのだが。緊張のあまり事前調査も忘れていた。
2010/10/14

 ■村の広場にて

 翌日からミミは、アランヤ村でトトリについて聞き込みをはじめた。
 まず、村の大人たち。
 自分が冒険者で、トトリを雇いたいと思っていることを正直に話し、家庭環境、錬金術の腕について訊いた。
 ――母が冒険者であること。何年か前、冒険に出たまま帰らないこと。それ以来、父が仕事をしなくなってしまったこと。父の存在感がないこと。いつも埠頭で釣り糸を垂れていること。
 ――姉がきれいで、村の男たちに人気があること。トトリが冒険者になって自分の時間ができたので、村の酒場バー・ゲラルドではたらき始めたこと。
 ――トトリ本人は物覚えが悪く、運動神経も悪いこと。
 二日のうちに情報を得た。
 三日目には、村の広場で、子どもたちに聞き込みをおこなった。皆、以前トトリとよく遊んでいた子どもたちばかりだ。
 昔、どんな遊びをしていたとか、誰と仲がよかったとか、大人たちからは聞けない、等身大の一人の少女の姿が聞けた。
 結局、村人たちの話から浮かび上がってきたトトリの像は、偉大な錬金術士の弟子ではなく、どこにでもいる普通の女の子だった。
 そうなると、不思議なのは錬金術だ。
 今まで誰も伝授され得なかったロロライナ・フリクセルの錬金術を、なぜトトリだけが伝授されたのか。
「錬金術? トトリお姉ちゃん『ロロナ先生から教えてもらった』って言ってた。錬金術の服もロロナ先生に作ってもらったの」
「あの錬金術の服、かわいいよね」
「ロロナ先生の説明、わたしも聞いたけど、全然わからなかった。ばーっとか、ぱらぱらとか、ぐーるぐーるとか、トトリお姉ちゃんは『わかり易かった』って」
「うん、ロロナ先生、アランヤ村にきてトトリちゃんの家に泊まっていったことがあって、トトリちゃん、そのときに教えてもらったみたい」
 とりとめもない話ばかり。くわしいことはわからない。わかったのは、間違いなくトトリがロロナから錬金術の口伝を受けたことだけだった。

 話をし終わった子どもたちが散り散りに去っていく。
 ミミは一人になると、三日前のトトリのアトリエでのやりとりを思い出した。トトリの錬金術士という肩書きと錬金術士の衣装が尋常ではなかったので、思わず身構え、攻撃的にまくし立ててしまった。それがふたを開けてみればなんのことはない、相手はつい最近、錬金術を習ったばかりの普通の女の子である。
 トトリのアトリエでのやりとりを思い出すうち、ミミは自分のひとり相撲が恥ずかしくなってきた。
 と、
「ミミちゃーん!」
 トトリの声。
 恥じ入っていた矢先。当人からの呼び声である。
「わあああ! や、やめなさい大声で! それと、ちゃんづけはやめろって言ったでしょ!!」
 高台につづく道から、トトリが広場に降りてくる。シースルーのミニスカート付きピンクのレオタードに丈の短い鮮やかな青色の上着、フリル付き象嵌作りの頭飾り。鄙びた漁村のアランヤ村ではやたらに目立つ錬金術士の衣装。
 ミミの近くまで来たトトリが、
「どうしてもダメ? あ。じゃあミミちゃんもわたしのこと、ちゃんづけで呼んでいいよ」
 悪びれもしない。
「〜〜〜〜〜!! じょ、冗談じゃないわ! 誰が好き好んで……絶対にイヤ!! ああ、もう、わかったわよ! 好きに呼べばいいでしょ!!」
 ――とにかく落ち着こう。
 と思い、ミミが一呼吸、息を吐く。気を取り直してトトリに訊く。
「で、この間の件は?」
「この間の件?」
「なんで忘れてるのよ! 私があなたを雇うって話よ!」
 取り直した気をいきなり崩された。
「あ、ああ。そっか、そんな話してたよね。えっと……ごめんなさい。やっぱりわたし、自分のことでいっぱいいっぱいで……」
「そう。まあそうでしょうね」
 話は、村人たちから聞いた。トトリが母を捜すために冒険者になったという話。ミミは、トトリのとぼけた感じの顔としゃべり方から、そういう悲劇性をうかがい知ることが出来なかった。三日前トトリのアトリエで、一ヶ月ぶりに会ったときは、天才の余裕かと思った。
 この、トトリが行方不明の母親を捜そうとしている話を聞いたとき、ミミは共感を覚えてしまった。そんなそぶりをつゆほども感じさせなかったトトリが、健気に思えたのである。
「あれ、あっさりしてる。もっと怒るかと思ったのに」
「そんなに短気じゃないわよ! 我ながら少し強引だったかもって思ってたし何よりあなた、私が雇う人間として相応しくない気もするし……。だからしばらくの間、試させてもらうわ。同業者なら顔を会わすことも多いでしょうし、噂を耳にすることもあるだろうし。そうね、場合によっては一緒に旅に出ることもあるでしょう。あなたがどうしてもって頼むなら、力を貸してあげないこともないわ」
「それって……一緒に冒険に行ってくれるってこと?」
「う、まあ……場合によっては、よ。あくまでも。それに、あなたがどうしてもって頼んだ場合限定だし」
 トトリが黙り込んでミミの顔をじっと見てくる。
 ミミはトトリの表情を読み取ろうとしたが、わからなかった。トトリのややとぼけた顔は無表情になると思惑が読みづらい。
「な、なによ。黙ってないで。何か言いなさいよ」
 トトリの顔がへちゃり、と崩れる。
「えへへ。ありがとう、ミミちゃん」
 微笑みかけられて、思わず頬が紅くなる。
 ――表情の読みづらい奴っ。
 と思いつつ、
「ありがとうとか、そういう話じゃ……。ああもう! いいわよ、それで! とにかく、外に行く時は絶対に声をかけなさい! この私が手を貸してあげるなんて、滅多にないことなんだから。いいわね!」
「そのときはよろしくね」
 と言って、トトリは村の雑貨店〈パメラ屋〉の方へ去っていく。
「くっ……本当に調子が狂うわね……」
 ミミは、ベンチに立てかけておいた家宝の鉾をとって、そのまま村の外に行きかけた。日課である槍の修練をするためだ。
 と、
「あー、そうだ。ミミちゃーん!」
 またしてもトトリの声。パメラ屋の戸口からトトリが戻ってくる。
「本当に調子が狂うわねっ! なんなのよ!?」
「えっと、ミミちゃん、明日、空いてるかな?」
 冒険の誘いだった。
2010/11/07

 ■お嬢と山ザル

(うう……空気が重い)
 打ち寄せる波の音。ぴりぴりした雰囲気。
 そんな中で、トトリは採取をしている。

 アランヤ村から東に少し行ったところに、〈海鳴り山道〉という場所がある。山と海の出会うところ。海浜まで山が迫って崖になっている。波の打ち寄せる浜のあちこちに高い岩が突き出ている。その岩間に巨鳥アードラの巣が点在する。
 この海鳴り山道の浜に、トトリは採取に来た。南方大平原探索準備のための調合で材料が足らなくなったためだ。
 連れてきた冒険者は、幼馴染みのジーノと、先だって知り合ったアーランド貴族の少女ミミ。
 問題がひとつ。この二人、引き合わせてから今に至るまで、最初に言葉を交わした以外、互いにそっぽを向いて口をきいていない。二人とも、手近な岩に腰掛けて、むっつり黙ったまま。
 こんなことになったのはファーストコンタクトに難があったからだ。

 冒険に行くに当たって、ミミをジーノに引き合わせた。
 ミミを見たジーノが、
「誰だ、こいつ」
 と、いつもの無遠慮な調子でトトリに訊いた。
 その日のミミのいでたちは、長い黒髪をサイドポニーにまとめ、象嵌入りの髪留め。紺地に白い装飾の入った豪華な革鎧、金糸縫取りの入った緋色のマントは先日のまま。今日は、身の丈をこえる長大な鉾を持ってきている。豪華なこしらえで、家伝の業物だという。
「……こいつ?」
 ミミの剃り整えた眉がぴくりと動いた。茶紫の眼でジーノを睨(ね)める。
 ジーノのややくすんだ金髪。猫毛の細い髪を粗く刈っている。くりくりした碧(みどり)の目。手も胴も細い痩せた体型で。着ているものは半袖の白シャツに袖無しの緑色の上着を引っかけ、だぶだぶのズボンに帯剣。
 近所の悪ガキが家の物置から鈍剣(なまくら)一本持ち出して冒険遊びに出かけようという風体だ。
 うさんくさげなミミの視線。
 トトリがジーノに、ミミのことを説明する。ジーノも説明されてアーランドへ免許をとりに行ったときのことを思い出し、
「あー、あいつか、お前も冒険者になれたんだな。よかったなー」
 ジーノのこれはいつもの調子。しかしミミはこの態度が気に入らないと見えて、ますます眉を上げる。
「あいつとかお前とか……何なの? この礼儀知らずの山ザルは!?」
 声が怒気をふくむ。
「山ザル?」
 今度はジーノがぴくりときた。
「わああ! こっちは幼馴染のジーノくんで、いっつも冒険とか一緒に行ってて……」
 トトリはとりまとめようとしたが、ジーノは無視して、
「山ザルかあ、初めて言われたな。でもさ、なんでこんな海の村で山なんだよ」
 にこにこ笑いながら答える。が、ジーノが笑いながら静かに怒っているのが、トトリにはわかった。山ザルと言われて、やはりむかついたらしい。
 ミミにこの一言。
「お前ひょっとしてバカだろ」
「バッ、バカですってええええ!?」
 口蓋突起(のどちんこ)が見えそうな絶叫だった。
「わあああ! 落ち着いて……ジーノくん、早く謝って!」
「ゆ、ゆ、許せないわ! 今すぐ、この場で斬り、斬り捨てて……きいいいい!!」
 ミミが喚くようすを見てトトリは、
(ミミちゃんのほうが猿みたいになってる)
 と思ったが、言うと怖いので黙っていた。
「短気な奴だなあ。なんか偉そうだし……お前、そんなんじゃ周りから嫌われるぞ」
「ぬぐっ!」
 と、ミミが言葉に詰まる。身に覚えがあるらしい。
「もっと大人になんなきゃダメだぞ。って、オレもよくかーちゃんに言われんだけどさ」
 ジーノはこれで気が済んだのか、さっさと行ってしまう。
 このあとトトリは、不気味な笑い声を上げるミミをなだめすかして、ジーノの後を追った。
 それから、ジーノもミミも口をきいていない。トトリも雰囲気に気圧されて言葉が出ない。
 三人とも黙ったまま、海鳴り山道まで来た。
 トトリは採取にかかる。
 相変わらず会話はない。
 で、この重い空気。
2010/11/11

(なんで一緒に出かけるだけで、こんなことになるんだろう……)
 トトリは、蒸留石を物色しながら思った。浜辺にしゃがみ込んで、どれが質が高いか確かめる。
 そのときだ。
 岩に腰掛けて、そっぽを向いていたミミが、
「トトリ、そのまましゃがんでなさい!」
「へ?」
 家宝の鉾を構えて、トトリのほうに突進してきた。
 トトリの眼前で、
 ――たんっ。
 と砂を蹴って跳躍する。トトリの頭上を跳び越す。跳び越しながら鉾を振るう。家宝の鉾の身が、宙に「巴」の字を描いた。
 ――ぎゃあっ。
 という声。鳴き声。鳥の鳴き声だ。
 血を振りまきながら、白い砂浜に、大人ほどもある大きな鳥が落ちてきた。
「ひゃあっ」
 トトリの悲鳴。ジーノが遅れて駆けてくる。

 海鳴り山道は山と海の出会う地点。海浜の縁まで山が迫って崖になっている。浜のあちこちに高い岩が突き出ている。
 突き出た岩の上に、巨鳥アードラの巣がある。巣の中にはアードラのものなのか、とにかく〈何かのタマゴ〉がある。
 トトリは、蒸留石のついでに、その卵をいくつか採取していた。
 それが原因だろう。崖に留まっていたアードラ三羽が襲ってきたのである。
 たたき落とした最初のアードラは捨て置く。ミミとジーノがトトリの左右にかまえる。
 残りの二羽は、岩場の高見にいったん留まった。ふたたび飛び立って滑空し、襲いかかってきた。
 ジーノが滑空してきた一羽に剣で斬りかかる。アードラはジーノの手前で、
 ――ひょい。
 と避ける。そのまま別の岩の上へ。
「あ、くそっ」
 ジーノは追いかけていって、岩場に這い上がり始める。
 ミミは、トトリの傍らに立ったまま。もう一羽が眼前を飛びすぎていくのを、じっと見ていた。二度、アードラがすぐ脇を滑空していくのを見送り、三度目。
 ――びゅっ。
 と鉾を振るった。
 アードラが断末魔を上げて浜に落ちる。最初二度の滑空は威嚇である。三度目が本当の攻撃。それを見極めて反撃した。
 一方のジーノは、一羽のアードラに右往左往している。
 岩の上に留まったところを狙おうと、追いかけていくと、追いつくまでに次の岩へと飛び移ってしまう。滑空してくるところをたたき落とそうとすると避けられる。
 剣を振り廻しすぎて、すでに息が上がっていた。
「まったく、本当にただの素人ね」
 ミミが駆け寄る。アードラの飛んでくる方向を見極めて、滑空の軌道上に跳び込む。
 三羽目は、真ッ向から田楽刺しにした。

 鉾を血振るいする。
 肩で呼吸をしながら浜にへたり込んでいるジーノに歩み寄り、手を貸す。
「鳥と鬼ごっこなんてやってるんじゃないわよ」
「相手は空飛んでんだぜ。オレだって長い武器を遣ってれば、鳥の一匹くらい倒せるさ」
「そう思うなら、次から槍を持ってきなさい。必要な武器を用意してこなかったのは冒険者としてのあなたの不明でしょ。私だって必要なら剣を用意してくるわ」
 と言って、緋色のマントのを跳ね上げる。
 マントの中に短剣を吊っている。
「……」
 ジーノは「へ」の字に口を曲げて黙り込んだ。ミミは「山ザル」に言い返すことができて満足したようす。
 ジーノが黙ったまま、ミミの手を握って立ち上がる。
 ミミの手を取って立ち上がりつつ、ジーノが、ふと、怪訝な顔をした。
「なあ、お前。その手」
「だーかーらっ、お前とか気安く呼ぶんじゃないわよっ」
 ジーノはそれ以上なにも言わず、自分の手にはめていた革の手袋を取った。自分の手をじっと見る。見比べるように、ミミの手を見る。
 ミミはジーノ視線に気がつかない。同じく浜にへたり込んでいたトトリに手を貸した。
 トトリは砂の上に座ったまま、ぼーっとミミを見ている。
 ミミの手を取る。
「どうしたの? ぼけーっとして。さては、私の華麗な槍さばきに
見とれちゃったのかしら」
「うん。見とれてた。カッコいいなーって思って」
「あ、あらそう」
 紅くなって目をそらす。
「すごいなあ。体の大きさとかわたしとそんな変わんないのに、あんな大きい槍振り廻して」
「そ、それほどでもないわよ。一言で言えば、力じゃなくて技で動かしてるって感じかしらただ腕力で振り廻すなんて無作法でみっともないだけだし」
 ちらりとジーノを見る。ジーノは自分の手を凝視している。ミミの皮肉にも気づかない。
 いい気分になったミミだったが、つぎのトトリの質問で、
「たくさん練習とか特訓とかしたの?」
「え……」
 言葉に詰った。一呼吸、間をおいて、
「ひ、必要ないわよ。そんなの。シュヴァルツラング家の人間なら、生まれつきこれくらいはできるものなの」
「うらやましいなー。わたしなんて杖で叩くくらいしかできないのに」
「ま、まあ、あなたは努力して少しでも私に追いつくことね。いくら弱いといっても、ある程度にはなってもらわないと私が困るんだから」
「うん、がんばる! わたしがんばるよ!」

 それっきり、その日一日、ミミもジーノも無口だった。ジーノはときどき自分の手を見ていた。
 喧嘩していたときとは違う。ぴりぴりしているのではない。気まずげで陰気な沈黙だった。
 採取を終えて村に帰るまで、ずっとこんな感じがつづいた。間に入るトトリとしては、べつの意味で疲れた。
(ホントに……一緒に出かけるだけで、なんでこんなに疲れるんだろう……)
 アトリエに戻ったとき、トトリの精神疲労は臨界を突破していた。
2010/11/13

 ■強さの秘密

 海鳴り山道から帰ってきた翌日。
 ミミは日課の槍の練習に向かう。村はずれへの道すがら、
(トトリに嘘をついた……)
 と、そのことを悔やんでいた。槍の練習のことだ。
 練習していないというのは嘘である。
 槍についてはきちんとした師匠につき、修練を積んだ。冒険者になることを決めてからは、冒険に関することも学んだ。
 トトリの邪気の無い笑顔を思い出すと、ひどく後ろめたい気持ちになる。
(でもまあ、あれくらいはいいわよね。あの子もやる気になってるんだし)
 そう思うことにした。
 村はずれの林へ入っていく。

 林の中を、ミミは気配を探りながら歩く。
 これは、槍の修練というより、武術の修練だ。
 モンスターの気配を探る。
 ときどき、木陰から〈ぷに〉が出てくる。
 ぷには、半透明ゼリー状のモンスターである。種類にもよるが、だいたいは怖くないモンスターだ。その気になれば、子どもでも撃退できる。
 ミミがぷにを一瞥する。戦わない。
 近づいてきたら、気を発して位(くらい)圧しにする。それでぷにのほうが逃げる。
 なかには気性の荒い(?)ぷにがいて、飛び掛ってくることがある。そのときは鉾で一払いしてやる。
 新しい気配がある。
 出てきたのは〈緑ぷに〉が三体。青ぷにより、やや気性の荒いぷにだ。ミミが気を発してもひるまない。三体でミミを囲んできた。
 三体でもミミの敵ではない。
(後の先をとってみましょうか)
 と思い、わざと隙をつくって鉾をかまえる。ぷにのほうから飛び掛からせるためだ。
 そのとき、
「ん?」
 べつの気配を感じた。
「ミミちゃーん」
 林を通る街道の方から駆けてくる。青とピンクの派手な錬金術の衣装。トトリである。
 緑ぷにの輪の中に跳び込む。ミミのすぐ横に立って杖をかまえる。紺塗りに真鍮の石突き、「紅玉」効果の〈アーランド結晶〉がはまった真鍮の飾りのついた杖だ。
「トトリ? な、なんであんたがここに?」
 肩で息をしながらトトリが、
「た、たた、助けに来たよ!」
 今度はぷにの方を向いて、
「ええ、どこからでもかかってこーい!」
「いや、助けにって……」
 そう言っている間に、緑ぷにが輪を狭めてきた。
「ああもう! しょうがないわね!」

 杖で一体の緑ぷにを叩くトトリを尻目にし。ミミははやばやと緑ぷに二体を倒した。
 その気になれば緑ぷに三体くらい、何と言うことはない。
 ミミが二体倒す間に、トトリも緑ぷに一体を倒していた。
2010/11/18

「ミミちゃん、無事で良かったね」
 肩の空いた作りの錬金術の衣装。トトリの白い肩に汗の玉が浮いている。額にも。
 色素の薄い亜麻色の髪が、額に肩に、汗の浮いた肌にくっついている。
「良かったね、じゃないわよ! なんでジャマしたの!?」
「え? ジャマって……。わたし、ミミちゃんが襲われてて、危ないと思ったから……」
「襲われてない! 修行してただけよ! あれくらいの相手、私一人で十分だったのに!」
 いい心持ちで鉾をかまえたところを邪魔された。気が立って語気が強くなる。
「ご、ごめんなさい……。あれ? でもミミちゃん、前に修行とかしないって言ってなかった?」
(しまった)
 と思ったが、口から出てしまった言葉は、咽喉の奥には戻せない。
「うっ、そういうことだけはよく覚えてるのね、あんたは……」
 開き直ることにした。
「ウソよ。ウソでした! 毎日ちゃんと修行してるわよ! 悪いの!?」
「別に悪くないけど、それなら、最初から言ってくれればいいのに」
「……だって、カッコ悪いじゃない。コツコツ修行して強くなりました、なんて」
「そんなことないよ。修行しててもしなくても、ミミちゃんはカッコいいと思う」
「あ、あらそう? それほどでも……」
 トトリの言葉におもねる調子は無い。思わず乗せられそうになったが、
「じゃなくて! 私がカッコ悪いって言ってんだからカッコ悪いの! シュヴァルツラング家の人間は生まれつき強くなくちゃダメなの!」
 ミミの鋭い声調子。トトリがひゃっ、とむき出しの肩をすくめる。
「は、はい! ごめんなさい!」
「今日見たこと誰にも言うんじゃないわよ。言ったら本気で怒るからね。ふん!」
 トトリを残して、その場を立ち去る。
 背中に、遠ざかるトトリの視線を感じる。
(……トトリは悪くない。悪いのは嘘をついた私なのに……)
 足が重くなる。自分に怒鳴られて、おびえたトトリの顔が目に浮かぶ。
(こんなことばっかり……)
 思えば、自分は今まで誰かと、ミミ自身としてつき合ったことがなかった。
 つき合いはすべてシュヴァルツラング家当主としてだった。ミミ自身としてのつき合いではない。
 槍の師匠についたときもシュヴァルツラング家の当主としてふるまった。
 今、冒険者になって、シュヴァルツラング家当主の仮面をかぶっていることはことはできなくなった。ミミ自身を見せなければならない。私を見てシュヴァルツラングの家名を判断しろ、と世に呼びかけるつもりで冒険者になったのだ。
 しかし、
(自分が、こんなにも見せられる部分の少ない人間だとは思わなかったわ)
 冒険者としての実績はまだ何もない。自分を知る人もない。シュヴァルツラングの家名は何の役にも立たない。持っているものは多少の槍術だけ。
2010/11/20

 槍のことで、ふと思った。
(トトリは……)
 ロロライナ・フリクセルの弟子になったとき、トトリ自身として弟子になったのだろうか。
(あたりまえじゃない。トトリには自分の弱みを隠せる肩書きなんてなにもなかった。はじめから素顔で対面するしかなかった。それはトトリにとって、当たり前のことだった)
 自分が槍の師匠から受け継いだものは、技術だけだ。槍術。それだけ。槍の師匠と自分との関係は、単なる技術教師と生徒の関係だった。
(トトリは違う)
 一ヶ月半前の、冒険者ギルドでのやり取りを思い出せばわかる。そのあと、街でトトリの行方を訊いて廻ったときのことを思い出してもそうだ。トトリを見たアーランドの人たちは、錬金術士の弟子を認知していた。
(あのクーデリアとかいう小っこい受付嬢も、まだ会ったことのないトトリのことを、ロロナ師から聞いて知っていた。トトリはロロナ師の人のつながりまで受け継いでいる)
 そのつながりは、使わなければ細くて弱いものでしかないだろう。けれども使って鍛えるなら、強力なつながりになっていく。
 槍術しかない自分に比べ、トトリは錬金術以外にアーランドでの協力者と多少の名声とをすでにもっている。
 一対一で見たときの能力なら、トトリより自分のほうが上のはずなのに。トトリは一人でできないときは人のつながりを利用して能力差を覆してくる。ずるいようにも思えるが、それは効率のよいやり方でもある。
(不器用だ、ってことは自分でもよくわかってるのよ。不器用だから、人に任せようとせずに全部一人でやろうとする。ルール無用の競争で、それはとても不利なことだ、ってことも。
 でも、シュヴァルツラング家の家名を世に知らしめるためには、大きな実績を出さなきゃいけない。それを一人でやろうと思ったら、費やす時間も労力も並大抵のものじゃないわ)
 ふたたび、ミミは林を歩きつつ、気配を探り始めた。
(でも。だとしたら、いま私がやるべきことは、アーランドに戻って、一つでも多く冒険の依頼を引き受けることじゃないの。いま、私はこの鄙びた漁村でなにをしてるっていうの……)
 思考をぐるぐる廻してみる。
 出てきた。
(理由なら、一つある)
 錬金術士トトリとのつながりを保っておくこと。彼女からつながる人材の脈を確保すること。いまの自分に一番欠けているものだ。
(そうよ、あせっちゃダメ。種を蒔く前に、畑を耕して準備をする。冒険者として、自分の一番の弱点を克服する。
 ――だからって、あの子に媚びを売るつもりはないけどっ)

 二日後、トトリからふたたび護衛の依頼があった。今度の案件は大きい。
「南方大平原を探索して、アーランドまで行くんだけど、ミミちゃん、一緒に来てくれる?」
「いい判断よトトリ。それだけ大きな依頼、まず私をはずして行くことは考えられないわ。それで、ほかには誰を連れて行くのかしら?」
「うん、メルお姉ちゃんっていう、先輩の冒険者が一緒に行ってくれるの。本当はジーノくんも行くはずだったんだけど、急に『行かない』って、やめちゃった」
「そ、あの山ザルは来ないのね」
 ほっ、とした顔。
「で、出発はいつ?」
「七月二〇日の予定なんだけど」
「承知したわ」
「ありがとう! ミミちゃん」
「ああ、もうっ。遊びに行くんじゃないんだからねっ」
 抱きついてきたトトリを押し戻した。
2010/11/24

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Yoshimura Umanosuke