サイト名: へちま苑 制作者: 葦村午之助
メール: yoshi.uma●gmail.com(●を@に書換えてご使用ください)
メール: yoshi.uma●gmail.com(●を@に書換えてご使用ください)
〜南方大平原探索
■■3 南方大平原探索
■「えーと、わたしの冒険者の先輩でお姉ちゃんの友達の」「メルヴィアよー」
「ごめーん、ミミちゃん、お待たせー」
「遅いわよ」
いや、トトリの到着は、ほぼ時間通りである。
七月二一日。
ミミは、できるだけ小さくまとめた旅の荷物と家宝の鉾を担いで、宿を出た。やってきたのはトトリに言われていた集合場所――いつもの村はずれ。
前日、あまり寝ていない。ちょうど、好きな子と遊びに行くときのようなうきうきした――、
(浮かれてないわよ!!)
とにかく、宿を出たのが早すぎて、待ち合わせの時間よりずいぶん前に着いた。それからずっと待っていたのである。トトリの方は時間通りの到着。「遅い」というのは理不尽だった。
(思わず……いやいや先手をとるのは兵法の鉄則よ)
「この私を待たせるなんて一体何様のつもり……ん?」
言いかけて気がつく。トトリの後ろから付いてきた冒険者風の女性。
以前言っていた同行する先輩の冒険者か、と。
女性、というか少女というか。一見して二〇歳くらい。女性にしては背の高い。背中にかかるプラチナブロンド。顔に垂れかからないようにか、顔両脇の髪は藤色パルメット唐草模様のリボンで留めている。翠色のぱっちりした目。肌はやや小麦色。
着ているものの露出度が高い。
首の後ろで吊るタイプのブラジャー様式の服。
(ふ、服? ビキニの上でしょ)
ウエストまでの丈の短い上着。ミニスカートはリボンと同じパルメット柄の帯留めている。革手袋にブーツ。いずれもフリルの装飾が付いている。
小麦色の腹、腿、膝。
色々と大きな女だった。
背が大きい。胸が大きい。何より、持っている武器の斧が大きい。
立ち止まって、どんっ、と地面についた両刃の戦斧。刃の広さが前に立っているトトリの身長の半分(七三センチ)くらいありそうだった。
(いくらなんでも大きすぎるでしょ!)
この大きい女、にこにこ笑いながら、
「へえ、この子がミミちゃん? ふうん、へえ……」
遠慮のない視線。
「な、何じろじろ見てるのよ!」
と、威嚇しておいて、
「ちょっと、誰なの? この……色々大きい女は?」
「メルお姉ちゃんだよ。わたしのお姉ちゃんの友達で、冒険者の先輩なの」
「その紹介じゃ……」
フルネームがわからないわよっ、と言いかけたが、セリフがつづかなかった。トトリの後ろから手を伸ばしてきた大きい女に、
「ぴらっ」
とマントをめくられて、
「きゃあっ!?」
「はあ……やっぱり都会の子はきれいね。色白だし、服もおしゃれで……」
「な、なにいきなり人のマントめくってるのよ!」
「だって、マントとかスカートとか、目の前でひらひらしてるもの見たらめくりたくなるものでしょう? どうせマントの下はズボンなんだから」
ミミの冒険用の着衣は、緋色のマントに、下がショートパンツ様式になっている豪華な革鎧。鎧といってもごつい仕様ではなく、服のように着られる仕様のもの。
たしかに、マントをめくられて困る格好ではない。
「そりゃあ、ちょっとお尻が大きいかなー、とは思ったけど……。
もしかしてそれを隠すためのマントだった?」
「な、ななっ!? わた、お尻が、なんですって!?」
「気をつけなきゃダメよ。冒険者なんてやってたら、すぐお肉がぱんぱんになっちゃうんだから。せっかくかわいいのに、お尻だけ大きくて硬いなんてことになったら……。
あ、でも安心して。その辺も先輩としてちゃーんとフォローしてあげるから。冒険が終わったら、あたしがマッサージしてほぐしてあげるからね」
「余計なお世話よ! 絶対あんたなんかに触らせないから!」
横からトトリがこっそり、
(ごめんね、ミミちゃん)
(この前の山ザルといい、この大きい女といい。あんたの知り合いはなんでこんな礼儀知らずの濃い連中ばっかり揃ってるのよ!?)
「まったく……」
とため息をつきながら、それでも、わかったことがある。
(この女、腕は立つ)
ということ。
あのジーノとかいう山ザルの散漫な雰囲気とはわけが違う。この女、一見大雑把に見えるが、その道のプロに特有の整然とした気をまとっている。
山ザルと言えば、
「そういえば、あの山ザル、どうして急に来るのを止めたの?」
「えーと。どうしてだろ」
すると、女――メルヴィアが、
「ジーノ坊やにも色々あるのよ」
「ところで」
と、ミミはメルヴィアの横にあるものを指差した。
「何なのそれは? 砲架に見えるんだけど」
腰くらいまでの左右二輪の車輪に、台座が載っている。台座は、砲架の台座をやや広くしたくらい。荷物を縛りつけられるようになっている。ほかに引綱がついている。この引綱をとって牽いていくらしい。
「もとは砲架だったんだけどね。ちょっと改造して、荷物運搬用の車にしたの」
旅の荷物は雑貨をふくめけっこうな量になる。担いでいくのはつらい。
「普通はロバとか小型の馬とか、駄獣を使うものじゃないの? じゃなくても、駄獣にこの砲架を牽かせていけばいいんじゃ……」
「それねー。以前は羊を使ってたんだけど。道中でモンスターに襲われたとき、食べられちゃったのよ」
「ええっ」
とトトリ。曰く、
「羊さん、かわいそう」
「それに駄獣は餌も食べさせなきゃいけないし、うんこもするから。けっこう面倒なの」
「――そう。ま、そういうことなら、たしかにこれは合理的ね。よっぽど険しい道でも歩かないかぎり」
ミミは担いでいた荷物を砲架に載せた。家宝の鉾は自分で持っていく。いざというとき武器が手元にない、などという無様をしない用心。メルヴィアも同じく、トトリ1/2大の両刃の戦斧は自分で担ぐ。
(……今、軽々と担いだわね。なんて怪力)
後ろから見て、ミミが目を剥く。
砲架はメルヴィアが牽いて行く。
一行はアランヤ村を出て街道を北へ。
ミミは、二〇日間聞きつづけた、アランヤ村の潮騒を後にした。
■探索――三角測量、奇人、包囲円陣
冒険者の仕事。
それは、大きく分けると三種類になる。
一、モンスター駆除。
二、探索。
三、新アイテム開発とアイテム量産。
一つ目のモンスター駆除と二つ目の探索は、元からあった冒険者業務だ。探索は、採取の依頼もふくんでいる。
三つ目の新アイテム開発とアイテム量産は、冒険者の活動が頻繁になってから出てきたもの。直接冒険に行くわけではない。ほかの冒険者の補助である。二次的な冒険活動として、こういったことも冒険の実績として認められるようになってきた。
今回トトリたちが行うのは探索である。
探索はさらに三つの小カテゴリに分かれる。
一、鉱物・動植物の採取。
二、未踏地の目視情報取得。
三、アーランド各地の経路の通行確保。
一つ目の鉱物・動植物の採取は、アーランドの住民たちが冒険者ギルドに持ち込んだ依頼のうち、モンスター駆除以外のものだ。冒険者ギルドが依頼を整理し、ギルド本部とアーランド各地の依頼下請け業者を通して冒険者に仲介する。
二つ目の未踏地の目視情報取得は、情報だけで地図に記載されていない場所へ冒険者が実際におもむき、その場所の記録をとってくるもの。
三つ目のアーランド各地の経路の通行確保は、アーランド共和国建国当初からの切実な問題だ。アーランド王国とその周辺の自治地域が合わさってアーランド共和国になった。ところが各地の地図がつながらないという問題が発覚した。測量技術が拙劣で、正確な地図を製作できない自治地域がずいぶんあったためだ。全地域の測量には時間がかかる。しかし道の情報だけは、国防・経済・統治にかかわるため、一刻も早く確保したい。そこで地図の接続箇所を通る街道を歩いて、道のつながりがどうなっているか確認することが冒険者仕事となった。
南の漁村アランヤ村と首都アーランドの間に横たわるアーランド南方大平原(以下、南方大平原)。
地図を見ると、南方大平原のすぐ東側をかすめる街道がアランヤ村−アーランド間をつなげている。トトリとジーノが以前、冒険者免許をもらいに馬車でアーランドへ行った。馬車の通った道がそれだ。
一方、南方大平原を縦断するほうの道は途中で書込みが途切れてしまっている。
黄金平野の博物について詳細な記録をとることと、この書込みをつなげることが、南方大平原探索の目的である。
つなげる箇所は黄金平原北部から埋もれた遺跡南部の辺り。今回の探索地域で現在地を計測するときは黄金平野の風車と埋もれた遺跡、アーランドのいずれかを基準にするよう、冒険者ギルドの受付け嬢クーデリアから言われている。前者二箇所は、すでに正確な位置が地図に書き込まれている。
七月二一日、アランヤ村を出発。
自然庭園を経て、黄金平原へ。博物調査を行う。
月が替わって八月。
障碍もなく順調な旅。
旅のリーダーはメルヴィアである。冒険の指示は的確で、野宿、歩行のペース配分、応急処置といった冒険の知識もよく心得ている。大雑把ながら、押さえるところは押さえている。
(気に食わないことだけど、冒険者としては私より手上)
と認めるしかない。
黄金平原北部から、地図への印付けを開始する。街道を歩きながら、一定の間隔で、風車と埋もれた遺跡を基準に三角測量で現在地を計測して、地図の該当箇所に印をつけていく。ただし基準に近づきすぎると、計測した現在地の誤差が大きくなる。埋もれた遺跡に近づいてきたら、基準を遠くに見えるアーランドの街陰に変更する。
こうしてつけた複数の印を結び、道を描く。道はおおよその位置がわかればよい。それほど精確でなくていい。素人の測量で事足りる。
地図に印をつけつつ進む。
黄金平原を過ぎて埋もれた遺跡にかかる。麦畑の黄金色が、木立の点在する草原の深緑に変わる。よく見ると、草原のそこここに機械の部品らしきものが落ちている。深緑の一隅には茶褐色の小山。これが埋もれた遺跡で、見たところ、打ち捨てられた機械の固まりらしい。茶褐色は錆の色。
埋もれた遺跡は打ち捨てられた機械の小山を除けば起伏の少ない地形だ。草原の向こうまで見渡せる。アーランドがかすんで見える。道は通る者が少ないせいか、草に隠れている。草は腰丈。道のところだけ草の丈が低い。それで道とわかる。
そんな、埋もれた遺跡に入ったときだ。
白衣にメガネの変な男に出くわした。
「おや? 珍しいね。若いお嬢さんが、こんな所に」
歳のころなら二二、三、四、五、六、七、八。年齢の特定しづらい外見。三〇歳にはならないだろうという。
眼光鋭い、というのとは違うぎらぎらした眼つき。メガネを掛けているせいか、余計にぎらぎらして見える。
髪は栗色のもさもさとした縮れ毛。暗色のチュニックに薄汚れた白衣を羽織り、腰に巻いたベルトには工具を手ばさんでいる。足周りは軽装、ちょっと野原へ遠出するといった装備。やや猫背。背中に背負ったリュックサックは何が入っているのか、ずいぶん重たそうだ。
冒険者、という感じではない。
赤錆の機械の小山の近くを通ったとき。陰からぬっ、と現れた。
「わわ、あの、こんにちは。初めまして」
「これはこれはご丁寧に。こちらこそ初めまして」
思わず挨拶し、この変な男とやりとりをはじめたトトリに、横からミミが、
(トトリ、まともに対応しなくていいのよっ。見なさい、この男の怪しい風体。もじゃもじゃの髪とか、染みの付いた白衣とか、背中のくたびれたリュックとか。あの白衣に付いてる染みって、もしかして血痕じゃないの?)
(け、血痕!? た、たしかに、微妙にヘンな人っぽいけど……)
白衣メガネの男は、ミミとトトリのひそひそ話を気にも留めず、
「お嬢さんもこの遺跡の探索に?」
「いえ、ここへはほかの目的で。遺跡にはたまたま通りかかったんですけど。なんだか面白そうな場所だなーって思って」
「面白そう、か。ふむ、なかなか知的好奇心が旺盛なようだ。いや、素晴らしい。しかし、非常に残念だが……今日はやめておいた方がいいかもしれない。うん」
「どうしてですか?」
「そうだね、どうやって説明したものか……。例えば、お嬢さんは大切なものを隠す時、どうやって隠すかな?」
脈絡のない質問である。
「ええっと、地面に埋めるとか、鍵のついた箱に入れるとか……」
「んー、それだと、いつ誰に掘り起こされるか分かったものじゃないし、箱ごと持ち去られてしまう可能性がある。ま、可能なら自分で持ち歩くのが一番なんだが。そうでない場合なんらかのトラップを仕掛けておくのが有効だ。ここで言うトラップというのはだね……」
と、そのとき。ミミの視界に白衣メガネ男以外のものが写った。
「ちょっと、後ろっ」
白衣メガネ男の出てきた赤錆機械の小山。その後ろからわらわらとモンスターが三、四〇体。列を連ねて出てきたのである。
アポステルというモンスター。子どもくらいの背丈で、人型。下位の悪魔だ。全身青い鮫肌。頭に角。手足に太い爪。背中に蝙蝠のような形の羽が生えている。羽は自分の身体と同じくらいの大きさ。飛ぶことができる。
頭のいいモンスターで、こちらの気力を萎えさせて体力を奪うというやっかいな術を使う。
数体ならともかく、これだけまとまって出てこられると危険だった。
「モ、モモ、モンスターが!!」
「正解! そう、そうなんだよ。モンスターだ」
トトリがあわてる。ミミは戦うかどうか迷い、メルヴィアは逃げる用意。
「そんなこといってる場合じゃないです! 後ろ! 後ろにモンスターが!」
「おおっと、追いつかれてしまったか。いかなる状況でも常に落ち着いていることは、科学者の鉄則だ。でも今の場合、逃げるというアイデアには賛成だ。では!」
と言うなり、白衣メガネ男はトトリの脇を跳び抜けて街道をはずれ、草地の中を逃げていく。
「あの人、街道外れのほうへ逃げてく!」
「ほっときなさい。この辺りのことに詳しいのよ」
とメルヴィア。他人(ひと)のことより、今は自分たちも逃げないと危ない。アポステルたちは標的を白衣メガネ男からトトリたちに移していた。
「ほら、走るわよっ」
荷物を載せた砲架を牽いて、メルヴィアが走り出す。トトリとミミが後につづいた。
どのくらい走ったか。
「はあ、はあ、ぜえ……も、もう走れない……。あの人、どこにもいないし……。もう、なんだったのー……」
街道沿いに逃げて、いつの間にか、アポステルの群れは見えなくなっていた。赤錆の小山も遠くなり、まわりは腰丈の碧(あお)い草ばかりという場所。
「やっと振り切ったみたい。ねえ、メルお姉ちゃん、ミミちゃん、もう追ってこないよね?」
トトリが息をついて、ミミとメルヴィアに問いかけたが、
「……」
「……」
返事がない。
見ると、二人とも険しい顔で周囲をうかがっている。
「二人とも……どうしたの?」
「追ってこないんじゃなくて、追ってこられないんでしょうね。これは」
「さっきのアポステルたちと戦ったほうがましだったんじゃない? 二〇〇はいるわ。しかも囲まれてる」
「うーん、読み違えたわねー」
さきほどから草むらのそこここ、少し距離を置いたところにちらちらと見える無数の黒い影。
殺気を帯びた二〇〇あまりの気配。
「あ、なに? この臭い」
トトリも気配ではなく臭いで気がつく。
「獣の臭いよ。穢らわしいのが出てきたわね」
臭いに混じる濃厚な殺気。人間の大人ほどの大きさの狼――ウォルフである。それが円陣を組んで、遠巻きにトトリたちを囲んでいる。その数、二〇〇頭あまり。
じわりじわりと円陣を狭めてくる。草の碧色の隙間、ウォルフたちのこげ茶色がはっきり見えはじめる。
荷物を載せた砲架を砦がわりに。誰が言い出すともなしに、メルヴィアは戦斧、トトリは杖、ミミは鉾。三人が背中合わせに構える。
杖を構えたトトリにメルヴィアが、
「トトリ、あなたは爆弾の用意をして」
「うん」
と、うなづいてトトリが構えていた杖を砲架に立てかける。ミミが一瞥すると、やや蒼ざめた顔色。肩に掛けた革のかばんに手を入れる。細い指先が震えている。そのせいか、
「あっ」
かばんから取り出すとき、かばんの紐に引っ掛けてフラムを取り落とした。
拾おうとして屈んだ――そのとき。
――だっ。
と、草を跳ね上げて、突出していた数頭のウォルフが襲い掛かってきた。
五頭が三人に同時に飛び掛る。タイミングを合わせ、たがいをかばうのを封じる巧妙な襲撃。
それでも――。
メルヴィアに飛び掛った二頭は、巨大な戦斧に跳ね飛ばされ。
ミミに飛び掛った二頭は、鉾で斬払われる。
トトリに飛び掛った残りの一頭。これは、フラムを拾わず、とっさに杖をとったトトリの一撃を受けた。がむしゃらにふるわれた杖に鼻面――急所を直撃され、
「ぎゃん」
と喚いて後に退く。
しかし人間大の獣の突進である。トトリも跳ね飛ばされて、後ろの砲架にぶつかって尻餅をついた。あわてて立ち上がる。
警戒に隙ができた、その瞬間。
後ろにいたもう一頭のウォルフが飛び掛ってきた。
トトリは無防備。離していなかった杖を構えたものの、腕がしびれて力が入らない。先ほどの突進してくるウォルフを真っ向から受け止めたためだ。不用意に力いっぱい岩を殴りつけたようなもの。
身を反らして躱そうとしたが、足がすくむ。一呼吸、初動が遅れる。
「きゃっ!!」
咬撃を防ごうと突き出した杖が跳ね飛ばされる。
ウォルフの縦に瞳孔の切れた獣の目。ぱっくりと開けたウォルフの口の中が間近に迫る。赤黒い口の中。歯ならびがいい。突き出た四本の犬歯以外の歯はけっこう平ら。根元が黄ばんでいる。上あごの裏側が浮き出た肋骨みたいで、舌が長い。
「させないわよっ」
その牙がトトリの身体に喰い込むよりも、ミミの迎撃のほうが早かった。
体を移し、鉾の石突きを返す。トトリの眼前に迫ったウォルフの口めがけて。ずぼっ、と咽喉の奥を突いた。
突かれたウォルフは吹き飛んで草の上をのた打ち廻る。
危機を逃れたトトリは腰を抜かしたように砲架の陰にくずおれる。
「ミミちゃん、まだくるわよっ」
「わかってるわ」

ショックで砲架の陰にへたり込み呆然としているトトリを、ミミとメルヴィアが背中合わせに挿(はさ)み、かばうように構える。
残りのウォルフたちが一気に円陣を狭めて襲い掛かってきた。
2011/01/23
■縄張り――波状攻撃、シュタイン丘陵、マーキング
碧い草の波間に茶色い毛皮が波打ち、三人を呑み込もうと打ち寄せてくる。
ミミの鉾とメルヴィアの戦斧が、打ち寄せる波の先端を薙ぐ。体毛と獣血の波しぶきが、ぱっ、と散る。波の先端が落ちて後に退き、つづく第二波が打ち寄せる。
第三波、第四波。
寄せては返し寄せては返し、退き、打ち寄せ、うねり、そして退く。息をつく間もない波状の襲撃。
その波を防ぐミミの鉾。陽光を引いてうなる鉾の身が、逆巻く獣の波を切って「巴(ともえ)」の字を描く。巴に巴、三ツ巴四ツ巴。銀の軌跡は一振りごとに複雑な図形を描画していく。
足下にはトトリがいるし、長柄の武器は懐に飛び込まれては不利になる。一定の距離から内側に入り込ませないよう、武器の損傷が少なくなるよう、敵への斬撃は最小限にとどめて鉾を振るう。獣相手にはこれで充分で。生存本能のせいか、わずかに傷つけられただけでウォルフたちは怯んで後ろへさがる。
一方のメルヴィアは、戦斧を団扇のように平打ちでつかって、集(たか)るアブを払うように、ウォルフの波を払い飛ばしている。
ウォルフたちは二人が手ごわいと認識したらしい。きりがないと思われた波状攻撃が、消極的になってきた。
ミミがそう感じた矢先、
「う、う……うあああっああああああああ!!」
へたり込んで呆然としていたトトリが喚き声をあげて跳ね起き、ウォルフたちに向かって何かを投げつけた。
瞬き二回の間。
――轟ぉんっ。
とあがる爆炎と爆煙。草の塵と土の塵。巻き込まれたウォルフの血肉と毛。
最初に取り落としたフラムだ。
「きゃあああっあっあっあああああああああああああああ!!」
もう一投。方向も見定めず、力まかせに投げつける。これはウォルフたちの頭を通り越して円陣の外側へ。
――轟ぉんっ。
と舞い上がる草塵砂塵。
「トトリっ」
ミミが呼びかけ、周囲を警戒しつつ、トトリを見る。
「はあっはあっはあはあはあはあはあはははははあははっは……」
息を切らしているのか笑っているのか。瘧(おこり)のように震えるトトリの様子。目が血走り、ひきつった顔は血の気が引いて死人のよう。
髪を振り乱して、何か喚きながら、肩から掛けたかばんをまさぐる。さらに一本のフラムを取り出す。
「落ち着きなさい」
トトリの手。フラムをつかんだ手を押さえた。
「ひぃいいぅっ」
奇声をあげたトトリが、把まれた自分の手を振りほどこうと暴れだす。
「離してッ!! 離してミミちゃんッ!! 離してえぇえ!! 爆弾を、爆弾っ。くち、くち、くちが口が口が口がっ」
身をよじり、首を振り、地団太を踏んでめちゃくちゃに暴れる。
ミミは鉾を手放すわけにいかないので、左手しか使えない。暴れるトトリを押さえきれない。後ろから、メルヴィアもトトリを押さえにかかった。
「口がどうしたの?」
と落ち着いた声でメルヴィア。
「ばばばば爆弾、爆弾を!! はやく爆弾をしないと口が、口が咬みついて、爆弾爆弾を爆弾をはやくはやくはやく早くぅう!!」
よろめいて、荷物を積んだ砲架にもたれかかる。
そのまま、荷物に顔をうずめて、はあはあと荒い息をする。
ミミとメルヴィアは、トトリが落ち着くのを待つことにした。
あわてる必要は、すでにない。
ウォルフの襲撃は完全に停止している。先ほどの二発のフラムが効いたらしい。包囲は解かないが、円陣を広げ警戒にはいった。
ミミが、依然として殺気を放ちつづけるウォルフたちを見廻す。
「包囲を解かないわね」
「ウォルフって、一度狙いをつけると、しつこく追ってくるの。こうやって群れで行動して、ボスがその群れを率いてる。今、整然と円陣を組んでるのも、ボスが指揮を執ってるからよ」
「詳しいの? ウォルフのこと」
「以前、シュタイン丘陵で襲われたことがあってねー。あそこにもウォルフがいるのよ。ちょうど今と同じ状況になったわ」
「そのときは、どうやって対処したの?」
「場所がよかったわ。シュタイン丘陵って、石柱がたくさんあるの。そういう遺跡なのね。
石柱と崖を背にして最初の襲撃をしのいだあと、荷物を持たせてた羊を放って。その羊が食べられてる間に、最低限の荷物だけ持って、石柱をよじ登ったわ。あとは石柱と石の梁(はり)を伝って奴らの縄張りの外まで逃げて。縄張りの外までは追ってこないの。でもお陰で、荷物の大半は捨てていくことになったんだけど」
「今回は囮に使える駄獣も、よじ登って逃げられる石柱もないわよ」
荷物を載せているのは砲架。地形は見渡すかぎりの草原だ。
「根比べでしょうね。今日中にこの草原を抜けましょう。今言ったとおり、こいつら、縄張りの外までは追ってこないわ。それまで気を張って歩くのよ」
と、
「メルお姉ちゃん、ミミちゃん」
荷物に突っ伏していたトトリが起きあがった。
さきほどの取り乱した様子は、もうない。血色もよくなり、呼吸も落ち着いている。
「トトリ、大丈夫?」
「うん、ちょっと、慌てちゃって。それで……あの……」
うつむき、もじもじと何か言おうとして、口ごもる。
「いいから、言ってみなさい」
「わ、わたし……」
上目遣いにミミとメルヴィアを見上げ、
「……おしっこしたい」
「……」
「……」
湿気った沈黙。ミミが鶏を絞め殺すような声で、
「…………すれば」
「でも、みんな見てる……」
「あなたがしてる間、私たちは後ろ向いてるわよ」
「そうじゃなくて」
トトリがちらちら外周のウォルフたちを見る。トトリの仕草につられて、ミミとメルヴィアも周りを見る。二〇〇頭のウォルフたちが殺気のこもった眼で凝(じ)っとこちらを見ている。
「あー、たしかに。狼さんたちがみんな見てるわねー」
トトリの心が折れたのではないかと心配していたところに、このあっけらかんとした要求。ミミは頬の肉をひきつらせて、
「ケダモノどもの視線なんて気にするんじゃないわよっ。好きなだけ見せてやりなさいよ、してるとこっ。だいたいこの状況でおしっこ!? あんた、本ッ当にいい度胸してるわ!!」
「でも怖い時って、おしっこしたくならない?」
「普通、本当に恐怖を感じたときは、すくみあがって尿意がなくなるわよっ。ほら、さっさとしなさい!! 後ろ向いててあげるからっ!!」
「ううっ。わかった……」
トトリはウォルフたちの視線を避けるように、砲架の陰にしゃがみ込んだ。
衆狼環視のなか、ミミとメルヴィアは背中合わせに周囲を警戒。
後ろでは、
――ごそごそ。
と衣擦れの音。
「やっぱり、狼さんたちみんな見てる……。なんか、しづらいな……」
トトリのつぶやき。そのつぶやきを聴いて、周囲を警戒しつつ、ふとミミは思った。
(そういえば、トトリの錬金術士の衣装って、レオタードよね。おしっこするとき、どうしてるのかしら……)
そう思っている間に、
――じじじっ。
と小水が地面を濡らす音。
閑静。
また衣擦れの音。
立ち上がったトトリが、
「いいよ」
ミミが振り向く。
トトリは、人間以外のものにとはいえ、用足しの間、二〇〇対の眼に見られていたのが恥ずかしかったのだろう。頬が紅潮している。
何気なくミミは地面を見た。トトリがおしっこをした辺りの、湿った地面、濡れた草。
「わああっ。見ないでええ!」
耳まで真っ赤になったトトリがミミの前に手を広げて視界をさえぎる。
(犬って、おしっこで縄張りをマーキングするのよね。……狼はどうなのかしら)
これでこの辺り一帯はトトリの縄張りになるのだろうか、と考えてしまった。
持ち直したトトリが、
「ここで地図に印を付けた方がいいと思う」
と言う。たしかに前に印を付けた場所からの距離を考えるとこの辺りで一度計測する必要がある。
トトリが計測・印付けの作業する。
地図への印付けは、これでおおよそ道が確定できるだけのポイントを押さえた。ただ、作業を確実にするために、この先でもう一回、印付けの必要がありそうだった。
それだけのことを確認した上で、ふたたび出発する。
ウォルフは三人を包囲したまま、円陣を移動させてついてくる。包囲円陣の中央に三人を位置させたまま、輪をずらすように移動してくるのは獣の業とは思えない精密さ。
「指揮を執っているボスウォルフがいる、って言ったわね? この円陣、指揮官がいるからこんなにきれいに形を保っていられるのよね」
歩きながら、ミミがメルヴィアに問いかける。
「だったら、そのボスウォルフを倒したらどうなるのかしら?」
「当然、円陣は崩れて、ウォルフたちも烏合の衆になるでしょうね」
「ボスウォルフを倒せないかしら?」
「この数のウォルフの中から、ボスウォルフが特定できればねー」
■突破行――移動のズレ、ボスウォルフ、突撃
この包囲円陣を一つの生物としてみる。
一見、変幻自在の包囲円陣。
しかし、梃子に軸があるように、個々の小部隊がおのおの自律的に動いているのでなければ、必ず動きの軸・核がある。そこが指揮の中枢である。指揮官――ボスウォルフのいる場所だ。
ミミは、この包囲円陣を一つの敵と見て気配を探ってみた。
こちらの歩く速度に合わせて移動する包囲円陣の動き。
意識を集中させる。
(どこ? ボスウォルフがいる位置は)
が、相手は巧妙に気配を絶っているらしく。位置はつかめない。
じきに、道が大きくカーブしている箇所にさしかかった。先頭のメルヴィアは、半ば雑草にうずもれた道から外れないよう、注意深く歩く。
ウォルフの包囲円陣もそれに合わせてカーブしていくのだが、
「ん?」
「ミミちゃん、どうかした?」
とトトリ。円陣から注意を逸らさずにミミが、
「いえ、べつに」
包囲円陣が自分たちの動きに合わせてカーブしたとき、その動きに妙な違和感を感じた気がしたのだ。しかし違和感の正体はよくわからなかった。
そのとき、
「あ、ちょっと待って」
真ん中のトトリが停まった。地図に印をつけるためだ。これが最後の印付けになる。
ウォルフの包囲円陣もそれに合わせて停まる。ウォルフたちは殺気を放ちながらも、二度目の襲撃を仕掛けてくる気配はない。
――包囲円陣が停まったとき、ミミは、さきほどのカーブで感じた違和感の正体に気がついた。
(円陣の動きは、ぴったり同じじゃない。今の停止、円陣の前方が少し遅かった)
つまり、円陣の前方が動きの末端。蛇に喩えるなら尻尾だろう。
(とすれば、頭はおそらく逆側。私たちの後方)
そこまで考えて、後方とは、円陣内の獲物の動きに合わせて包囲円陣の動きを調整するために、一番監視のしやすい場所であることに思い至った。
メルヴィアとミミが警戒する中、トトリが現在位置を測って地図に印をつける。
「いいよ、メルお姉ちゃん、ミミちゃん」
そう言ったトトリを見る。
「ちょっと、あなた真っ蒼じゃないっ」
しかも酷く汗を噴いていた。呼吸(いき)も揚がっている。
「ウォルフの発する殺気にあてられたわね」
メルヴィアが言って、周囲のウォルフたちを見廻す。
冒険に慣れておらず、武術の経験もないトトリには、強烈な殺気に曝されつづけることに耐性がなかった。
メルヴィアは、荷物を載せた砲架を指差し、
「トトリ、荷物の上に横になりなさい。あなた、これ以上歩くのは無理よ」
「でも……」
自分だけ楽をすることに躊躇があるらしい。
ミミはトトリのそういう態度は合理的でないと考え――決して、あまりにも辛そうなのを見ていられなくなったからではなく、
「とっとと乗りなさい。あなたには、まだいざってときに役立ってもらわなくちゃいけないんだから。そのときになってへばってたら、どうにもならないでしょ。冒険は仲良しごっこじゃないの。情を差しはさまず、冷静な判断をしなさい」
「う、うん。そうだね」
――くたっ、と。
トトリが小さな身体を砲架の荷物の上に横たえた。
「落ちないように気をつけなさいよ。あなた、どんくさいんだから」
「うん、気をつける」
そう答えたトトリから、メルヴィアへ視線を移すと、
「な、なによっ」
「別にぃ」
――にやにや。
と擬音がするくらいのねっとりした生暖かい笑いを、こちらに向けていた。
「ふんっ」
ふたたび歩き出す。
ミミは逸れそうになった注意を、再び周囲の円陣に戻した。
ウォルフの包囲円陣が動き出す。包囲円陣のある一点――そこが最初に起動し、その一点を起点にして全体へ起動の意思が伝達される。草いきれに混じった獣たちの体臭と殺気がぞろぞろと動き出す。
その動きの起点。わずかな動きのズレだったが。それを、ミミは読み取った。
(左後ろ――八時の方向。そこが一番早く動いた!)
注意を、動きの起点あたりに集中する。
その箇所に、円陣の核であるらしい気配を感じ取った。
「ねえ、歩きながら聞いて」
と、メルヴィアと砲架の上のトトリに、今気がついたことを話す。
「私は、こちらから仕掛けるのがいいと思うわ」
と言って二人を見る。
三人とも万全な状態ならメルヴィアの最初の方針通り、ウォルフたちに包囲させたまま草原を突っ切ってもいい。しかし今はトトリが殺気に当てられて寝込んでいる状況。次にウォルフたちに襲われれば、トトリを守りきれるか怪しい。草原を出るまでにウォルフたちの二度目の襲撃がない、という保証はない。ゆえに余力のあるうちに先手を打つべき、と考えた。
「うーん、そうねぇ……トトリ、爆弾はあとどれくらいある?」
「フラムが二一発と、メガフラムが二発。それからレヘルンが一発、でもこれはほとんど溶けちゃってる」
「そう……それじゃ」
と、メルヴィアが歩きながら作戦を説明する。
ミミとメルヴィア、トトリの間に二、三やりとりがあり、合意に達した。
「いいよ。メルお姉ちゃん」
トトリが荷物の上に寝たままメガフラムを準備した状態で、荷物にしっかりと把まる。
「私はいつでもいいわよ。あんたのタイミングではじめて」
ミミが、円陣のボスウォルフの気配を探ることに意識を集中する。
メルヴィアは返事をせず、ふうっ、と息を吐いた。
次の瞬間、
――だっ。
と土を蹴って駆け出した。
碧(あお)い草の切れ端が舞い上がる。
包囲円陣がその勢いに合わせて動き出す。さすがに少し反応が遅れた。
荷物とトトリを乗せた砲架がメルヴィアに牽かれて走り出す。整備の悪い道のためにがっこんがっこんとゆれる。トトリは舌を噛まないよう歯を食いしばり、振り落とされないよう必死に荷物に把まる。頭や背中や尻や足に硬軟の衝撃がくる。それでもメガフラムは離さない。
砲架の後ろをミミが走る。緋色のマントを翻し、サイドポニーの髪をウォルフたちの殺気が漂う風に靡かせて。それでもボスウォルフの気配を追う注意は逸らさない。
五秒間。
全力疾走だった。
メルヴィアは、五秒走って、
――ぴたっ。
と、停まり、向き直ると、勢いのついていた砲架を把んで停めた。
ミミはそれより一呼吸早く停まり、
――びっ。
と、鉾尖(ほこさき)でボスウォルフの気配の方向を指した。
ウォルフの包囲円陣はこの動きに対応してきた。
しかし急には停まれず、円陣がいびつな形になる。
それでも包囲は崩さない。
見事な指揮だった。
が、このとき、ボスウォルフに隙ができた。
トトリたちの急激な動きに円陣を合わせるため、指揮に集中した結果だ。
これが全力疾走・急停止の目的。ボスウォルフの注意を円陣の指揮だけに集中させ、隙をつくること。
ミミは、包囲円陣の中から、ボスウォルフの注意の空白を感じ取っている。
「トトリ、爆弾」
砲架の荷物の上に寝ていたトトリは起き上がりざま。ミミの鉾が指した方向、ボスウォルフのいるであろう方向に向かって、メガフラムを投擲した。
メガフラムは放物線を描いてウォルフたちの中に落ちる。
ウォルフたちは一度爆弾を喰らって、その威力を知っている。左右に散る。しかし円陣を組んだ状態でしかも急停止したところ。充分な回避行動ができない。
――轟ッ。
と、メガフラムが轟音爆炎を上げる。
柔らかい草と細かい土、爆発に巻き込まれた一〇頭あまりのウォルフが宙に舞う。
深緑の草原に、赤い炎と黒白の爆煙。夏の薫る風に、火薬の臭いと獣の肉が焼ける臭い。
煙幕が広がり、彼我の視界をさえぎる。
その煙幕が晴れるより先に、ミミが鉾を構えて突撃した。
(ボスウォルフがまだ生きてるっ)
爆炎で引火した草と、爆死したウォルフの死骸を飛び越える。
この間、メルヴィアはトトリの横につき、トトリを守っている。
メルヴィアの作戦――。
ボスウォルフに隙をつくり、トトリがボスウォルフのいる辺りへ爆弾を投擲。ウォルフたちが怯んだところを、一人が突撃してボスウォルフにとどめを刺す。もう一人はトトリの護衛。
ボスウォルフさえ倒せば、ウォルフの群れは烏合の衆になる。あとは爆弾で追い散らす。
――というもの。
ミミは、爆煙と炭化した草地を飛び越えた向こうに、一頭のウォルフを見つけた。一見ほかのウォルフと同じに見えたが、ミミにはそれが、ボスウォルフであることがすぐにわかった。
「あんたがボスウォルフかああああ!!」
鉾を繰り出す。
ボスウォルフも尋常ではない。爆撃で傷を負いながらも、ミミの刺突を、ひらりと跳んで躱す。しかし、着地して体勢を立て直そうとしたところ、
「鋭ッ!!」
ミミの二突き目の刺突が、ボスウォルフの胸元をえぐった。
槍術の要(かなめ)は繰り出した槍をいかに素早く引き戻すかにある。一突き目を囮にして、躱しにくい回避直後を狙ったのである。
存分にえぐっておいて、ボスウォルフの身体に足をかけ、鉾の身を引き抜く。
ボスウォルフが冷たい草の上に倒れる。脊椎反射で四肢がびくんびくんと草を叩くが、息はすでにない。即死である。
ミミは、ボスウォルフに集中させていた注意を、辺りに分散させた。
ボスウォルフが倒されたのを見て、包囲円陣のウォルフたちが動揺し始めていた。動揺は円陣の動きの伝達と同じように、ボスウォルフの死体の周囲から始まった。二呼吸しない間に全体に行き渡る。それまで、一つの意思を持っていた円陣が、珠数の紐を切ったようにばらばらになった。
ミミは円陣の外縁を走り出した。
動揺して身動きできないでいるウォルフたちを次々に斬り払いながら、
「トトリーっ、残りの爆弾を使いなさい!」
少し間をおいて、円陣のそこここでトトリの使うフラムの爆炎があがる。
戦意喪失したウォルフたちは子犬のように逃げ散っていった。
2011/01/24
前へ≪ (目次へもどる) ≫次へ
Yoshimura Umanosuke