サイト名: へちま苑 制作者: 葦村午之助
メール: yoshi.uma●gmail.com(●を@に書換えてご使用ください)
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■■2 足跡を辿って――免許と抜け穴
「ゆゆしき事態だわ」
クーデリアはこめかみに青筋を浮かべながら、ミミとトトリの報告を聞いた。
一二月一日、サンライズ食堂で食事をしながらの報告聴取である。
その日、ミミとトトリは、A氏が六〇万コールを振り込んだ銀行に行った。クーデリアの紹介状は効果てきめんで、すぐに支配人が会ってくれた。質問も、すぐにわからないことは記録を調べたり、担当者を呼んで確認し、答えてくれた。
わかったことは次の三つ。
一、六〇万コールは、A氏による振り込みがあった当日のうちに引き出されていた。
二、六〇万コールを引き出した人物の人相風体については、三〇代なかばの男だったとしか、わからなかった。二ヶ月前のことでもあり、対応した係の者もほとんど憶えていなかった。
三、口座の持ち主である冒険者某氏は、口座を開くとき、冒険者免許を身分証明書に使っていた。
クーデリアが「ゆゆしき事態」と言うのは三番目の冒険者免許のことだ。
冒険者がこの詐欺事件に関わっていることになる。
口座の持ち主が冒険者だということは、A氏から聞いてわかっていた。このことについて、クーデリアは、ミミとトトリが調べに行く前、たかをくくっていた。
「架空の冒険者で、名前も偽名でしょ」
ところがである。某氏は、実在の冒険者らしい。
冒険者ギルドの名簿にも名前があった。
「とにかく、明日、その冒険者のところに確かめに行ってくるわ。これは冒険者関係のことだから、あたしの仕事よ。相手がアーランドの在住者だったのは不幸中の幸いね。明後日の夕方、ロロナのアトリエに集まりましょう。そのとき結果を報告するから」
しかし、この冒険者がクーデリア憤怒の引き金になった。
冒険者の中には、免許だけ持っていて冒険をしない人たちがいる。初期に免許を取った冒険者たちである。アーランドで冒険者制度ができた当初は、永久に使える免許をすぐに発行してもらえた。
しかしそのせいで、免許だけ取って冒険しない名ばかりの冒険者が増えた。これはよくないというので、冒険者制度が改正された。最初にもらえる免許が期限付きになった。
取得後数年間の冒険者としての実績を鑑(かんが)みて、免許を更新する。永久に使える免許は更新後でないと取得できない。
A氏が六〇万コールを振り込んだ銀行口座の持ち主である冒険者某氏は、初期に免許を取った冒険者で、冒険をしない免許だけの冒険者だった。
――一二月二日。
クーデリアは某氏の勤め先に出向き、当人に冒険者免許を持っているか確認した。
はじめ、冒険者某氏は、
「無くしました」
と言った。
この反応だけで、クーデリアは冒険者某氏が免許をどうしたか、予想がついた。
そこで詳しい説明は伏せて、莫大な金額の動いた詐欺が関わっていること。事と次第によっては、某氏がその犯人として逮捕されるかもしれないことを、なかば威(おど)しを交えて話すと、名ばかり冒険者某氏は青くなって白状した。
「本当は、何年か前、知り合いに売りました」
冒険者免許は、更新制になってから、コレクションとしての価値が出てきた。決して、「誰もが欲しがる」というわけではないが、やはり欲しがる変わり者がいるのである。
冒険者某氏の知り合いにそういう変わり者がいて、彼に売ったのだという。時期としては、冒険者免許が更新制になり始めたすぐあとのことだ。
「あんた……」
クーデリアのこめかみに、にょろっ、と青筋が浮き上がった。
「ふざけんじゃないわよ! あの免許は、転売してあんたの飲み代にするために発行したんじゃないのよ!! あんたが詐欺の犯人だったほうが、まだましだったわ!! あんたをぶち込めるからっ!!」
あまりの剣幕に、冒険者某氏が息を呑む。
「あたしはねえ、あたしの発行した冒険者免許が犯罪に使われた、ってのが許せないのよ!!」
言い捨てて、某氏の勤め先を出た。
某氏のところで怒りを吐き出したあと、クーデリアは、名ばかり冒険者某氏が免許を売ったという収集家を訪ねた。
収集家は、冒険関係のアイテムを収集している人物だった。収集物は、冒険関係の文献、武器、遺跡から発掘されたアイテムにおよんでいた。
ところが、冒険者免許は、この収集家のところにも、すでになかった。
「あの冒険者免許なら、手に入れてすぐ、ほかのアイテムと交換しました。わたしと同じく冒険者関係のアイテムを集めているある収集家が、北方遺跡群で発掘された珍しいアイテムを持っていまして。それが欲しくなって、冒険者免許と交換したんです」
「わかったわ。じゃ、そっちに廻るから、あなたがアイテムを交換した収集家の家を教えてくれる?」
「ええ。それなのですが。その収集家さん、すでに高齢でして。それで、二年前に亡くなっておられるんですよ」
「はあ? それじゃその人の家族は?」
「それならわかります」
クーデリアは、故人収集家の家族の家に向かった。
故人収集家のコレクションは、なかった。
故人収集家の家族たちは、収集家のコレクションの価値がよくわからなかった。家に置いておいても邪魔になるので、葬式のあと、故人の収集仲間たちに知らせて、タダで持って行ってもらったのである。
誰がなにを持って行ったかなど、記録してもいないし憶えてもいない。だいたい、収集仲間のうち、誰と誰がやって来たかもわからない。来てもなにも持って行かなかった人もいる。アーランド在住でない人もいる。
(せめて競売に掛けていてくれれば、記録が残ってたかもしれないのに……)
あとは、この故人収集家の収集仲間を一人ずつ当たるしかない。それは、クーデリア一人で調べるには時間がかかりすぎる。人数を使っても、成果が出るのか定かではない。
口座の持ち主を捜す足取りは、ここでほぼ途絶えた。
○ ○ ○
――一二月三日、夕方。ロロナのアトリエ。
ふたたび、クーデリア、ミミ、トトリの三人が集まった。
「というわけで、口座の持ち主を捜し出すのは無理。抜け穴のほうを当たるわ」
「トトリも連れて行くの?」
「え、わたしはついて行っちゃダメ?」
「そう言うんじゃなくて」
トトリには錬金術の仕事があるのでは、と思ったからである。ミミは結果をA氏に報告しなければならないので、クーデリアの調査についていくのは当然だ。しかしトトリは、今回の件にはかかわりがない。
銀行の支配人に会いに行ったとき、トトリを連れて行ったのは、銀行の支配人という人物に顔をつないでおくのはトトリにとっても無駄にはならない、と思ったからだ。
と、ここまで考えて思い当たった。
「今度会いに行く人物も、それなりの地位の人なの?」
「元大臣メリオダス・オルコックよ。クーデター(笑っちゃうわね)の黒幕。
A氏の話に出てきた抜け穴って、もしかして、元からアーランド城にあったものを掘り足してるんじゃないか、って、ちょっと思ったのよ。なら、抜け穴のことを知っていそうな人に聞いたら早いでしょ。もしアーランド城に元から抜け穴があったなら、元大臣が知ってるはずよ。
で、ついでにその元大臣に、あなたたちを紹介しておこうと思って。
元大臣は今じゃ、ずっと暇だから、明日の午後、すぐ会えるそうよ」
元大臣の都合は、今日のうちに確かめておいたらしい。
「二人とも、都合はいい?」
ミミもトトリも問題なかった。
――一二月四日、昼下がり。
クーデリア、ミミ、トトリの三人は、馬車で、アーランド郊外にある、メリオダス元大臣の別宅に向かった。メリオダスが大臣を辞めてから建てたものである。
クーデリアはいつも通り、暗色のベスト、フレア入りミニスカートにファンシーコートという仕事着。ミミは訪問用のドレス。トトリはいつもの錬金術服――といってもこれは最近つくったもので、フードの付いた紺のインナーウェアに黄色の上着である。
まもなく見えてきたのは、鄙びた雰囲気の屋敷。敷地内、庭の一角にガラス張りの建物がある。クーデリア曰く、
「あのケバいじじいに似合わない牧歌的な感じの農村風の邸宅よ」
しかしトトリは、別の感想を持った。
「農村っていうより、実験農場みたいですね」
屋敷の周りを囲んでいる庭園は、すべて畑になっている。小さく区切った畑に、それぞれ違う作物が植えられている。観賞用の花卉(かき)もあったが、庭園を飾るためではなく、実験的に栽培しているようだった。
屋敷に着いて、案内を請う。
出てきた執事に案内されて、来るとき見えていたガラス張りの建物の中に通された。
温室である。中は広く、冒険者ギルドのロビーくらいありそうだった。植えられているのは、原初の島の植物。密林を模して植えられており、植物の間を縫って、迷路のように細い道がつくられていた。
奥に進むと東屋(あずまや)があって、テーブルには茶菓が用意されていた。
「ここでお待ちください。すぐに主がまいります」
執事は三人にお茶を淹れて去っていった。
執事が去ったあと、トトリが落ち着かなくなった。
周りの植物をきょろきょろ見廻す。
「ちょっとトトリ、初めてアーランドに出てきた田舎者みたいよ。落ち着きなさい」
「調合に使えそうなものばっかりだから、つい。あ、これなんかいいかも」
席を立って、目をつけた植物の近くに行ったとき。
すぐそばの立木の陰から、服を着たアポステルが顔を出した。
トトリは思わず身を退き、
「こんなところにアポステルが!! しかも大きい!!」
トトリより大きい。大人くらいの大きさで、ポリーウールの三揃えにモフコットのシャツという品のいい服装。
「トトリ、退(さ)がって」
ミミが東屋に用意されていた庭掃除用のほうきをとって、トトリの前に出る。ほうきを構えて、
「穢らわしいのが出てきたわね! なんて巨大なアポステルなの!」
するとアポステルが、
「誰がアポステルだ!?」
「言葉を話せるの!?」
「そ、そうだ。携帯用の爆弾を……」
「待たんかバカ娘ども! 私は人間だ! おい、クーデリア嬢、笑っておらんで、早くこいつらを止めんか!」
「はははははははははっはっ、わ、笑える。ひーはは、アポステルだって、アポステル……アポステル・オルコック。あははははは」
「お前ら、いい加減にしろ!!」
トトリがアポステルと見たのは、メリオダス・オルコック元大臣である。
メリオダス元大臣が東屋に入り、席について、仕切り直しになる。
まずミミが、
「連れの者が大変失礼いたしました」
「お前も大概な」
(ミミちゃん、ひどいよ。全部わたしのせいにするなんて)
(黙りなさい。元はといえばあなたの勘違いのせいでしょ! 何よアポステルって)
「この二人はあたしから紹介しましょう」
「紹介されんでもわかっている。錬金術士のトトゥーリア・ヘルモルトと旧家シュヴァルツラングの当主で冒険者のミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングだろう。アーランドの主だった名士は記憶しているからな」
(――名士)
と言われて、ミミの頬がゆるんだ。
「それにしても大臣やってたころからは想像できない大人しい服装ね」
「息子の見立てだ」
「ふうん、通りで。品のいい老人に見えるわ、首から下は」
首から上は毛(髪の毛)のはえたアポステルだが。
「それはおいといて、聞きたい内容は手紙で報せといた通りよ。クーデターなんてやってたの?」
「――馬鹿馬鹿しい。王を監禁か。そうだな、私も大臣だったころ、監禁しておけるものなら、どれほどあの王を監禁しておきたいと思ったことか。だが、クーデターなどという噂を立てられることについては、身に覚えがないでもない。ずいぶん強引なこともやったからな」
「ま、その話はコントのネタみたいなものよ。それで、抜け穴については?」
「アーランドの王宮に、たしかに抜け穴はあった。元からあったものだ」
「あった?」
「今はもうない。埋められた。埋められたのは、私が要職につくより前、もう何十年も前のことだ。私が抜け穴の存在を知るだけの地位についたときには、もう、抜け穴は埋め立てられた後だった。私も一応、抜け穴の城側の出入口跡が何処にあるかは知っている。だが、その抜け穴が何処に通じているかまでは知らん」
「知っているとしたら誰?」
「さあな。埋め立て前の図面が残っていれば、それを見ればわかるだろう。しかし、私が見たことのある図面は、抜け穴を埋めた後更新されたもので、抜け穴は載っていなかったはずだ」
「抜け穴の出口はわからない、ってことね」
抜け穴の手がかりも、途絶えた。
○ ○ ○
翌日、クーデリアは、冒険者ギルドに出勤すると、受付の椅子に座って腕を組んだまま、険しい顔つきで思案しはじめた。
小さな全身からにじみ出る殺気に、ギルドにやってくる冒険者も依頼客も、クーデリアの後輩のフィリーも怖くて近寄れない。
とくに災難なのはフィリーで、彼女は仕事柄、受付を離れるわけにはいかない。気弱なうえに、普段から小さな先輩のクーデリアを恐れている。思案するクーデリアが身をよじるたび、フィリーは近くに流れてくる殺気の波に当てられて、びくっ、びくっ、と身を震わせた。
(今回のこと。許せないのは、冒険者免許を犯罪に使ったことよ。この落とし前はきっちりつけないと腹の虫がおさまらないわ。できればあたしの手で犯人どもを捕まえて、全身の生皮を剥いでアーランドの城門に獄門(さらしもの)にしてやれれば気が済むんだけど……。
A氏の振り込み。一見、単なる詐欺事件のようでもある。犯人は六〇万コール手に入れてるわけだし。もう、どっかに高飛びしててもおかしくない。
でも気になるのは、A氏の見たっていう抜け穴よ。あれはいったい何なの? あの真に迫った地下道はどうにもただごとじゃない気がする。
抜け穴の出口……抜け穴の出口の場所がわかれば。でも、A氏も馬車の外のことは全然わかんなかったみたいだし。元大臣も役に立つ情報は何にも持ってなかったし。馬車の中の情報だけで、どうやったら抜け穴の場所を特定できるってのよ……。小窓に写ったアーランドの遠景、一時間。帰りは午後五時。西日……)
思案するうち、二日間の捜査の疲れが出たのか。クーデリアは椅子に座って腕組みしたまま、舟を漕ぎはじめた。
――こっくり、こっくり。
「……ちゃん、くーちゃん」
「ん?」
「もうすぐ〈オルトガ遺跡〉に着くよ」
(ここは?)
箱形の馬車の中。すでに夕方で、馬車の四方の壁についた小窓から赤い陽が差し込んでいる。
前後二の字についた座席。馬車の進行方向と逆向きの前席にクーデリアが座り、順向きの後席にロロナが座っている。
一五歳のころのロロナである。
ふと、自分の金髪に触ると、
(長い)
背中の中程まである。ポニーテールに結っていない。
装飾入りのコートも、いつもの黄土色ではなく、黒紫色。昔、着ていた服だ。
(あ、そっか)
自分はまだ一四歳だった。冒険者ギルドで働いてもいない。ロロナのアトリエを守る手伝いをしていた。
(そう、そうだ。今は、冒険者ギルドよりロロナのアトリエを守らなきゃ)
ロロナのアトリエは、一年ほど前までアストリッドのアトリエだった。そのアトリエが無くなるか否かの瀬戸際に追い込まれたのは、メリオダス大臣の計画のためだ。
軍事関係の工場を建てる土地を確保したいと思ったメリオダス大臣は、錬金術士アストリッド・ゼクセスのアトリエに目をつけたのである。アトリエを潰して跡地に工場を建てよう、という。
これはアストリッドも悪かった。彼女はろくに仕事もせず、街の住民たちともいさかいを起こして、錬金術士とアトリエの評判を落としていたのだ。
しかし、アトリエを潰す話は、どこからか助け船が入り、すぐに潰すのは取りやめになった。代わりに三年間、国からアトリエに課題として商品を注文し、その課題の成果を見て、潰すかどうかを決める、ということになった。
ところが、アストリッドはこれすら、
「面倒くさい」
の一言で、課題制作を弟子のロロナに押しつけた。アトリエの看板も付け替えて「ロロナのアトリエ」にしてしまった。
このころのロロナは錬金術士の弟子とは名ばかり。アストリッドから錬金術などろくに教えてもらっていなかった。
そもそもロロナも望んで弟子になったわけではない。昔、両親が病気になったとき、薬の調合をアストリッドに頼み、「代金は身体で払います」と言ってしまって弟子にさせられた。
今回も師匠アストリッドから、
「もしアトリエが無くなって、私がアーランドを出て行くことになったら、もちろんロロナも連れて行くぞ。ロロナは私に借金を負っている身だからな。それとも、私がこれを機にロロナの借金をチャラにするような優しい人間だとでも思ったか?」
と言われて、課題制作を肩代わりさせられた。
クーデリアはそれを聞き、ロロナに街を出て行ってもらいたくなくて、課題制作を手伝うことにしたのだ。
「どうしてあたしたち、〈オルトガ遺跡〉に行くんだっけ?」
「錬金術の調合に使う材料が街の店で手に入らなくなっちゃったから、これから採りに行くんだよ」
メリオダス大臣の妨害工作である。ロロナが、最初の一年目の課題を順調に乗り切ったことに焦りを覚えたらしい。メリオダス大臣は錬金術に使う材料のうち、街で売られているものを買い占めるという妨害を始めた。
そのせいで、森キャベツは一七倍の値段に値上がりし、マジックグラスは全く手に入らなくなった。
しかもまずいことに、調合でマジックグラスが急に必要になった。
そこで、〈オルトガ遺跡〉へ材料を採りに行くことになったのである。
「でも、このときはまだ、わたしたち、メリオダスさんの妨害工作だなんてこと、知らなかったんだよ」
「そうだったわね。ところで、何でわざわざ馬車に乗ってるんだっけ? いつもは歩いていくでしょ」
「馬車で行くからだよ」
脈絡のあわない回答だったが、クーデリアは疑問に思わなかった。
「ねえロロナ、今何時?」
「もうすぐ午後五時だよ。くーちゃん」
そのとき、クーデリアは、ロロナの顔の脇にある小窓から、外の景色をなにげなく見た。ロロナが馬車の進行方向に対して順向きに座っているから、馬車の後ろについている窓になる。
小窓の向こうは赤い空、その手前に黒々と、西日を背に負って陰になっているアーランドの街の遠景が見えた。
西日がアーランドの陰から顔を出し、ぎらっ、と光った。
まぶしい。クーデリアは顔に手をかざした。
と、同時に気がついた。
「ねえ、ロロナ。おかしくない?」
「なにが?」
「馬車の後ろの小窓からアーランドの街が見えて、アーランドの街の後ろに西日が見えるなら、馬車は東に向かってるはずよ。これじゃ〈オルトガ遺跡〉と反対方向じゃない。このまま一時間も行ったら、〈近くの森〉に着いちゃうわよ。いや、〈近くの森〉でマジックグラスは採れるけど」
「もうすぐ〈オルトガ遺跡〉に着くよ」
「着かないつってんでしょ! 後ろを見てみなさいよ。その小窓から!」
「もうすぐ〈オルトガ遺跡〉に着くよ」
「着かないわよ! こら、御者っ、御者ってば! 馬車を止めなさい!」
――どんどんどん。
と馬車の壁を叩く。返事はない。
「くぉらっ。御者ぁ! 馬車を止めろっての!」
「……ぱい、クーデリア先輩」
「ん……馬車を……止め」
冒険者ギルドの受付だ。
椅子に座り腕組みしたまま舟を漕ぐクーデリアを、フィリーが起こそうとして揺すっている。
「クーデリア先輩、仕事中に居眠りはまずいですよ。クーデリア先輩」
揺すられて、クーデリアの頭が、がくんっ、と落ちた。
「ば、しゃを――」
次の瞬間、クーデリアが、
――くわっ。
と目を見開き、起き抜けの血走った碧眼をフィリーに向けて、
「馬車を止めろっつってんでしょうがあ!! アーランドの城門に吊されたいのッ!!」
「ひっひいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃ!!」
血走った眼で睨みつけられ、殺気のこもった怒声を浴びせられて、フィリーはかっくりと腰を抜かし、その場にへたり込んだ。真っ青になって、目の端に涙を浮かべ、恐怖に目を剥(む)いて、
「止めますぅうーーーっ!! どこの馬車でも止めますからッ!! つ、吊しだけはッ!!」
そこまで喚くと、横ざまにくずおれた。失神したのである。
「……あ」
クーデリアが周りを見廻すと、広間にいる冒険者や依頼客たちが、何事かと、こっちを見ている。
かがみ込んで、フィリーを揺さぶり、呼びかける。
「フィリー。ちょっとフィリーっ」
白目を剥いて失神した後輩は、なかなか目を覚まさなかった。
(――でも、抜け穴の出口を探す方法がわかったかもしれない)
「フィリー、いい加減に起きなさいよ」

2010/09/16
(■■3 抜け穴探索 へつづく)
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Yoshimura Umanosuke