サイト名: へちま苑 制作者: 葦村午之助
メール: yoshi.uma●gmail.com(●を@に書換えてご使用ください)
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■■4 旧王国祭――真相と結末
クーデリアは顔パスで政庁の門をくぐった。目当ての人物がいる執務室へ。
「死ぬほど忙しいところ、申し訳ないんだけど、とどめの仕事を持ってきたわ。最優先でやってくれない?」
「僕を殺す気かい?」
アーランドの役人の中でも高官の執務室。部屋の主はまだ若い優男。背は中くらい。切れ長・紫の目。実年齢はともかく、歳の頃、二〇代後半に見える。着ているものは、役人にしては派手な格好。派手だが趣味はいい。政治の仕事に就いた当初丸坊主にされたという髪も、元の通り首と肩に掛かるくらいに伸びている。メリオダス元大臣と親子だとわかるのは、この黄土色の髪くらい。
タントリスである。
メリオダス元大臣の息子。少年のころに事情があって家出をし、一〇年ほど放浪していた。戻ってきたのは、アーランドが共和制になる二年ほど前。その後、父メリオダスと仲直りをした。いまは父の跡を継ぐ形で、政治の仕事をしている。
本名はトリスタンという。「タントリス」というのは偽名。アーランドに戻ってきたばかりのころ、訳あって名乗っていた。
しかしクーデリアもロロナも、今でも彼のことはタントリスで通している。
「すぐ終わるわよ。あたしの持ってきた仕事自体は。そのあともっと面倒な新しい仕事が湧いてくるかもしれないけど」
タントリスは息を吐いて、
「何をしろと?」
「二つよ。一つは、国がとある鉱山業者に仕事を廻したか知りたいの。もう一つは、アーランド城の詳しい図面が見たいの。極秘の場所までしっかり記載してあるやつ」
「ちょっと待ってて。知ってる者を呼ぶよ」
人が来る。クーデリアが連れだって執務室を出る。出るとき、
「またあとで来ることになると思うから」
三〇分して、クーデリアが戻ってきた。
「思った通り、あんたの新しい仕事が湧いてきたわよ」
乾いた唇をわずかに開き、タントリスは焦点の定まらない目でクーデリアを見た。
「急ぐわ。今の仕事が終わったらでいいから。それとも、ロロナのアトリエまで来て話を聞く?」
「ロロナのアトリエか」
と、書類をそのままにして、タントリスが立ち上がる。目の焦点が定まり、眼光に力がこもった。
「すぐ行こう」
「今やってる仕事が終わってからよ」
「こんな書類仕事より、君の持ってきた案件のほうが、よっぽど急ぎのことなんじゃないのかい?」
「さりげなくごまかそうとしてもダメよ。今の仕事をやっちゃいなさい」
「仕方ない……」
タントリスは書類仕事を片付けにかかった。
「それに、アトリエにロロナはいないわよ、今は」
「トトゥーリア・ヘルモルトがいるんだろ? 一度会ってみたいと思ってたんだ。ロロナの弟子って娘に」
「相変わらず……。あたしは冒険者ギルドで待ってるわ。仕事が終わったら来て」
クーデリアが冒険者ギルドに戻る。
やがてタントリスが仕事を終え、政庁を出る。
冒険者ギルドに残っていたクーデリアとともに職人通りへ。
すでに陽は落ち、街灯に明かりが点っている。
武器屋のとなりで、川に沿って通りが左に折れる区画の角。赤いスレート葺き屋根の家がロロナのアトリエである。
政庁の執務室では目の下に隈(くま)をつくってぐったりしていたタントリスが、ロロナのアトリエまで来ると血色が良くなりつやつやしだした。
アトリエには、ミミとステルクも来ていた。クーデリアが来るように言っておいたものだ。
アトリエに入るなりタントリスがトトリとミミに、
「君が錬金術士のトトゥーリア・ヘルモルト。そして君が旧家シュヴァルツラング家の当主にして冒険者のミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングだね。知ってるよ。アーランドの主だった名士は記憶しているからね。いや、例え名士でなくても、君たちのことは忘れたりしないよ。名前だけでなく、姿形の方もね。今まで君たちの名前だけしか知らなかったなんて、僕は君たちを知る喜びの八割を失っていたに等しいと思うね」
(クーデリアさん、タントリスさんて、メリオダスさんと親子だけあって前半の台詞が同じですね)
(顔は似てないけど)
(え? けっこう似てますよ。タントリスさんが歳をとったら、きっとメリオダスさんみたいな感じなると思います)
(タントリスがアポステルに? ぷぷっ、いい気味すぎて笑いが止まらないわ)
「早く話が聞きたいのだが」
ステルクである。タントリスの挨拶の間、手持ちぶさたになっていた。
「ごめん、悪かったわね」
アトリエにテーブルを持ってくる。地図を広げる。アーランドの地図。アーランド王宮は、外郭だけが記載されている市販の地図だ。抜け穴の経路が手書きで書き足されている。
「抜け穴は現在、ここまで掘られているわ」
「すでに、アーランド王宮の敷地内に届いているね」
と、その事実を初めて知ったタントリス。
「そして、この抜け穴をもう五〇メートル伸ばした先にある部屋よ、問題は」
「何の部屋があるんですか?」
「御金蔵」
「金庫?」
現在でも旧王家の財産が収められている金庫だ。財産は正貨――紙幣や非金属製流通用貨幣ではない本物の金貨・銀貨である。
「タントリス、金庫の床はどうなってるの?」
「地面のうえに薄い石の板が敷き詰めてあるだけだよ。薄いといってもけっこう分厚いけど。でも、大人の力で充分持ち上がるくらいの重ささ」
「真下まで穴を掘れば、侵入可能なのね」
「はじめ、A氏から聞いたときは奇っ怪な話だと思ったけど。急にわかりやすい事件になったわね」
とミミ。ステルクが、
「しかし、犯人の狙いは本当にアーランド城の金庫で間違いないのか? ほかの可能性はないのか?」
「ほかの可能性は無いと思うわ。この先に、ジオ様(王様の名前だってば)が監禁されてる部屋があるんじゃない限り」
ちらりとタントリスを見て、
「御金蔵狙いで間違いないでしょう」
「さて、押し込みの日取りなんだけど。ミミとトトリの報告では、一日五から六メートル掘り進んでいたって言うじゃない。とすると、抜け穴が御金蔵の真下に到達するのは一二月一六日から一八日ってところでしょう。……押し込みはそのすぐ後ね。犯人は、今まで充分時間があったんだから、調べられる限りの情報は調べ尽くしているはずよ」
「『犯人』っていうのは、今、穴を掘っている鉱山業者なのかい?」
「違うでしょうね」
「じゃ、鉱山業者をとりあえず押さえて、穴掘りをやめさせるかい? ひとまず、城の安全は確保できる」
「でも、鉱山業者の背後に黒幕がいるとしたら、そいつらは逃げちゃうわね」
ステルクが、
「城の下まで地下道が届いているのも問題だが、それ以上に重要なことは、この事態を起こした犯人たちを根こそぎ全員捕まえることだ。私も、あの鉱山業者が犯人だとはどうしても思えん。もし、後で糸を引いている黒幕がいるとすれば、ここで、鉱山業者を取り押さえ、黒幕たちに逃げる隙を与えるのは、下策だと思うのだが」
「じゃ、ぎりぎりまでおびき寄せて、一網打尽に? いっそ、御金蔵までおびき寄せるかい?」
「いいわね。でも、これだけの捕り物なんだから、共和国のほかの役職者たちにも事前に話しておかなきゃいけないでしょ。反対する奴らがいるんじゃない? アーランド城の下まで地下道が来てることを知って狼狽する連中が」
「いるだろうけど、彼らは探索機関を持っていないし、この手のことについては素人だよ。先に僕らで人数を配置しておいて、事後報告しよう。ほかの役職者達には、それで納得してもらうしかない。
『今回の事件の対策方針は犯人の全員捕縛を最優先とする。抜け穴側の見張りの指揮はステルケンブルク・クラナッハに、鉱山業者の監視と背後関係の捜査はクーデリア・フォン・フォイエルバッハに一任する』ってことで。
もう役職者たちと議論をしている時間はないよ」
「いいわ。それで行きましょう」
翌日、タントリスは緊急に共和国の主だった役職者たちを集め、今回の事件を話した。
曰く――何者かによってアーランド王宮敷地内にまで達する抜け穴が掘り進められている。狙いはおそらくアーランド王宮の金庫。対策をどうするか。
予想通り、
「すぐに鉱山業者を取り押さえて掘削をやめさせるべき」
という意見が出、一方で、
「犯人全員を捕縛すべき」
という意見が出た。
タントリスは議論を止(と)めて、役職者たちに説明した。
一、今回は緊急のことだったので、すでに自分の判断で人数を配置したこと。
一、犯人の全員捕縛を最優先にする方針であること。
役職者たちは行政の担当者ばかりだ。探索に関することは素人である。渋々ながら、タントリスの対策方針を呑んだ。
抜け穴側見張りの指揮はステルクに、鉱山業者の監視と背後関係の捜査はクーデリアに一任することも正式に決まった。
その後一〇日間、抜け穴の鉱山業者従業員たちに変わった動きはなかった。アーランドの鉱山業者にも動きはなく、背後関係は洗い出せなかった。
一二月一七日。
抜け穴側に動きがあった。作業者たちが作業基地を引き払った。アーランドに帰った。作業基地の掘っ立て小屋だけ、そのまま残していった。
その日の夜。ステルクの指揮する見張り組が抜け穴を調べた。本道の脇から延びている脇穴は、アーランド王宮の金庫真下に到達していた。脇穴は途中から上り坂になり、奥に行くほど高くなっていた。一番奥の地点が一番高い位置にあった。
一二月一八日。
作業着姿の八人の男が作業基地にやってきた。
前日までいた堅気の作業者たちとは明らかに違う。雰囲気の良くない連中だった。
馬車にいくつか手押し車を載せて運んできていた。
穴に入っていく。何らかの作業を始めた。
八人の作業者は、夕方になると出てきた。夜は作業基地に泊まった。
この八人がやってきたとき、ステルクはすぐにアーランドに報せを送った。
夕方、八人の作業者が出てきた後、抜け穴を調べた。脇穴の一番奥。アーランド城金庫真下に到達している地点に土が盛られていた。階段を作ろうとしているようだった。また、天井を掘り崩し始めていた。
一二月一九日。
八人の作業者は再び穴に入って作業を開始する。夕方、穴から出て、作業基地に泊まる。
入れ違いに、ステルクら見張り組が穴に入る。前日と同じ場所を調べる。階段はできあがっていた。天井は一メートルほど上に掘り崩されている。石の板が上に見えている。アーランド城金庫の床板だと思われた。
アーランドに報せを送る。
一二月二〇日。
王国祭の日だ。アーランドが共和制になった今では、「王国」祭とは言わない。しかし祭りは行われる。
この日、作業者たちには何も動きがなかった。朝になっても小屋から出てこなかった。
ステルクは、正午前に伝令を出した。
「アーランド城金庫側の警備に伝えてくれ、『今晩に備えるように』とな」
武人としての勘が、
(今晩、連中は勝負を掛けてくる)
と言っていた。
日暮れ時。
作業着姿の八人が、手押し車を馬車に積み、自分たちもその馬車に乗って抜け穴に入っていく。
ステルクは、もう一度アーランド城金庫側に伝令を送った。
「捕縛の用意をするように」
という伝令である。さらに、見張りの人数に指示して、作業基地の掘っ立て小屋を調べた。誰も残っていなかった。抜け穴の出入口に人数を配置し、出入りできないようにする。自分は数名とともに、抜け穴に入り、先に馬車で入っていった八人のあとを追った。
一二月二〇日日暮れ時、アーランド城金庫側警備組。
ステルクの伝令を受け、捕縛の用意をした。
金庫側では、一九日夜の時点で、抜け穴が金庫内のどこに出てくるか、すでに把握している。床を叩いて音を確かめ、敷石の下が空洞かどうか確認したのである。
伝令到着後しばらくして、金庫内の或る敷石がごとごと動き、持ち上がった。抜け穴が通じていると見られていた箇所である。
中から、作業着姿の男たちが出てくる。五人。この五人が棚に納めてある正貨の袋を物色しはじめる。
「そこまでよ。大人しくお縄にかかりなさい」
クーデリアが警備の人数で取り囲んで声を掛けた。
賊の五人は抵抗しなかった。呆然と捕り手たちを見た。
床の下では、ステルクたちが賊に追いつき、残っていた三人を捕縛している。
床の上の五人に、クーデリアがもう一度声を掛ける。
「ほら、あんたたちも武器を持ってんなら捨てて、両手を出しなさい」
ようやく、金庫内の五人の賊たちは、自分たちが捕まったことを認識した。
捕まった賊たちは、抵抗はしなかったが泣き始めた。なかには号泣しだした者もいる。
「なんなのこいつら……」
賊の一人がクーデリアに、
「おねがいだ、教えてくれっ。どこで気づいた!? どこで気づかれた!? 計画は順調だったはずなのにっ」
「うっさいわね。早く連れていきなさい」
その後の取り調べで、賊たちはすべてをあっさり白状した。捕まったのがよほどショックだったらしい。完全に降参しきっていた。
――ことの真相。
発端は一〇年前。体制改変まで遡る。
体制改変のとき、アーランド城の旧図面が持ち出された。抜け穴に関する記載が残っている改訂前の図面である。どういう経緯があったかはよくわからない。持ち出された旧図面は持ち主を転々とした。体制改変が落ち着いたとき、図面を最後に手にしていたのは、ある典礼関係業者だった。
典礼関係業者(以下、典礼業者)とは、王室典礼の儀式の品物や各種準備を請負う業者だ。一つ一つの業者が請負う分野は狭く、さまざまな業種がある。
共和制移行によって、王室典礼は公式のものではなくなった。このとき、用無しになった典礼業者がいくつかあった。典礼業者のなかには、裕福なものもあり、そこそこのものもあった。
そこそこの業者のうち、あるものは民間相手の商売に切り替えることに成功し、生き残った。あるものは、民間相手の商売切り替えに失敗し、経営を傾けた。
その経営を傾けた典礼業者の一人が、旧図面を手に入れた人物だった。
この典礼業者は経営の失敗で家財も失い、貸金業者から借りた商売の金を返せなくなった。かなり悪質な貸金業者である。典礼業者はそんな金貸しから借りなければならないほど行き詰まっていた。そして、借金のカタになにか無いかと言われて差し出したのが、体制改変のごたごたのとき手に入れたアーランド城の旧図面だった。
この貸金業者、じつはかつて〈旅人の街道〉に出没していた盗賊の一人である。盗賊団が壊滅したとき、団の隠し金をぶんどっていち早く逃げた。その後、ほかの逃げた仲間たちと一緒に、アーランドで貸金業を開業した。
元盗賊の貸金業者は手に入れたアーランド城の旧図面を見るうち、目の色がかわった。旧図面には、抜け穴や金庫まで詳細に描かれていたのである。
本物に違いないと仲間たちに話したところ、
「偽物だろ」
という者がいた。貸金業者はムキになり、この仲間と賭をした。
果たして、抜け穴が残っているのかどうか?
しかし、どうやって穴を掘ろうか、という話になった。素人では掘れそうにない。旧図面によると、ずいぶん地下を通っているようだ。出口はオルトガ遺跡の近くにあるらしい。出口側は二〇〇メートルまで埋めたらしい。そんなことまで旧図面には記載してあった。
プロの土木業者にでも頼むしかない。金もかかる。
それに、もし抜け穴が本当にあった場合、仕事を依頼した業者は冒険者ギルドに届け出るだろう。そんな地下道は怪しすぎる。それで捜査の手が伸びて、貸金業者が昔盗賊をやっていたことまで探られることになったらまずい。
そこで、仲間の一人が方法を一つ、思いついた。
同じくこの元盗賊の貸金業者に世話になっている業者があった。
鉱山業者である。
かつてアーランド国有鉱山へ掘削職人を派遣していた。この業界にも、体制改変の影響があった。鉱山業は国の専売である。国から仕事を廻してもらわなければならない。王制のころは、指名によって仕事がもらえた。仕事を廻してもらえるかどうかは、行政府にコネを持っているかどうかが重要だった。
しかし、共和制に移行したとき、指名制が入札制になった。安い請負見積りを出した業者から順に仕事をもらえるようになった。
安売り競争となると大きい業者の方が有利だ。零細業者には仕事が廻りにくくなる。零細業者のいくつかが廃業した。あるいは、土木工事手伝いを請負うなどして、食いつなぐ業者もあった。
元盗賊の貸金業者に世話になっていたのは、後者。どうにか別業を請負って食いつないでいた零細鉱山業者である。しかし、別業でも従業員全員に仕事を割り当てるほど、仕事は取れない。待機従業員がでてしまう。
一度本当に経営が危なくなったとき、この貸金業者から金を借りざるを得なくなった。それ以来の顧客だ。
この鉱山業者に頼もうという。金を借りている負い目から、安く請け負ってくれるだろうし、口止めもできる、という意図だ。
この鉱山業者に、抜け穴の出口を調べてもらう。もちろん、アーランド城の抜け穴ということは教えていない。
鉱山業者はさすがにプロだった。実際に穴を掘ることなく、地面の下に空洞があることを突き止めてしまった。
保証を得た貸金業者は、
「実際に掘ってみてくれ」
と依頼した。
旧図面にある出口の場所から掘り始めて、二〇〇メートル。雑でいいからとにかく掘っただけの仕事である。人間が一人やっと通れるくらいの穴。それでも、二〇〇メートル向こうに残っていた石柱漆喰の抜け穴本道に繋がった。本道の抜け穴は、アーランド城の一・五キロメートル手前までつづき、そこで埋められていた。
元盗賊の貸金業者は旧図面を手に入れたときから、アーランド城金庫への押し込みをおぼろげに思い描いていた。はじめは、
「出来たらいいな」
くらいだった。それが、抜け穴の存在を確認し、
「これなら出来そうだ」
になった。さらに、抜け穴が城のかなり近くまで来ていることを知ったとき、はじめに考えていたおぼろげな思いは、
「これなら出来る。いや、やる」
という信念になった。
(――これなら、気づかれずに城まで通路を掘ることができる)
と思った。
(ただ王宮の下まで穴を掘るなら、街の中から掘った方が、たしかに近い。しかし、街の中や街の周辺ででそんな工事をやればすぐに気づかれ怪しまれてしまう。だが、あれだけ遠く、街から一〇キロも離れた場所から掘ったなら、誰も気がつかないだろう)
しかし、鉱山業者になんと言って掘らせるか。まさか、御金蔵破りをしようとしている、とは言えない。元盗賊の貸金業者は一計を案じた。それが、
「アーランド城に囚われている元国王を救出する云々」
の狂言である。
「あんたに秘事を明かそうと思う」
元盗賊の貸金業者は、鉱山業者を呼び出して、言った。
「じつは私は、今でこそこんな商売をしているが、もとは政府高官のとある貴族の家に仕える執事の一人だった。その貴族は、まだアーランドが王国だったころ、大臣メリオダスに罪を着せられて失脚させられた」
この話はじつは、まんざら嘘でもない。この元盗賊の貸金業者、そこそこの家の出で、本当に某貴族の屋敷で執事見習いをやっていたことがある。しかし、身から出た錆で身を持ち崩し、執事見習いをしくじった。悪い仲間に入り、ついに盗賊になったという経歴。
「そのとき私は世間に愛想を尽かした。
善良な人間だった主人が失脚した。同僚も友人たちもメリオダス大臣を恐れて、誰も主人を助けようとしなかった。
私は世を拗ね、こうなったら一番本音でやるえげつない商売に就いてやろう思った。執事を辞め、貸金業を始めた。それもできるだけ容赦のないやり方で経営をした。
やがてアーランドが共和制になった。
ある日、侍従長の家宰を勤める執事が訪ねてきた。私は昔その人と昵懇だった。
彼は、穴掘りができる人間を探しているという。
何のことだろうと思ったが。
話を聴いてみると、ことは重大だった。
『アーランド城に囚われている国王陛下を救出するのに手を貸してほしい』という。
私もはじめ聞いたときは自分の耳を疑った。
じつは、アーランドが王制から共和制に代わったのは、大臣メリオダス・オルコック一派のクーデターによるものだという……」
以下クーデターの経緯は、A氏が聞いた話と同じ。
そして――。
「侍従長は抜け穴を掘って国王を救出しようと考えた。
アーランド城には、城外に通じる抜け穴がある。すでに埋められているが、実際念入りに埋められたのは城側の一・五キロメートルだけ。掘り足してやれば使える。
侍従長の家宰は、
『抜け穴を掘る人数を確保する伝手があるので、人数集めは自分に任せてほしい』
と、侍従長に申し出た。
それには、手柄をとりたい、という気持ちもあったようだが。
そこで話が私のところにきた。私が市井に通じていることを知っていたからだ。
私が思いついたのはあんただ。鉱山業者のあんたたちなら、抜け穴を掘ることができるだろう。
この前、つなげてもらったあの地下道、あそこの埋め立てられた地点から、こちらの指示する場所までだ。
資金の心配はない。充分に資金はある。引き受けてもらえば、あんたの従業員たちに十二分の給料が払えるだろう。それに、事が成功した暁には、金銭以外にも報奨が出る。
ただし、今話したことは国家の重大事だ。もし、引き受けられないというなら、それなりの覚悟はしてもらうことになる」
と言って、次の間にいた仲間たちに合図を送った。手に手に剣、短剣、手槍といった武器を持った仲間たちが出てきて、鉱山業者を囲む。
「さあ、伸(の)るか反(そ)るか。伸るか反るか!?」
途方もない話を持ちかけられ、白刃をもった男たちに囲まれて、鉱山業者は、
「ちょ、ちょっと待ってください。もしも『反る』って言ったら、もしかしてあなた、わたしのこと殺すんでしょ?」
「国家の大事。口封じのために家族もろとも皆殺しに」
「伸ります」
「その代わり、事が成就した暁には、あんたは功労者の一人になる。その功労に見合う見返りはある。物質的にだ」
「ええ、そう願いたいです」
「くれぐれも他には漏らすなよ。もし事が漏れれば、われわれがあんたを殺しに行かなくても、メリオダス大臣一派の刺客が、あんたたち家族を殺しに行くだろう。あるいは、捕らえられて拷問に掛けられるか」
「わ、わかりました」
穴を掘る人数は確保できた。
後の問題は金。計算してみたところ、金庫の真下まで掘るには資金が足りないことがわかった。
これには典礼業者が、
「出資を募ろう」
と言い出した。
貸金業者にアーランド城の旧図面を渡した典礼業者だ。この典礼業者は図面を渡したあと、貸金業者の押し込み計画の手伝いをするようになっていた。
典礼業者の考えは、「国王救出のための抜け穴掘削」事業として資本を出資を募ろう、というものだった。
押し込みの計画がばれる可能性もある危険な方法だ。しかしほかに思いつく方法も無し。元盗賊の貸金業者はそれをやってみることにした。
相手はよく選ばなければならない。
第一に、充分な財産を持っていること。
第二に、名誉か出世かのためなら金など惜しくない、という野心を持っていること。守銭奴から金はとれない。
第三に、最近の宮廷内を知らないこと。クーデターの話を信じてもらわなければならない。
この典礼業者、商売柄、本当に侍従長の家に出入りしていたことがある。彼が侍従長の家宰役を演じることになった。礼儀作法を心得ており、恰幅もよい。それなりの格好をすれば、侍従長の家宰を務める執事くらいには見えた。
出資者候補は、貸金業者の情報網をつかい、該当する人物を絞り込んだ。
そのうちの一人がA氏。金を持っていて、名誉欲にこり固まっている。
出資者候補リストの中で、もっともだましやすそうなA氏を最初の標的にした。
紳士に化けた元盗賊の貸金業者が会員制の図書館でA氏に近づく。
元盗賊の貸金業者は、盗賊になる前は執事見習いをやっていた。礼儀作法は、必死にそのときのことを思い出し、典礼業者にも見てもらって、違和感のあるところをなおしたのである。
そして、A氏と親しくなる。折を見てアーランド一の宿屋の最高級の部屋へA氏を案内する。そこで典礼業者扮する侍従長の執事に引き合わせる。国王救出の話を信じないA氏を手はず通り抜け穴に案内する。A氏をその気にさせて、あらかじめ冒険者免許でつくっておいた架空の銀行口座へ金を振り込ませる。振り込まれた金をすぐ引き出す。
抜け穴掘削資金は、ほかにも出資者候補はリストしていたが、A氏だけで足りてしまった。
金を引き出して来るとき、ふと、
(わざわざアーランド城など狙わず銀行を狙ったらどうか)
と思った。しかしすぐに思い直した。
(自分は、そんなけちな盗みはもうしない。アーランドの御金蔵を破るのだ)
元盗賊の貸金業者は、金庫破りの画策に、未だかつて味わったことのない苦労と充実を覚えていた。彼と仲間たちのなかで、アーランド城の金庫を破ること自体が目的になってきていたのである。
この後の展開はすでに語ったとおり。
A氏は妻にしゃべり、ミミからクーデリアに話が伝わり、捜査が行われて一件露見。元盗賊の貸金業者とその仲間たちは捕縛された。
典礼業者と鉱山業者も押し込みの翌日、捕縛された。
典礼業者は観念して連れて行かれたが、鉱山業者は連行されていくとき、鼻水を垂らして泣きながら、
「ちがうんですっ。違うんです! 国王陛下を助けるためだって言われたんです! 本当です!! 本当なんです!! お願いですから信じてくださいっ。おねがいしますっ! おねがいします!!」
「ま、そうかもしれないけど。御金蔵破りに荷担しちゃったし。事情が明らかになれば、情状酌量があるでしょ」
抜け穴を掘っていた技術者・労働者たちは捕縛されなかった。彼らは、国王救出の狂言すら知らなかった。抜け穴のことを、政府が零細鉱山業者を救済するために与えてくれた仕事だと思って働いていたのである。
○ ○ ○
犯人捕縛から数日。年の暮れ。
ロロナのアトリエである。
ピアニャの錬金術指南を一段落させたロロナが、アランヤ村からアーランドに帰ってきた。
「そんなことがあったんだ。それで、抜け穴は埋めちゃったの?」
「まだこれから埋めるところよ。今度はちゃんと、一〇キロメートル完全に埋めるそうよ」
「なら安心だね。それはそうと、わたしの留守中に、タントさん、アトリエに来たんだよね?」
「ええ」
「ねえ、くーちゃん。年が明けたらサンライズ食堂でみんな集まって、年明けのお祝いしない? 今度はリオちゃんとタントさんも呼んで」
「そうね。じゃ、リオネラとタントリスには私が報せておくわ」
と、そのときアトリエのドアを叩く者があった。
「あ、はーい。どうぞー」
入ってきたのは当のタントリスである。着ているものは派手目な官服。
「やあ、ロロナ、久しぶりだね。今日は、ゆっくりしていきたいけれど、すぐにほかのところに行かないといけないんだ。でも、君の顔を瞬(まばた)きする間ほどでも見られただけで、このあとのうんざりするような仕事もがんばれそうだよ」
「タントリス、あんた、ロロナに恥ずかしい台詞を言うためにわざわざ来たの?」
「いや、クーデリア、君に用があるんだよ。冒険者ギルドで、君がここにいるって聞いてね」
「私?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだ」
と言って、手の中に収まるほどの化粧箱を差し出した。
それを見たロロナが、
「えっ、タント君、それって婚約指輪!? くーちゃんにプロポーズなの!?」
「なに言ってんのよ」
クーデリアが受け取って中を開ける。
「ほら! やっぱり婚約指……あ、あれ?」
上げ底の上に乗っているのは、シルケスの帯のついた、親指の先くらいの銀のメダル。勲章である。
「例の慈善家貴族に渡して欲しいんだ」
「この勲章、一番安いやつだわね」
「腹黒い我が父上殿の計略だよ。鉱山業者の従業員たちに支払われた六〇万コール、あれは従業員たちが受け取るべき正当な報酬だから、A氏が後で『返せ』って言えないように、これで口を封じてしまえ、って」
「そういえば、A氏、六〇万コールを取り返す訴えを出す準備をしてるとか言ってたわ」
「『六〇万コールの損をかけた代わり』にこの勲章を差し上げます、ってニュアンスで渡しておけば、訴えは出せなくなるだろ? 父さん、クーデターの話が出たこと、あれでけっこう気にしてたみたいで。そのあと捕まったのが旅人の街道に出てた元盗賊だ、って知って、考え込んでたよ」
「昔やったことの責任、感じてたのね」
メリオダスはかつて、ならず者たちに武器を供与していたことがある。武器の性能を試験するためで、クーデターの意図などはなかった。今回、元盗賊の貸金業者が、メリオダス元大臣のクーデター云々の話を思いついたのは、そのことが絡んでいた。貸金業者が昔、盗賊の仲間にいた頃、
「うちの団の武器は大臣からもらったものなんだ」
という話を聞いたことが、頭の片隅にあったらしい。
「それにしても犯人捕縛の数日後に勲章を出すなんて、行動が早いわね」
「A氏が訴えを出す前に口を封じないといけないからね。勲章授与を公式に官報で発表するのは二ヶ月後だから。それまでは人に見せびらかしたりしないように、A氏に言っといてよ」
「抜け穴のことを奥さんにしゃべったあの男が黙ってられるとは思えないけど。でも、了解よ」
「あ、タントさん、行っちゃう前に。あのね、年が明けたら、みんなでサンライズ食堂に集まってお祝いしようと思うの。来られるかな?」
「もちろんだよ。仕事を投げ出してでも駆けつけるさ」
するとクーデリアが、
「ちょっと待ってタントリス。仕事はきちんと終わらせてから来なさい。
これからアーランド城の抜け穴を埋めようってのに、国の仕事に新しく穴を開けられちゃたまらないわ」
アーランド城の抜け穴(了)
2010/10/10
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Yoshimura Umanosuke