藤枝
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新居宿は関所と船渡権を持っていて、小規模であるが旅籠の数では上位のようであった。 地震や津波の被害によって宿場の位置が2度ほど移転して変わっている。
JR新居駅を過ぎ少し歩くと、山頭火の句碑が建っていた。
新居の船着き場には沢山の船が停泊していた。漁を終えて帰ってきた船もいた。
新居の関所は建物が残っているのは全国でもここだけのようです。関所資料館が隣接しているが、月曜日で休館なので柵の外から覗くだけだった。
 
 
関所を過ぎると、新居宿旅籠紀伊国屋資料館。25件あった旅籠のなかで最も大きな旅籠だったという。
宿場の中心は古い町並みが残っていた。 
街道をさらに進むと疋田弥五郎、飯田部兵衛、疋田八郎兵衛の本陣跡の標柱が立っていた。
一里塚跡の前にはきれいに花が植えてあった。
さらに曲がりくねった道を行くと、棒鼻跡だった。
長閑な街道沿いに一面に芝桜が咲き、気分も足取りも軽くしてくれた。
 
 
間もなく行くと、松並木が始まり、整備された歩きやすい道だった。街道沿いで、白鷺がのんびりと、えさを捜している様子だった。 
 
 
 家並みが見え始めたあたりで、立場跡の石柱があった。
明治天皇野立跡を過ぎると街道は白須賀宿に続いて行く。
舞阪     白須賀