藤枝
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前吉田宿と御油宿の間に、近世当初に小坂井宿が短期間だが、設置されていたような伝馬定書がある。
また、御油宿と赤坂宿の距離は16町(1700mあまり)と53次の中で最も短かった。
古い家並みが続く街道を行くと 高橋:「子だが橋」の立札がある(菟足神社の人身御共の風習:祭りの日に、始めに通った若い女を生贄とする。生贄を捕まえる役の人の娘が最初に渡ってしまい「わが子だけれど仕方がない」と涙ながらに差し出した。)を通り菟足神社に着く。静かな大木が茂る神社だった。
伊奈村立場茶屋跡(茶屋本陣跡)の石碑のみが住宅地の一角にある。さらに山本太鼓店の前に日本橋より75里の伊奈一里塚跡が立っていた。
 
 
土手でヤギがのんびりと草を食べていて、のどかな風景だった。  更に歩いて行くと「薬師如来 薬師堂」に何本もの幟旗が 眼を惹いた。
 
 
白壁で囲まれた大社神社の先は東海道と姫街道:(遠州浜松宿や見付宿に至る本坂通りのこと )の分岐する追分地点で大きな秋葉常夜燈もたっていた。 
 
 
音羽川にかかる御油橋を渡ると、宿内にはいり現在でも連子格子の街並みが残っていて、宿場の面影が残っていた。
高札場跡・本陣跡は標柱や説明板が立っているだけだった。 
御油の松並木。 街道の両側に約350本の三河黒松を600m程続く。 徳川家康が植えさせて今日に至っていて 昭和19年に国の天然記念物に指定された。
弥次さん喜多さんが狐に化かされた場所でもある。
白須賀  吉田