川崎宿
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今日は大森海岸駅から15号を多摩川方面に歩き出しましたが、やや狭い旧街道が解りずらいのですぐ近くの交番で聞くと親切に教えてもらいました。ここは一方通行で歩きやすい道、10m間隔に石の椅子が置かれていて、その上に東海道53次に関係する絵が描かれています。また京浜1号(国道15号線)に出る。。昔薬屋さんの庭だったという梅屋敷公園で一休み。それほど広くはない庭に、小さな池がありかきつばたが咲いています。 尺八の練習をしている人がいて、現代と昔を繋いでいるひっそりとした場所でした。
やがて多摩川土手をしばらく歩くことが出来、川風がとても心地よい。
六郷橋を渡り旧街道に入っていき、またひたすら直線道を歩くことになりました。六郷橋手前で12時なので、昼食休憩。
今日はかなり気温が高く疲れる。1時前にまた歩き出す。間もなく六郷神社に着きました。源頼朝が奥州征定の勝利祈願した神社です。参道にそって歩いていくと川崎宿。 昔は日本橋を七つ立ち(am4:00)してこの辺りは昼ごろ通過したそうです。1日半かかった私達は物見見物の街道旅です。
田中本陣跡がありました。
砂子の里資料館では広重の東海道五十三次の展示をしているので 入ってみせてもらいました。
ここ川崎宿の旧街道はみな、交差する太い道は川崎市の中心街で、すぐに現代の雑踏に戻ってしまい、昔の面影はどこにもありません。芭蕉の 「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」 弟子との別れを詠んだ句碑をやっとみつけて、足早に通り過ぎました。
市場の一里塚の碑を過ぎ、いよいよ鶴見川を渡ると、ここから横浜市。道がきれいになって歩きやすくなったのでどんどん歩けて鶴見駅につきました。駅左側の商店街を歩きました。
鶴見は永平寺と並ぶ曹洞宗の総本山 総持寺が右手ににあります。ここは石原裕次郎のお墓があることで知られているお寺です。今日は暑かったので ゆっくりお寺を見学して、帰ることに決め、バスで菊名にもどりました。とても疲れた一日です。
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