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江戸から67里の宿場 舞阪宿は船でしか渡ることが出来ない浜名湖今切の東側に位置していたので、交通政策の上で大事な宿場だった。 |
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朝起きると雨であった。午前中は雨、午後に雨はあがるとのこと。7時に宿を出て、7時45分頃、高塚駅に到着。舞阪を目指して歩き始めた。熊野神社を通り、篠原地区に入る。秋葉常夜燈があちこちにある。彫り物のある立派なものが多い。 |
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春日神社を過ぎると、700メートルも続くりっぱな松並木が始まる。
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330本もある松並木の両側に、53次の銅板が埋め込まれた石が置かれていた。
松並木が終わると、国道と交差点になる。 |
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道の左右に見付石垣が残っていて、ここから舞阪宿。
見付すぐに、常夜灯と一里塚跡の標柱がたっている。道路反対側に新しい一里塚公園が整備されている。 |
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舞阪宿内に常夜灯が3つ現存しているが、一里塚跡にあるものと宝珠院の入口 、それから中雁木のものです。 家並みはそんなに古いわけではないが宿場の雰囲気を感じる。本陣跡は石柱だけだが、脇本陣は茗荷屋の書院棟が復元されて公開されている。あいにく休館日で見学できなかった。 |
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渡船場の北雁木の一部が残されている。舞阪には3か所の雁木があったうちの、北雁木は大名や公家が利用していた。
弁天橋を渡ると浜名湖に大きな鳥居が見え、漁師の船が仕事をしていた。 |
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弁天神社が祀られていて、境内には「天女伝説」の子宝の松があった。
弁天島駅の国道に日本橋から271kmの標識がたっていた。
いよいよ西浜名橋を渡って、新居宿にと街道を進んで行く。 |