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見附は奈良時代には、遠江の国府が置かれ、古くから栄えた町です。
「大正の道」・「江戸の古道」・「鎌倉の古道」と呼ばれる、三ヶ野七つ道と言われる古道がのこっている。 |
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宿の中心に現存する、日本最古の木造小学校校舎の見附学校が建っている。 現在は郷土資料館として、利用されている。
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姫街道の道標があった。(浜名湖の渡しを避けた女性が多く利用したことからこの名が付いた)
旧街道の坂を上がっていくと府八幡宮の鳥居が見えた。
さらに街道を進むと磐田市の商店街を通り抜け突き当たりが磐田駅になっていた。 |
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磐田駅から西に向かっていくと、県道261号と合流してさらに進むと宮之一色一里塚の塚が復元されて、石碑がたっていた。
また、今までとは違う小さな祠ふうの秋葉常夜燈が建っていた。 |
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若宮八幡宮の鳥居が見えたので境内に入っていくと相撲の土俵が、作ってあった。
街道を進むと天竜川の土手がみえてきた。手前に天竜橋跡の石碑が建っていた。 |
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天竜川には天竜川橋と新天竜川橋が架かっている。
日本橋から250kmの標識を見つける。 京都三条大橋まで半分弱歩いてきたことになり、とてもうれしいワクワクした気持で歩道のある新天竜川橋を渡った。 |
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天竜川橋を渡り、すぐ左に曲がると船橋跡と天竜川木橋跡の碑があった。土手の下には六所神社があった。
街道を西にしばらく歩くと金原名善の生家が記念館がある。
金原名善 :明治・大正時代に植林や治水事業に私財を投入し取り組んだ実業家。
所どころに松並木があるが昔のをしのぶ 街道の雰囲気は感じられなかった。
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