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参勤交代が制度化されると、増大する人馬継立の業務に対応できずに、隣接する内谷村新町と2ヶ所で交替で勤めた。
宿関係の施設はほとんど残っていない。 |
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峠道からの街道沿いは、狭い山道で旅の無事を願うためか石仏・地蔵堂・観音堂などが多いような気がした。
バイパスを過ぎ階段を登ると十石坂観音堂がある。
さらに岡部川を過ぎると西行座像が安置されている、専称寺が建っていた。 |
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岡部宿本陣跡に、旅籠『柏屋』が復元されていた。高級武士を泊める宿であったようだが、一般の旅人も泊めていたということです。人形をはじめ当時のものが展示されていた。裏庭には池があり、蔵もギャラリーとして、当時の凧を展示して利用されていた。
現在は、島田市しが復元して管理しているそうです。 |
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きれいに整備された岡部宿公園、岡部町役場など立派な建物であるが、昔の面影を残す民家の街道でした。 |
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問屋場跡・高札場跡などの石碑が所々にあった。
五智如来像が町役場のそばに安置されていた。
(田中城主内藤紀伊守に、口が不自由な娘がいた。人伝えに誓願寺の如来像を念ずるように言われて、そのとおり願かけたところ娘が口がきけるようになったという。) と解説板が立ててあった。 |
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ところどころに松並木が残っている。
藤枝バイパスの交差点に京都から日本橋に向かう人のための、これより岡部宿の石碑が建っていた。 |