藤枝
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関宿は鈴鹿の関が置かれたところ。
江戸時代に宿駅になると、伊勢街道と分岐する東の追分と、大和街道と分岐する西の追分があることから、交通の要衝として栄えた。
この辺りは旧街道の道路を黄色系の色彩道にしているので分かりやすい。東追分を通りいよいよ関宿に入った。ここは、1800mに渡り、江戸の町並みを残している。
鈴鹿馬子唄に唄われている小万(少女)が身を隠した 小万のもたれ松の説明があった。
一里塚や常夜燈があり、東の追分。鳥居の先は伊勢までの街道で、ここから西の追分まで国の重要伝統的建造物保存地域になっている。 見事な家並みが続いている。
街並みは 東から木崎・中町・新所の3地区でなりたっている。 中ほどには御馳走場跡:宿場に出入りする大名行列を、宿役人が出迎えたり見送る場所。
百五銀行も街並みに溶け込んだ連子格子の建物だった。
関まちなみ資料館(旅籠鶴屋)を入館料300円の見学。ここと約100m離れた旅籠玉屋の歴史資料館との共通券になっていた。閉館まじかだったが、係りの人の計らいで玉屋も時間を延ばして見学させてもらった。玉屋がすばらしかった。旧旅籠の作りをそのまま残し、整備されている。当時の旅人の様子が偲ばれるもう一度、ゆっくり見学したい場所でした。
 
 
 地蔵院のすぐ近くに、「日本の道百選」の記念碑が建てられている脇を通り今夜の宿 関ロッジに向かった。
のんびり出来る宿で街道歩きの夫婦も何組か宿泊していた。
 
 
 早朝、ロッジの周り散策する。山並みが雲に霞んで幻想的な風景だった。
伊賀上野・奈良に至る大和街道の分岐点である西の追分を過ぎる。
 
 
亀山の名勝筆捨山は鈴鹿川を挟んだの対岸に位置する標高289mの山。
沓掛集落を過ぎて  鈴鹿馬子唄会館。
右側にある旧道に東海道の宿場名が書いてある木柱が並んでいた。二又の道と合流して坂下宿に向かう。
亀山     坂下