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白須賀は白い砂州の上に開けた集落と言う事らしい。
宿場はその名のように海辺近くにあったが、1707 年の大地震で壊滅したため 潮見坂に次の年に移されたようです。 |
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白須賀の家並みを歩いて行くと、民家の片隅に元町一里塚跡・高札場跡との説明があった。 |
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路地の先に蔵法寺(岡山藩主池田綱政が信仰していた観世音のあるお寺)。
街道を進むとかなり急な坂の潮見坂を登り 潮見坂公園跡に着いた。 |
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潮見坂公園跡は広重の絵のような遠州灘を眺めることもできず、道の一角に石碑が建っているだけで、
「おんやど白須賀」と一軒ある茶店も定休日で昔をしのぶことは残念だが出来なかった。 |
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曲尺手(かねんて)や本陣跡の説明板を見ながら街道を歩いた。
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歴史のありそうな庚申堂が建っていたので、入ってみると境内には三猿(見ざる・聞かざる・言わざる)が鎮座していた。
懐かしい感じのする街道を進むとる伝統的民家を保存していて、旧屋号を表す表札を掛けるなどしていた。 |
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笠子神社を過ぎ境川を渡ると国道をひたすら二川宿に向かって歩いた。
日本橋から286km よく歩いて来たな〜。 |