沼津
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蒲原宿を後にして、高速道路の下をくぐると, 旧街道の雰囲気を残した由比宿に入っていく。
前方に清酒「正雪」の蔵元の煙突が見えてきた。
その街道先に「東桝型跡」 (宿場の出入口を桝型に折り曲げ、木戸を作り敵の侵入を防いだ)  また普通の民家の塀に「お七里役所跡」 (紀州家が七里ごとに作った連絡所) の立て札があった。
きれいに整備、復元された由比本陣公園に到着する。
公園内の広重美術館に入ってみることにした。木曾街道59次?の版画が展示されていた。 版画刷り体験コーナーで実演してみるが、なかなかコツがつかめないが、版画で年賀状作りをしたことを思い出し面白かった。外に出て池の前に保存されている建物は明治天皇が行幸途中で休まれそうで 今「御幸亭」となっている。
暗くなりかけたので、さくら海老通りを由比駅に向かい急ぐ。ここまでで帰路につく。2日間で 45km歩いた。
今日は由比駅から天気が良いので、快調に歩き出す。旧道に入り、時々左に駿河湾がみえる。寺尾地区を行くと古い家々が残っていた。
懐かしい町並みを通り過ぎ、東海道あかり博物館すぎて東倉沢地区〜西倉沢地区と入っていく。
いよいよさった峠に登る急な坂の前に、望嶽亭 (旧脇本陣宿・藤屋) 親切なおばあさんが家のなかを案内してくれた。奥の蔵座敷では 「官軍に追われた山岡鉄舟が助けを求め、ここの主人が蔵座敷の隠し階段から海に出て、舟で清水の次郎長の元に逃がした」 竹棒を使っての講談調でかたってくれた。 かたずを呑んで聞き入ってしまった。お礼に置いていったピストルも展示してあった。
急な上り坂はあまり長くない。薩垂峠までのみちは両側はミカン畑 どの木もたわわに実っている。後方に富士山が見える。中腹に雲がかかり絵に描いたような風景。 天気が良いのでたくさんのハイキングの人たちとすれ違った。

今日は何処からの景色も 海と富士山が雄大だったのでずっと眺めていたかった。とても満足できた薩垂峠だった。
頂上から眺めると大海原に漁船が一舟浮かんで見えた。

峠を後にして、次の興津に向かう。
蒲原      興津