バランスをとる
右側のモデルを便宜上、A型バランスと呼ぶ。固まる人であり、ふつうの人、腿前緊張と表記してある場合である。腕はつけてないが、A型バランスの場合、腕も横に広がったり、肘を身体につけたりする。実際に持つ腕、足の長さの利用、稼働域に対し自ら制限を設ける。ただ、足を上げるの。それなのに、このような大きな動きをとる傾向がある。あきらかに、力を無駄にロスしている。スタミナがある、ないとかいうが、ゆるむ人の方が遙かにスタミナはないかもしれない。
左側がヒザ裏支持で肩周りも柔らかく動きの良い人である。大腰筋で、脚を物体として持ち上げることが癖になっている場合、必要な部分しか動かさない。自動的にバランスがとられ、腰が傾き首も傾く。力を入れていなければ、ある意味当たり前の動きとなる。最小限の動きしか行わない。人の話を聞くときでさえ、聞いて、理解はしている。聞く振りをする人よりもまじめかもしれない。ただ、態度が悪い。「一生懸命話しているのにその態度は何だ。」となる。
いわば、なまけものである。サッカーなどのフェイントは、あまりちゃんと覚えない。自分の移動方向に相手がいるのでしょうがなく、動きを中断してすぐさま逆方向へ移動する。それが、相手の動きが見えるので、相手との位置関係によってはボールをまたぐ動きに結果としてなるだけである。一回で振り切れなければ何度か適当に動く。その場しのぎの動きである。これが技を作り出す場合もあるのだろう。ある意味、目的、この場合はゴールにけり込む。これができればよい。まっすぐにゴールに向かうだけで、仲間すら自分の目的のために存在する。
左右に挟まれようとも、たいしたことなければどうでも良い。よけいなことは行わずに進めばよい。これが、うまいが態度がでかいとなる。2,3人でつぶせるならば、つぶせばよい。要するに自らロボットとなってはいけない。ロボットとは、移動するもの以外にも、工業用の単一機能のロボットも含める。ロボットは、エネルギー供給が続けば、部品が壊れない限り、長時間動く。人間には、不可能である。
二足歩行のロボットは、堅い材料を使うので難しい。多方向に曲がる関節を作ることも、小型で様々な方向に出力できる動力も困難であろう。小さな出力を調和、統合も困難である。堅い材料を使えば、モーターの出力でバランスを制御するしかないかもしれない。動物の場合は違う。補食生物が、獲物をねらうときに力まない。人間の場合、頭蓋骨と脊柱のつながりが、不自然でバランスが悪いのであろう。さらに、大きく俊敏に動く必要もなく、ロボット化が進むというようなことかもしれない。
人間の場合、無意識に効率の良い動き方を選ぶ。固まる癖があるのならば、それを前提に動くのであろう。脚が固まるのでれば、残りの腕、脚をやじろべいのように固めて倒れないように踏ん張る。倒れないかもしれないが、動き自体は悪くなる。さらに、使わなくとも良い場所を固め、動きを制限する。ある意味、この方がよけいなダメージを受けにくい場合もあるだろう。そこら辺に、大型危険生物もまずいない。社会生活を営む上で大きな動作を必要とすることも少ない。



