北海道における30円券以前の入場券
と様式(札幌印刷場)の変化


【最終更新日:2008年2月6日】


国鉄(官鉄)の入場券制度は明治30年、主に首都圏10駅で発売されたのが最初であり、北海道においても発売されたようですが、様々な文献をみても、見つけることが出来ず、かろうじて国有化以前の北海道鉄道の乗車券をみるぐらいでしょうか。弐銭入場券に以前に関してはあまりにも情報が少ないため五銭入場券以降について紹介します。


函館桟橋五銭入場券
この入場券は、明治44年6月の通達により青函連絡船の送迎の人々に函館駅で発売したものです。見本券であり、切符見本帖から剥がしたものと思われます。函館駅のほか、函館区の東浜町乗船場で発売されたそうです。港湾施設の改善により大正半ばにはその駅の入場券で入場できるようになりました。





五銭入場券左書き改定券(A型1期)
この五銭入場券左書き改定券は、大正9年2月から説明の文字と日付の右書きが左書きに変更になりました。この時代は、無日付で売ったそうです(昭和7年7月31日まで)。裏面の注意書きが時代を象徴しています。でも「信玄袋」や「行李」って???
路線別表示はされていましたが主要駅においても窓口表示や循環記号は表示されていませんでした。


券番4ケタ:現在の日高本線富川駅(昭和19年4月1日改称)


券番3ケタ:


券番3ケタ特殊文字:現在の日高本線豊郷駅(昭和19年4月1日改称)


その他戦前駅名改称の稀少な券の数々







特別入場券 
A型券であることから戦前の早い時期の入場券なのでしょうが、どのように何のために使用されたのかがよく分かりません。



10銭入場券(A型2期10銭)

昭和5年4月1日から1等駅で年間乗降10万人以上の1等駅が10銭に値上げとなり、道内では札幌、函館、旭川の各駅が10銭に値上げされました。昭和7年8月からは年間乗降10万人以上の全ての駅が10銭となりました。

この券はA型2期の様式


5銭入場券(A型2期5銭)
上記10銭以外の駅は5銭に据え置きでした。このA型2期は日付が入るようになった昭和7年8月1日以降のために改めて刷りなおされた券であり、券番は4ケタと3ケタがありますが下記の券は3ケタです。幌成駅は切り替え6日目にして、五十石駅は11日目にして「001」が出ています。しかし、主要駅であっても窓口表示は入っていませんでした。





5銭入場券(B型1期5銭)
用紙節約のためA型券からB型券に変化していきました。下記の稚内駅は、窓口表示が入っており、注意書きには「汽船又は」が入っています。かって稚内には、樺太を結ぶ稚泊航路がありました。稚内港駅から稚内駅に駅名改称されたのは昭和14年2月であり、昭和20年には稚泊航路が運航停止になったことを考えると短い期間にしか存在しなかった表示と思われます。



10銭入場券(B型1期10銭)
年間乗降10万人以上の駅に関しては上記の稚内駅と同じ様式でB型の10銭券が存在しています。



10銭入場券(B型2期10銭)
主要駅以外の10銭入場券は、昭和17年4月から発売されましたが、昭和19年4月からは、戦況悪化に伴い入場券が発売を停止する駅が多く、戦後も昭和23年11月に一部発売再開されたころには、3円であったことを考えるとよくもこんな時代に購入した人がいたものだと感心してしまいます・・・。1期券と比較して異なるところは「入らぬようにしてください」という注意書きが「立入ることは出来ません」という表現に変わっています。



10銭入場券(B型3期10銭)
昭和18年頃に印刷された券は「10銭」の10の字体と「1回限」の1の字体が変わっています。



戦後間もなくは幾たびか値上げにもかかわらず戦前の10銭入場券を流用していました。苗穂駅においては料金変更印を押さずに発売、滝ノ上駅に関しては料金変更印を押していた廃札が存在し、室蘭駅においても昭和21年8月のダッチングであり、下記の深名線朱鞠内においては昭和26年の日付で裏に料金変更印。下記胆振線脇方に至っては昭和31年までこの10銭券を使用していたとは驚きでした。北海道以外の10銭入場券も戦後の日付にも関わらず、料金変更印なしのまま発売されているものも多く(大阪駅は昭和26年2月から3月をもって5円入場券と切り替えとなっているが、それ以前の10銭入場券には料金変更印を押していない)、運用上どのような取り決めがなされていたのでしょうか?



戦後20銭軟券入場券
戦後間もない昭和21年3月に20銭に値上がりし、軟券の入場券が発売されました。しかし、上記の10銭入場券を流用したり、1年後の昭和22年3月には50銭に値上がりしたことを考えると北海道地区ではほとんど使用されていなかったのではないでしょうか。下記の室蘭本線大岸駅の20銭券は10枚がつながったものであり廃札と思われます。(写真は一部)。ちなみに昭和22年7月に1円、昭和23年7月に3円と値上げになっていますが北海道地区において、この券種は存在するのでしょうか。札幌駅においてこの3円券入場券軟券は確認されています。



5円入場券
昭和24年5月から5円に値上がりになりました。当初は軟券で駅名がゴム印だったものの、徐々に硬券で駅名が印刷されたものになっていきました。しかし、旭川駅は昭和25年にすでに硬券に切り替わっていたのは驚きでした。まだ、上野駅や大阪駅は10銭券を流用していました。しかし、赤線は入っていないことにご注目ください。主要駅以外にはこの5円は存在しなかったと思われます。




10円券(昭和26年11月1日〜昭和41年3月4日)


横一条の赤線が入り、派手な入場券です。しかも、主要駅以外は、まったくといっていいほど売れていなかったらしく昭和40年代に入っても初期の頃の様式はザラでした。しかも、15年の長きにわたって10円に据え置かれていたなんて驚きです!
「鉄道入場券図鑑」によれば、北海道の10円券の様式は、5期に分けられていますが、私の解釈では10期に分けられていると考えています。また1990年5月号から100回弱にわたり、「交通趣味」に連載された西島氏の「国鉄赤線入場券の様式研究」によれば札幌印刷場の券は13期に分けられるとのことでした。この分類は非常に細かく、相当な分析をされております。ただ、たとえば注意書きの「1回限り」の1の文字の大きさが違う場合、新しい券種とみるか、その亜型とみるかでまったく変わってしまいます。それをご考慮の上、あくまで分類方法に正解はないことをご理解ください。


<10円第1期券>
@驛發賣當の旧漢字が使用されている
A裏面はNoのみ(特殊文字の駅も存在する)
B興浜北線豊牛駅・石北本線奥白滝駅の裏面は3ケタ
(小樽駅、筬島駅にも3ケタ表示あり。他駅にも存在する?)
C1回限りの「1」の文字が太いものがある







<10円第2期券>
@驛以外が当用漢字になる
A裏面はNoのみ



<10円第3期券>
@驛が当用漢字に変わった
Aあとは10円第2期券と同じ



<10円第4期券>
@当用漢字に変わった
A裏面のNoの字体が変わった(特殊字体)
B入場券の券の字体が変わった
Cあとは10円第3期券と同じ


<10円第5期券>
@裏面に発行駅名表示が入った
Aあとは10円第4期券と同じ



<10円第6期券>
@裏面のNoの字体が変わった
Aあとは10円第5期券と同じ



<10円第7期券>
@表面の10円の字体が細くなった
Aあとは、10円第6期券と同じ



<10円第8期券>
@表面の注意書きが上下逆になった
Aあとは、10円第7期券と同じ



<10円第9期券>
@表面の注意書きが左に寄った
Aあとは、10円第8期券と同じ


<10円第10期券>
@表面に発行駅名が入り裏面はNoのみ
Aあとは、10円第9期券と同じ



<10円赤字入場券>
@赤字印刷
A試験的に発売されたもの?

裏面は貼り跡のため状態は悪いですが、東京駅の赤字入場券のように券番までは赤字で印刷されていません。上記の様式で言えば6期券に属しますが何のために使用されたのでしょうか?昭和38年3月日付の長万部駅の5期券が手元にありますが少なくともここから類推しても昭和40年以前の券であることは間違いなく、東京駅の赤字入場券は昭和40年6月からであることを考えると赤字入場券第1号?で試験的な意味合いで印刷されたものと考えていますが・・・。といいつつも、何かの切符見本帖をはがしたことも考えられ、単なる色見本的なものかもしれませんが、何ゆえ、長万部駅だったのが気になります。


最初は、誤植やたまたま見た券がこのような分類に分けられると思っていましたが、少ないながらもいろいろな券を集約するとこんな感じになるのかと思います。



20円券(昭和41年3月5日〜昭和44年5月9日)

20円券は派手な10円赤線入場券とポピュラーな30円券に挟まれ、3年ちょっとの短い期間ということもあり、地味な存在です。
様式も3つと少な目です。ただ、10円券時代の赤線を印刷した用紙が余ったため、一部の駅では、20円赤線入場券なるものが存在しており、希少価値があります。


<20円第1期券>
@10円第8期券と同じ
A通用発売当日
B立入る


<20円第2期券>
@通用発売日当日
Aあとは、20円第1期券と同じ


<20円第3期券>
@通用の文字がなくなり有効の文字が入った
Aあとは、20円第2期券と同じ


<20円赤線入場券>
@赤線横一条
Aあとは、20円第1期券と同じ



20円券の様式は、単純過ぎて面白みに欠けます。ただ、20円赤線は、ぜひとも集めてみたいですがあまり見かけないです・・・(入場券図鑑では31駅が判明していました)。別項にて発売駅リストを作成しておりますのでご参照ください。


30円券(昭和44年5月10日〜昭和51年11月5日)


30円券は期間も長く、ディスカバージャパンなどの国鉄のキャンペーンによって鉄道旅行がはやった(?)頃であり、北海道ではSLの最後の勇姿をカメラにおさめるべく遠路はるばるやって来た鉄道ファンが記念に入場券を求めることも多かったようです。「入場券図鑑」においては、5期の分類分けがされていますがやはり私は、これは6期に分類されると考えています。

<30円第1期券>
@客車内が旅客車内に変わった
A小児断線なし


「入場券図鑑」小児断線なし2期券ですが、私は小児券以外見たことがなく、「発売当日」の小児券は、発売が遅い(いずれも昭和46年以降)ことを考えると「発売当日」の小児断線なしの大人専用券は、存在しなかったのでないでしょうか。

<30円第2期券>
@注意書きが上下逆になった
A小児断線を印刷
Bあとは、30円第1期券と同じ


<30円第3期券>
@発売当日に変更
Aあとは30円第2期券と同じ


<30円第4期券>
@30円の字体が太くなった
Aあとは30円第3期券と同じ


<30円第5期券>
@30円の字体が変わった
Aあとは、30円第4期券と同じ

小児断線の乙片は通常は省略駅名2文字が入るが
上記の券はミス券で併用券と同じ金額が印刷されている珍しい券である。


<30円第6期券>
@立入るが立ち入るに変わった
Aあとは、30円第5期券と同じ

上記の券は有名な駅名乱丁の券


30円券は、圧倒的に第5期以降の券が多く、第1期の小児断線なしは、一部の駅にしか存在しません。しかも、どんなに遅くても昭和45年の終わりごろには、小児断線ありの第2期券に変わっています。(もちろん深名線の上多度志駅のような売れない一部の駅は例外ですが・・・)第2〜4期券に関しても早い駅では、昭和46年には、5期券に変わっています。
昭和50年以前の無人化・廃止の30円券についても第1期券で終わったところは、羽幌線の昭和45年無人化の駅ぐらいでしょうか。あとは、第2期券で終わっているのがほとんどです。(20円券を料変印で対応したため、第1期券が通用していた時期をすっとばしたためと思われます)駅によってはもしかしたら、初期券が存在しない駅もありうるのではないでしょうか。

matsuさんより30円5期券の中でも注意書きの1回限りの「1」の文字が通常より細いものがあるとのご報告を受けました。確かに5期券の中でも初期の券はそのまま4期券の字体を引きずって細い「1」の文字を使用しています。これを5期券の亜形と見るのかもしくは4期券と5期券の間に属するものとしてみるのかは小児券もそうですが今後の課題です。正直言って私自身どの駅がこのような券なのかは把握しておりません。駅ごとにそれぞれの様式を追っていくことは非常に難しく、体系化した上でそれぞれの例外を探していく作業になってしまうのが現状です。

参考文献:「国鉄きっぷ全ガイド」近藤喜代太郎、「鉄道入場券図鑑」運輸情報センター


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