過去の日記(目次)
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今月の日記
2002年9月1日(日)
鈴鹿2日目。AM4:50起き,AM6:00発で会場入り。ところが駐車場に行ったら別の遠い駐車場を指定されてしまう。文句を言いたい気持ちを抑えて会場へ移動。それでも昨日よりは早めに会場入りすることができた。今日も同じレースに出る某B組長と試走時間に西コースでアップ。そのまま息を整えてレースへ。
レース後はずっと観戦+某B組長と買い物。
会場でフルカンパでドロップハンドル化されたPACIFIC-18を目撃。丁度自転車誌の取材を受けていた。たまたま近くにいた某O塚氏と某N沢氏と一緒に見入る。気になったのは18インチのチューブラホイール。これがあれば来年のオレンジでもタイムアップできるだろうか。
昼は会場を抜け出して以前から気になっていたサンドイッチ屋で昼食を購入。車に戻って冷房をかけながら昼食+仮眠。最後は国際ロード観戦で締める。Verdadからも複数参加。
国際ロード観戦を終えて撤収。午後4時30分ころに鈴鹿を出て,東名阪+東名を飛ばし,上郷SAでラーメン+αで夕食を済ませて午後7時30分過ぎに帰着。
2002年9月2日(月)
休養日。
帰宅したら,大荷物が届いていた。オークションで落札したホイール+おまけのフレーム。
2002年9月3日(火)
午前5時55分発で朝練。まだ鈴鹿の疲れが足に残っている感じ。走行時間約1時間,走行距離約26km。体重60.8kg。体脂肪率12.5%。
予定より遅れて,今日から夏休み。朝は昨日の続き。昼はPACIFIC-16で家内と一緒に昼食に出る。
2002年9月4日(水)
今日は久々にシクロクロスバイクで朝練を走ってみた(雨中の1時間サイクルマラソンを走ったせいか,ロードバイクのBB付近から異音がしている感じなので)。昨日のうちに練習用ホイールのスプロケットを8S用に変えて装着しておいた。
今日は少し早めの午前5時30分過ぎに家を出た。舘山寺に至る上りの前で某SAチームの集団に抜かれる。とりあえず最後尾に付いてみた。集団がばらけたところで前に出て先頭を追ってみたりした。1人で走るのと違って心拍がかなり上がる。走行時間約1時間4分,走行距離約26km。体重60.6kg。体脂肪率12.0%。
今日から旅行。車に折り畳み自転車2台を積んで伊豆高原へ。でも自転車に乗る機会はなさそう。
おまけのピストの組立のつづき。
2002年9月5日(木)
旅行中にて休養日。結局,今日は車から自転車を出すことはなかった。温泉+食事の毎日。体重増加は必至。
2002年9月6日(金)
旅行から帰宅。休養日。
帰宅後,ピストをいじって写真撮影。
2002年9月7日(土)
午前5時45分起床。雨は降っていないが,西の方の空は暗い。外を走る気力が生じない。昨日BBをグリスアップしたばかりのロードバイクでのローラー台に切り替える。体重61.0kg。体脂肪率13.0%。
午前中はピストをいじる。
明日の茶臼山4時間耐久レースに備えて久々にFUEL100で街乗りをしてみた。リアサスが柔らかい感じだったのでエアの調整。
夕食前のローラー台。ピストで乗ってみた。
ローラー台の後,POLARのHRMの本体の電池(CR2032)を交換。
2002年9月8日(日)
AM4:50起き,AM6:00前発で茶臼山を目指す。順調に走ったせいか,道を覚えていたせいか,昨年より30分早く会場入りできた。4時間耐久レースの結果はこちらから。
レース後,レーパンの後ろが破けているのを家内に指摘される。何度かサドル先端がレーパンに引っかかる感じはしてたのだがまさか破けていたとは。ケブラー部分との境目が切れただけで,パッドのおかげでお尻が丸出しにならなかったのが幸いだった。冬場のシクロクロスでも愛用していた膝丈のタンクトップ式のレーパンなので,何とか修理したい。
レース後はじゃんけん大会をパスして,予約した宿に向かう。ゆったり風呂につかって念入りに両足をマッサージして疲れを癒やす。
2002年9月9日(月)
旅行中。泥だらけのFUELを組み立てて周辺の案内図にサイクリングロードと書かれていたところを家内と一緒にポタリングペースで走ってみた。宇連ダムまで足を延ばす。走行距離約22km。
帰宅後,FUELの掃除。さらに家内の冷たい視線を浴びながら前橋のT店に諸々のパーツを発注。
昨日からVuelta a Espan~aの放送がTVEで始まった。初日のTTTの録画を見て,今日は2日目の放送を生で見る(録画放送なのだが)。
2002年9月10日(火)
朝練のつもりで起きたが,全身に疲れが溜まっている感じだったのでパス。
午前中は画像の整理で過ごす。
夕方,Vueltaを見ながらピストでのローラー台1時間10分。重めのギアをゆっくり目で回す。心拍はほとんど上がらず,筋トレになった程度か。Cipolliniがスペイン語でしゃべっていた。
2002年9月11日(水)
今日で休みも終わり。最後なので沢山自転車に乗っておくことにした。ロードバイクを持ち出し,午前5時55分発,バイパス経由で滝沢展望台,三岳城址,風越峠,瓶割峠,福津峠,陣座峠を越え,舘山寺街道で帰宅。走行時間約5時間35分,走行距離約120km。体重59.6kg。体脂肪率14.0%。
走っている間はほとんど曇りで,気温が上がらず助かった。朝のうちは寒そうだったので膝にはスポーツバルムの赤の1番を塗り込んだ。補給等のために立ち止まるとひりひり熱かった。途中で何度かぱらぱらと雨に降られたが,舘山寺温泉付近で結構強い雨に遭遇。そこから坂を上ったら雨は降っていなかった。局地的な雨だったみたい。気温は上がらなかったが喉は渇き,途中でアクエリアス×1,コーラ×2(いずれも500ml)を補給した。
風越峠以降の登りはほぼ39T×21Tで踏み込む感じで上ってみた。
さすがに超軽量サドルで120kmも走るとお尻が痛くなった。
帰宅すると,月曜日に某T店に注文した品(ピスト用)がもう届いていた。家内の顔が冷たい。
2002年9月12日(木)
休養日。全身が疲れている感じ。ピストinローラー台で重いギアを踏みすぎたのか,昨日の上りで無理をしたのか,膝にやや違和感がある。
休養日とはいえリズムを崩したくないので早起き。家の周りの平坦路を数十m程ピストで走ってみた。
古くなって固定部分が甘くなったCWXを新調した。
突発的に飲んだせいで帰宅が遅く,食事も遅くなる。家内に録画して貰ったVueltaのビデオを見る。4面マルチ画面で解説者が機関銃の如くしゃべりまくっていた。
2002年9月13日(金)
昨日は就寝も遅くなったので,外を走る朝練は断念してローラー台に切り替えた。ギアを軽くしたピストでは初めてのローラー台53分。ギアを軽くしたおかげで90〜100回転で回せるようになった。但し,あまり心拍は上がらず。心拍を上げるにはもっと回転数を上げなければならないかも。体重60.2kg。体脂肪率14.0%。
終わった後,両足とも張っている感じだった。疲れが溜まっているのだろう。
週末はチームの合宿の予定。所用により日曜日からの参加になる。
合宿の準備もあって帰宅すると,Vuelta a Espan~aの放映中。Herasが爆走していた。久々に見てて熱くなったレース。1日遅れとはいえ,結果を知る前に見られて良かったと思う瞬間。画面を見ているうちに,気がづくとペダリングに合わせて体を揺すってしまっていた。
2002年9月14日(土)
朝起きたら外はぱらぱらと雨が降っている。朝練は断念。ローラー台に乗ろうと思って,ならもう少し寝られると思って再度布団に入ったら起きられなかった。結局今日は休養日にした。所用でPACIFIC-16で街乗りしただけで終わる。
午前中に(仮称)認知不可号をいじる。
夕方から家内と名古屋でのコンサートに行くことになっていた。そのままチームの合宿に参加するため自転車を積んだCUBEで行くことにした。ついでに名古屋の某セニョールの店に行こうと思ったが,時間的に間に合わない感じだったので某マダムの店に切り替えた。あまり時間もなく,そそくさと買い物を済ませてコンサート会場に移動。
コンサート後はひたすら車を走らせて高鷲村(鷲ヶ丘スキー場付近)を目指す。合宿場所の別荘地内で迷いながらも無事到着して合宿に合流。皆,今日1日で既に150kmほど走ったらしい。
2002年9月15日(日)
朝6時に起床。7時30分発で練習。今日は寒い感じがしたので,両膝にはスポーツバルム赤の1番を塗り込み,アームウォーマー+レッグウォーマー+ウィンドブレーカー代わりのレインジャケットを着込んで走り出す。BR様やエリート様に混じって別荘から自走。冷えてしまってHRMの調子が悪い。気が付くとHR表示が0になってしまっている(結局1日調子が悪く,とぎれとぎれにしか表示できなかった)。待ち合わせ場所で今日1日だけ参加の某エリートK様と合流。県道316→県道82→国道472→(飛騨美濃道路)→(飛騨せせらぎ街道)→西ウレ峠→県道73→(ショートカット)→国道158(472)→(新軽岡峠)→国道156→県道321→別荘地内激坂というコース。走行距離約130km。道の駅明宝を過ぎてから坂本トンネルを経て西ウレ峠に至るまでの道は延々と登り基調。淡々と回す。県道73から国道158(472)へのショートカットコースの名も無き峠もかなりの登り。国道156に入って,某エリートT様の列車について行ったら心臓がばくばくになる。
そしてクライマックスは2年前にも上った別荘地の激坂。約4.5kmで450mを上るというもので,平均勾配は10%だが,途中に3カ所ほどの下り坂もあるので実際の傾斜はそれ以上というもの。なぜか「登録選手」ということで,エリート様やBR様に混じって走らされる羽目に。念のために付けていった27Tのスプロケットが役立った。無理せず最初から39T×27Tで上る。ヒルクライムの途中でサポートカー?の某B組長にボトル型工具入れやらレインジャケットを預け(まさに,気分はプロのレース),少しでも自転車や身体を軽くして激坂に挑む。京都のかなぶ〜ん氏やKAI氏らも荷物を預かったり写真を撮りながら車でサポート。途中で某B組長に押してもらうも,押しの手が離れた瞬間,どっと両足に負荷がかかってしまった。途中勾配が緩くなったりしたところで息を整えながら最後の登りに。「20番」を曲がってからは直線の距離のある登り。エリート様方が蛇行しながら上っている。当然自分も蛇行。そして一旦傾斜が緩くなってから最後の10数%をはるかに超える激坂。ここは蛇行しても苦しい。後輪がスリップして足つき1回。その瞬間左足脹ら脛を攣りそうになる。その後も登り切れずに足つき2回。最後の数mはギャラリーの応援もあって,蛇行せずに力で登り切った。その直後,後のギアが24Tに入っていたことを知った(T_T)。途中の休息ポイントでギアを落としたままになっていたみたい。
その後は温泉にゆっくりつかって足のマッサージ。夜はバーベキュー。夜になって雨が降り出す。明日の走行は無理そう。それを知ってか,皆夜中まで起きている。こちらはビール2本で酔いが回って早々に落ちる。
2002年9月16日(月)
朝も雨。休養日になる。ゆっくり起きて昼過ぎに合宿地を出る。1人だけ浜松に帰るということで別荘地を出たところで皆と別れて帰宅。
帰宅後,Vuelta a Espan~aの放送を見ながら(仮称)認知不可号の整備。
2002年9月17日(火)
ここ数か月間言いたかったこと…。
「Vuelta」は「ブエルタ」(あるいは「ブェルタ」)であって,決して「ヴェルタ」ではない!>>Jスカイスポーツ,サイスポ誌。
英語じゃないんだから!
…ちょっとすっきりした。
合宿の疲れが残っていて,朝起きられず。どうせ降雨で朝練は行けなかったが。
次回合宿のための覚え書き。合宿に持っていった方が良かったと思ったもの。洗濯用ネット(ジャージや他の小物を一緒にまとめて洗濯できるし,他の人のジャージと区別できなくなることもなくなる),コーヒー(朝のコーヒーは格別),マット(寝袋だけでは畳の上でも腰が痛くなる),懐中電灯(外は真っ暗になる)。
合宿にて,ロードで久々に某エリートK様と一緒に走ったが,2000年のツール参戦モデルのカラー(2001年モデル?)のTREK5900はやはり格好良かった。あのカラーなら,X0-1やFUEL100と並べて3台体制にしても良いなと思うのだけれどなぁ。でも,今はGIANT TCRで十二分に満足しているし…。
京都車連からの案内が届く。今週末の桂川でのシクロクロス大会の案内も入っていた。京都車連のHPの掲示板での情報によると参加人数が少ないみたい。でも行けない。秋Rit'sは10月13日(日)で,リトルワールドと重なるみたい。今回はRit'sの開催時間が遅いので,ダブル参加も可能みたい。今回はC3での出走を考えている。実は4年前に初めて秋Rit'sに参加した時は,C3での参加で,早々に集団から千切れて1人旅状態だった。そのため以後はC4で出走するようになったのだが,そろそろC3に復帰しても良いかなと思うようになった。C3の中でどこまで走れるか試してみたいと思っている。多分大集団の中で埋もれて終わると思うけど。
帰宅後にローラー台に乗ろうかと思ったが,足に疲れが残っている感じだったし,明日は天気が回復しそうだったので朝練に賭けることにして休養日にした。明日の朝練に備えてロードバイクに練習用ホイールを装着。後輪のタイヤが結構フラット気味なので,前輪のものと入れ替えた。
2002年9月18日(水)
就寝が遅くて朝が辛かったが,何とか起きて午前6時2分発でロードバイクでの朝練。既に帰路に付いていた某M店や某SAチームの朝練集団とすれ違いながら舘山寺までの往復約26km。約1時間8分。出発時間をこのくらいにしても,市内に向かう車による道路混雑が始まる前に帰宅できることが判明。全体的には余り追い込まず軽めに走る。体重60.4kg。体脂肪率14.0%。
走行中,サドルが気持ち低い感じがしたので,折り返し地点で数mm程上げた。
帰宅すると,早くも定期購読中のfunride誌が届いていた。ツールド信州の記事中には,第2集団の先頭を引く某エリートS様の写真。記事中でもチームについて触れられていたが,さすがに,毎晩,某チームだけ酒盛りをしながら走り続けていたことについては触れられていなかった(ツールド信州のHP参照)。
'03モデルのFUEL100の写真も載っていた。前3角までOCLV化され,さらに軽量化されたフレームにはそそるものがあるのは事実だが,カラーは現行モデルの方が好き。
夕食の前後にピストのBBをばらす。
今日のTVEの放送はVueltaの休息日の分だったので放送はなし。録画してあったVueltaの第7ステージのビデオを見た。Cipolliniが完璧な勝利で3勝目を収めていた。表彰式後のインタビューで,インタビュアーから,(勿論)冗談で「(君がいるとスペイン人が勝てないから)早くイタリアに帰るように。いつ帰るんだい。」などと言われていた。で,翌日にCipolliniはDNS。まあ,本人は,第3戦の勝利後のインタビューでは「練習や(世界選手権に向けた)コンディション作りのために来た。」などと話していたし(TVEの解説者によるとGiroの最終ステージの勝利後97日間全くレースに出ていなかったらしい→それで勝つのだから凄いと思う),DNSも予定どおりだと思うけど。
2002年9月19日(木)
今日は早めに起きて某チームの朝練にひっついて行って追い込もうかと思ったが,寝坊。朝が涼しくなってなかなか起きられなくなった。Vueltaの第8ステージのビデオを見ながらピストinローラー台50分に切り替える。体重60.4kg。体脂肪率15.0%。
シクロクロスバイクのフロントシングル化を考える。
2002年9月20日(金)
フラワーパークまでの朝練約26km。本当に涼しくなった。ジャージの下にアンダーを2枚重ねで着て,アームウォーマー+ニーウォーマーを付けて,膝にはスポーツバルムの赤1番を塗り込んだ。体重60.2kg。体脂肪率15.0%。
先日,消耗したタイヤを前後入れ替えたことについて,チームの長老の某q爺から止めた方が良いとの指摘を受けていた。今日乗りながら様子を見てみた。真っ直ぐ進む分にはあまり支障は感じなかったが,ダンシングで自転車を左右に振った際に,前輪のフラットになった部分が障害になってスムーズに進まなくなっている感じがした。納得。
明日から3連休。明日から妹夫婦が泊まりに来ることになっている上,日曜日は仕事が入ってしまった。後半は天気も悪そう。J2前に追い込んでおきたかったのに。
2002年9月21日(土)
6時25分発での朝練。ロードバイクにSPOX+決戦用WOタイヤを履かせ,滝沢展望台〜(引佐赤十字病院近くの丘)〜三岳城址〜舘山寺国民宿舎〜舘山寺街道で帰宅という無難な?コース。走行時間約4時間,走行距離約86km。体重58.6kg。体脂肪率13.5%。そこそこ疲れた。
郊外の田圃の周りは彼岸花の赤ばかり。秋になったなぁ。
2002年9月22日(日)
昨晩は少し飲み過ぎた。朝起きれず。休日出勤後は妹夫婦の接待。休養日。
お古のTREK5500を義弟に,とも思ったが,54cmのフレームはサイズ的に苦しい感じ。街乗り用ならダンパーが逝ってしまったAMPバックでもあまり問題はないだろうし,サイズ的にも良いかも。ということで再びMTB用のパーツ収集を考える。クランクは古いLXがあるし,適合するBBもある。一番の問題はサスペンションフォークをどうするかということか。
2002年9月23日(月)
6時20分発で一昨日と全く同じコースの朝練。ロードバイク+練習用ホイール。風が強かったことと,重い練習用ホイールを付けていったことと,一昨日の疲れが残っていたことから,一昨日よりスピードも心拍も上がらなかった。走行時間約4時間強,走行距離約86km。体重58.6kg。体脂肪率13.5%。
昼はPACIFIC-16で佐鳴湖近くのフランス料理店にランチを食べに行く。
予定時間より30分も早くVuelta a Espan~aの放送が始まる。今日はAlto de L'Angliru。最大傾斜が23.6%という絶対に見逃せないステージ。土砂降りの雨で水が川の様に流れている中,Herasの激走。今日はカメラで写す相手が頻繁に入れ替わったせいもあって,体でリズムを取ることは少なかったが,やはり感激する。
2002年9月24日(火)
休養日。
週末のJ2の案内状が届く。九州までの船の時刻表が入っていたけど,浜松に住んでいる人間にそんなもの送られても…ねぇ。
2002年9月25日(水)
舘山寺フラワーパークまでの朝練約26km。体重61.0kg。体脂肪率14.5%。お古のウインドブレーカーで作ったベストを着ていった。丁度良い感じ。
2002年9月26日(木)
朝練約26km。体重60.2kg。体脂肪率15.0%。
ロードバイクいじり。
週末の天気が気になる。
2002年9月27日(金)
休養日。雨の中,朝からMTBを車に積み込んで遠征の準備。
夕方には雨は上がる。帰宅後,シャワーを浴びて汗を流し,食事をして,荷物を詰め込む。んで,午後9時30分過ぎに出発。出発後間もなく雨に降られる。東郷PAに車を止めて仮眠。雨音がうるさくてよく眠れない。午前1時に起きて名古屋市内の待ち合わせ場所に移動。こちらで次の仮眠。
2002年9月28日(土)
うとうととしたところで目覚ましで目が覚める。そのままぼーっとしているうちに徐々にメンバーが集まる。雨の中,積み込み作業をして出発(午前5時15分)。途中まではずっと雨だったが,西に行くにつれて雨は上がっていった。淡路島を経由。休憩2回。昼の1時ころには八幡浜入り。良い天気で気温も高い。
昼食場所を探してしばしうろつく。結局,スーパー駐車場に車を止めてうどんを食べることに。セルフサービス式のうどん屋で,うどん玉はいくらとっても\320という店。多めにと思って3玉入れたが,地元?の人は若い女性でも6玉くらい入れてた。
午後1時30分過ぎころに会場へ移動。まだ耐久レースの最中だったが,自転車を組んで,SHIMANOドリンキングの人たちのnewXTR装備の自転車を見たりして準備をしている間にレースも終わって試走に入る。この時点で,POLAR用のスピードセンサーを家に置き忘れて来たことに気づいた。
コースはシングルトラック占有率公称65%。かなり長く感じた。つづら折りばかり。途中で900mの長い舗装の坂。ここが1つのポイントになりそう。
試走は散々な状態。集中力が欠けているのか,シングルトラックで何度かコースを外れる。途中から古傷?の右股関節の辺りが痛くなってきてペースダウン。勇んで乗り込んできた八幡浜であったが明日に向けて大きな不安を残す。
午後5時過ぎに宿に移動。風呂に入って夕食をとってから買い出し。今回は宿の自販機の500mlの発泡酒1本で十分だった。午後10時過ぎには就寝。
2002年9月29日(日)
午前5時40分起床。身支度を整えて午前6時30分から朝食。ほとんど着替えを済ませて午前7時30分過ぎに宿を出て会場に向かう。午前8時前には会場入り。
午前10時開始のレースまでは会場までのアップダウンを走ってアップ。念入りに準備を済ませて臨んだレースの結果は…(後日アップ)。
その後はエキスパートのS藤氏やエリート様方のレースを見て午後5時前に現地を出る。帰りは瀬戸大橋経由。途中ちょっとしたアクシデントはあったが,午後11時40分ころには名古屋にたどり着く。安全運転で午前1時過ぎに浜松に帰着。風呂に入って就寝。
2002年9月30日(月)
休養日。股関節の痛みが残っているし,Jシリーズも終わって一段落したので当分は休む予定。と言いながら,再来週末の秋Rit'sに申し込みをしてしまった。リトルワールドとダブルヘッダーで参戦予定。関西シクロクロスも全戦一括で申し込んだ。
ロードバイクいじり。
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