過去の日記(目次)今月の日記

2003年9月1日(月)

 鈴鹿の余韻に浸る週明け。休養日。
 なお,昨日,鈴鹿から帰った時点で,体重57.8kg。体脂肪率10.0%だった。それだけ。

2003年9月2日(火)

 休養日。全くやる気無し。
 そう言えば鈴鹿で,\100の蛍光黄色帽子を買ったのを忘れていた。以前はヘルメットの下はバンダナと決まっていたが,このところはずっと多少の雨をしのげ,多少の日除けにもなる帽子がお気に入り。

2003年9月3日(水)

 休養日。
 午前中は有給をとってMRIの検査。完成したばかりの街乗りピストで往復。往路,44T×16Tでも重く感じて右脚が痛くなった。結果はまた後日。
 帰宅したところ,妻が,隣家の子供の自転車の修理を請け負ってきていた。リアブレーキの音鳴りをどうにかしたいという要望だった。ローラーブレーキの音鳴りをどうにかする方法は分からなかったので,ワイヤーへの油差し,後変速機の調整,チェーン洗浄+油差しをして返却。近所で良い自転車屋がないかと聞かれたので,距離的に近いと思われるMサイクル蜆塚店等を教えておいた。

2003年9月4日(木)

 休養日。
 明日は人間ドックなので早めの食事。

2003年9月5日(金)

 休養日。
 人間ドックのために休み。今日もピスト。ヘマ値が若干上昇(38.4→41.7)。2年半前の検査で見つかったポリープ様のものは発見されなかった。去年B判定だったコレステロール値も下がっていた。全体的に問題はないとのこと。これで腰・脚の痛みさえなければ何も問題はないのだが。人間ドックの合間にストレッチ体操の時間があったが,かなり腹筋が衰えていることを実感。
 人間ドックを終えた後,一昨日撮ったMRIの写真ができたということで整形外科へ。ヘルニア等の目立った問題はなく,このまま様子をみるしかないらしい。ううむ。痛みがどうしようもないときのために鎮痛剤を処方するとのこと。様子を見ながら運動をしても良いとのこと。帰宅後,これまでは主に直接痛みが出ていた臀部等に貼っていた湿布剤?を右腰に貼ったら調子が良かった。
 明日からブエルタ。今月からしばらく中断していたスカパー!のTVE(スペイン国営放送)を再契約した。どうやら今年は生で放送してくれるらしい(一部録画もあるみたいだけど)。明日から楽しみ。でも朝練と両立させるのは大変。
 夜はロードバイクいじり。

2003年9月6日(土)

 久々の朝練。といってもポタリングペース。上りで後から来た何でもないペースで走っている1人に抜かれたのは悲しかった。大回りで細江まで走って帰った。約59.5km。体重57.0kg。体脂肪率13.5%
 PACIFIC-16号をいじる。
 草刈り機で庭の雑草を刈った後は久々にロードバイクの洗車。
 今日からブエルタ。第1ステージはTTT。生放送!あっという間に千切れたクアランタ。そのままリタイヤには驚いた。ONCEが勝ったけど,後半のUs Postalの追い込みも凄かった。昨年同様,チーム内で先頭でゴールラインを越えた選手がリーダージャージのようで,ゴール前まで先頭で引っ張っていたフルスカが,エースのイゴル・ゴンサレス・デ・ガルデアノが早く前に来ないか心配しながら走っていたのが笑えた。あとポイント賞ジャージが赤(橙)水玉なのも笑えた。

2003年9月7日(日)

 右脚が痛かったが,今日もポタリングペースの朝練(昨日が遅かったので少し遅めに出発)。足の調子が悪いので短めの約48km。体重57.6kg。体脂肪率13.5%。朝食後は昼寝?
 昼過ぎに買い物に出た後で,妻の買い物自転車にZefalの泥よけ(プラスチックコーティングのもの)を取り付けることにした。リアホイールの振れが酷いので振れ取り台を持ち出して修正。さらにタイヤが磨り減っていたので,これも交換。なぜか前タイヤだけフラットアウエイが入っていた。今度のタイヤはケブラー入りなので今回は省略。
 夜は茄子を入れたパエジャに挑戦。まあ良い感じか。
 夜はブエルタの第2ステージ。いきなりゴール前16kmにカテゴリー1級の山があるというとんでもないステージ。チポッリーニがやる気を無くすのもわかる。終盤は2人が逃げ出してなかなか面白い展開だったけど,睡眠不足が続いて目を開けていられなかった。

2003年9月8日(月)

 朝寝坊。慌てて朝食を食べて出勤。休養日。
 ブエルタを見ながらローラー台とも思ったが,足の状態を考えて無理はしないことにした。明日は起きられるといいけど。

2003年9月9日(火)

 朝練。やはり右脚は痛んだ。体重58.2kg。体脂肪率13.0%
 昨晩のブエルタ第3ステージはペタッキの圧勝。最初は雨で,中継が始まった時点で晴れていたが,ゴール前でまた雨という大変なレース。ゴール直前のカーブ,解説のデルガドがここは危ないと言ったとたんに落車発生。オスカル・セビジャも巻き込まるアクシデント。そんな悪条件の中でペタッキは後ろを振り返りながらの余裕のゴール。見応えのあるスプリントだった。
 で,寝不足で第4ステージは途中から落ちてしまった。起きたら,逃げの集団からウナイ・エチャバリアが逃げるところだった。まだ20kmも残っていたので捕まるだろうなと思って見てたが,そのまま逃げ切っていた。これも見応えがあった。

2003年9月10日(水)

 休養日。昨日は腰用サポーターを外して過ごしていたら腰や右脚が痛んだ。今日はサポーターを付けて過ごす。
 夜はブエルタ第5ステージ。今日は展開が早くて0時前にレースは終わった。今日もペタッキの圧勝。2勝目を示すVサインを出しながらのゴール。その直後に指で今期のグランツールの勝利数の6,4,2を示していた。おお,ペタッキが赤(橙)水玉ジャージを着ている(笑)。多分これでペタッキのブエルタは終わり,かな?と思ったらレース後に「ピレネーを越えるかい。それとも家に帰るかい。」とインタビューされていた。一応走るようなことは言っていた。

2003年9月11日(木)

 眠くて朝練は断念。
 先週の人間ドックで運動をした時に,腹筋の衰えを強く感じた。図書館で借りた座骨神経症の本を読むと,コルセット(腰用サポーター)を常時使っていると腹筋が衰えるとあった。ということでブエルタを見るときは,少しずつ,腹筋に負担を掛ける姿勢を取るように心がけている。
 今日のブエルタは個人TT。解説者らはもっぱら今日でリーダージャージがONCEのイシドロ・ノサルから,エースのイゴル・ゴンサレス・デ・ガルデアノに移るだろうと考えていたようだが,何とイシドロ・ノザルが2分近い差を付けてステージ優勝。Us Postalも,アシストのマノロ・ベルトランが,直ぐ前を走っていたエースのロベルト・エラスをもう少しで追い抜く勢いで走っていた。インタビューを受ける両エースは複雑な表情。今後,両チームの戦い方が見物である。

2003年9月12日(金)

 今日は何とか起きて朝練。でも右脚が痛んで散々な感じ。体重58.2kg。体脂肪率13.0%
 夕方,整形外科で腰のマッサージを受ける。電気マッサージが気持ちいい。
 明日からチーム合宿なのだが,とても走れる状態ではないので今回は不参加。今回は乗鞍スカイラインも予定されていてとても惹かれるものがあったのだけど。。
 夜,TVEの放送が始まる前にロードバイクいじり。
 ブエルタは今日から本格的な山岳ステージ。リーダージャージのイシドロ・ノサルが献身的にエース(イゴル)のために逃げたロベルト・エラスを追いかける姿が印象的だった。そのために最後の上りでは力尽きてた。時間切れでリザルトも発表されないまま放送が終わってしまったけど,多分マノロ・ベルトランが約1分差で総合2位。明日からの展開が楽しみ。

2003年9月13日(土)

 休養日。
 午前中は車で買い物。スペインの大衆ワインが安かった(\398)のでまとめて購入。
 午後は少し仕事に。急にFUEL100に乗りたくなったので半年ぶり?くらいに組んで勤務先への往復+αに乗ってみた。
 夜,ブエルタの放送を見ながら,シクロクロスバイクをいじった。
 ブエルタの第8ステージ。妻は総合に絡む選手のアタックが見られず,欲求不満の様相。

2003年9月14日(日)

 午前6時15分から走り出す。相変わらず右脚が痛むが,今日はややまし。今日は様子を見ながら少し長めに走ってみようと思って家を出たが,悩んだ末に,浜名湖を1周してみることにした(といっても家を起点にした大回りだけど)。豊橋在住に走った時は猪鼻湖の外側を回るコースを走ったけど,今回はあまり負担をかけなくなかったのと,ルートの確認の意味をあって310号線を走ってみた。休憩中のロード乗りたちを目撃。後で追い抜かされた。Mレーシングの人たちだったみたい。途中で脇道を走ってみたら,ミカン畑に続く激坂に続いていて,泣きそうになった。走り終わってから,昔走った時も途中まで行って引き返したような記憶が蘇った。ただ23Tで大変だったのはそこだけだった。新居ではトライアスロンの大会があったみたいで,所々で交通規制中だった。鷲津付近で少し道に迷ってしまった。1号線は,思ってたより交通量が少なく,あまり不快な思いはしなかった。約3時間30分強。約82km。変な脇道にそれたりしなければアップダウンもほとんどなくて,LSDにはぴったりだった。体重56.0kg。体脂肪率13.0%
 午後はシクロクロスバイクいじりの続き。
 夜はブエルタ。ピレネーの最終日。今日は山頂ゴールにもかかわらず,集団スプリントとなる。今日も妻は欲求不満。密かにラスムセン(ラボバンク)に注目することにした。

2003年9月15日(月)

 今朝も一応走ってみた。でも昨日の影響で右脚がかなり痛んだ。予定より早く引き返す。体重57.6kg。体脂肪率13.5%。途中で水分補給をしようとしたら,ボトルの蓋がきちんと締まっていなくてCCDドリンクを体〜フレームにかぶる羽目に。
 夕方,99年のブエルタの録画を取り出して見る(アングリルのかなり前のステージ)。誰がどのチームに所属していたのかを見るだけでも楽しい。
 シクロクロスバイクをいじる。
 ピレネーが終わったブエルタ。最後の10kmを切ってから複雑なカーブが続き,目の離せない展開。妻曰く「ペペ状態」(ゴール直前で集団が逃げに追いついた状態)となって,「ついに」ツァベルがペタッキに勝ってた。ちょっとペタッキが1人になるのが早すぎた感じか。

2003年9月16日(火)

 ブエルタも自分も休養日。

2003年9月17日(水)

 朝練。少々冷えるくらいだったのでニーウォーマーを使ってしまった。久々にシクロクロスバイクに乗る。さすがに26Cタイヤは快適。脚の痛みが強かった。体重58.2kg。体脂肪率12.5%
 昼,オークションで落札した品物が届く。またまた皮サドル(中古品)。重量382g
 夕方,マッサージを受けに行ったが,結果はいまいち。
 夜はシクロクロスバイクの手入れ。
 休養日明けのブエルタは,今日も,ゴール前1kmを切ってから集団が逃げている2人に追いつくという手に汗を握る展開。ゴール前の町中のカテゴリー3級の登りも激しかった。密かに注目のラスムセン(元MTB世界チャンプ)もゴールスプリントに加わっていたのはさすが。TVEはケルメのバルベルデ(23歳)に注目しているみたい。スペイン若手の期待の星という感じか。

2003年9月18日(木)

 朝練。昨日は途中から暑くなったので,今日はニーウォーマーをつけずに我慢。走り出して数kmのところで腰用サポーターを忘れたことに気付く。とたんに右脚が痛くなったような気がしたので一旦引き返して出直し。昨日よりは右脚の状態はましだった。昨日の整備のおかげで後変速機の調子も良い。体重58.0kg。体脂肪率13.0%
 Funride誌が届いた。グレッグ・レモンの鉄+カーボンのフレームがやや気になった。あとKHS F20Rのフレーム売り。
 今日のブエルタは「ど平坦」で,集団スプリントになると思いきや,強風で集団が分断されて総合にも影響の出る展開。最後は先頭に残ったペタッキとツァベルの一騎打ちになってペタッキが勝ったけど,本当に僅差。ツァベルも調子を上げてきているみたい。これからも楽しみ。

2003年9月19日(金)

 休養日。昨日はPOLARのケイデンスセンサーの調子が悪かった。電池を交換してみた。
 「ブエルタ史上最長」の53kmのTT。ONCEも腹を決めたのか,今回,監督は黄金ジャージのイシドロ・ノサルについていた。優勝後に監督と抱き合って泣いているノサルの姿が印象的。「エスカラドール(クライマー)」エラスの走りも凄い。目標のある選手は走りが違う。

2003年9月20日(土)

 昨日から右脚が痛いので朝練は休み。夜にかけて痛みが激しくなる。どうしようもない。
 昼に駅まで歩いて出て昼食。本屋でサイスポ誌購入。今月はあまりピンと来るものがない。長距離を走る企画自体は興味あるけど。それと,ようやくアンカープラグを使わないアヘッドの仕組みが分かった。ちょっと興味あり(重量が気になる)。あと2004モデルのFUEL100のヌードカーボン色がとても気に入った。あと2年待っておけば…。
 今日のブエルタは普通の平坦ステージのはず。ゴール前1kmまではファッサの列車がペタッキを引く展開で,文句なし,と思ったが,なぜかその直後は混戦に。ロンバルディーが早駆けしゴール前で急に止めていた。まるでチポッリーニのアシストしてるみたいな動き。数人に前に出られて,これでペタッキは終わりかと思ったけど,最後はダントツでペタッキの圧勝。

2003年9月21日(日)

 雨。今日も休養。右脚の具合は昨日よりはまし。映画のビデオを見ながら1日自転車いじり。
 シクロクロスバイクをいじる。
 使途不明号をいじる。
 最後はリッチーのビンディングペダルの塗装落とし。以前にフルサスMTBの色に合わせて黄色に塗ってしまったが(若気の至りとも言う),当然のことながら色落ちが激しいので剥がすことにした。ドリル先端に付ける金属ブラシで擦ったが,シンナーかけてマイナスドライバーで擦る方が良く落ちる感じ。

2003年9月22日(月)

 休養日。朝起きると右脚が痛む。布団が悪いのかも。
 昨晩は早めに日記をアップしてしまったが,昨晩のTVEのニュースによると,元ケルメのハビエル・オチョアがパラリンピック(?)のTTで優勝したらしい(詳細は不明)。
 昨日のブエルタでも妻は欲求不満が溜まったみたいで,画面を見ながら文句ばかり。昨日の終盤はケルメが列車を作って集団を引っ張る展開。最後は,元エースのセビジャがバルベルデを引っ張って優勝させてた。オンセも元エースのゴンサレス・デ・ガルデアノが少し遅れたノサルを引っ張ってた。
 今の腰には硬めの布団の方が良い感じなので,今日から敷き布団1枚で寝ることにした。

2003年9月23日(火)

 朝起きた時の右脚の痛みは少なかった。
 休養日。自転車に乗りたい欲求はあるが,おとなしく9月一杯は休むことにした。
 午前中は仕事。昼は妻と自転車で出掛ける。久々にピストを出す。妻のリクエストで昼食はチーズケーキ+アップルパイ(だけ)となった。
 その後は使途不明号をいじる。
 今日のブエルタはシエラネバダへの登り。シエラネバダは,我が人生でただ一度だけスキーをしたところ。今日で総合争いの見通しが明らかになるステージだけど,残念ながら,スカパー!の都合で今日は生放送なし。明日早起きして録画放送を見る予定。

2003年9月24日(水)

 早朝に起きてブエルタ第16ステージの録画放送を見る。妻は途中で起きてきたが,先に公式サイトで結果を見て,そのまま(結果を見て見る気持ちを無くしたらしい)。何度もアタックを仕掛けようとするエラス,一花咲かせたいセビジャらの走りは見物だったのに。終盤,バイクに乗ったアナウンサーが「今日はメルカドの勝ちだ。」と言うまで開いていた差を最後の最後で一気に詰めて勝利したフェリックス・カルデナスはさすが。
 やることもないので使途不明号をいじりながら見ていた。
 夜は飲み会だったが1次会で終わって帰宅。今日もブエルタの観戦。最後にカテゴリー2級の峠があるというスプリンター泣かせの展開(スペイン語でも「スプリンター」は「スプリンター」らしい)。ペタッキは早々に千切れていた。上りの途中からのミラーのアタックは迫力があった。途中で数名に追いつかれて終わりかと思ったけど,そこからさらに第2段のアタックで後続を引き離し,下りになってからさらに差を広げる走りは迫力があった。ゴールした瞬間も本当に嬉しそうだった。

2003年9月25日(木)

 休養。
 今日からブエルタはMadrid近郊ということで,茶色の大地に木がぽつぽつと生えているという,日本にはない,自分的には懐かしい風景。今日は総合やポイント賞に関係のない展開。16人?の逃げ集団がバラバラになったりくっついたりしながら最終的に1人が逃げを決めて勝ったの買ったのだけど,2番手集団の先頭でゴールを目指すケルメの選手がやけに頑張っているなと思ったら,ゴールでガッツポーズをしていた。単に1人逃げているのに気づいていなかったみたい。かなり恥ずかしかったはず。

2003年9月26日(金)

 休養。
 今日は飲み会。2次会で帰れたので何とかブエルタの放送開始には間に合う。総合にはあまり変化はないだろうと言われていたステージ。峠に入ったところでそれまで先頭を引いていたオンセの選手が下がりながら監督と握手しているくらい。最後のカテゴリー1級のナバセラーダ峠に入ったところでエラスのアタック。ここで,オンセはノサルだけになってしまい,やがてノサルが遅れて行くという波乱の展開。アナウンサーも繰り返し「Crisis(クリシス)」と叫んでいる。オンセの監督は,何に怒ったのかは知らないが,TVEのカメラの乗ったオートバイの行く手を車で止めて怒鳴りまくっている。やがてマルコス・セラーノがノサルに追いついてきたけど,ノサルのペースは上がらない。オートバイのカメラが1台止められてしまったため,しばらくエラスらの映像が写らずやきもき。最後は,他のオンセの選手も追いついて必死になってノサルを引っ張る。エラスは,逃げの集団に入っていたUSポスタルのフロイド・ランディスや,バルベルデの総合順位を上げたいオスカル・セビジャらケルメとともに下りを飛ばすが,オンセの集団も100km/hのダウンヒルで追い掛ける。見ていて興奮した。エラスは総合2位になって,ノサルとの差は1分55秒に縮まる。今日の山岳TTは本当に目が離せなくなった(11.2kmと距離が短いので,ノサルの総合1位はまず大丈夫だろうというのがペドロ・デルガドの見方だけど)。

2003年9月27日(土)

 休養。なので暇。使途不明号をいじる。
 昼,家内と少し離れたところまで自転車で買い物。休養のおかげか,右脚の痛みはない。平地ということで街乗りピストを出した。先日,チェーンの張りが緩んでいる感じがしたので玄関に逆さにぶら下げた状態で後輪をはめ直したが,やはり手抜きはいけなかったみたいで,センターが出ていなかった。走り出した後で気づいたので,妻の冷たい視線を浴びながら,一旦家に戻って調整し直し。帰宅して昼食を食べて,ちょっと仕事に行った後で,さらに買い物で坂を上ったりしたら,帰宅後に右脚が痛み出した。ピストの重いギア(44T×16T)が悪かったみたい。10月から練習を再会しようかと思ってたんだけど,まだまだ無理かも。本日の走行距離約19Km。
 今日のブエルタは,最高に興奮した。ケルメからUSポスタルに移ってから苦労続きのエラスが勝って嬉しかった。奥さんと赤ちゃん(女の子らしい)も来ていたみたい。奥さんはとても嬉しそうだった。子供は何も分かってない感じ。密かに注目していたラスムセンはいまいちだった。期待の若手のバルベルデはさすが。2位に入ってた。レースの展開や観戦中の状態は裏日記に書かれてしまったので,以下,自転車乗りらしい話題。イゴル・ゴンサレス・デ・ガルデアノとノサルは,最大斜度17%?という今回の山岳TTのためにリアは最大25Tのを付けていたらしい。さらにノサルのチェーンリングは39T,イゴルのは不明。ペドロ・デルガドは,盛んに,25Tは大きすぎると話していた。「ここは41T×23Tで登れる。」とのこと。エラスは41T×23Tだというような話も出ていたような気がしたが,詳細は不明(そもそもnewDURAにそんなチェーンリングがあったかどうか…)。

2003年9月28日(日)

 休養。前言を撤回して今日から走ろうかとも思ってたが,昨日の右脚の痛みで断念。そもそも起きられなかったけど。右脚の痛みは日中には消えた。
 昼は昨日に引き続き妻と自転車で出かける。昨日に懲りてPACIFIC-16を出す。少しでも距離を稼ぐために佐鳴湖の対岸までポタリングを兼ねて出掛け,たまたま見つけたフランス料理店でランチ。なかなか良かった。食事後も遠回りして帰る。ポタリングには丁度良い季節。走行距離約17km。軽いギアで回していたせいか,昨日のような痛みはなかった。
 軽量担ぎ用MTBに,余っていたSIGMAのメーターを付けた。最初にPACIFIC-16にコードレスキットを付けて使っていたもの。コードレスセンサーの電池が切れている感じなので,元々のコード式の状態で取り付けた。
 ついにブエルタは最終日。TVEの放送前のノティシア(ニュース)番組では,出走前に,サイン台で,今回のブエルタが最後となる2チーム(オンセとイバネスト)の選手がジャージ交換をしている光景が写った。その直後に一瞬写る中継シーンでは,ノサルが1人で逃げているところが写っていた。本放送が始まる前に捕まっていたけど(バイク中継のアナウンサーは「ノサルの冗談。」と呼んでいた)。Madrid市街に入って周回コースに入る前には20数年前に何度も通った懐かしい場所も映像で見れた。最後は,妻が「つまんない。」と怒り出すくらいペタッキが後続に差をつけて5勝目。主催者が予想したのより20分くらい遅れたみたいで,表彰式に入る前に放送がカットされてしまった。少々残念。

2003年9月29日(月)

 昨晩のブエルタの興奮もあって,今朝は起きたのが遅かった。
 夜は,市内にて,オークションで落札した品物(消耗品のカンチ用ブレーキシュー)の受け渡し(たまたま出品者も市内だった)。久々に シクロクロスバイクで出掛ける。

2003年9月30日(火)

 休養日。オークションを通じて購入してしまっていたPCD110の34T等の小物が届く。毎度のことだが,妻の目が冷たい。
 夕方は整体で腰のマッサージ。
 使途不明号をいじる。

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