過去の日記(目次)
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今月の日記
2004年9月1日(水)
休養。
「自転車少年記」は全部読み切れず,一旦図書館に返却となった(既に次の予約が入っていたので)。
休み明けの出勤。思うところがあって昨日のうちに電飾装備を整えた街乗り用ピストにて通勤。やはり細いタイヤは楽である(ただし下りのスピードが乗らないので時間はほとんど変わらなかった)。帰路の劇坂は止まりそうになってしまって大変だった(昨日は大回りして帰ったので劇坂は通らなかった)。トゥークリップをしていたが固定が弱くて滑ってしまって引き足が全く使えなかった。今後も毎日ピストにて通勤して鍛えないといけない。
2004年9月2日(木)
昨晩は帰りが遅くて就寝も遅くなったので今朝もローラー台は断念。
天気予報では夕方から雨とのことであったが,寄りたいところがあったのでピストにて通勤。L.L.Beanのメッセンジャーバッグの構造上,右肩からのたすきがけだと背中からずれて前方に来てしまうことが多かったので,今日から左肩からのたすきがけに戻した。
夕方に職場を抜け出して現像が仕上がったフィルムを受け取りに行った。日比谷公園入口の石畳区間の振動がかなり激しかった。尻が痛くなった。今日の帰路ではトゥーストラップを締め上げて激坂に臨んだ。右足は固定がいまいちだったが,昨日よりはまともに上れた。
2004年9月3日(金)
昨晩は寝苦しくて寝付けず,休養。
今日もピストにて通勤。今日は底が厚めの靴にしたら,ペダルがとても拾いにくかった。何でもない道でも大腿部が重い。昨日の激坂の疲れか?帰路はペダルに足を締め付けて激坂を上った。
ふと,廃車予定のMTBを固定ギア化してブロックタイヤで通勤することを考えた。考えただけ。
帰ってから,街乗りピストでの皇居練の準備。
2004年9月4日(土)
予想どおり寝坊。で,起きたら雨が降っていたのでピストからセンサー類をロードバイクに移植し,ついでにレース用に1個外していたボトルケージを取り付けて(ローラー台時の水の補給用),ローラー台に切り替える。45分。体重60.0kg。体脂肪率15.0%。ピストの負荷に慣れたせいか,軽く感じた。
午前中はブエルタの放送に備えてHDDプレーヤーの整理。半分以上はツールの録画が溜まっている状態。音楽関係の番組をDVDに落として容量を確保した。説明書を読んでも分からないことだらけで苦労する。
午後遅くなってから妻と自転車で池袋に。ピストは練習用の状態だったのでPACIFIC-16にした。意識して重めのギアを踏んでみた。
夜はブエルタの生放送。夕方ころは悪天候でスカパー!は受信できない状態が続いていたが,夜は復帰(雷が光っていたけど)。時間どおりに始まったのはすごい。生はうれしいのだが,時間切れで表彰式の映像はなかった。
2004年9月5日(日)
朝練はなし。
日没を待ってピストでの激坂練。まずは5分間ローラー台のロードバイクでアップ。それからピストで走り出す。通勤の時よりはましだったが,やはり44T×16Tではきつい。最初の5周では,上っている最中にクリートが外れること3回。ペダリングがかなり乱れていたみたい。その後は力を込めたダンシングをしつつもペダリングに気を遣うようにしたらクリート外れは起きなかった。最初は鈴鹿遠征前日と同じ周り方をしたが,時間がないと思ったので少しショートカットした。10周を終えたところでどうしようかと思ったが,そのまま走り続けた。17周を終えたところで,あと3周走ってしまおうと思い,最短の周回コースで回った。結局20周。一番きつかったのは進路を停車した車に塞がれてしまったときだった。大腿部に乳酸が溜まりまくった感じ。体重60.6kg。体脂肪率14.0%。帰宅して,妻が鈴鹿の講習会でもらってきた水で溶かすプロテイン+クエン酸+アミノ酸を飲む。このプロテインは美味しかった。
今日も時間どおりにブエルタが始まった。立派立派。
2004年9月6日(月)
休養。
ブエルタ第2ステージで買ったペタッキは本当にうれしそうだった。HDDの容量のことを考えて朝のうちにDVDに落としておいた。
ピストで通勤。走り始めの時点では感じなかったが,登りではさすがに身体が重かった。熊避け用の鈴を付けるのを忘れてしまった。走り始めの時点では涼しいかとも思ったが,勤務先に付いた時点では汗だくだった。そういえば昨日の練習を終えた時点でも汗がすごくて,革サドルもかなり濡れてしまっていた。
帰路の激坂も辛かった。ネクタイを外すのを忘れてしまったら暑かった。
今日のブエルタは開始時間が50分くらい遅れて結構焦った。
2004年9月7日(火)
無理してローラー台のつもりだったが,目覚ましの設定時刻を間違えて30分遅くなって断念。
台風が接近しているという予報だったが,傘マークはなかったのでピストにて通勤。靴底が薄手のものにしたら,トゥークリップの位置はちょうどいい感じだった。
昼過ぎに大雨となったが,その後は上がった。夜は風が強かったが,逆風ではなかったので何とか無事に帰宅。泥よけ付きだったので路面の水気をあまり気にせずに走れた。昨日はネクタイを外すのを忘れて自転車に乗ったら,帰宅するころにはネクタイがびしょ濡れになっていたので,今日はネクタイを外すのを忘れないようにした。
昨日から尻が痛い。日曜日の激坂練の影響か(登りはダンシングだったが下りは滑り止めのついた坂をシッティングで下っていて結構ショックがあったので)。
今日もブエルタの始まりはかなり遅かった。一昨日の発言は撤回。おまけに来週15日はメンテナンスで潰れそうな気配。今年のTVEの放送はついていないことばかり。
ネタばれを気にせずレースの感想を書くことにした。スペインも強風でレースの展開が遅くて放送が終わったのは午前1時ころだった。強風のために落車が多くて,シクロクロスのように選手が肩で担いで路肩を走るシーンもあった。スペイン語でもシクロクロスはシクロクロスだった。終盤,マシュ・ホワイトがコースを外れしまい,1人だけ脇のコースを必死に走って何とか合流を果たしているのがおかしかった。ゴールは第2ステージに続いてペタッキだったけど,今日は結構危なかった気がする。
2004年9月8日(水)
夜中に,また右足首を捻挫(したような気がする)。しばし七転八倒の苦み(だったような気がする)。そのため,朝ローラー台のつもりだったが二度寝で終わった。
今日も風が強い。おまけに行きは逆風だった。飯田橋駅付近で少しルートを変えて(いつも車が渋滞していてスムーズに通過しにくい区間があったので)神楽坂のメインストリートの方を経由してみた。迂回するところは滑り止めの丸印があるような上り坂で最後は失速しそうになった。毎日走っていれば鍛えられそうだけどちょっと辛いかも。神楽坂のメインストリートは商店が並んでいい雰囲気のところ。自転車で走るよりは散歩に向いている。今日も職場に着くころには汗だく。
ブエルタは開始時間が1時間遅いんだと思うようになったらあまり焦らなくなった。で,放送が始まると同時に遅れるビノクロフが映し出された。今日は最初?の山岳ステージで,結構大人数のままだったが,アナウンサーの興奮した実況に結構熱くなって見てしまった。ツールに行けなかったクネゴやバルベルデの走りが楽しみ。リーダーはU.S.ポスタル内でベルトランに写った。そういえばU.S.ポスタルの監督は,先日,レース中のインタビューで,「ブエルタには総合優勝を狙って来ていない。」と断言していたが,今後どうなることやら。
2004年9月9日(木)
やはり朝は起きられなかった。自分にとって5時間睡眠は辛すぎる。
今日も街乗りピストで通勤。今日も往路で昨日と同じ滑り止め付き坂を通った(2つある相生坂という坂の西側の方らしい)。今日は信号に捕まってしまって少し待たされてしまった。信号をパスする方法を考えないと。
昼に郵便局に行き,秩父サイクルフェスティバルの送金手続きを済ませた。2日目のシクロクロスの他に,その後の2時間耐久に申し込むかどうか迷ったけど,多分シクロクロスが終わった時にはへろへろになってやる気を失っていると思うので止めた。
職場を出たのが午前零時過ぎになった。午後10時を過ぎると自転車を持ち出せなくなるので,その前に表通りの方に移動させておいたせいで,雨に濡れてしまっていた。幸い小降りだったのでそのまま乗って帰った。フルガードの泥よけがついているので泥はねを気にしなくていい。家の手前では締め付けが緩くて上っている途中で靴が外れて一瞬ひやっとした。で,濡れた革サドルは,家に帰り着いた時には尻の形に変形していた。雨よけのビニール袋くらい被せておいた方が良かったみたい。サドルオイルで給脂しておいた。
帰りが遅かったのでブエルタの放送も終わっていた。取り敢えずHDDの録画を再生してオスカル・フレイレの勝利だけ確認。
2004年9月10日(金)
休養。
今日は夜から雨になるみたい。夜遅くなると降水確率は減るみたいだけど,大事を取って電車通勤。1日自転車に乗らずに終わった。
秩父サイクルフェスティバルの申込書を発送。
TVEのプログラムを見たら,開始時間が1時間近く遅くなっていた。まあないよりはましか。今日もペタッキが圧勝。ゴール時の速度は71km/hだった。
2004年9月11日(土)
朝早く起きて街道練習用ピストで皇居練のつもりだったが,一昨日からの睡眠不足が祟って起きられず。ローラー台1時間6分でお茶を濁す。体重60.6kg。体脂肪率15.5%。
昼から妻と自転車(街道練習用ピスト)で出かける。池袋で買い物を済ませた後は神楽坂に移動。通勤のルートを少し確認した。
昨日から取りかかった街乗りピストのトゥークリップへの革カバー作成は終わった。
次週末はチームの合宿に参加する予定。SPOXのシクロクロス用タイヤを外し,練習用タイヤをつけた。別荘地の激坂対策で27T-12Tを付ける。様子見のために明日はこのホイールで朝練に行く予定。
週末のせいか,それとも注目ステージ(個人TTと本格山岳ステージ)のせいか,今日と明日のブエルタの放送は午後10時50分の開始予定になっていて,今日は時間どおりに始まっていた。本命のハミルトンの勝利。明日は本格的な山岳ステージみたい。明後日の朝練も無理そう。
2004年9月12日(日)
目覚まし1発で起きられなかったが,ここで無理してでも走らないといけないと思って,午前7時50分発で皇居練。周回コースに入ったところで,結構足が回る感じだったので,「今日は行ける。」と思った。その1周目の登り区間でどっと疲れが来た。3周目くらいでそのまま帰りたくなった。5周目で切り上げようと思ったが,LSDと称してもう少し走ってみようと思って走り続けた。結局10周走ってしまった。ボロボロになって帰宅。次週末のチーム合宿は大丈夫だろうか。約2時間10分,約59km。体重59.4kg。体脂肪率15.0%。
今日も昼から妻と自転車(街乗りピスト)で出掛けた。サドルに座ると左尻の内側の方がかなり痛かった。久々に長く(たかが2時間だけど)ロードバイクに乗ったせいだろうか。
今日もブエルタは午後10時50分から予定どおり始まった。最初の本格的山岳ステージということでTVEも気合いが入っているみたい。TVEの放送だと実況と解説の他にオートバイからの中継が頻繁に入って画面に映っていないところでの展開も分かるのが良い。ノサルの引きに,黄金ジャージのランディスやバルベルデが次々と千切れていく度に絶叫するアナウンサーの声を聞いているだけで楽しい。
2004年9月13日(月)
休養。
書き忘れていたが,一昨日で整形外科への通院は終わった。左肩を上げる動作を取るように言われてやってみたら,リハビリも不要とのこと。何はともあれ鎖骨骨折は終わった。
新しい(といっても中古だけど)のトゥークリップ(革巻き)を付けたピストで通勤。底厚の革靴ではトゥークリップがやや小さ目のようにも感じた。革製のストラップはやや長いかもしれない。ただ,これまで使っていたSPDペダル用のアダプターと比べてその拾い易さは感動的ですらあった。
今日もブエルタの生中継。アナウンサーは昨日以上に興奮している。7人の逃げの中に,ツァベル,フレイレ,オグレディーの3人のスプリンターが混じっているというかなり凄い展開。昨日以上の激坂での勝負は見応えがあった。結局,激坂で頑張ったエラディオ・ヒメネスが勝ったんだけど,このコースは,先日亡くなったホセ・マリア・ヒメネスがかつて制し,エラディオ・ヒメネス自身も勝ったことがあるところで,TVEでも「苗字ヒメネス」を連呼していた。
2004年9月14日(火)
休養。
今日もピストにて通勤。靴底の薄い靴だとちょうどいい感じ。
ズボンの左裾部分が少し痛んでいるのに気づいた。ピストのBBの左ワンのところで時々何かが引っ掛かる感じがあったが,それが原因みたい。また怒られそう。とりあえず左裾の部分も事務用クリップで留めて対応することにした。
今日はメンテナンスのためスカパー!のTVEでのブエルタの放送はなかった。レース自体はやっているようでメンテナンス前のニュースではちらっと映像が流れた。バルベルデが大変みたい。生放送がなかったので少し早めに就寝。
2004年9月15日(水)
ロードバイクに移植したブレーキの具合を見たかったので久々の平日朝練。皇居周りを4周した。秋の気配一杯で,朝は寒いくらいだったので,アームウォーマー+ニーウォーマーで走った。体重60.2kg。体脂肪率15.5%。走り始めの時点ではややシューの効きが悪い感じがした。途中から特に問題のないレベルに。週末の合宿で多用するはずのインナーで変速不良があったが,調整して解決。
朝練と同じコースをピストにて通勤。
ブエルタは休養日。メンテナンスで生中継できなかった分を中継していた。1人が逃げきった展開で放送も淡々と終わった感じ。
日曜日に妻に借りてきてもらった「自転車少年記」を読むのを再開している。
2004年9月16日(木)
休養日。ピストにて通勤。
funride誌が届いた。東京散歩?とシーズン前のシクロクロスバイク特集(特にクロモリバイク)が気になる。
今日のブエルタは「自転車レースの歴史に残る。」山岳ステージらしい(TVE談)。20kmの登り!放送時間は短いが,最後の登りを見られるだけで十分かも。登りで献身的にエースのエラスを引くノサルがいじらしかった。純粋なクライマーではないバルベルデにはきつかったか?
2004年9月17日(金)
休養日。ピストで通勤。
明日からはチームの合宿。備忘録代わりに持参する品物リストを作った。ブエルタの放送を見ながら準備。
自転車関係
自転車,靴,ヘルメット,サングラス,携行工具,ボトル
衣類関係(自転車)
ジャージ*2,レーパン*2,靴下*2,手袋*2,腕ウォーマー,脚ウォーマー,ウインドブレーカー,雨具,帽子*2
マッサージオイル(赤1番,黄1番),クリーム*2
衣類関係(その他)
短パン,靴下*2,トランクス*2,Tシャツ(長)*2,Tシャツ(短)*2,タオル大*1,小*2,バンダナ*2
生活雑貨
寝袋,洗濯網,洗剤,小物用ハンガー,洗面用具一式,風呂セット,折り畳み傘
食事
シェラカップ*2,さじ,箸,水(1.5L),ゼリー飲料*6,シリアル,栄養食品,コーヒー
サプリ等
アミノ酸(粉末,錠剤),クエン酸,プロテイン
その他
カメラ,フィルム,GPS(電池),ビデオ(シクロクロス)
2004年9月18日(土)
岐阜でのチーム合宿初日。現地の天気は曇り→雨ということでやや心配。
午前4時起床。準備や朝食等で時間を食ってしまって,午前4時50分ころに出発。慣れない都内の道路でルートを逸れたりしてしまってこたやんとの待ち合わせ場所の是政に着いたのは午前6時10分,予定より20分遅れの午前6時20分に出発。諏訪湖SAで給油休憩をして,松本インターで降りて158号線を西進。高山付近で昼食の予定だったけど,先発お気楽コース組と連絡が取れて合流して走ることになったのでそのまま待ち合わせ場所に向かう。ひるがの高原スキー場に着いたのは午後0時20分。ちょうど6時間の行程だった。安曇村付近まではいい天気だったが,進路前方は雲が広がっている。清見村あたりではついにぽつりぽつりと来たが,ひるがの高原付近は雨も止んでいて何とか走れる感じ。
スキー場近くの洋食店で昼食。京都組もそこに合流。着替えてからひるがの高原付近を約24.5km程軽く走る。普段,排ガスまみれの皇居の周りしか走っていない者にとって,自然一杯の小径を走るのはとても気持ちが良かった。登りでは意識して重めのギアを踏んで筋トレ。某B組長にサドルに掴まられてさらに鍛えられる羽目に。登り終えて下りにかかったころに雨が降り出したが,すぐに止む。ひるがの高原スキー場に戻ったところ激しく降った痕跡があった。
コンビニで休憩してから自転車を車に乗せて別荘地の麓へ。ここから別荘地激坂ヒルクライム。合宿初参加のM女史(休憩無しで登り切れば彼氏からヘルメット代をプレゼントして貰えるということで燃えている),KAI氏の3人で行くことに。この3人にサポートカー3台という豪華な体制。
で,序盤から39T×27Tで上る。最初のうちはあまり心拍は上がらなかったが,登り進むにつれて少しずつ底値が上がっていく。リア25Tしか用意していないKAI氏はきつそう。それに比べてM女史はシッティングのまま淡々と上り続けてる。そのうちに雨が振り出し,段々と強くなってきた。坂の上の方から水が川のように流れてくる。路面が滑ってしまっては激坂は上れないので,このまま中止かとも思ったけど,下手をすると明日以降は更に天気が悪そうなので無理しても走ることに。幸い,「ゼロ・グリップ」と陰口を叩かれることもある国産の練習用WOタイヤだったけど,前後7.5気圧と低めだったせいか路面をしっかり捉えてくれていた。僅かな休憩区間となる下り区間を終え,20番の曲がり角に繋がる淡々とした上りに入ってかなりきつくなってきた。18番付近からついに蛇行を始めた。ダンシング中に白線のところで後輪が滑って一瞬焦った。以後蛇行の時はなるべく白線を避けるようにした。20番の曲がり角から続く直線の上りではさらにペースが遅くなった。この直線の中盤過ぎ付近で,蛇行の切り返しの時に道路の端に寄りすぎてコケの部分で後輪を滑らせてついに足を付いてしまった。すぐに再スタートをしたが,なかなかクリートを拾えずにまた止まってしまった。この間に先行するM女史に差を付けられた。結局最初にこの部分を上りきったのはM女史だった。その後,この長い上りの終りの一瞬平坦になった部分でM女史とともにクルクル回って息を整えた。25Tで苦労するKAI氏が追いつき,そのまま最後の上りにかかっていったので続いて上りにかかる。この区間が一番きついところ。やはり25TのKAI氏は辛そうで,すぐに前に出た。ここはとても真っ直ぐには上れず,分岐点毎にそちらの脇道に入って息を整えることの繰り返し。2年前に激坂を登った時は何度か足をつく羽目になった場所だったが,今回は何とか上り続けることができた。最後は蛇行せずに気合いで上りきった。約5km(蛇行分を含む),約34分(60秒毎の計測)。勾配計はほとんどの区間で10%超を示していた。M女史は,あと数メートルのところでスピードが出ずにバランスを崩して倒れてしまったが,サポートを受けて何とか復帰して上りきっていた。激坂を終えたところですぐにアミノバイタルとゼリーを補給。
その後は別荘に移動し,すでに帰っていた健脚組(BR組やJ組)と合流。M女史が激坂を上りきったことや,男2人がついて行けなかったことの話題や,こたやんが撮影した動画鑑賞で盛り上がり,しばらくウダウダ。午後6時近くになってようやく別荘地から風呂に向けて車で移動。のんびり湯舟に浸かってウダウダ。午後7時ころに風呂を出て買い出しをして別荘に戻ったのは午後8時近く。カレーの夕食からそのまま飲み会になだれ込んだ(この日の飲酒は缶ビール2本+ワイン1杯)。今月号のfunride誌の付録DVDのツール・ド・信州の映像で盛り上がった。その合間にジャージの洗濯をした。この時点で持ち物リストに入れていた洗濯ネットを忘れてしまったことに気付いた。
夜になってから風雨が激しくなっている。午後7時の時点での天気予報では,明日は雨。午後になって降水確率が下がるという程度なので,走りに行けるとしても午後くらいからになりそう。この時点で,昨年のような乗鞍アタックは断念することになった。残念。
昨日の時点でGPSの電池を入れ替えておいたが,今日だけでかなり電池を使ってしまった。予備電池を持ってくるのを忘れてしまったので,帰路のことがやや心配。
先発隊は,昨晩(?),午前4時の就寝だったということで(=自分の起床時間),今日は皆落ちるのが早めで午前1時に就寝となった。
2004年9月19日(日)
合宿2日目。
午前7時ころに一瞬目が覚めた。今のところ雨は止んでいる感じだった。まだほかの人は寝ている様子なのでまた寝袋に戻る。午前8時すぎころになって日が差して来たのをみてはっきり目が覚めた。起きて西の方の空を見ると雲が切れている。天気の回復が早かったみたい。遠慮なくカーテンを開けてほかの人が起きるのを待ったが,その程度ではなかなか起きない。ようやく皆が起きたのは午前9時ころだった。各自がそれぞれの食事を済ませて出発の準備が整ったのは午前10時ころ。実際に出発したのは午前10時30分前ころ。下る途中での予期せぬヤン氏のパンクやその修理に手間取って(リムテープ自体が劣化していたのでスペアホイールと交換),別荘地の麓を出発できたのは午前11時30分ころだった。この間にこの日から参加の名古屋組と合流(復活の北村氏,がや氏,Y女史)。朝起きた時点では何ともなかったが,上りにはいると身体全体が重い感じがしたので,この待ち時間中に粉末状アミノ酸を補給した。
ひるがの高原スキー場の辺りに出て,コンビニで昼食(どら焼き,饅頭,アミノ酸飲料)。夜用に赤ワイン1本を買ってサポートカーに預ける。その後はひるがの高原付近をあれこれ走る。大きな上りは2回。最初の「○棒岩」からの上りでは,身体が重くてなかなかスピードが上がらず,集団後方でようやく上りきった。昨日の疲れがかなり残っている感じ。ここの上りは行き止まりでそのまま上ってきた道を下る。次は郡上市と高山市の境にある,最後がダートの上り。最近は専らトラック競技専門のがや氏がアウターでアタックして行く。復活の北村氏も良い感じで走っている。こちらは相変わらず身体が重いが,終盤,としひろ氏が引っ張ってくれて前に出ることができて,北村氏やがや氏をかわして上りきることが出来た。北村氏が上ってきたところで「プシュー」。しばらくはパンク修理を待つ。この間にアミノバイタルプロを摂取(別荘地の激坂前に飲もうと取っておいたものだったが,あまりの身体の重さに前倒し)。ダート部分を慎重に下り,別荘地の麓に移動。この辺りから天気が怪しくなってきた。別荘地に続くやまびこロードでうらたに氏がパンク。パンク修理中に雨になるが,別荘地の麓に着いてしばらくして雨は上がった。。
そしてこの合宿では2回目の激坂。1回の合宿で2度激坂に挑むのはこれが初めて。カウントダウンとともに一斉にスタート。ヤン氏がロケットスタートで飛び出して行く(ビデオ撮影を意識した動きだったが,残念ながら今回は誰も動画を撮影していなかった)。健脚組が先行。がや氏も前に出る。昨日に比べて脚・身体が重いが我慢してしばらく踏み続ける。何とか先行するがや氏を捉える。下り坂区間では後ろとの差を広げるためにペダルを回し続けた。前方にロケットスタート後のんびり走っているヤン氏が見えてきて,声を掛けられるくらいのところまで近づいたが,すぐに引き離されてしまい,結局1人で上り続ける。昨日と同じくらいのところで蛇行を始めた。昨日スリップした区間では端に寄りすぎないように慎重に走った。昨日同様に息を整えてから最後の一番厳しい区間に入った。疲れが溜まっていて昨日以上に辛かった。息を整えるために脇道に入ったところで方向転換に失敗して一瞬足を着いてしまったが,すぐに復帰できて何とか登り切った。約31分15秒(15秒毎の計測)で,昨日よりタイムは良かった。本日の走行距離の合計約64.3km。
実走組全員が登り切ったところで,別荘に戻りすぐに風呂に行き,買い出しをして宿に戻ってバーベキュー。ヤン氏や北村氏が飛ばして次々と缶ビールを空けていくが,こっちはマイペースを守る(一応,黒丸は飲んでおいた)。あっという間に肉が無くなって最後はタマネギだらけになった。別荘に戻ってからは恒例のUNOを眺めたり,ダベったりしながら過ごす。この日の飲酒は缶ビール3本+ワイン2杯で結構ぎりぎり。午前2時前ころには,UNO組から逃げるように和室に入って消灯したが,その後もダベっていて,結局寝たのはUNOが終わった後の午前3時過ぎだった。
なお,昨日,雨中の激坂登りの際は前後でX-liteを点滅させていたが,今日になって防水仕様でない前用の方が点かなくなっていた。防水仕様の後用のは何も問題はなかった。前用のも時間を置いたら点くようにはなったが,やや接触不良気味。やはり機材はケチらない方が良いみたい。
2004年9月20日(月)
合宿最終日。
朝,8時30分ころに目覚める。まだみんなは寝ているが,目が覚めてしまったのでfunride誌付録のDVDを見たりして時間をつぶす。9時過ぎになって皆が起き始めたので,シリアルで朝食。一応走る準備はしたが,今日は移動と肉体労働があるのであまり時間がなさそうである。先に肉体労働(別荘地周辺の補修)をすることになり,ジャージ姿で作業に従事したが,結局時間切れでそのまま撤収することになった(走り足りないBR組は自走で名古屋に帰ることになった)。
午後1時30分ころに別荘地を出て,白鳥インター付近で昼食。東京組は一足先に午後2時45分くらいに食事場所を出た。高速を使うかどうか迷ったけど,結局は往路と同じ松本経由で帰ることにした。丹生川村でガソリンを補給。上高地との分岐付近から車が増えだしたが,松本までは何とか我慢できるレベルだった。中央道に入って,小仏トンネルを先頭に渋滞30kmの表示。しばらくして渋滞の長さは25kmにまで減ったが,それ以上減りそうな気配はないので大月インターで降りて下道を走る。途中からはこたやんらが走る練習コースを通る。かなり良い感じの道である。大垂水峠を越えて市街地に。どこかで夕食を食べていこうと話していたが,結局,機会を逸してそのまま午後10時前に是政到着。自転車や荷物を詰め替え(なぜか前輪がぺちゃんこになってパンクしていた),さらに1時間くらいずっと20号線を走って帰宅。帰りは迷うことなく帰宅できた(というより本線をまっすぐ走ったら迷いようのない道だった)。
電池がぎりぎりだったGPSは,是政手前で電池切れの警告音を発するようになっていた。CUBEに戻ってシガーライターソケットから電源を取れるようになって復活したが,途中から高速の高架のせいで全く電波を拾えない状態が続いていた。
帰ってからブエルタを見るつもりだったが,休養日だった。
2004年9月21日(火)
休養。
合宿用荷物についての反省点。全体的に少し荷物が多すぎた。靴下は自転車用ので兼用可能。タオル小は1つで足りた。小物用ハンガーだけでなくジャージ用に服用のハンガーがあったほうが良かった。念のためにGPS用に予備電池を持って行った方が良かった。お土産用に断熱できる袋を持って行った方が良かった。
ピストにて通勤。脚が重い。疲れが溜まっているみたい。
合宿以降,自転車に乗る気が高まっている。明日は起きられるようなら朝練に,という気持ちになってロードバイクに練習用チューブラホイールを付けた。ついでにPACIFIC-16号から割れたトゥークリップを外した。昔,妻用に勝ったハーフクリップを付けようと思ったが,パーツが足りず装着できなかった
ブエルタではハミルトンのドーピング問題が大きく取り上げられていた。合宿で不在にしていた間の山岳TTが見物だったみたい。残念。
2004年9月22日(水)
朝,やはり起きられず。休養。
通勤用ピストで通勤。仕事の後で突発的飲み会のため,ピストを職場の駐車場に置いたまま電車で帰宅。
ブエルタは頂上ゴールのステージ。トップのエラス,3位のペレスのアタックに2位のバルベルデが付いていけず,「バルベルデの危機!」とアナウンサーが絶叫。なぜかゴール前3kmの地点で旭日旗が振られていた。
2004年9月23日(木)
朝練に行く予定だったが,目覚ましでも起きないくらい爆睡してしまって断念(眠りが浅い自分にとってはかなり珍しい)。
SPOX前輪に空気を入れたらバルブ根本付近から空気が漏れる音がしていた。合宿の帰路でバルブに変な力がかかったか。
街乗りピストがないので,今日はPACIFIC-16号を街乗りの足に使った。午前中は独りで池袋まで買い物。午後から妻と丸の内に。町中をのんびり走るにはPACIFIC-16が楽である。
夕方,ロードバイクをいじる。
雨で接触不良になったX-liteは,分解してスイッチ部分の青錆?を磨いたら接触不良は改善した。
今日も日没後に激坂練。最短コースを使い5周毎に息を整えるために大回りして20周。今日はピストがないのでロードバイクを使ったが,ピストに比べればかなり楽だった。主な電飾装備はピストに付けた状態だったので,前後にX-liteを使ったが,途中で脇道から一時停止をせずに進路上に現れた自転車(無燈火ではなかった)の側面に突っ込みそうになってヒヤッとした。電池が減り気味のX-liteの灯りではすぐに気づかなかったみたい。夜練用には明るい電飾装備が必要と悟った。体重60.0kg。体脂肪率14.0%。アウター×ローでRDがスポークと接していた。よく考えると,シフト用インナーのRDへの固定を間違えていた(シクロクロスバイクでの通し方が頭の中にあったので,そちらと混同してしまった)。帰宅してから直した。
夜は残り3戦と大詰めを迎えたブエルタ。終盤の登りで上位4人(エラス,ペレス,バルベルデ,マンセボ)の攻防があったが,下ってからのゴールだったこともあり総合上位の変動なしに終わった。明日もゴール自体は下ってからなので,結局は最終日のTT次第か。
2004年9月24日(金)
ローラー台のつもりだったが,やはり起きられずに休養。往路は電車通勤。
帰りに自転車を拾って帰ろうと思ったら,雨。天気予報が外れたみたい。新しいスーツだったが,週末だったので,我慢して乗って帰った。
今日のブエルタは,現地の回線の問題か,音声はぶちぶち,映像もぶちぶちの状態だった。記憶が確かなら,優勝したサバジャは昨年勘違いゴールをした選手(1人が先に逃げているのに気が付かないで2番手で両手を挙げてゴールした)。今回は本当の勝利。ブエルタの残り日数を勘違いしていたみたい。明日も登りゴールなので,明日が一番の勝負所かもしれない。
2004年9月25日(土)
朝5時55分の目覚ましで起きたが,眠かったのでジャージに着替えた後も少し布団にもぐった。午前7時前にロードバイクで家を出て皇居練。8周くらい回るつもりだったが,7周目で排ガスに負けて撤収。体重60.0kg。体脂肪率15.5%
昼前に妻と街乗りピストで外出。九段近くの蕎麦屋で昼食後,有楽町,銀座で買い物。有楽町のカメラ量販店ではCATEYEのHL-EL500を購入。値段の高さに少し躊躇したが,明るさと電池の保ちを取った。結局ポタリングペースで20kmくらい走った。
夕方には買ったばかりのライトを使って近所の坂で周回練をしようかと思ったが,結構疲れていて挫折。
今日のブエルタは山場中の山場。去年,エラスがノサルを逆転した最後の山場でアウター(plato grande)でアタックをかますサンティ(サンティアゴ)・ペレスの勢いは凄かった。その時はエラスだけが付いて来たのだけど,結局,終盤では付いて行けてなかった。今日で30秒を詰めて1位と2位が43秒差。明日がさらに見逃せなくなった。
2004年9月26日(日)
朝は起きられずに挫折。
末妹の家に行く。夕方帰ってからローラー台50分。体重60.6kg。体脂肪率14.5%。
昨日からJスポーツのブエルタの放送が始まったけど,現地では今日が最終日。今回は,山場の山岳TTを見られず,自分の中では昨年程の盛り上がりに欠けて来てしまっていたが,ここ数日の争いで目が離せなくなってしまっている。僅差で迎えた平地TTということで2002年のブエルタ(最終日のTTでアイトール・ゴンサレスが逆転した時)が思い出された。TVEのアナウンサーとペドロ・デルガドは選手のplato grandeの歯数をかなり話題にしていた。何でもサンティ・ペレスだけ55T,他の人(トップ4人中か?)は54Tらしい。ONCEが消えてもサイス監督の叫び(grito)は健在だった。
クライマー(escalador)同士のトップ2の対決だったが,サンティ・ペレスが中間ポイントで次々と記録を更新していくのも見物だったが,2002年の時と違い数秒遅れるだけでついて行くエラスも凄かった。結局サンティ・ペレスがステージ優勝,エラスが3度目の総合優勝を飾った。トニー・ロミンゲルの記録に並んだとのこと。デルガド曰く「エラスはU.S.Postalでランス・アームストロングの元で色々学んできたみたいだ。」。それを聞いて,当時Kelmeだったエラスが最初の総合優勝をした年のブエルタの最終日(やはりMadridでのTT)の放送の時に,U.S.Postalへの移籍の話(その時点ではまだ噂程度?)が出ていたエラスについて,デルガドが「他のチームで走ることは大きな勉強になる。」と話していたことを思い出した。
2004年9月27日(月)
休養日。飲み会の予定が入っていたので自転車通勤はあきらめ電車通勤。
先週末までに「自転車少年記」を読み終えた。1日で300kmを走った後で司法試験受験を志すようになったという部分がよく分からない。でも私も300kmくらいの長距離を走ってみたくなった。今後はレースを離れて長距離走を目指すか…。
2004年9月28日(火)
朝,ローラー台45分。体重60.4kg。体脂肪率16.5%。HRMの乳バンド(トランスミッターベルト)の調子が悪い。そろそろ電池切れ=買い換えか。どうせなら最新の電池交換式のもの(ウェアリンク31C)にしたいが,そのタイプが,今使っている古いHRM(Xトレーナー+)に対応しているかどうか不明なので躊躇中。電池切れの乳バンドの電池のある位置を切り裂いて電池を入れて使う裏技(荒技)もあるらしい。どこを切り裂けば良いのか分かれば是非試してみたいところだが…。
今日から1泊での岡山出張のため電車通勤。
2004年9月29日(水)
休養日。遅れながらも何とか台風から逃げて帰宅できた。
街乗りピストをいじる。
先週末からJスポーツのブエルタの放送が始まった。ため込んでHDDが一杯にならないようにその都度DVDに落とすようにしている。出張中にたまった3本をDVDに落とした。以前にVHSビデオに撮ったものも省スペースのためDVDに落とす作業を継続中。パソコンのDVD用に買い込んでしまったDVD+Rが余っているので不便だけどパソコンを使っている。DVD+Rを使い切ったらライン接続でHDD/DVDプレーヤーを使って落としたい。
2004年9月30日(木)
やはり気合いが入っていない。ローラー台のつもりだったが,今日も目覚ましで起きられなかった。
後が15Tになった街乗りピストで通勤。往路の相生坂はきつかったが,これくらいの坂なら後16Tと比べて特に重いとは感じなかった。往路は向かい風でやや辛かった。
暗くなってから自転車で買い物。新たにかった灯りの明るさを実感したかったが,どうもいまいち。おかしいと思ったていたら急に暗くなってしまった。どうやら電池が消耗していたみたい。充電した後の放置期間が長かったのか,充電がうまくいかなかったのか。
帰りの激坂,15Tはきつかったが引き足を多用して何とか乗り切った。
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