過去の日記(目次)
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今月の日記
1999年12月1日(水)
いつの間にか12月になっていた。同じような毎日だと,特に曜日の感覚が無くなってくる。
夜遅くなってから雨との予報にて,徒歩で駅まで通う。
1999年12月2日(木)
夜,やることがないと,アルコールに手を出してしまう。これまで飲酒を週4日に抑えていたのに,それが崩れている。おまけに夜遅くなってつまみを食べるせいで,また太りそう。
1999年12月6日(月)
「煩悩をそそる雑誌」,ラピタ購入。今回は自転車ネタは全くない。特集はカメラ。そちらの煩悩はもう昇華されたはず,だったが,自転車に乗れないせいか,最近「ヘキサーRF(レンジファインダー)」が気になり始めた。Mマウントで,Leicaのレンズが使えて,露出オートでしかも自動巻き上げ。これなら旅行に持っていって気楽に撮ることもできる。マニュアルオンリーだと,露出を計って,シャッタースピードと絞りを合わせて,ピントを合わせて,と時間がかかり,旅行の時など女房の顰蹙を買うことが多いのである。うーん,気になる。レンズやボディーをいくつか整理してみようかなぁ…。
1999年12月8日(水)
深夜に帰宅する際,ふと思い立って足を伸ばしてみた。少し走り出したところで身体が暖かくなってきた(スリーピースのスーツ+フィールドコートという格好だった)ので,汗をかかないようにスピードは控えめだった。約40分程の真夜中のポタリングである。
宿泊場所のある浦安は,昔住んでいたところである。昔(小6〜中1のころ)釣りをしたり,大きな丸太を船代わりにして遊んだ境川沿いの道を走ってみた。護岸工事がなされていて昔の面影は全くない。その丸太の「船」は,知らないおじさんが釣りに使いたいと言うので貸してあげたところ,きちんと係留してくれなかったせいでどこかに流れていってしまったのだった。街灯もなく真っ暗。オリオン座が綺麗である。
浦安は坂もなく,旧市街地を除いて道も広いので自転車で移動するには最適な場所である。そのせいか,駅前の放置自伝車が多くなってしまうのであるが…。
1999年12月11日(土)
いつの間にか土曜日になっていた(笑)。
昨晩,サイスポを読んでいて,ALL CATALOGが発売されていたことを知ったので,出勤前に本屋に寄ったが,見つからなかった。代わりではないが,京極夏彦の「鉄鼠の檻」と「絡新婦の理」を購入。昨日で藤田宜永の「鋼鉄の騎士」を読み終わり,今日から「狂骨の夢」を読み始めた(まるで某マダムの日記みたい)。さて,出張が終わるまでにどこまで読み終わっているだろうか。
昼,食事に出た際に,カメラ屋でHEXER RFのカタログを入手。ますますそそられてしまう。煩悩退散…煩悩退散…。
最近,近い将来?東京勤務になった際の通勤用バイクについていろいろ考えたりするようになった。以前東京に勤務していた際は,江戸川区(の東端)や千葉からの通勤であったため,自転車通勤など思うこともなかったが,次回東京勤務になったら(多分)もっと近いところになるだろうし,そのときは自転車通勤をしてやろうかと思案する。
「MTB万能車論」の自分であるが(その持論は今でも変わらない),舗装路を高速で走るにはやはりロードレーサーが一番,と思う。(サス付き自転車に比べて)路面のショックが大きいのは事実だが,慣れてしまえば…だし。
最近興味が沸いているシクロクロス車(クロカンレーサー)も良い。通勤用にしか使われないとしたら可哀想だけど。
この際,Specialzedのフレームの再接着にもう一度挑戦してみようかなぁ。それとも(中古も含めて)どこかで安いロードのフレームを入手するか。
と言いつつ,「軽い」MTBのフレームに,今通勤用の「(仮称)青息吐息号」に使っている1.0サイズのタイヤを付けたいとも思っていたりして。
まあ,PACIFIC-18でも良いのだけど,車の間を抜けて走るためには,ドロップハンドルのように幅の狭いハンドルにしたいところ。ラピッドファイアプラスの使い心地の良さに慣れてしまうと,今更PACIFIC-18のハンドル交換をするのは躊躇してしまう。
街乗りなら「(仮称)青息吐息号」で十分なのだが,どうも上京する前に最後に名古屋市内を走った際,膝を痛くしてから,心中,重いMTBを敬遠するような気持ちになっているらしい。
「(仮称)青息吐息号」をもっと軽くする手もある。殆ど使わないフロントのインナーを外して,BBをTitan製にすればもう150〜200gくらいは軽くなりそう。いっそのこと,フロントをミドル(36T)のみのシングルにしてしまうのも手かもしれないし,クランクをLX→シュパーブ(38Tor39Tのシングル)にするのも一興。
だんだん収拾がつかなくなる,自転車に乗れないと色々考えてしまう。
今日は(普段より)多少早めに帰宅した。この前みたいに寄り道していこうかと思ったが,風が強いので断念した。
1999年12月12日(日)
今日は技研サイクルミーティング 第5戦。目下,ポイントリーダーのチームメイトらが出場したが,残念ながら3位に終わり,ポイントリーダーの座を奪われてしまったらしい。残念。自分自身,苦手なコースなので,仮に自分が名古屋にいても何もできなかったと思うけど。
PACIFIC-18のリアを固定。
1999年12月15日(水)
過日,某所でM社のFolding Bikeのカタログを入手。BD-1シリーズも載っている。気になったのはアヘッドステム付きのアジャスタブルステム。ただ重そう。今のステムでも特段不自由はないので,多分変えないと思う。
P社からは18インチサイズのカラータイヤ(赤と黄)が出るらしい。黄色のやつなら,我が家のPACIFIC-18にも付けても良いが,生憎すでにBD-1用のNEWタイヤを購入済みである。そういえば,現在使っているオリジナルのタイヤであるが,後輪の方を見たところかなり磨り減ってるのが分かった。このタイヤは9月末〜10月初の東京出張の際に前後を交換したもの。もう少しで交換かな?
カタログにはBROMPTONも載っていた。これも気になるところ(笑)。
1999年12月16日(木)
サイスポのALL CATALOG,勘違いしていたことに気付いた。今回出たのは自転車本体のであって,毎回買っているのはパーツの出ている方のものだった。確かに,今回はやけに早いなとは思っていたのだが,どこで勘違いしたのだろうか。
出勤前に有楽町の本屋でエイムックの「ストリート限定MTB」を買ってみたが,これが大失敗。街乗りは街乗りだけど,実質はファッション誌である。\552を無駄遣いしただけに終わった。
今回,東京に来てから初めてメッセンジャーの姿を目撃した。朝の通勤時間帯だけで3人も。寒いというのにがんばっているなぁ。
1999年12月19日(日)
33回目の誕生日。
休日出勤の合間に東急ハンズ新宿店にぶらっと寄ってみた。サイスポに広告載せるだけあって,それなりに自転車コーナーは充実している。
そういえばPEUGEOT PACIFIC-18の現行モデルは,黒色モデルも艶有りのカラーになってしまった。個人的には艶有りの黒よりは艶消しの黒の方が好きなのだが。
今日は本当に冷えた。こう寒いと,膝痛が起きるのではないかと気になる。
1999年12月21日(火)
ようやく出張も終わって,今日は移動日。
女房の実家に顔を出すことになったので,東京駅〜上大岡まで走った。約40km,実走行時間約2時間。走り出しのころは,空気の冷たさもあって都心の道路を颯爽と走るのも一種の快感であったが,昼に近づくに連れて暖まってくると排気ガスで辛くなってきた。横浜市内に入ってからは,L.L.Beanのメッセンジャーバッグに詰めたパソコンの重さが肩に食い込んできた。久々に長距離を走ったので,女房の実家の前の上り坂に差し掛かった時には足が吊りそうになっていた。PACIFIC-18のロー34Tのギアに感謝。
上大岡の本屋でfunride誌を購入。荷物になるので名古屋でも容易に入手可能なサイスポ誌は買わなかった。
1999年12月22日(水)
久々にローラー台,と思ったが,HRMの本体を東京からの荷物に入れてしまったので,今日はパス。もっとも,昨日の疲れが残っていたのでHRMがあってもやれなかったと思う。
久々に「(仮称)青息吐息号」に乗ってみたが,階段を降ろすために持ち上げてみて,ズシリとした重さ。やっぱり元が重いから,この先軽量化を図っても限度がありそうである。
サイスポ誌を購入。軽量化の特集記事。ロードレーサーの軽量化の参考にしようかとも思うが,以前ほど軽量化に燃えないのも事実。そういえば,出張中に家に届いていたDURA ACEのBB,専用工具がないと取り付けられないことを発見。今度ショップで買ってこないと。ということで,クランク周りの軽量化はお預け。
それにしても名古屋は寒い。
1999年12月23日(木)
夜更かししたため朝のローラー台はパス。その代わり夕方に1h乗ってみた。MAX156に止めたが,久々のロードレーサーでお尻が痛くなった。足にも来ていた。
「ロードバイクが丸ごとわかる本VOL3」を購入。この前VOL2が出たばかりというのに…今月は本代がかさむ。内容は,古今東西(?)の有名選手のマシンを紹介するもので,自分にとっては結構面白かった。ここでも固定ギアの自転車が紹介されていた。ロンドンの,固定ギアの自転車に乗ったメッセンジャーが格好いい。
1999年12月24日(金)
昨日夕方乗ったので朝のローラー台はパス。
昨日,日記を書いた後,PACIFIC-18を修理。
仕事帰りにFサイクルで工具+αを購入。ロードの控えのサドルに,Flite Alpes黒(刺繍無し)を購入。
日曜日は久々に養老(羽根谷)を走りに行くので,フルサスバイクの整備。特にこの前トラブルに見舞われたBB周りは念入りに。インナーチェーンリングが寧比曽を走ったときの某エリート様のように緩んでいた。危ないところであった。ついでに,サドルを出張前に通販で買ったFlite Alpes(黄・刺繍無し)にした。重量約240g。これまで使っていた元々のFlite Kevlar(黄)の重量は約220gなので約20gの重量化。残念だが,座り心地には変えられない。
夜は某自転車フォーラムのRT(リアルタイム会議)。
1999年12月25日(土)
RT等で夜更かししてしまったので朝のローラー台はパス。
通勤用MTB「(仮称)青息吐息号」のサドルを,フルサスバイクから外したばかりのFlite Kevlar(黄)に交換した。ついでにシートピラーをサスなしのタイプに変えた。サドルを変えて多少軽くなったかな,と思いきや,これまで「(仮称)青息吐息号」に使っていたConcor Light(クロモリ,刺繍無し)の重量を量ったところ,何と約200g!家にあるどのサドルよりも軽いことが判明した。これをフルサスバイクに使えば(昨日交換した状態より)マイナス40g!ただ,カラーコーディネートが崩れてしまう。悩むところ。
交換後,早速街乗り。久々にサス付きピラー無しで乗った「(仮称)青息吐息号」であったが,お尻からの突き上げがかなりあった。Tranz-Xの安物のサス付きピラーであるが,それでもきちんと機能していることが体感できた。
午後からロードレーサーのクランク+BBをシュパーブプロ→DURA ACE(7700)に交換した。勿論,重量計測も忘れずに。シュパーブプロはクランクが約600g/pair(チェーンリング51T-39T込み),BBが約275g弱。DURA ACEのがクランクが約585g/pair(チェーンリング52T-39T込み),BBが約180g。併せて約110gの軽量化。軽くなったのは良しとして,クランク本体の重量が余り変わらないのは意外だった(というよりシュパーブプロが予想以上に軽かった)。
夕方,交換の終わったロードレーサーで,ローラー台に45分乗った。
年内の燃えないゴミの日は終わったが,古くなった青タイヤ(穴も開いている),もう「絶対に」使うことはないパーツ類などを処分することにした。それでも自転車関係の荷物は減らない。
1999年12月26日(日)
AM5:50起きで,久々の山サイへ。昨年何度も乗りに行った養老山(羽根谷)へ。寧比曽以来のMTBである。いつもの押し担ぎ上げて,至福の下りを楽しむというコース。やはりここは何度来ても楽しいコースである。
昨年何度も走ったところであるが,フルサスで走るのは初めて。非常に快適であった。昨シーズンは「(仮称)煩悩退散号」のカンチブレーキのセッティングで苦労したが,Vブレーキだと本当に楽であった。昨年1度しか下れなかった「劇坂」(某エリート様も某S様も今日はパスしていたところ)も,今日は1発でクリアーできた。最後尾だったのでk氏しか見てくれなかったが。
最後の林道の下りでスピードを出しすぎてカーブでのコントロールを失って転けた。ヘルメットをかぶった頭から藪(?)に突っ込んだ。怪我もなく無事だったので良かったが。
日程的に見ると,今日が今年最後の山サイになりそう。後は,自転車のパーツ等が転がっている室内の清掃および整理整頓で終わりそう。
1999年12月27日(月)
ローラー台は休んだ。
先週の金曜日久々に名古屋の職場に出勤したところ,職場の駐輪場にコマンドシフターをつけたロードレーサーが止まっている。気になる。
1999年12月28日(火)
ローラー台45分。家の中でも寒く,左膝にやや違和感も感じるので軽いギアに徹した。心拍も上がらない。
仕事納めの日であるが,ぎりぎりまで仕事が詰まっていた。おまけに30日の出勤も決まったし。来年3日も午後くらいから仕事になりそう(T_T)。
夕食後,ツールの第9ステージのビデオを見ながら,掃除もせずに自転車の整備。
PACIFIC-18をいじる。
次に「(仮称)青息吐息号」の汚れてしまったバーテープの交換。サドルを黄色にしたので,バーテープも黄色にした。10月にフルサスバイク用に買って,そのまま捨てられる運命になっていたつるつるのバーテープを使った。重量を計測したら約12.1kg。重い!と思ったら鍵やら,ライトやらがついたままだった。ついでにリクセンカウルのフロントバッグアダプターやブレーキ台座のところに取り付けるライト用ホルダーやら,余計なものを取り外して計測したら約11.2kg。結構軽いではないか。クランクやRDをシュパーブプロにするなどしてあと200g軽くすれば10kg台になる。
1999年12月29日(水)
眠くて朝のローラー台を断念。
今日も「(仮称)青息吐息号」の軽量化にかかる。RDをシュパーブプロ(約200g)に交換。元々付いていたLX(95年式?)の重量が約290g弱なので,約90gの軽量化。リアスプロケの28Tもぎりぎりで使える。この状態で街乗りで試してみたが,なかなか具合が良い。
ステムも重そうなので,これもロードレーサー用に買ったものの,結局使わないままお蔵入りとなっていたNITTOのUI-2(80mm)に交換。これをノーマルサイズ→オーバーサイズ用のシムをかませて,オーバーサイズの「(仮称)青息吐息号」に使うことにした。フルオープンタイプなのでハンドル交換が非常に楽である。なお,元々「(仮称)青息吐息号」に使っていたハンドルバーはMTBと同じ企画の径25.4mmのもの(NITTOのB105の450mm幅)で,一方の新調したステムのクランプ径は26.0mm用なので,厳密にはハンドルの径が合わないのであるが,フルオープンタイプということもあって何とか固定できた。で,これまで使っていたステムの重さが約360g,新調したNITTOのUI-2が約275g。また軽くなった。
ここまでで重量を計測したところ,約11.1kg。もう少しで10kg台である。
夜は自転車フォーラムの忘年会。食い放題のすき焼きの肉をがつがつ食べてしまった。2次会のカラオケのために新ネタを仕込んでいったが,失敗した。練習不足だったみたい。
1999年12月30日(木)
休日出勤。帰宅後,夕食前にローラー台に乗った。早朝でないためか,それなりに汗はかいたし,心拍も上がった。でも体重計に乗ったら63.0kg。昨日食べ過ぎたかも。
今日もツールの第9ステージのビデオの続きを見ながら,せっせと「(仮称)青息吐息号」の軽量化。クランクを,PACIFIC-18のお下がりのシュパーブプロ175mmに交換。街乗り専用車ということでフロントを39Tシングルにした。チェーンリングは,家にSHIMANO製とSUNTOUR製があり,重量を比べたら,前者の方が多少軽かったので前者を使用。チェーンリング込みの左右クランクの重量は約530g。元々付いていたLX(95年式?)の重量は約675gだったので,約145gの軽量化。
チェーンラインは適当に合わせることにしたが,ロープロファイルでないクランクにしたので,BBを113mm?→118mmのものに交換(いずれもSHIMANOのカートリッジ式)。BB本体の重量はほとんど変わらないが,左側の部品が金属製→プラスチック製になって約10gくらい軽くなった感じであった。
そしてフロントシングルにしたので,買ったときの唯一の生き残りのパーツだったLX(92年式?)のFD(約125g)と,前用のコマンドシフター(約80g),そしてワイヤー(?g)を外したので,さらに合計で約205gの軽量化。ここまでくると反則。
ついに約10.8kg。99年の土壇場で,10kg台を達成。
あとは,ハンドルバーを,重そうなNITTOのB105(450mm)から,これもロードレーサーのお下がりで,もう少し軽そうなNITTOのNeat104(400mm)に交換したいところであるが,とりあえずしばらくはこのままで行くことにする。
家にはシュパーブプロのチェーンリングがごろごろしている状態である(38T,39T,44T,49T,51T,53T)。
1999年12月31日(金)
いよいよ1999年も終わり。このHPももうすぐ1周年である。
大晦日というのに,今年は全く掃除をする気にならない。去年は自転車の掃除くらいはしたのだけれど。
軽くなった「(仮称)青息吐息号」で街に出た。気のせいか,走りも軽くなった感じである。フロントシングルギアでも特に支障はない。とはいえ,がちがちの鉄フレームなので,調子に乗ってがんがん踏んだら,また膝を悪くしそうである。
ANNEXの某チェザリで昼食を取りながら眼下の歩道を見下ろしていたところ,バーエンドバーを手前向き(後上方約45°くらい?)に取り付けたMTB(もどき)に乗っていた子供がいた。親が取り付けたのだろうか?転んだときに危険な気がする。
本屋にて,自転車仲間(?)の某マダムHが解説を書いている「歪んだ素猫」もとい「歪んだ素描」を買った。最後の1冊だった。
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