軽量化の道:(仮称)煩悩退散号編
※ 軽量化日記の内容を基本に一部加筆したもの。
注意!
重量値は我が家のアバウトなクッキング秤,郵便物用秤,0.2kg単位の体重計によるものなので数値をあまり信用しないように。
1999/1からの軽量化の記録はこちら(最新の日付へ)
1995年7月
せんげん台の「ハイダ」にて吊しのフレーム(シマノXTヘッドパーツ付き)を購入。
某B組長の口利きにより,フロントサスペンション(スコットUNISHOCK LF)付きで8万円と格安に上がる。
その場でブレーキレバー(ダイアコンペSS-5Mk-II:Titanねじ使用のもの),BB(ワールドクラス),クランク(スギノマイティー900),シフター(シマノXTのサムシフター)等軽量化パーツを選択する。シートピラーもカロイの軽いもの。シートバインダーはキングコング?のTitan製。
この時点ではブレーキ本体は,確実性からシマノXTのカンチレバーを選択。フロントディレーラーもXT(FD-M737)に。
その後名古屋市内や豊橋市内のショップでパーツを揃えてとりあえず完成させる。
ハンドルバーはコストパフォーマンスに優れたトランゼックス。同じくトランゼックスのバーエンドを装着。ハンドルグリップはリッチー(だったと思う)。
ステムはノーマルサイズでノーマルタイプの適当なものがなかったのでロード用の非常に重い奴(?)を使用することに。
リアディレーラーはXTのミドルゲージ(RD-M737-GS)に変速バナナを使用し,チェーンもXT用を採用(CN-HG90)。
なお前後ホイールは(仮称)青息吐息号用に組んだXTR(FM-M910+HB-910)+アラヤRM395XC+星段付き15-16+アルミニップルを使用。カセットスプロケットはXTRの12-28を。前後にシングルトラックコンペを付け,チューブはスペシャライズドのウルトラライトとパナレーサーのTXαを交換しながら使用。
サドルも(仮称)青息吐息号に使っていたフライトチタンに。
この時点でペダルはノーマルペダル+パワーグリップorシマノPD-M747を交換しながら使用することに。
総重量は約10.2kg(20kg用バネ秤使用,以下同)。
この状態で夏沢峠で走り初め。初っぱなから雨の洗礼。
→第1次形態:於95年夏沢 分からないって。
〜1996年3月
夏沢峠でサスペンションの堅さに対する不満を感じ,「ハイダ」から純正M.C.U.キットを通販で購入。
このころ,フレームに,カッティングシートで「ぷうるぐるくいさふえ」「散退悩煩」とのレタリング(後に「るくいさふえ」「散退悩煩」に)。
チェーンリング止めのボルトは,見栄えから,ブルーのアルミ製に交換。
この状態で汗拭き峠へ。またブルックスのサドル,フロントバッグを装着してオンロードで伊勢路へ。
その後,東京のショップで叩き売りされていたスコットAT-3LFを見つけて購入し,これを装着。当初はそのまま使っていたが,先の方はほとんど使わないことに気づき,軽量化の必需品「パイプカッター」でパイプカットする。ハンドルバーの交換に併せて,ハンドルグリップにドロップハンドル用のコルク製バーテープを使用するようになる。
その後しばらくはこの形態。
当時の総重量は不明(推定重量:約10kg強)。
→第2次形態:
於汗拭き峠|
於95年伊勢路(写真提供:番頭さん)
〜1997年11月
千葉に引っ越し後,しばらくの間,自転車に乗れない日々が続く。第3回塩の道オフに行った程度。
1996年度中はカメラ関係の「気絶」が中心で,自転車関係での目立った気絶はなし。
クイックリリースをXTRからコントロールテックのホイールスキュワーに替えた程度。
1997年に入って,ホイールを新調。XTR(FH-M950+HB-M950)+アラヤRM395XC+星段付き15-16+アルミニップル(青)。カセットスプロケットはXTRの11-30(CS-M950)。タイヤは従前どおり。
このころ,ステムを東京のショップで見つけたメーカー不詳の物(約210g)に交換。
シートバインダーもコントロールテックのものに交換(若干切断)。
総重量もついに10kgを割って約9.8kg。
この状態で養老山ややまなみオフに。
→第3次形態:於97年やまなみオフ
〜1998年12月
1998年4月に名古屋に引っ越しし,仲間と自転車に乗る機会も増え,軽量化菌の発症もますますひどくなり重篤状態になって,非常に短い周期で,グラム単位の軽量化を行うようになる(末期症状ともいう)。
1998年夏沢峠前に,ハンドルバーを前に東京のショップで購入したスコットAT-2LFに交換。
シートピラーをDuraAceにする。パイプカットをするも劇的な軽量化にはならず。
夏沢峠を走った後,ハンドルバーの先端部分はほとんど使っていないことを知り,軽量化のために泣く泣く先端部分を切断(高かったのに…)。
1998年7月ころから腰痛を患い,98年夏沢の登りで腰への負担が大きかったことから,軽量化には逆行する形でユーズのサスペンションピラーを購入する(これが一番軽そうだったので)。約150〜200gの重量化。
茶臼山の耐久レースの際にリッチーのTitanのビンディングペダルが叩き売り(当初\6500,交渉の結果\6000に)されているのを見て,思わず「気絶」してしまう。
その後,粟柄峠を走った後,サスペンションを分解してみてM.C.U.が折れているのを発見し,マニトウ用のエラストマーを加工して挿入。最初に付いていたガイド金具を再び使うことにしたので若干の重量化。
調子の悪かったリアディレーラーも,XTRのミドルゲージ(RD-M950GS)に交換。若干の軽量化も。
そして某組長に見習ってサスペンションのブーツをリザードスキンのものに変更。これも若干の軽量化に。
軽量化の観点から何とかしたいと考えていたブレーキについて,名古屋のショップで,エイビッド・トリアラインが叩き売りにされているをの発見してこれも思わず購入。B組長から更に軽量化するためのTitanボルトセットを購入。
東急ハンズで購入したプラスチック製のネジ(M5)をボトルケージの穴塞ぎ用のネジと交換,同Titan製ネジ(M3)をサイクルコンピューター+センサーの固定用ネジと交換(併せて数グラムの軽量化)。
ついでにステムのクランプ部分のねじ(M6)もTitan製に。
そして軽量化のための加速度は止まらず,思い切ってホイールをホイールを新調。ハブはホワイトインダストリーのTitanの前後+マビックX517+DTリッチーロジック+スプラインドライブアルミニップル(青)。約200gの軽量化は大きい(出費も大きいが)。
その後,やはり名古屋のショップでポールのブレーキレバーが投げ売りされていたのでこれも思わず購入。約10g弱の軽量化。
ブレーキレバーを交換するついでに,ハンドルバーを交換することに。山を走るだけならバーエンドバー相当部分は不要だし,幅が狭い方が良いと思い,第1次形態時に使っていたトランゼックスのハンドルバーを引っぱり出し,500mm幅に切断。ハンドル重量約120g。コストパフォーマンスが高い。
現在,総重量はサスペンションシートピラー付きで約9.6kg(ノーマルで約9.4kg?)。
→第?次形態:於98年夏沢峠
→(仮称)煩悩退散号仕様表
前晩の自転車フォーラムのRT(リアルタイム会議)にて某B組長からスコットのサスペンションにJUDY/INDY用のコイルスプリングを挿入すると良いとの話を聞いて,某マダムの店で仕入れる。JUDY/INDY用ミディアム\2,600にするか,マニトウ用エラストマー付き\3,500にするか迷ったが結局前者に。装着は後日。
1999年1月24日
雨の中養老へ走りに行く。ブレーキのセッティングをいろいろいじり,なおかつリムにグルーガンを塗るという体制で臨んだものの,やはり効かない。グルーガンは(仮称)青息吐息号で試してみたところ結構効果があったのに。
いろいろ原因を考えてみる。一番最初に養老を走ったときはブレーキの不安はなく思い切り走れた。そのときと違うのはブレーキレバーだ。ということで帰宅後,ブレーキレバーを再度ダイアコンペのものに戻す。多少の重量化(約10g?)。
しかしスコットのサスペンションの防水性は全然だめである。帰宅後分解したところ中から水が出てきた。(仮称)青息吐息号のタンゲ・プロストラッツなど,購入後3年間一度も分解掃除しなくても,中身は全くきれいだというのに。
1999年1月28日
某マダムの店でサスペンション用にワコーのシリコングリス(スプレー缶)を購入。帰宅後スコットのサスペンションにコイルスプリングを挿入。ますます動きがよくなった,と思う。今週末に養老で試してみるつもりである。
1999年1月30日
天候不順(と思われたため)養老は前日の時点で延期。とはいえ名古屋は朝から快晴で結局雪も降らなかった。ブレーキレバーの交換+サスペンションのチューニングの成果を試すべく急遽物見山を走りに行く某B組長らに合流することにする。
ブレーキの効き具合は最初に養老を走ったときの状態に戻った,と思う。Vブレーキのようにガチッとは止まらないが今日のコースでは十分だと思う(但し今日はシューの減りが早かったためか,セッティングが不十分だったためか,走り始めた後,何度もアジャスターを延長する羽目に)。
サスペンションの方は某B組長のと比べるとリバウンドのダンパーがいまいち。走ってみても結構跳ねる感じがしないでもなかった。エラストマーの材質等も含めなお検討の要あり。
1999年1月31日
サスペンション内のコイルスプリングとエラストマーの位置をあれこれいじっていたらリバウンドも結構殺せるようになった。これで大丈夫だろう。
ついでにサスペンション内部のガイド用の金具を取り外す。アジャスター用の穴はバスボンドで塞いで防水。金具の重量を計ったらなんと約50gもあった。もっとも20kg用のバネ秤で自転車の総重量を計っても約9.6kgで変化はなかった。誤差の範囲なのかも。
1999年2月14日
先々週に物見山を走ったころからコルクのバーテープを使ったハンドルグリップのグリップ力が気になり始めている。以前はハンドルバー一体型のものを使っていたのでバーのアールの部分がストッパー的に機能していたのであまり感じなかったが,ストレートバー+コルクバーテープの組み合わせだと,荒れた路面でハンドルグリップから手が放れてしまうこともあった。
今日の八曽でももう少しグリップ力が欲しいと思うことがあった。八曽を走った後,某セニョールの店でハンドルグリップを物色したが,(重量的にも)ピピッと来るものはなし。今のバーテープの上にテーピング用のテープみたいな抵抗の大きいテープでも巻いてみようか…。
1999年2月27日
今日も八曽を走ったが,グリップの摩擦の点はあまり気にならなかった。もう少しこのスタイルで行こうと思う。
某B組長が15kg用のバネ秤を持ってきていたので熊よけ鈴付の状態で重量を計ってみたところ,やはり約9.6kgだった。ちなみに某B組長のニューマシン(GIANTのMCM)は約8.8kgだった。
1999年3月4日
フルサスバイクのスペックの途中公開とあわせて,(仮称)煩悩退散号仕様表も一部改めて,重量欄を加えることにする。ブランクやカタログ重量ばかりでとても某B組長のようにはいかないけど。
1999年3月12日
フロントサスペンションのブーツを同じリザードスキンの長目のものに交換。これまでのものだとカンチ台座の下側の部分の幅が短くて,走行中にずれてしまっていたので。多少の重量化。
1999年3月13日
久々の養老だった。前回はブレーキの調子に非常に苦しんだ。リターンマッチのつもりで臨んだが,結果は満足。ブレーキの具合はばっちり。安心して走れた。これまで乗車して下れなかった劇坂もクリアーできた(もっとも,2回失敗の後だけど)。とりあえずブレーキはこの状態で行くことにする。
入れ替えたばかりのフロントサスペンションのブーツの具合も良い。今日走った限りでは,「ずれ」など全くなかった。
1999年3月18日
先日,密かに,生産中止になったパナレーサーのシングルトラック390の前後を北区の某N店で発注していたが,本日行ったら前側しかなかったとのことだった。残念。
1999年3月28日
クランクを外して計量。約615gだった。
インナーピンもアルミ製に交換しようともくろむ。実はこれまでノーマルのままだった。重量を計測したところ,オリジナルのが5個で約18g。交換しようと考えているアルミのが(赤と紫の2種類とも)5個で約10g。しかし,アルミのはオリジナルのより長すぎて収まらなかった。
1999年4月7日
そのままではSUGINOマイティー900に使えなかった空転止め工具を加工し,アウターチェーンリング止めボルトのうち,オリジナルのままだった1個を交換した。なお,ナット側は普通の物の半分ぐらいの厚みしかなく,アルミ製に換えても1g以下の軽量化にしかならないみたいなのでボルト側だけの交換に止めた。オリジナルの重量が1個約3g弱で,アルミボルトの約1gのに交換。これで約2g弱の軽量化。
1999年4月10日
不良在庫のインナーチェーンリング用ボルトを切断して短く加工。1個約1g。オリジナルは1個約3gなので,計算上は5個約10gの軽量化。
さらにAVITARのインナーチェーンリング(約24g)を装着。SUGINOマイティー900のオリジナルのは約43gもあったので,約20gの軽量化!
全てを交換後のSUGINOマイティー900の重量は約580g。
2000年1月21日
重い方のXTR+アラヤRM395XCのホイルに装着していたXTの11T-28Tのスプロケのロックリングをオリジナル(約13g)からXTRのもの(約5g)に交換。XTのスプロケの重量は,実測で約280gだったので,これで約8gの軽量化。
2000年10月13日(金)
軽量MTB「(仮称)煩悩退散号」でのシクロクロス参戦を計画。タイヤをどうするかが悩む。
2000年10月28日(土)
「(仮称)煩悩退散号」に,元々女房のクロスバイク的MTBについてた1.5サイズのセンターリッジパターンのタイヤ(重量約460g。)をはめて平和公園朝練。夜,掃除をして,後輪のサイドが切れそうになっているのに気づいた。
2000年10月29日(日)
「(仮称)煩悩退散号」の後輪のタイヤ数年間眠っていたヒルトップJAG1.4に交換。昔ツーリング用に愛用していたタイヤである。と,その後の作業中にそのタイヤがバーストした!古いタイヤを使ったせいか。圧を高くしすぎたせいか。これでオンオフ兼用のタイヤは無くなってしまった。
2000年11月1日(水)
バーストしたタイヤ交換。フロントはシングルトラック390(サイドスキン)を装着,リアを1.5のセンターリッジのものに交換。
2000年11月23日(木)
「(仮称)煩悩退散号」にて関西シクロクロスに参加(結果)。この後シクロクロスバイクを組んだので,これでMTBでの参戦は最後?
2001年12月30日(日)
日が暮れてから軽量担ぎ用MTB「(仮称)煩悩退散号」の整備。効きに不満のあるブレーキをいじる。Avidのカンチブレーキも,調整次第でもっと効くようになるとは思うのだが。でもリムがMAVICとARAYAとあるので,どちらに合わせるべきか迷って,途中で中断した形に。以前に買い込んであるMAVICのリムも早く組み上げたいところ。明日,紅白を見ながらホイール組みでもやってみるか…。本当はサスもどうにかしたいところ。でも,ノーマルサイズのサスペンションって,最近は見ないし…。
2001年12月31日(月)
チェーンを切って灯油で洗浄。クランクを外したついでにインナーチェーンリングを交換することに。これまでのAVIDの22T(23g)をシンクロスの20T(17g)へ。でもかなりすり減っている感じのSuginoのミドルチェーンリング(34g)をSHIMANOのXT(47g)にした。さらにリアの変速をフルアウター化したので結局は若干の重量化。整備途中で中断。
2002年1月1日(火)
2002年の始まり。午後から昨日の続きで「(仮称)煩悩退散号」の整備。リア用のシフトケーブルのアウターをフレームにはわせる。シクロクロスバイクの様にタイラップで固定をはかるがどうもうまくいかない。
グリップも新調した。これまでしばらくバーテープを使っていたが,今回は3年くらい前に買ってあったTIOGAのシートタイプの軽量グリップを付けてみた。重量的にはバーテープより多少重いかもしれないが,多少滑りにくくなったはず。さらにブレーキ調整の続き。リアはかちっとした効きになっているが,それに比べるとフロントが少し「柔らかい」感じなのでどうにかしたいのだが…。
2002年1月8日(火)
某オークションで落札したノーマルサイズのサスペンション(ROCKSHOX JUDY SL)が届く。
2002年1月10日(木)
帰宅後,ROCKSHOX JUDY SLに,シクロクロスバイク「(仮称)青息吐息貳号」から外したTANGEテクノグライドの下玉押しを打ち込む。結構きつめだったので心配したが無事に打ち込みは済んだ。
2002年1月11日(金)
JUDY SLの動きはなかなか良い。おそらく軽量担ぎ用MTB「(仮称)煩悩退散号」に付いている今のサスペンション(SCOTT)よりは軽くなったはず。早く組み付けて乗ってみたい。ただ,個人的には現在フルサスに付けているSID SLのエアサスが気に入っているので,できればユニットをエアサスに交換したいところ。以前には専用のパーツが市販されていたが,今でも手に入るだろうか。
2002年1月15日(火)
軽量担ぎ用MTB「(仮称)煩悩退散号」のヘッドパーツの上下ワンを木槌を使って叩き出す。元々のは,カートリッジベアリング以前の旧XTのヘッドパーツ。亡きハイダの御主人から,「頑丈です。」とのお墨付きをもらったヘッドパーツである。少々惜しい気もするがアヘッド化のためやむを得ず交換することにした。但し今日は取り外しまでで終わり。
2002年1月31日(木)
JUDY SLの装着も急ぎたいところだが,現在,120mmのアヘッドステムを未入手なので作業が止まっている(近々チームメイトから買い入れる予定)。ハンドルバーの幅を500mmから多少広げてバーエンドバーを装着するかどうか検討中。
2002年2月3日(日)
ヘッドチューブへの上下ワンの圧入から継続する。いつもの手製道具(?)で圧入を,と思ったが,さすが前三角の大きい担ぎ用MTB,ヘッドチューブの長さがありすぎて,いつものボルト(15cm)では長さが足りない。急遽,車で昨日も行った閉店間際のホームセンターに行き,もっと長いボルト(20cm)を買って来た。ヘッドチューブが長いせいか,なかなかすぐには圧入できなかったが,最終的に無事に圧入終了。めでたくフォーク装着と相成った。
問題はステム。近々,チーム員から120mmのステム(シクロクロスバイクに使っているのと同じもの)の払い下げを受ける予定であるので,まだ決まらない。このままだと格好が付かないので,取り敢えず,家に転がっていた長目のノーブランドのステムを付けておくことにした。このステムはオーバーサイズ用なので,シクロクロスバイクに取り付けたオーバーサイズ兼用のステムに付いてきたスペーサーをカットして使う。
これまで使っていたスレッド用ステムはフルオープンタイプではないので,ステムの交換もいちいちグリップ等を外さなければならない。これが面倒。
グリップ等を外したついでに,ハンドルバーも交換することにした。これまで,シングルトラック対策(+シクロクロス参戦を念頭に置いて)で500mmとしていたが,バーエンド取り付け等いろいろ考えるところもあり,もう少し幅広のものにすることにした。で,以前に買ってあったTIOGA DL7000(幅560mm)を取り出し,左右を10mmずつ詰めた。
取り敢えずハンドルも取り付け完了。これまでのサスペンションと比べて,少し前が高くなったようで,サドルが前上がり気味になってしまった。これを修正。サスペンションの動きはかなり良い感じ。早く実際に山を走ってみたいものである。
ついでにバーエンドバー装着の準備。この軽量担ぎ用MTBを買った'95年当時に一時期装着し,その後眠ったままになっていたTranz-Xのバーエンドバー(126g/pair),そのままでも十分軽いが,不要部分をカットして短くして99g/pairとした。夕食時間になったので今日はこれまで。
今後の課題は,フルサスバイクを9S化した関係で,ホイール等パーツを共有するためにこの軽量担ぎ用MTBをいかなる形で9S化するかということである。サンツアーのサムシフターの9S化を考えてみようか・・・。
2002年2月15日(金)
組立作業。フロントブレーキのシューの位置(上下)がこれまでのサスペンション(SCOTT)と大きく異なる。ハンドルバーは,もう一度,これまで使っていた495mmのものにして,バーエンドバーを取り付けた。ツーリング?仕様なので,フロントバッグアダプターとシートポスト装着型リアキャリアを付けた。
2002年2月16日(土)
女房と一緒に浜松市郊外まで走る。走行距離約40km。段差等で見る限り,JUDY SLの具合はなかなか良い。ただ,まだ本格的なオフロードは走れていない。ハンドル495mm+バーエンドバーではやはりやや幅狭に感じる(サムシフターを使っているせいもあるが)。
2002年2月23日(土)
軽量担ぎ用MTBのサスペンションシートピラーのエラストマーが固めだったので交換。これまでソフト用のエラストマーを2つ組み込んでいたが,今回,ソフト用のスプリングも組み込んでみた。かなり動くようになった。乗っただけで多少沈むくらい。ちょっと柔らかすぎるか?午前中に郵便局に行くときにちょい乗りしてみた。早く重量を測定してみたい。
2002年3月28日(木)
激重ブロックタイヤを履かせた軽量担ぎ用でポタリング。クランクを回すとキシキシ音がするので気になったが,どうやら音の原因はサスペンション付きシートピラーにある感じである。この前入れたスプリングのせいだろか。オンロードで走る分にはサスペンションは不要かなとも思う。今度KALLOYのシートピラーを取り付けてみようかと思う。フォークが黄色になったのでサドルの色も黄色で揃えようかと思案中。
2002年3月30日(土)
河川敷のアップダウンを走る。フロントサスペンションをJUDY SLに交換後は初めて。かなり動きは良い感じ。これにVブレーキを付けて,サスペンションシートピラーを付ければツーリング用MTBとしては言うことないかも。しれない。でも軽量化に徹したカンチブレーキも非常に捨て難い。
2002年4月7日(日)
軽量担ぎ用MTBのシートピラーをサス付きのものに再度交換。この前ピラーからの音鳴りが気になったが,パーツの一部に緩みがあったことが判明。もう一度交換して様子を見ることに。ぼろぼろのサドル(手持ちの一番古いFLITE黒)を外し,この前までフルサスバイクに使っていたやや新しいもの(FLITE ALPS黄)に交換。
2002年4月13日(土)
久々に皮サドル(ブルックス・プロフェッショナル)を取り出し,最初に買ったロードバイクに付いていたストロングライトのピラーと組み合わせて軽量担ぎ用MTBに付けてみた。オンロードのポタリングはこれで十分か?昼食を食べがてら,女房と買い物に行く際に乗ってみた。久々の皮サドルだが,距離が短かったせいか,違和感等はなかった。このMTBには現在120mm長のステムを使っているが,このところの街乗りでは,もう少し遠くに,もう少し低くにしたいと感じて仕方ない。
2002年6月15日(土)
FUEL100と並べてポジションのチェック。
2002年7月9日(火)
FUEL100のSIDカーボンがエア漏れしてしまった。修理に出すことにしたが,これが間に合わないことに備えて,軽量担ぎ用MTBにVブレーキ装着作業を行う。ブレーキレバー+ブレーキ本体は,前の黄色いフルサスバイクから外したままの状態で放置されていたもの。当然フルアウター(リア側はアウター受けがないのでフルアウターでないと装着できない)。ブレーキバナナのインナー?に穴が開いていたので,不良在庫のVブレーキ用のワイヤーリードから同じ様なインナー?を抜き取って移植。取りあえず後ろのブレーキは装着した。ただ,ブレーキ台座の位置が広いのか,かなり間隔が広がっており,その分,アーム部分がかなり狭くなってしまった(付属のゴムパッドより狭め)。フロント側の固定は明日に持ち越し。
2002年7月11日(木)
Vブレーキ装着作業の続き。フロント側は特に問題なく着いた。フロントとリアでブレーキのタッチがかなり異なる状態である。リアはフレームがVブレーキに耐えられない様子である。ブースターでも付けないといけないかも。それともリアだけカンチに戻すか。いっそのこと潔く左右ともカンチに戻すか(前サス変えてからフロントブレーキのタッチは良くなっていたし)。リアだけカンチにするとブレーキレバーも変えなければならないが,左右のブレーキレバーが大きく異なってしまうのはどうも…。こんなことならカンチ用のポールのラブレバーを残しておくべきだった。
2003年3月6日(木)
一時は,レース用サブマシンにするためにVブレーキを付けたが,これを元の遊び用マシンに戻すべく,元のAvidのカンチブレーキに改装。ハンドルも山サイ用の幅狭のものに取り替える。ホイール無しの状態なので最終調整は明日に持ち越し。リアのシフトワイヤーのフルアウターも止めようかと思ったが,こちらをいじるとさらに調整が面倒なのでこちらはペンディング。
2003年3月7日(金)
「(仮称)煩悩退散号」に倉庫から引っ張り出したMAVIC517の超軽量ホイールを履かせてブレーキの調整。久々にいじるAvidのカンチブレーキは,左右のテンション調節が面倒(左右両方の調整が必要なので,SHIMANOのみたいに片方だけの調整というわけにはいかない)。また,結局,リアのシフトワイヤーもいじって,フルアウターを止めて,BB下を通す形にした。ただ,こちらの方が距離があるみたいで,ほとんど使っていないインナーも交換せざるを得なくなった。仮止めまで。
2003年3月8日(土)
フルアウターをやめた「(仮称)煩悩退散号」のリアのシフト用アウターワイヤーに,買ったばかりの新しいSHIMANOのグリス入りのキャップをつけた。水の浸入に対しては強そうな感じ。暫定で,オークションで入手したクランクに付いていた,錆だらけのSHIMANO DXのノーマルペダルを付けた。
2004年2月11日(水)
軽量担ぎ用MTBに付けてたブルプロ+キャリアー付きのピラーを外し,FLITEケブラー黄色を付け,さらにボトルケージも黄色のにしてみた。また,故障していたSIGMAのメーターを外して,PACIFIC-16と兼用のCATEYEコードレスを付けた。軽量マグネットだと調整が微妙なので(センサーをぎりぎりまで近づけないと動かないし,ちょっと離れるだけで動かなくなる),泣く泣く重い普通のマグネットを付けた。
2004年2月15日(日)
昨年7月の出張時に通勤用に使った超軽量ホイールは,前に振れが生じていたので,これを取った。さらに,超軽量ホイールにスリックタイヤを付けて街乗りで使うのはもったいないので,スリックタイヤはXTRハブの軽量ホイールに移植。超軽量ホイールは,山サイ仕様にして,トレールブラスター1.8+グリーンライトチューブを付けて,シクロクロスバイクから移植した11T-30Tの最軽量スプロケットを付けた。さらにピラーも,この前変えたばかりのノーブランドのから,もともとこのMTBだったカット済みDURAのに変えた。そしてこの超軽量ホイールを前後に付けて,サスペンションをJUDYに変えてから初めての重量測定。UNDER10kgは当然なので10kgのバネ秤で計測。で,予想通りの9.6kg。ついでにフォーク換装後の初めての写真撮影。
こうしてみると結構前が上がっているかも。JUDYと,以前に使っていたスコットユニショックLFとを比べると,JUDYの方が少し長い感じだし。で,写真撮影が終わった後は,街乗り用の軽量ホイールと交換した。
2004年6月5日(土)
シクロクロスバイクのポジション変更のためにステムを取られてしまったことから,新たなステム取り付けのためにスペーサーを加工。割が入ったものをパイプカッターで切断しようとするがうまくいかなかった(前に加工した時はうまくいったはずだったのに)。やむを得ず金鋸で切れ目を入れて,最後はペンチでむしり取ってヤスリで仕上げた。せっかくそこまで作業はしたが,ステムの厚さが薄くなった分のスペーサーが足りず組み立てには至らず。
2004年6月9日(水)
MTBのオンロード用ホイールの振れ取り作業。ホイール自体の振れというよりタイヤ(SPECIALIZEDニンバス1.5)の問題みたい。タイヤまで外すのが面倒なのである程度適当にやっただけ。その後でノーマルサイズのカーボン製スペーサーを物色して,軽量担ぎ用MTBの組み立てにかかる。いろいろ迷ったが(このままドロップハンドル化するかどうか等々),これまでより短いステム(T店オリジナル)でそのまま組むことにした。アヘッドのキャップを固定していたTitan製のボルトが行方不明になってしまったので,やむを得ず鉄製のボルトを使った。このアヘッドはちょっと締め付けただけで動きが渋くなってしまうので調整は結構面倒。ホイールも,振れ取りをしたばかりのオンロード用のものに交換。今日はここまで。
2004年6月22日(火)
PACIFIC-16号のきしみ音が余りに酷いので通勤用バイクに使う気がしなくなった。計量のためにサドルが外されていたところにFLITE ALPS黄・刺繍無と,ボトルケージ(鍵を入れるため),ライト(前後ともLED)を取り付けて街乗り用に仕立てた。ペダルをどうするか迷ったが,取り敢えずPD-M747にして,普通の靴用のアダプターをつけた。
2004年6月23日(水)
通勤で使用。クロモリの細身のフレームは見ていても気持ちが良い。最近治まっていた「鉄フレーム欲しい病」が再発するかも。きしみ音がしないというだけで精神的に楽である。前タイヤの空気圧を約5.5,後ろを約4.5にしたおかげで心配した腰への負担も少なかった。加速のためダンシングをすると前サスが沈んでしまうのがやや難点か。あと,SPDペダルに付けたプラスチック製のアダプターは滑ってしまってやや使い辛かった。そこで帰宅後にSPDペダル用のアダプターを,トゥークリップ一体型のものに交換した。
2004年6月26日(土)
鎖骨骨折対策自転車(前傾姿勢がきつくなくて腕に負担のかからないもの)にすることを考える。サドルを幅広のブルックス・プロフェッショナルに交換することにして,既にブルプロが付いていたピラーを付けた。
2004年6月27日(日)
ハンドルを近くて高くするためステム交換。某Y系店オリジナルの70mmアヘッドステムを付けることにした。重量149g。某T店オリジナルのステムが161gなので12gの軽量化(一応)。ただ,ハンドル位置を高くしようとスペーサーを全て下側にやるとキャップの固定がうまくいかない。今日はここまでで退散。
2004年7月4日(日)
鎖骨骨折対策自転車としてスペーサーを1枚減らしたらうまく固定できた。
2004年8月1日(日)
空気圧が低くなっていたタイヤに,乗り心地は犠牲にして,多め(5気圧)まで空気を入れる。さらに拾いにくいSPDペダル+トゥークリップ付きアダプターをはずして,ノーマルペダル(LX)+トゥークリップに交換。こっちの方が遙かに使い易かった。
2004年8月8日(日)
鎖骨骨折対策仕様の必要性が無くなったので,短めのステムを前橋のT店オリジナルのものに交換。
2004年10月11日(月)
スペーサーを入れ替えてハンドル高を下げた。
2004年10月23日(土)
ドロップハンドル化を考えることにした(今シーズンの代車+冬場の通勤用)。ドロップハンドルで固定してしまうのではなく,ハンドル周り毎交換する方法で比較的容易に改装する方式を検討中。そのことを前提に前ブレーキ用インナーワイヤーの端を半田で固定した。
2004年10月24日(日)
ドロップハンドル化作業。ハンドルはDedaアナトミック215,ブレーキレバーはSUPERBEPRO,変速は(勿論)コマンドシフター。ステムは70mmを使う予定。実はこのステムはこのMTBをドロップハンドル化するために,ステム交換前のシクロクロスバイクに合わせて買ったものだったので,今では若干短めになってしまった。まあ許容範囲だろう。今日はハンドルに仮組みしただけ。
2004年10月30日(土)
某Y系ショップオリジナルの70mmのステムでは短かすぎることが分かったので,不良在庫になっていたミレニアム90mmを暫定的に採用。
2004年11月1日(月)
ミレニアムのステム(オーバーサイズ兼用)に合うノーマルサイズ用シムがないので(ノーマルサイズのMTBなので),某Y系ショップオリジナルステムのを使おうと思ったけど,シムの長さの方がステム高より長いので,その分はオーバーサイズ用のスペーサーでごまかしていた。ちょっと格好悪い。もう少し短いシムが見つかったので入れ替えた。まだ多少長いので,まだオーバーサイズ用スペーサーが入った状態。まだちょっと格好悪い。
2004年11月3日(水)
それぞれワイヤーを取り付けた。シフター部分には今回も手元アジャスターは入れなかった。ブレーキ用のアジャスターは,(仮称)使途不明号編に使ったものをそのまま移植した。サスペンション付きなので,バーテープを巻くときに衝撃緩衝材は使わなかった。今回はシフト用のワイヤーをバーテープで巻き込まなかった。アウター受けがダウンチューブにある関係で?(言葉で説明するのは難しいけど),シフト用アウターワイヤーがハンドルから離れた位置にあるので,こうしてもシフト用ワイヤーがハンドルを握る時の邪魔にはならない。こうしてばたばたと慌ただしく組み上げた。ついでにサドル+ピラーを,FLITE ALPS+Dura Aceにした。
早速乗ってみたが,ハンドルがやや遠く感じた。で,後の変速の調子がいまいちだった。いろいろ調整したがうまくいかないので,諦めて走った。ハンドルが遠く感じたのが納得いかなかった。サドル交換のせいかとも思ったが,よくよく考えてみて,Dedaのハンドルはリーチが長かったのを思い出した。要対策。
2004年11月6日(土)
変速の調整。RDにワイヤーを通す位置をボルトの反対側にしてみた。スタンドで立てた状態ではちゃんと変速した。実際に乗って走った。玄関を出たところで,FD用ワイヤーがダウンチューブの簡易泥よけの下を通っているのに気づいて,急遽,その場で携帯用工具を使って張り直した。調整した割には,今日も変速がいまいち。張りを強くするとトップ時の位置がずれてしまう。RDのトップ側の位置自体がずれているみたい。それと,左側のバーテープに何か違和感。固定があまいのか緩んでしまう。実は今日もまき直した部分だったので,裏側の接着剤が弱くなってしまったのかと思ったが,よく見たら巻き方が反対だった。また,バーテープで巻き込まなかったシフト用アウターワイヤーは,ダンシングすると膝があたることが判明。帰宅してからさらに調整。ワイヤーを外してRDのトップ時の位置を調整した。ワイヤーを押さえる鉄片?も向きを変えてワイヤーがまっすぐに張れるようにした。その後で,シフト用アウターワイヤーの長さも短くすることにして,様子を見ながら数cmずつ切った。これまでのワイヤーはバーテープで巻き込むことを前提としたものだったので,これでバーテープで巻き込めなくなった。なお,シクロクロスの代車にするときに使う予定の激軽ホイール(1.8サイズのブロックタイヤが付き)には11T-28Tのスプロケットを付けた。ギア比的には13T(or12T)-26Tでも十分そうだけど,本格的なシクロクロスの初戦となる富士見は登りがきつそうなので軽め目のギアを用意。クイックも,コントロールテックの6角レンチ式のから,Ringleのスキューワーに交換(代車なので車輪交換は考えなくていいのかもしれないけど)。シクロクロスバイクの方も,チェーンリングを38Tに変えないと…。バーテープもきちんとした向きで巻き直した。
2004年11月7日(日)
変速の調子はようやくまともになった感じ。
2004年11月10日(水)
ブレーキの引きが重く感じられた。原因は,SUPERBEPROなのに,DIACOMPEパッドを無理矢理使っているために,パッドのゴムがレバーの動作を少し妨げているためだった。ハサミ+カッターでゴムを少し切って少しは引きが軽くなった。
2004年11月13日(土)
変速はかなりましになった感じ。
2004年11月15日(月)
夜,シクロクロスの代車用にボトルケージを取り外した。本当はタイヤもどうにかしたいところ(現時点ではトレール・ブラスター1.8)。理想はユッチンソンのCross Comp 26x1.3だけど,もし将来2台目のシクロクロスバイクを組んだら不要になるかと思うと躊躇してしまう。パナのカーツームあたりの方が使い勝手が良い気もするが,前同様の理由から,そこまでのお金をつぎ込むことについては躊躇する。非常時の代車なので当面は今のままで行くしかないだろう。
2004年11月20日(土)
サイクルショーにて,シクロクロス用にGEAXの26×1.60のタイヤを1本\980で購入。実は前から通販で買おうかと思っていたもの。
2004年11月21日(日)
変速不良(トップ側に落ちにくい)があったので,合間合間に調整。
タイヤ交換。XTRハブ+ARAYA395ホイールについては,街乗り用の1.5スリックタイヤを外して,昔qma長老からもらった激重ブロックタイヤを付けた(トレーニング用)。ホワイトインダストリー製ハブ+MAVIC517のホイールには,昨日買ったGEAXのタイヤを付けた(シクロクロスの予備用)。重量は426gと437g(公称420g)。ところが1.5サイズ用のチューブは2本しか残っておらず,1本は前用が107gと許せる範囲なのだが,もう1本は162gと超重い。こんなことなら昨日アウトレットコーナーで1.5サイズ用のチューブを買っておけば良かった…。なお,このホイールを付けた状態での全体の重量は約10.4kgだった(20kg用バネ秤使用)。フラットハンドルの時と比べて約1kgの重量化。もう少し低く抑えられると思ってたのだが…。
2004年11月26日(金)
激重ブロックタイヤ付きの通勤用自転車となった。
2004年11月28日(日)
シクロクロスの代車状態から通勤用に改装。ペダル交換+クランプ式のボトルケージ(台座)取り付け。
2004年11月30日(火)
通勤の際,前サスが動き過ぎてダンシングが辛い。このフレームに合う鉄フォークでも作ろうかという気分になる。チェーンが油切れしている感じだったので給脂。
サドル+ピラーを通勤用ということでブルプロに替えた。ピラーには最近乗ることがなくなったPACIFIC-16から外した赤点滅灯を付けた。今後シクロクロスの代車で使う場合にピラー毎交換して使う予定。
2004年12月2日(木)
(仮称)煩悩退散号での通勤時のメーターの値がピストを使っていた時と余りに異なっていたので,よくよく調べてみたら,通勤用激重ブロックタイヤの周長が約100mm違っていた。訂正。結果としてピストの時とほぼ同じ値になった。時間的にもあまり変わらない。平地やちょっとした上りでのスピードはピストの方が速いが,下りやきつい上りでは,ブロックタイヤとはいえ,変速機付きの方が速いみたい。
シクロクロスの代車用ホイールのスプロケットを12T-26Tと交換(13T-26Tのトップを12Tに交換したもの)。
2004年12月8日(水)
通勤用革サドル表面が油ぎれの様相を示していたので,帰宅後に塗り込んだ。
2004年12月18日(土)
前から少し甘いのが気になっていたブレーキ調整。おとなしく(?)AVID TRI-ALIGNの説明書を見ながら角度をあれこれいじる。2種類のリム(マビックXC517とアラヤ395)があって微妙に角度が違うので面倒なのだが,本番用?(今はシクロクロスの代車用)の前者で調整した。握った感じはかちっとしている。ただ,通勤用ブロックタイヤではクリアランスがぎりぎりの状態になった。ついでに後ブレーキのワイヤー用のライナーについて長さが足りないものを使っていたので,これを長いものに交換した。
2004年12月19日(日)
妻と外出時に「(仮称)煩悩退散号」を走らせてブレーキの様子を見たが,妻とのポタリングペースでは効き具合までは分からなかった。ただ,前側は好みのタッチになっていた。後側が「グニャ」っという感じでいまいち。帰宅後に再度調整した。タッチは向上。さらに後リムをマビックストーン擬きで磨いた。効き具合は明日の通勤で試す予定。革サドル(ブルックスプロフェッショナル)が少し緩んでいる感じだったので,ボルトで締めて伸ばした。
2004年12月29日(水)
PACIFIC-16から取り外した点滅灯を通勤用の「(仮称)煩悩退散号」に移植。サイクルコンピューターの場所が無くなったので,ステム上に移動。これまではバーテープの終点部分にX-LITEを縛り付けて使っていたのでハンドルのフラット部分が握りにくかったけど,それが解消した。
2004年12月30日(木)
「(仮称)煩悩退散号」のコマンドシフターのレバーを一杯に倒さないとFDが変速できないのでおかしいと思ったら,ワイヤーの張りが甘かった。帰宅後に修正。
2005年1月5日(水)
ハンドルの角度を少し上向きにした。だいぶ楽になった感じ。
2005年1月7日(金)
シクロクロスの代車に換装。ただ持っていくかどうかまだ迷っている。
2005年1月10日(月)
遠征には持っていっただけで終わったチェーンの洗浄+給油(トリフローV)。さらに街乗り用に換装。
2005年1月15日(土)
ブルプロをロードバイクに移植したので,代わりにブルックススイフトTitan(黒)を取り付けた(以前にピスト用にオークションで入手したものの,別途色違いを入手したために使わずに眠ったままになってしまっていたもの)。
2005年1月16日(日)
週末の桂川は代車を用意するつもりなので,MTBのホイールにSPOXに付いていた12T-26Tのスプロケットを移植。
2005年1月17日(月)
通勤時,後輪から何か擦るような音がしたので確認したら左ブレーキシューが微かにリムと接触していた。右ブレーキシューとリムの間もあまり間がない。ひょっとしたらホイールの固定がずれたのかと思い,調整の機会を窺いながらしばらく走った後,六角レンチで調整。やはり少しずれていた(原因は不明)。まだ尻になじんでいないサドルはやや違和感。寒いこの時期なのでなじむのには時間がかかりそう。
2005年1月23日(日)
関西シクロクロス桂川大会に代車として持参。某B組長にヘッドの緩みを指摘される。しばらく前からブレーキを掛けたときにガタガタというショックを感じていたが,これまではサスペンションのガタだと信じ込んでいた。現地で手直しをしたが,元々余裕が少なく(ちょっと締め付けるだけでヘッドの動きがきつくなる),なかなかうまくいかない。
2005年1月25日(火)
桂川でハンドルの角度を変えたのに違和感があったので到着してから修正。さらに変速不良が生じていたのでこちらも修正。
それにしてものヘッドの具合が良くない。軽く締め付けただけで動きが渋くなる状態で調整が非常に難しい。どこかのワンが歪んでいるのではないかと思って,帰宅後,フォークを抜いてさらに締め付け直したが,あまり変わらない。整備の最中に自転車を倒してしまい,前ブレーキのアウターワイヤーの外皮が一部切れてしまった。今のところ支障はないけど,早めに交換してしまいたい。
2005年2月2日(水)
この先シクロクロスの代車に使うこともないので,ボトルケージをダウンチューブの台座に1つ取り付けた。通勤時は鍵を入れのボトル用になる。
2005年3月2日(水)
油切れっぽい通勤用MTBのチェーンを灯油洗浄。どうするか迷ったけど,ホワイトライトニングを塗ることにした。ほったらかしが多い通勤用には向かないかもしれないのだが…。
2005年3月3日(木)
通勤用MTBにホワイトライトニングを塗り重ね,さらに仕上げにEPICを塗った。
2005年3月13日(日)
BB付近の異音が気になった。最後にBBを調整したのは記憶に残っていないくらい前。クランクを外して,BB軸を回してみたらかなり重い。これはシールドベアリングのグリスアップが必要かもしれないと思って,BBを外すことにした。で,右ワンを工具で取り外し,さらにピンスパナで回す方式のBBを外そうと思ったが,穴の間隔(直径)が狭くて,手持ちのパークツール製ピンスパナではBB軸と干渉して回せないことが判明(=つまり記憶に残っていないのではなく,自分でこのBBをばらしたことがなかったのが真相)。いろいろ調べてみると,左側のBBはワンと一緒に回って緩めることが可能だったし,シールドベアリング自体はまだグリスが残っている感じであることが判明。適当な工具(スナップリング用プライヤー)でBBを固定してワンを締め付ける方法で少し回転が緩くなった状態で固定した。
2005年3月17日(木)
通勤仕様のMTBには,本当は家で余っているZefarのフルガードの泥よけを付けたいところだけど,何しろカンチブレーキのアーチがタイヤぎりぎりの状態なので,そのままではとても装着できない。シートステイやフォークだけで固定するフルガード的泥よけ(街乗りピストに使っているもの)を参考に改造できないかどうか思案中。泥よけのステーだけで固定する仕組みになるので,丈夫な鋼材を使って左右の4点で固定するようにすれば何とか固定できそう。
2005年3月27日(日)
次の週末の秩父サイクルフェスティバルのことを念頭に置いて(シクロクロスバイクを使うかドロップハンドル付きMTBを使うか,まだ決めかねている。),軽量MTB「(仮称)煩悩退散号」の決戦用ホイール?のタイヤを,1.6セミスリックタイヤ(シクロクロスの代車用)から,1.8ブロックタイヤに交換。チューブもグリーンライトを使用(買ってかなり時間が経つので少々不安もある)。スプロケットも,11T-28T(8S)に交換。
2005年3月30日(水)
通勤仕様MTBのサドルを,ブルックススイフトTitanからブルックスプロフェッショナルに交換。
2005年4月5日(火)
通勤用MTBのサドルが微妙に低い感じがしたので,帰宅後,2mm程ピラーを上げた。
2005年4月8日(金)
通勤用MTBの後輪の空気が減っていたので出勤前に空気をいれた。
2005年4月9日(土)
革サドルに給脂。
2005年5月12日(木)
来週は脚への負荷を減らすためにピストでなく1.5サイズスリックタイヤのMTBで通勤しようかと思案中。そのため朝ローラー台後にMTBの通勤用ホイールのタイヤ交換作業に着手したが,1.5用のチューブが見つからず,元のブロックタイヤを取り外しただけで終わる。
夜,朝の続き。1.5サイズのチューブは目の前にぶら下がっていた。でも,後輪側を入れる際に,チューブの噛み込みに気づかないまま目一杯空気を入れてしまうという初歩的ミス(一応調べたつもりだったのだけど完全じゃなかったみたい)。タイヤの隙間から膨らんだチューブが飛び出しているのに気づき,「やばっ!」と,仏式バルブの頭を押して空気を抜こうとしている間に,「ピキピキピキ…」,直後に豪快な破裂音。やむなく,これも夜になってから探し出した新品のチューブと入れ替えた。その後の作業が慎重に行われたのは言うまでもない。
2005年6月8日(水)
通勤用に一部改装。ホイールを,スリックタイヤ付きのものに交換。ペダルは,DXのノーマルペダルにハーフクリップを取り付けた。サドル+ピラーはFLITEケブラー+USEサス付きピラーのままにした。あと,この前XO-1に移植するために取り外したメーター台座等を取り付けて終わり。
2005年6月9日(木)
久々に通勤に使う。前後ともタイヤの空気圧がやや低くてコーナーでよれる感じがした(面倒くさがって,前後車輪に空気を足さずに来てしまったので)。帰宅後にいずれも補充。
2005年6月12日(日)
先週,通勤用に引っ張り出した際に,前ブレーキの外ワイヤーの外皮が割れているのに気づいた。面倒だけど,バーテープを剥がして,外ワイヤー+内ワイヤーを入れ替えた。SUPERBEPROのブレーキレバーはどうも外ワイヤーの取り回しが厳しいのか,引きが重くなる感じがする。ブレーキにセットするとそれほど引きの重さは感じなくなるのだけど…。
2005年9月23日(金)
明日の板橋の店の朝ツー(予定)に持ち出すことにして,リアのスプロケットを11T-28Tから11T-30Tに交換。ペダルをノーマルペダルからPD-M959(FUEL100から外した)に交換。さらにCATEYEコードレス用の速度センサーを反対側に移し(正面から向かって左→右),その跡地にPOLAR用の台座を付けてセンサーを取り付けられるようにした。
2005年9月25日(日)
結局,朝ツーは雨でDNS。PD-M959を外し,PD-M747(XO-1から外したもの)を取り付けた。
2005年11月14日(月)
また,冬場の通勤用整備。街乗り用車輪のタイヤを,1.5スリック(いつ付けたか覚えてないけど)から,某qma爺様に頂いた青色ブロックタイヤに交換。サドル(+ピラー)をブルプロに交換。保管状態が乱雑だったため,サドル表面に10cm弱くらいの長さの目立つ傷をつけてしまった(涙)。荷物運び用に,ピラー固定型のキャリアを取り付けた。あと,通販の某A店で買ったCBAオリジナル似非フルガード泥よけ(700c用)の台座と,家に眠っているzefalのフルガードの泥よけ(26インチ用)を組み合わせて,26インチ用の似非フルガードの泥よけを組み上げることを思案中。とりあえず,CBAオリジナルのステーと泥よけの接合部は,zefalの泥よけにもサイズ的に合うことは確認(しっかり固定するためには木ねじを使うことになりそうだけど)。時間切れで今日はここまで。
2005年11月15日(火)
泥よけ取り付けの考察。ステーを少し切断しないと角度的にうまくいかないみたい。考えただけで終わり。なお,ペダルをPD-M747からLXノーマルペダルに交換した。
2005年11月16日(水)
久々に通勤で使用。帰路,サイクルメーターの速度表示が不安定なのに気づく。速度センサーと磁石の間隔に問題があるのかも。
2005年11月18日(金)
メーターの調整作業。速度センサーをもう少し近づける形で角度を変えたり,スペーサーをかませたりしていじるが,全然動かなく(拾わなく)なってしまった。日曜日に整備した際に,メーターをステム上に動かしたせいで受信状態が悪くなってしまったのかもしれないと思い,台座をハンドル側に移したり,磁石を別のものに取り替えたり,センサーの電池が無くなっているのかもしれないと思ってセンサーを交換したりしたがどうもいまいち。最終的に磁石の位置を少し変えて,センサーとの間隔をぎりぎりにしたところ,ようやく拾うようになった。ここに至って,原因は,磁石の磁力が弱いPOLARのを使っていたせいではないかと思い至った。
シートピラーに付けたリアキャリア,当面使いそうにないので,取り外し,代わりにピラーに点滅灯を取り付けた。
2005年11月24日(木)
不参加だった昨日のCCM第3戦のコースは,参加者に聞くとシクロクロスバイクよりMTB向けだったみたい。木の根っこがごつごつしているとのことで,自分にとっては一番苦手なところ。しかも,結果を見ると,トップ2名がずば抜けていて,90%以上に入れたのは3位までという結果。参加していたとしても70%という結果で終わったはず。昨日は何で走っても一緒だったと思うけど,それはそれとして,その手のコース向けに(仮称)煩悩退散号をレースにも使える状態にして用意しておいた方がいいかも。
2005年12月19日(月)
職場からの帰路,駐輪場から乗って帰ろうとしたところ,前輪がパンクしていた。昨日からパンク魔に取り憑かれているみたい。やむなくその場で修理。(仮称)煩悩退散号で通勤するようになった当初は替チューブを携行していなかったが,そのことに気づいてつい先日から替チューブをサドルバッグに入れて持ち歩くようになっていたので,その場でチューブ交換。パンクの原因が何か分からなかったが,チューブ交換中に,タイヤの側面に穴が空いているのが見つかったので,もしかしたらそのせいかもしれない。比較的スムーズに修理は済んだけど,閉店間際に寄ろうと思っていた家電量販店には時間切れで行けなかった。パンク修理をした際に何かがずれてしまったみたいで,速度計が動かなくなってしまった。強力な磁石に替えないとだめかも。
2005年12月20日(火)
明日の自転車通勤に備えて(仮称)煩悩退散号のタイヤを交換。作業開始直後に前輪がスローパンクしているのに気づいた。やはりタイヤに何か刺さっていたみたい。とりあえずqma爺様から贈呈を受けた1.9ブロックタイヤを外し,安物激重1.95ブロックタイヤに交換。太いサイズの替チューブが見つからないので,1.5用のチューブを使う(分厚くて重いチューブなので特に問題はないだろう)。あと,速度計用に,家に転がっていた別の磁石を付けたら,動くようになった。これで終わり,と思っていたら,元々ブレーキアーチとタイヤの隙間がほとんどない状態のところに,ちょっと太めのタイヤを付けたせいで,ブレーキアーチとタイヤが干渉してしまっているのに気づいてしまった。効き具合の調整を度外視して,とりあえず隙間を確保するための調整。あれこれやっていたせいで,時間切れとなり,ノルマの方はほとんど果たせなかった。ついでに,スローパンクしていたチューブを調べてみた。空気が抜けるまでの音は聞こえなかったので,水に浸けて調べたら,微かな穴から空気が少しずつ漏れていた。替チューブがなく,またパンクされては困るので速攻で修理。
2005年12月31日(土)
後ブレーキの調整。(仮称)腰痛対策号を参考にアーチの角度,シューの突き出し等を調整。前ブレーキは既に同じ感じだったのでそのまま。
2006年1月2日(月)
泥よけの取り付け作業。以前に買ってあった700c用の簡易泥よけ用のステー+昔,(仮称)青息吐息号ツーリング車形態に用いていたゼファールの泥よけを組み合わせる。後用のステーの片側を金鋸で切断すれば何とか長さも合った。ただ,泥よけ自体の剛性が乏しいせいで,振動でタイヤと接触しがちなのがやや心配。
2006年1月4日(水)
妻と深川+日本橋七福神巡りのポタリング。この前装着したばかりの泥よけは,走行中にずれてタイヤと接触してしまう可能性が大だったので取り外していった。
革サドルに給脂。
2005年1月9日(月)
ブロックタイヤ付き状態での泥よけ装着に再挑戦した。縦方向はそこそこ余裕があるのだけど,1.95サイズのブロックタイヤの横幅に比べて泥よけとステーの固定部分の幅に余裕が少なく,その部分で接触し易いみたい。泥よけを取り付ける場合はもう少し細いタイヤの方が良い感じなので,結局またもや断念。
2006年1月25日(水)
この先の里山遊びに備えて,(仮称)煩悩退散号のペダルを,トゥークリップ付きノーマルペダルから,PD-M747に交換。通勤仕様で専用のプラスチック製アダプターを付けた。プラスチック製の踏み面は,革靴だと滑りやすいのが難点。ボルトをねじ込んで滑り止めにすることも考えたが,靴の底を傷めそうなので躊躇している。
2006年1月26日(木)
やはりプラスチック製の踏み面は安定性がいまいち。まあレース的な走りをするわけじゃないので,これで足りると言えば足りるのだが。
2006年1月29日(日)
バッテンホイールから11T-30Tを外して,(仮称)煩悩退散号での里山遊び用に,MTBの最軽量ホイールに移植した。
2006年1月30日(月)
現在,(仮称)煩悩退散号については思い切って9S化することを検討中。シクロクロスバイクの9S化は,後変速機(SUPERBEPRO)の9S化対応問題があって結局実現できなかったが,(仮称)煩悩退散号の後変速機(950XTR)なら問題はなさそう。アカマツのパーツを使ってコマンドシフターを9S化して,チェーン+スプロケットを9Sのものに替えれば済む。DURAの12T-27Tなど,最近はほとんど使っていない9Sのスプロケットもある。前の最小が20Tなので,後に27Tがあれば里山で遊ぶ分にはたいていの登りには対応できそうだし,30Tの板だけもあるので,12T-27Tと組み合わせて最大30Tのスプロケットを組むこともできそう。唯一の問題は,フラットバーに戻した時に,元々の変速操作機(XTのサムシフター)では対応できなくなることか。とはいえ,フリクションモードに切り替えることもできるし,いざとなればXC-PROのサムシフターに交換してこれを9S化することも可能。さて,どうするか。
2006年2月1日(水)
今後の里山遊び等を考えて,通勤用から免除することにし,サドル(+ピラー)を,ブルプロ→FLITEケブラー+USEサスペンション・ピラーと交換した。
2006年2月2日(木)
今後の里山遊び用に,軽量MTB用ホイールのチューブを,グリーンライトからブチルのに交換することにした。年末のセールの時に前橋のT店で買ったものがあったが,171g,169gとちと重すぎる。妻のMTBに付けたシングルトラック390のタイヤに使っていたチューブの方が軽そうなので,引っ張り出して装着した。なお,妻のMTBには,もう少し細いタイヤ(GEAX26×1.60)を装着する予定。
2006年2月3日(金)
明日の朝ツーの準備で軽量ホイールを装着。久々のX517で,後ブレーキがやや片効き気味。シューの位置もあまり良くないので若干いじった。
2006年2月4日(土)
ここ5,6年くらいの間,(シクロクロスの代車用に使っていた時に試走で走ったのを除けば)舗装路しか走っていなかった。久々に里山を走る。ディスクブレーキ付きフルサスバイクでの走りに慣れてしまっていたので,後リジッド(といってもサス付きピラーは装着),ドロップハンドル,カンチブレーキで走るのは少し大変かなとも思ったけど,かなり走れた(無理に飛ばさなかったせいだと思うけど)。前サスのおかげで木の根っこの凸凹区間もそこそこ走れた(これがシクロクロスバイクだったらかなり辛かったはず…)。しばらくはこれで里山を走ろうかと思う。ただ,久々のホイール(X517)とスプロケットの組み合わせだったのに,事前に調整していなかったため,変速不良が発生。途中で,ワイヤーのテンションが高すぎるのが原因の1つということに気づいて調整。少しまともになった。なお,POLARのHRM用の速度センサーを付けていったが,動きが不安定だったのでオートスタートは切っておいた。速度センサー自体は普段ローラー台で使っているものなので,多分,ホイールの磁石が弱いものを付けてしまったせいではないかと推察。
2006年2月5日(日)
昨日の里山遊びの時はPD-M747を使ってみた。ほとんど乾いた状態で,ところどころ霜柱があるくらいだったので,泥詰まりはあまり問題なかったけど,クリートの拾い具合がいまいちな感じだった。代車用(仮称)即断即決号に使っていたPD-M540を移植すした。なお,昨日調子の悪かった速度センサー用の磁石は別のものと交換。今度は大丈夫そう。
2006年2月25日(土)
朝ツー。終盤の下り,枝を後ろブレーキに巻き込んだみたいで片方のブレーキが変に曲がってしまった。工具を携行していなかったし,後は上りだけだったので後ろブレーキは開放状態で走った。走り終わってから応急修理して帰宅。
2006年2月26日(日)
昨日の後始末。チェーンも泥に汚れていたので専用の洗い器で洗浄。その後は注油。ただ,チェーンは9S化するかもしれないので今日は注油をしなかった。その後は後ろブレーキの整備。アラヤのリム用に調整してあったのでMAVICのリムでは上手くシューが当たっていなかった感じだったので,位置等を調整(もっとも同様にアラヤのリム用に調整してあった前輪は特に問題ない感じ)。シューが結構すり減っていたので交換しようと思い新品のシューを取り出したけど,もう少し使えそうな感じもしたので結局そのまま。
2006年5月7日(日)
明日の荒川CRポタリングに備え,冬場の通勤用に使っていた激重ブロックタイヤ付きホイールに,12T-25Tのスプロケットを取り付けた。この前まで里山遊びで使っていたホイールとリムが異なるため,後ブレーキを少し調整した。
2006年6月5日(月)
前から考えていた9S化に取りかかることにして,チェーンを,この前FUEL100から外した使い古しのCN-7701に交換。コマンドシフターのクイックリングも,ロードバイクの使い古しのものに交換。チェーンリングはそのままだけど,以前にAMPバックのフルサスMTBを9S化したときの経験からしてこれで何とかなるはず。…と思ったが負荷のない状態で回してみると,ロー側で変速不良が激しい。後変速機の位置を調整してもうまくいかない。やっぱりクイックリングが摩耗しているのか…と思いかけたけど,もう一度後変速機を調べたら,ワイヤー止めの位置が反対側になっていた。前にいつ調整したのか覚えていないけど,ずっとワイヤー止めの位置を間違えたままで走っていたみたい(8Sだったので余裕があったのかもしれない)。これを直したら変速不良はなくなった(もっとも,負荷を掛けた状態でどうなるかは不明だけど)。あれこれいじったついでに汚れに汚れまくっていたバーテープ(黄)も新品と交換。これまでのバーテープの巻き方が反対向きだったことに気づいた。あと,ペダルがなかったので暫定的にPD-M737を取り付けたけど,黒色のペダルはこの自転車には色的にやや合わない感じ。
2006年6月17日(土)
9S化後,初めての走行は富士見パノラマの山頂ツーリング。変速不良もなく無事に走り終えることができた。ただ,ちょっと変速が固めだった感じ。
2006年10月9日(月)
この前,人に貸して戻ってきたままだったのでサドルの高さを調整。さらにサドルの前後位置を,シクロクロスバイクに合わせて調整。最初はサドル先端で合わせて調整したけど,サドルの形状の違いに気づき(シクロクロスバイクはSLR,(仮称)煩悩退散号はFLITEケブラー),重ね合わせてサドルの形状を考慮して調整し直した(FLITEの方が若干先端部分が長目)。そのサドル位置との比較でハンドルの位置を見直すと,シクロクロスバイクよりハンドル位置が15mmくらい手前になっている。今はY系列店オリジナルの75mmのステムを使っているので,90mmのステムに交換し直したいところ。
2006年11月23日(木)
結局,秩父は近めのハンドル位置でいくことにしたので,ステムはそのままで行くことにした。
週末の秩父で主機材として使うため改装。最近は腰の調子もまあまあなので,ピラー(+サドル)を,USEのサス付きのものから,DURA-ACEのものに交換。ペダルも,PD-M737から,取り敢えず余っていたPD-M747に交換。
2006年11月24日(金)
やはりPD-M747では泥詰まりに弱いだろうと思い,(仮称)腰痛対策号から外したPD-M959と交換。
2006年11月25日(土)
CXK(シクロクロス関東)第1戦秩父大会に参戦。レースを走るのは超久々。腰痛が酷く,ピラー交換を激しく後悔。
2006年11月26日(日)
CXK第2戦秩父大会に参戦。昨日と同様に主機材で使うつもりだったけど,スタートループ中の落車で右ブレーキレバーが曲がってしまい,コマンドシフターの操作がし辛くなったので,1周も走らないうちに(仮称)即断即決号に交換。
帰宅後,お役ご免となったので,ブレーキレバーの曲りを直してから,ペダル(PD-M959),POLAR速度センサーを外した。
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