レースの記録2000年
技研サイクルミーティング第6戦
スーパービンゴ第1戦
技研サイクルミーティング第1戦
犬山クリテリウム
技研サイクルミーティング第2戦
内灘サイクルロードレース
古城グリーンロードレース
技研サイクルミーティング第3戦
シマノ鈴鹿ロードレース初日
シマノ鈴鹿ロードレース2日目
サイクルロードin青少年公園
技研サイクルミーティング第4戦
ピストin大垣
秋季Ritsクリテリウム
関西シクロクロス第2戦
木曽三川公園ロードレース
技研サイクルミーティング第5戦
関西シクロクロス第5戦


関西シクロクロス第2戦

2000年

 2月13日 技研サイクルミーティング 第6戦(ビギナー1組)
 2000年最初のレースは,技研の最終戦。昨年秋以降,ロードレーサーにはまともに乗っていないので,ランクを下げてビギナー1組に出走。でも,なぜかビギナー,スポーツ,エキスパートに3階級エントリーの強豪の人(結構いろいろなところのリザルトに名前を載せている人)なんかが同じ組にいて,全然ビギナーのレースという感じではなかった。最初の数週は集団の最後尾に付けていたし,少しずつ抜いて前に行ったりしたのだが,その後は身体が動かなくなり,抜いた人たちに抜き返される始末。HRも本スタート後,50秒から190台に上り,平均が195という具合。データはこちら。幸いにしてDNFになることはなかったが,ゴール前のスプリントにも負けて完走者の中では最後尾だった。完走できただけ良しとすることに。

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 2月27日 スーパービンゴ第1戦(チャンピオン)
 大阪府河内長野市のプラザ坂下で開催された4時間耐久レースのチャンピオンクラス(ソロ)に出場することになった。最初は初心者向け?の90分クラスにしようかとも思ったが,挑戦のつもりで4時間クラスに。「チャンピオンクラス」という名前から,すでに圧倒されている。一緒に参戦したチームVerdadの面々も速い人たちばかり。
 本日は,耐久レースということで,フルサスバイクでの参戦。疲労を極力少なくすべく,軽さを最優先し,足周りは前後Single Track Compe 390という組み合わせにした。この辺りからして,本気でMTBレースに望む姿勢ではない(^^;)。上は長袖ジャージの上からFCYCLEジャージ,下は前面エントラントのタイツという格好。レースということでウインドブレーカーは持って行っていなかったが,後で後悔した。補給用にはエネルゲンを1.5倍に薄めたもの1.5L,バーム,アミノ酸ゼリー,エネルギーinゼリー,コカコーラ。エネルゲンは背中のキャメルバッグに。
 前日の雪で,コースは泥だらけ。試走の人たちが泥だらけの姿で戻ってくるのを見て,試走は断念した。スタートはゼッケン順で,しかもチャンピオンクラスから並んでいる。前列の方からのスタートと,位置は恵まれたが,今回のような耐久レースで,完走狙いの自分にはあまり関係ない。泥のため,スタート位置に移動するために自転車を押すのも辛い。先日八曽を走ってみて,リッチーのビンディングペダルが泥詰まりに弱い感じがしていたので,ちゃんとペダルを拾えるか少々心配。
 AM10:00にレーススタート。HRMのスイッチも忘れずに押す。今日はHRMのストップウォッチの表示がペースメーカーである。スタートの時は無事にペダルを拾えた。周りの人たちが泥を跳ね上げながらダッシュして行く。思った以上に泥が抵抗となる。先は長いので慌てないことに。最初の舗装路の登りに差し掛かったが,いきなり辛くなる。途中までフロントミドルで登ったが,きつくなったので無理せずインナーに落とす。同じチームの人たちは遥か前方になる。
 やがてコースはダートに入り,その後,少し勾配がきつくなるところで渋滞。進めなくなったのでMTBから降りて早くも押しに入る。勾配が緩やかになったので,再びMTBに乗車したが,ペダルに泥が詰まり,結局その後はクリートを拾うことができなかった。レース前にクリートの調整をきつめにしたのが裏目に出たようである。以後もぬかるみの道で,思うように進めない。対面するコースの下りで,派手に転けた選手が1名。よく見ると同じチームの某氏だった(^^;)。ぬかるみのため,下りのコントロールが非常に難しそうである。
 1周目は,その後もあまり乗車できない区間が続いた。MTBを押すのだと,泥がBB周辺に詰まって後輪が動かなくなるので,途中から担ぎに切り替えた。前方に同じチームの某組長を発見。やはり乗車できないのか担いでいた。このあと少し乗車できたので,担ぎのまま進む某組長をパスした。このレースにおいて,唯一,同じチームのメンバーを抜いた場面(^^;)。
 約25分で1周目を終えた。クリートを緩めに調整するためにピットイン。この間に某組長が通り過ぎていく。ピットイン後,クリート調整用の3mmのアーレンキーを忘れたことに気付いた。そもそも,ペダルは泥だらけで,アーレンキーを差し入れることもできない状態。諦めて再スタート。この1周目はアップ無しでレースに望んだこともあり,心拍だけが上がり,最高180台後半を示していた。結構きつい。これで4時間も走れるのかどうか不安になる。
 2周目はクリートがはまらない状態でずっと走った。不安定この上ないが,唯一の救いは,リッチーのペダルはSHIMANOのもの(747)に比べると凹凸があって,少しは引っかかりがあること。この2周目辺りから,大勢のライダーが通った部分の路面は少しずつ固められ,乾き始めていて,乗車率が上がる。
 ピットインなしでそのまま3周目に入ったが,このころから腰の痛み。舗装路からダートに入った辺りで苦しくなったので,下車してクリート掃除を理由にして一息入れる。木切れを使ってペダルの泥をこぎ落としたら,なんとかクリートを拾えるようになった。こうなったら2度と下車すまい,と思っていたが,この3周目,ぼーっとしていてミスコースをしてしまう(しかも直後にいたライダーを巻き込んでしまった)。その際,地面に足を付いてしまい,再びクリートがはまらなくなったが,無理やり押し込んでいたら,片方は収まった。
 3周目の後半に,同じチームの1人(某エリート様)に最初にパスされる。早くも周回遅れ。この後の4周目に入ったところで,同じチームのもう1人(某T氏)にもパスされる。この2人にはこの先何度もパスされることに。
 4周目を終えたところで,腰の痛みがひどくなった。ピットインして少々休憩。チームメイトの某氏が「大丈夫」などと声を掛けながらパスして行った。腰のサポーターが少々ずれていた。きつめにまき直した。ややましになった。既に90分が経過していた。このレースにエントリーするとき,最初は90分にしようかと思っていたが,90分では物足りなかっただろう。ここでアミノ酸入りのゼリーを補給。
 あとは腰をいたわって1周ごとにクリート掃除をして息を整えながら淡々と走る。フロントはほとんどインナーの状態。4時間完走だけを考え,下り坂ではほとんどペダルを回さないことに徹した。
 場内アナウンスによると,途中経過では,某エリート様がトップ,某T氏が3位とのこと。
 舗装路の登りのところで,リアディレーラーを壊した人を1人とチェーン切れを起こした人を1人目撃した。また,走っている途中で,突然ペダルが回らなくなって止まってしまう人も何人かいた。このフルサスバイクでこれだけきつい環境を走るのは始めてであったが,クリートへの泥詰まりと,泥のために最初のころに歯飛びはあったが,それ以外は特にメカトラブルはなかった。
 途中でトイレ休憩一回。上の方はかなり風もあり,あまり汗はかかず,寒いくらいであった。一番長い上り坂のところで,後方から風が吹きつける状態であったのは助かったが。
 途中からは,ピットに戻ると,同じチームの某組長と某氏が休んでいて,こちらがちょっと息を整えたところで一緒に出発するというパターン。某氏は帰りの運転のことを考えて,セーブしていたようである。ピットを出た直後の登りであっという間に引き離されてしまうことの繰り返し。腿の裏やふくらはぎの辺りもそろそろ悲鳴をあげ始めている。ちょっとした登りの度に,ピクッと来るようになる。よりいっそうセーブすることに。
 レース終盤では雪も降り始めた。ますます寒くなる。モチベーションも最低の状態。幸いにしてしばらくして天気は回復した。
 9周目を終えて,ピットイン。やはり同じチームの某組長と某氏がいた。レース開始後,約3時間30分弱が経過していた。あと30分少々。3周目以降は1周約20分のペースで回っていたので,今出発すれば,あと2周で4時間を迎えるのだろうと考えた。このままもう少し休んであと1周にしようかとも思ったが,結局他の2人とともに出発することにした。この時点では,4時間を超えてからゴールした時点で終わりだと思っていた・・・。が,コース半ばにさしかかったころ,場内アナウンスで,某エリート様がラスト2周に入ったとのアナウンス。その後も場内アナウンスでは,各選手がラスト2周に入ったとの放送が続く。どうやらルールを十分把握していなかったみたいである。自分がゴールラインを通り過ぎるときも,ご丁寧に,「あと2周」と放送してくれた。
 結局,その後2周する羽目に(^^;)。無理をせずにラスト2周のときもクリート掃除をして息を整えた。最終周回前も,空腹感を感じたので,ピットでゼリー飲料を補給。そして最後の1周を走り終えた。
 結果は,約4時間23分走って12周。クラス14位(約45人中),総合でも43位(約?組中)という自分で思っていた以上の成績。とりあえず完走できたことに満足した。
 HRデータはこちら(但し,ケイデンスでなく高度を測定)。POLARの生データはこちら

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 4月9日 技研サイクルミーティング 第1戦(ビギナー3組)
 新年度の技研の第1戦。現時点での実力を踏まえてビギナーに出走。走り込みが足りないせいか,結構辛かった。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら

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 5月28日 犬山クリテリウム(ビギナー1組)


 昨年に続いて,犬山クリテリウムに参加した。天気が心配であったが,朝7時に起きた時点で雨があがっており,路面もほとんど乾いていた(ところどころ水たまりはあったが)。
 今年も年齢順で切られたビギナー1組の最年長側の1人(^^;;)。
チームメイトのG氏,Y田氏も同じレースへの参加。今回も目標はG氏にすることに。前年に懲りて,ボトルに少量の水を入れていく。
 昨年はゼッケン順のスタートだったので,今年もそうかと思ってゆっくりとスタート位置に移動したら,今年は決まってなかったみたいで,自分より後順位の人が先頭の方にいる。まあ,7周のレースなので,無理せず徐々に前に出て行く作戦を取ることにした。昨年はスタート前の心拍が140台を示していたが,今年はそれほど緊張もなく,130台を示している。
 号砲一発,HRMのスイッチを押してスタート。クリートを拾うのに若干もたついたが,すぐに集団を追いかける。心拍もあっという間に180台に。
 最初は集団のスピードもかなりあがる。結構きつい。とても前に出られる状況ではない。心拍も190台に。とにかく我慢の一文字で付いていくことだけを考える。前方に目標G氏。カーブの立ち上がりでペダルを地面に擦って一瞬ひやっとする。今日は決戦用タイヤのグリップ力に任せて,カーブでは結構自転車を寝かせている。
 ホームストレートを経て,左カーブの後の直線が辛く,ここで脱落していく人が多い。自分も辛いが,ここで少しずつ前に出ていくことにして,徐々に順位を上げていく。ようやく目標G氏の後ろに付けた。この後,最終コーナー前の二つ前のカーブで,また派手に地面を擦ってしまう。片方のペダルが外れるが,すぐにはめ直し,集団に残ることができた。カーブの立ち上がりの加速に気を遣うあまり,ペダルの漕ぎ出しが早かったようである。
 いよいよジャンが鳴る。この時点で10人程度の先頭集団の最後尾。後ろは少し離れている。ホームストレートを左折した後の直線で必死に前に出る。目標G氏の前に出る。G氏は辛そうである(先週一杯出張で自転車に乗れなかったらしい)。次のカーブを曲がった後,後方が切れたようだ。これで8人程度の先頭集団の中に残ることができた。夜練で鍛えた?スプリントには多少自身がある。入賞の2文字が目に浮かぶ(笑)。ここでボトルの水で喉を湿らす。
 しかし,捕らぬ狸の皮算用,結末はあっけなかった。カーブの立ち上がりに賭けるべく,最終コーナーの2つ手前のカーブにアウト側から進入したところ,スピードが速すぎてコントロールを失い,芝生の中にコースアウト。一方のペダルが外れた程度で,落車は免れ,すぐにコースに戻ったが,既に先頭集団は先に行ってしまった。後方との間にも少々間がある。必死に追いかけるが後の祭り。とても追いつけない。
 ホームストレートで後方から追い上げられる。ここで抜かれてはと思い,ギアを重くしてダンシング。辛くも逃げ切った。
 タイムは15分15秒。順位は9位だった。昨年の13位よりは上位だったが,ゴールスプリントへの余力を残してのコースアウトだっただけに,非常に悔しい。後悔先に立たず。結局,自分のコーナリングの下手さが全ての原因なのだが・・・。
 まあ,昨年に比べて練習不足であることを感じながら参加したレースで,昨年よりはましな走りをすることができた分,良しとしよう。
 HRデータはこちら。POLARの生データはこちら

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 6月11日 技研サイクルミーティング 第2戦(ビギナー1組)
 Y2Kの技研第2戦。犬山クリテリウムでの調子が良かったので,ビギナーとスポーツとのダブルエントリーも考えたが,雨で断念。ビギナーに絞ることに。積極的に3位内を狙っていこうと思ったレース。途中逃げたが追い付かれて2位に終わる。それでも今までの技研では勿論最高位。とりあえずは満足(^^)。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら

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 6月25日 内灘サイクルロードレース(クラブ対抗)
 石川県河北郡内灘町で開催されたクラブ対抗ロードレースに出場。1周約13.3kmのコースを5周,約66.5kmを,18チーム、68人で争うというレース。
 1周約13.3kmのコースを5周,約66.5kmも走るというレース。これまで自分自身で走ったレースの中では,最も長い距離。耐久レースを除けば,もっとも長い時間走ったレースになるはずである。
 チーム
Verdadでは,昨年,7位に入ったクラブ対抗ロードレースに,優勝を狙うAチーム(I氏T氏某B組長M氏)と,場合によってはAチームのサポートに回ることも念頭に置いたBチーム(q氏G氏京都のH氏,私)の2チームを送り込む。ただし,G氏は先月から東京出張でほとんど自転車に乗れていない状態。某B組長も今月は仕事でほとんど自転車に乗っておらず,京都のH氏も東京で缶詰になっていたとのことで,必ずしもチームの状態は良くはない。自分自身について言えば,仕事の合間を縫ってそれなりに乗れているかなという状態。自分の力がどこまで通用できるか見物である。
 天気が心配された週末。しかし,誰かの日頃の行いが良かったのか(?),内灘町では雨に降られることもなく,薄曇りというレースにはもってこいの天候。
 時間がないと思っていたので,ローラー台は名古屋に置いてきた。その代わりに開会式直前までのわずかの時間を見つけて軽くアップする。
 スタート位置に移動する。それまで110台を記録していたHRも,カウントダウンが進むにしたがって少しずつ上がっていく。それでも以前ほど緊張してしまうことはなく,130台後半を示している。
 スタート。せっかく良い位置からのスタートであったが,今日もクリートをうまく拾えずに遅れてしまい,集団中程からのスタートに。先は長いのでじっくりと様子を見て行くことにした。ぐんぐんと速度が上がり,40km/h台になって落ち着いた感じになる。
 最初のカーブ。かなりの減速を強いられる。その分,立ち上がりが辛い。ダンシングで追いかける。犬山クリテリウムのビギナークラスのレースだと,このようなカーブの都度脱落者が出るのだが,クラブ対抗のレースということもあって,出場者の足も揃っているのか,なかなか集団はバラけない。ペースもさほど上がらないせいかも知れない。
 いくつかのカーブを経て,長いストレートに。ここは路面状態が悪く,激しい振動が伝わってくる。センターラインを走れば多少はましであったが,それでもブレーキブラケットを押さえる指の付け根が痛くなる。ヨーロッパの石畳に比べれば全然ましなのだろうが…。このような区間がしばらくの間続いた。途中から路面状態がややましになってやや安心した。
 この辺りで気が付くと集団の最後尾辺りになっていた。周りを見ると,I氏とT氏の姿。「前にいた方が良い。」というI氏のアドバイスを受けて,右端から少し前に出たところで1周目が終わる。さすがに1周13.3kmは長い。
 以後もしばらくの間は同じようなペースで進む。一時,集団の前の方に上がるも,後方から来た人に前に入られて中〜後方に下がるというパターンが多い。先が長いことを考えると,無理もできないし,どうも自分自身,気が小さいのか,なかなか前に出て人の間に入っていくことができなかった。
 2周目から腰が痛くなる。荒れた路面からの振動が悪かったみたいである。腰用のサポーターを強く巻き直したいところであるが,このレースの中ではその余裕はない(両手離しはできないので ^^;)。ここはサポーターの位置を少しずつずらしながら,我慢して行くことに。
 3周目に入ったころの時点で,VerdadBチームが集団の中〜後方付近で横並びになっていた。後で聞いたところによると,G氏は練習ができなかったためか,3周目で足を攣ってしまい,リタイヤしてしまったとのことであった。
 相変わらず集団は大きな塊のままである。時折,1人2人で集団から飛び出る人もいるようであるが,すぐに力尽きて集団に飲み込まれているようである。大集団で,さほど広くない道を進んで行くため,コーナーの度に減速〜ダンシングでの立ち上がりを余儀なくされる。千切れることはなかったが,余計な体力を消耗する羽目に。そのため体力を温存しなければという気持ちになってしまい,走りがやや消極的になったかもしれない。その後,集団の前の方に出てコーナーを曲がったときは,比較的速い速度でコーナーに入ることができて,立ち上がりも楽であった。集団できついコーナーのある道では,集団の前方で走った方が楽であると悟った次第。
 そして最終周回に入る。集団のスピードが上がるかと思ったが,あまりペースは変わらなかった。最後の直線に入ったところでは,前に出ようとする人が大勢いるのでなかなか思うように前に出ることは難しいと思われたので,直線に入る前に前に出たかったが,集団が多いし,なかなかうまく行かない。腰痛も気になってしまい,長距離のレースに対する体力的な不安もないわけではなかったので,つい消極的な走りになってしまい,1人で前に出ていく気にはなれなかった。
 そして集団の中程の位置のまま,バックストレートの直線に入る。このとき集団の左端を走る形になる。うまく行けばそこから前に出ていくことができるのではないかという計算。前方に京都のH氏,すぐ近くにq氏,そしてVerdadAチームのM氏。
 と,左端でH氏の前方を走っていた1人が,急にふらついたかと思うと,落車!すぐ後方のH氏はよけきれずにそのまま突っ込んで路肩の牧草地に頭から落ちていく。さらに数人が落車。そして私の進路前方を落車した1人が倒れ込んで塞いでしまう。ブレーキをかけるが間に合わない。そのまま突っ込んでしまう。前輪が倒れている人の身体に引っかかって自分も前転!。その瞬間,両足を攣った。集団はそのまま通り過ぎていく。こうして私にとっての内灘クラブ対抗ロードレースは終わった。
 幸い,うまく受け身(?)を取ることができたので,落車のショックはあまりない。自転車もチェーンが外れた程度みたいである。起きあがって見ると,M氏も倒れている。落車こそしなかったが,q氏も落車騒ぎに巻き込まれて足止めを食ってしまったようである。路肩に落ちたH氏がうめき声を上げている。q氏とともに再出発をしようかとも思ったが,H氏の様子を見てその場にとどまる。q氏が回収車を要請するが,H氏は何とか起きあがり,ゴールまで走るとのことであった。様子を見ながらVerdadの4人で再スタート。H氏の前輪は落車のショックで振れが出てしまい,おまけに空気が抜け出していた。チーム成績を少しでも上げるために先に行って欲しいというH氏の要請で,先行することに。q氏とM氏と合流してフィニッシュラインを通過した。少々遅れてH氏もゴール。
 集団の中で動けない位置であり,あのまま落車がなかったとしてもゴールスプリントで上位入賞は無理だったと思うが,どうせなら,先日の技研サイクルミーティング2戦のように,もう少し積極的に動いてもよかったのではないかと反省。
 ただ,最後まで集団に残ることが出来たことで,多少なりとも自分の自信にはなったのではないかと思った。
 HRデータはこちら

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 8月6日 古城グリーンロードレース(ヤングミドル)
「今年は新チームで集団ゴールを目指します。」

 2000年の古城グリーンロードレース,一筆啓上に寄せた今年の抱負である。昨年はトンネル前で集団から千切れて後半は1人旅状態だったので,今年は何とか集団ゴールを果たしたいという目標であった。確かに,6月までは,仕上がりも上々で,昨年よりも調子が良かったので,昨年以上の成績を期待していたことも事実。しかし,その後,仕事が忙しくなり,練習にも参加できず,あまり長距離を走り込めない状態が1か月続き,レースへの参加自体が危ぶまれる状態になってしまった。と言うわけで,「参加することができただけで満足」という寂しい状態でレース当日を迎えた。
 昨年の同じレースには,前51Tと38T,後13T-26Tの組み合わせで臨んだが,トンネル前でインナーに落としてしまい,ずるずると後退した。今年は,後半の平地に細かいギアが欲しかったことと,16段もあるギアを使わないのは勿体ないので登りではインナーを活用するつもりだったこと(そして決戦用ホイルのスプロケを交換するのが面倒だったこと)から,結局,リアは,トップだけを12Tに交換した23Tのスプロケで臨むことにした。
 これで6度目の参加であるが,前日まで仕事で,初の日帰り参加。同じTeam Verdadのメンバーと,午前7時前に到着し,着替えや計測チップの装着等の準備を済ませて,1時間くらい前から軽くアップ。アミノバイタルを補給してスタート地点に向かう。
 この日の暑さも半端ではない。今年は日焼け対策に気を使い,腕と脚と鼻の頭と頬に日焼け止めクリームを塗ってレースに臨んだ。頭から水を被るために,ボトルの中身もミネラルウォーター(contrex)にした。
 昨年はゼッケン順別のスタートであったが,今年は早い者順らしい。今年は控えめに半分よりやや前方の位置でスタートを待つ。前方にG氏,すぐ近くに,昨日誕生日を迎えてヤングミドルクラスに上がってきた京都のK.N.氏の姿もある。
 号砲とともにHRMのスイッチを押してスタート。今回は無事にクリートを拾うことができた。スタート直後はスピードも上がる。自分の調子は?だが,十分にアップをすることができたためか,それほどきつくない。G氏の姿は見えなくなる。K.N.氏は少し前を走っている。昨年まで前泊で世話になっていた,FCYCLEジャージ姿のY.I.氏が前に出ていくのが見える。今年も,とりあえず,スタートは上々だった。
 T字路を左折した後,集団のペースが遅くなった。おかげで無理をせずに付いていけるようになる。3分後スタートのミドルクラスの人たち(含む某B組長)の追い上げが気になったが,今の自分に先頭に出て引っ張る力はない。実は既に心拍も180台を超えている。集団の中に埋もれて進むことに。
 やがてコースは町中を経て,木々の間を抜ける道にはいる。この辺りから,3分前にスタートしたヤングクラスの選手たちの姿が目に入るようになった。
 やがて,スノーシェードに差し掛かる。1本目のスノーシェードをくぐり抜けたところが少し急な登りになっている。ダンシングをしてクリアーする。心拍が200を越える。千切れるには早いので,何とか集団について行く。残りの2つのスノーシェードも何とかクリアー。
 しばらくの間,平坦な地形が続く。
 気が付くと,ケイデンスが100回転を越えている。アームストロング並といえばそうなるが,少々軽すぎ。後ろのギアを1段落として重くする。
 やがて,ガソリンスタンドのところを左に曲がり,すぐに少々登りながら右折。いよいよトンネルに続く登りである。しばらく進んだところで,自分の右横少し後方で落車。何人か巻き込まれた音がする。後で聞いたところ,ずっと前方にいるとばかり思っていたG氏は,実はこの落車の後方にいて,減速を余儀なくされたとのことであった。空中を飛んできた自転車のタイヤに肩口を打たれたらしい。そんなことがあったとは露知らず,先日の内灘のレースの時のように落車に巻き込まれなかったことを感謝しながら登り続けた。
 苦しくなりながらも先頭集団に付いて登っていったが,やがて「一休みしましょう」との看板がある駐車スペースをすぎて,勾配がきつくなった。ここまで必死に集団に食らいついてきたが,徐々に遅れ始める。アウター×ローでダンシングにかかるが,それでも目一杯の状態。昨年もこの辺りで集団から千切れたという覚えである。心は,何とか集団について行きたいという気持ちで一杯なのだが,身体が言うことをきかない。遂にここで集団から千切れてしまった。某氏から一緒に行こうというありがたいお声を掛けられたが,「勘弁して下さい。」と言うしかなかった(笑)。この後,一瞬,気力も萎えて,足が止まってしまうが,もう少しと言い聞かせて登り続ける。昨年はここらで51T×26Tでも辛くなってインナーに落としたが,今年は結局最後まで51T×23Tで登ってしまった。アウターだけで行くなら,25Tでもつけてくれば良かったかもしれない。
 前方で,やはり集団から千切れたK.N.氏の姿が見える。何とかそれ以上遅れないようにしようと思う。やがてボトルの水を掛けてくれる男の人が見える。あの人がいるのは登りの頂上のトンネルの近くだったという記憶であったが,案の定,トンネルの入り口が見えてきた。あと少しである。今年はタイミング良く,背中に水を掛けてもらうことができた。
 ようやくトンネル。昨年はミラーのサングラスでこのトンネルに突入して,何も見えずに怖い思いをした。今年はそれに懲りて薄目のレッドのレンズに交換して走ったが,おかげでトンネルの中でも視界が確保できた。それはそれで良かったのだが,体力の消耗が昨年以上であり,息を整えるので精一杯で,なかなかスピードが上がらない。K.N.氏らの姿がどんどん小さくなっていくし,後方から何人かに抜かれていく。とにかく,先日の野麦峠練でも多少は意識して練習した下りで遅れないようにしながら息を整え,最後の平地を乗り切るしかないと思い,ここはひたすら我慢。
 そして下り。昨年は向かい風でスピードが全然上がらなかった場所であるが,今年は風もなくてスピードが上がる。下りでは息を整えることが第一目標だったので,無理に踏み込まなかった。さらに数人に抜かれる。いつもガード代わりの畳が並べてあるカーブには,今年は木の板が並べてあった,ように見えた。ここを過ぎれば,もう危ないところも少ない。少し前に,数人の姿が見えることから,何とかそこに追いつこうとして踏み込む。ここで今回のレースでの最高速度67km/hを記録。彼らに追いついたところで,交差点が見えてきた。ここを右折すれば最後の平地である。昨年はここで減速しすぎてしまったことを思い出し,ブレーキングに注意しながら曲がった。立ち上がりでも,それほど苦労せずに前に追いつくことができた。でも,後でデータを見たら,昨年より遅かった(^^;)。
 気が付くと,ここで10数人の集団ができていた。前方にはK.N.氏の姿も見える。どうやら先頭集団から遅れたメンバーで第2集団が形成されたようである。昨年は1人旅になったところだけに,助かった。集団の後方について行くことにする。自分の位置からは先頭集団の姿は見えず,自分たちがどれくらい先頭集団から離れているのかも分からなかった。この辺りから,ミドルクラスの先頭集団が後方に出現するのではないかと気になる。ミドルクラスのペースも遅かったという話を聞いたのはレース後のことであった。
 途中,民家の先で,ホースで水を撒いていたおばあさん(?)がいた。誰かが「迷惑!」と叫んでいたが,暑さに苦しんでいた自分には非常にありがたかった。今年も,沿道からは,丸岡の人たちが暖かい声援を送ってくれていた。自分に,それに応える余裕がないのは残念であるが。
 こうして,単独走行を免れ,集団に付くことができたものの,なかなかスピードは上がらない。先頭の1人が振り返って何か叫んでいる。皆で先頭集団を追おうとでも叫んでいるのだろうか。反応する人がいない。自分も精一杯の状態。ここで何人かが第2集団からの抜け出しを計る。少し距離が開いたが,自分も必死に食らいつく。結局,この第2集団のまま進むことに。
 そして,ゴール前の最後のちょっとした登り。ふと見ると,丁度10人程度の集団が登り切るところであった。どうやら,先頭集団との差はあまり開いていない様子である。この登りは,昨年のレース前にスパートをかけるポイントと教わった場所である。ここで前に出なければと思い,果敢に,ダンシングを掛けて前に出てみた。しかし,悲しいかな,既に足がない。結局最初の飛び出しだけで,すぐに集団に飲み込まれ,その中でどんどん前に出て行かれてしまった。
 坂の頂上付近では,スタッフの人が,進行方向左手で落車があったことを知らせていた。どうやら先頭集団内で落車が発生したようである。第2集団の後方で坂を上りきったところ,すぐ前方を走っていたK.N.氏が叫ぶ。見ると,道路端に倒れているのはFCYCLEジャージを着ていたY.I.氏だった。K.N.氏の声に応えるように手を挙げていたが,どんな具合なのか気になった。
 結局,その後も,第2集団のままで,T字路を左折し,最後の直線にかかった。ぐんぐんスピードが上がる。ここは昨年51T×13Tで足が回りきってしまったところ。今年はそれに懲りてトップだけ12Tに交換してきていたのだが,集団走行のため,それでも足が回りきってしまった。アウターをもっと大きくするか,リアのトップを11Tにするか,いろいろ考えなければいけないかもしれない。
 第2集団の中で,少しポジションを上げたが,所詮,第2集団内。無理をせずに行こうと思っていた。それでも残り1kmを切ったところで,周りがあまり延びないので,それならばと思ってシッティングのまま踏み込んでみた。さらに少しずつ前に出る。こうして,多少順位を上げてゴール。最後にチームメイトのK.N.氏のちょっと前に出た。
 こうして2000年の丸岡は終わった。一応,集団でのゴール。言葉だけをとらえて言えば,レース前の抱負を実現したことになるのか(^^;)。今年は,新たに投入された計測チップのおかげで素早いリザルトが出ていた。クラス32位。42分33秒。一応,最後まで集団で走行できたことや,昨年のような向かい風がなかったことから,昨年より調子が上がらないと感じながら臨んだレースで,昨年より2分近くタイムを縮めることができたようである。本当の集団ゴールは来年への持ち越しである。昨年も同じことを書いた気がするが(^^;;)。
 なお,ミドルクラスでは某B組長が昨年の4位から順位を1つあげて3位入賞。表彰式の後は,表彰台を占領しての写真撮影大会となった(笑)。



 昨年より練習不足で臨んだが,結果的には昨年より良い42分33秒というタイム(32位)。単に第2集団で走ることができたためだろうが。当日までの練習状態から考えて,自分的には満足。HRデータはこちら。POLARの生データはこちら

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 8月13日 技研サイクルミーティング 第3戦(ビギナー2組,スポーツ1組)
 Y2Kの技研第3戦。今回は鈴鹿前の練習も兼ねて,ビギナーとスポーツとのダブルエントリーに。密かに着を狙っていたビギナー2組では,足に来てしまい,着外に終わる。スポーツ1組はまだ息が上がっている状態でスタート。13周目で周回遅れになって予想どおりのDNF。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら(但しスポーツクラスはボタンを押し忘れてしまいデータ無し)。

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 8月19日 シマノ鈴鹿ロードレース(オープン MII A 3組,チームロード A 2組)

8/19 オープンMII A 3組
 2000年鈴鹿の初日。昨年の入賞に気をよくしての参加,と言いたいが,練習不足(特にスプリント)で臨んだ鈴鹿。
 今日は個人とチームTTのダブルエントリー。一昨年,ダブルエントリーをしたときは,個人のレースの疲れが抜けず,チーム(FCYCLEカモシカユースだがや)のお荷物と化したので,今年は疲労回復用のアミノバイタルスティック数本,クールダウン用ローラー台等を取り揃えての会場入り。足回りはいろいろ迷って,レース2本を走るということで,軽量のSHIMANOホイールに決めた。
 まずはオープンMII A 3組。昨年の鈴鹿の2日目や丸岡と同様に京都のK.N.氏と同じ組。601番スタートでの648番というゼッケン。結構前の方である。ローラー台でのアップを済ませ,遅めに招集場所に移動したが,鈴鹿は招集位置でのゼッケン順がはっきりしているので,ちゃんとした場所に入ることができた。京都のK.N.氏はゼッケンが遅い番号で,私より後方のスタートである。しかし,どこにでもルールを無視する人間はいるのはやむを得ないのか。スタートラインに移動する際にじわじわ前に出てくる人間が約数名。そんなに無理して前に出てもあまり変わらないと思うのだが…。
 スタート。今年は無事にクリートを拾うことができた。すぐにスピードが上がるので,負けぬように踏み込む。シケイン手前付近で,同じチームの酒豪K氏とデジカメを持った女房が観戦しているのが見えた。ちょっと目立ってやれと思い,集団の右端をダンシングで前に出た。ぎりぎりでデジカメを構えるのが見えた。間に合っただろうか(→オープニングの写真)。
 結局,10数番手につけることになった。登り切ってからの直線では縦一列に延びている。すぐ前方に,昨年の丸岡のゴール前で競った石川県のK.M.氏のゼッケンが見える。後ろを見ると,結構ばらけている感じである。このまま逃げられたら,などと甘い考えを起こすが,世の中,そう甘くはない。自分自身,前に出られるような状態でもなく,やがて先頭のペースも落ちて,集団が追いついて大集団で進むことになった。
 そのまま集団の中で進む。1周目,ダンロップカーブの手前辺りから,集団の中で少し前に出てみた。しかしホームストレートの登りに入って,かなりスピードを上げて前に出ていく人が多くて,順位を下げる。密かにマウンテンポイントを狙っていたが(気持ちだけ),今日は足がない感じなので断念。そのまま集団の中で上がっていく。
 2周目辺りから前の組の落伍者が目立つようになる。私より後方からのスタートであった京都のK.N.氏も同じような位置を走っている。
 結局,2周目は,目立つ動きもしないまま,集団の中に止まる。特に逃げもないようである。薄曇りの天候であるが,蒸している感じで,集団の中は結構暑い。1周辺り1回くらいの割合でボトルから水分補給を行う。
 そして集団内の同じような位置で最終週を迎える。3周目は落伍者がかなり目立った。西ストレートからの登りではかなりの落伍者がコース上に広がっている。先導のバイクが一生懸命端に寄るように合図をしているのが分かる。スプーンカーブを過ぎた後,いつの間にか集団の中に2人ほど前の組の落伍者が混じっている。端に避けきれなかったらしい。集団から罵声を浴びている。あの状態になったら出ていくのは苦しそうである。
 ヘアピンカーブを抜けて,ダンロップカーブへ。最後だと思って集団の左端から集団の前の方に出てみた。2人ほど少し前に出ている感じで,一時的に3番手くらい,集団の先頭の位置につける。しかし前の2人くらいに追いつく前に,下りでどんどん後方から前に出てこられてしまう。結局,集団の中に埋没してしまう。この辺りの位置取りがなかなか難しい。自分の技量に自信もないし,なかなか前から割り入る度胸もないし。これが表彰台を阻害する要因かも。
 下り終わった辺りで,前方すぐ近く落車発生。運良く,危なげなく避けることができたが,そのために若干スピードが落ちる。すぐに先頭集団を追う。後方から何人かが巻き込まれる音がする。スピードが出ていたところだけにダメージは大きそうである。一緒に走っていたK.N.氏は進路を落車で塞がれ,足つきを余儀なくされて先頭集団から離れてしまったらしい。
 結局,集団の中に埋もれて最後の直線に入る。夜練に参加している回数が減っている分,昨年よりスプリント力が落ちていることは自分でも自覚している。最終周で無駄な足も使ったためか,直線に入ってダンシングに移った時点で,スピードの伸びがないのが自分でも分かる。この時点で,入賞は勿論,昨年の2日目の15位を上回るのも無理と悟る。チームTT用に足を温存しようかとも思ったが,そこは最後の悪あがきで踏み込む。鈴鹿のゴールスプリント対策で2週間前にフロントアウターを52Tにしたばかり。ちょうど良い感じかもしれない。10人弱くらいを抜いてゴール。結局,22位だった。
 レースが終わってから,サドルバッグを付けっ放しだったことに気づいた。これが最後足が重かった原因かも(^^;)。

 チームTTまではかなり時間が空いてしまった。個人のレースが終わった後は,疲労回復用のアミノバイタルとローラー台で念入りにクールダウン。このころから天候が回復し,日差しもきつくなる。炎天下での体力の消耗も気になるところ。順次補給を忘れないようにした。TT用に準備したスピナッチタイプのアシストバーとパッドの装着も忘れずに。
 「FCYCLE山田」で,初のTTT。一昨年みたいに疲れが残ることもなかった。鈴鹿一「やかましい」チームだったかも。最後のゴール前はなぜかチーム内でスプリント合戦になっていた(笑)。

 HRデータは
こちら。POLARの生データはオープン MIIチームロード

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 8月20日 シマノ鈴鹿ロードレース(マスターズ M30+ 1組)
 2日目。今日はマスターズ30+B1組。年齢別のレース。事前の目標に「着に絡む。」と書いたレースで,昨年入賞を果たしたクラスであるが,今年は,同じ組に,今期絶好調,表彰台続きの某B組長,京都のT.H.氏,薬屋M氏ら強豪が揃っている。前日のチームTTで一緒に走った京都の同姓のK氏は,ゴール前で私を刺すことを狙っているし(笑)。
 昨日と変化をつけるべく,重いホイール(コスミック)で参加することにした。試走時に,結構向かい風が気になった。
 今日もゼッケン47という恵まれた位置。他の人は私より後ろのようである。1組目なので,落伍者を余り気にしなくて良いというのも助かる。
 今日もクリートを無事に拾い,無難なスタート。今日も集団の中で無難に進む。昨日より向かい風が強い。
 今日は土壇場で家にデジカメを忘れてしまったので,女房からの撮影はないということで,目立つ,無駄な動きはせずに済んだ(^^;)。
 1周目の途中で某B組長とT.H.氏が前に上がって行くのが見える。某B組長の位置取りには感心することばかり。見習いたいところであるが,(技量的に)見える位置に自分が行けないのが残念。京都の同姓のK氏の姿も気になる。死角でマークしているのではないかと思うと気が気ではない(笑)。
 2周目に入るところで,前方を赤っぽいジャージ姿1人が逃げるのが目に入る。マウンテンポイント狙いのようである。実は今日も密かに狙っていたが(気持ちだけ),当然断念。集団も,最終的に追いつけると踏んでいるようで,2,3人ほど集団から飛び出して追おうとする選手はいるが,無理には追いかけようとしない。
 マウンテンポイントを過ぎて,ヘアピンカーブ手前付近で,前方を逃げていた1人も集団に吸収される。
 一時的に,某B組長,T.H.氏と,Verdadジャージが集まるが,ダンロップカーブ辺りを過ぎて某B組長とT.H.氏が前に行き,ばらばらになる。
 ホームストレートを経て3周目。前方を1人,青っぽいジャージ姿が逃げているのが目に入る。集団も追いつけると踏んでいるのか,無理には追おうとしない感じである。前方に某B組長の姿はあるが,T.H.氏は見えない。ひょっとして前を逃げているのはT.H.氏か,だとすれば無理に追わない方が良いのか,Verdadジャージにしては少々青すぎるか,などと考えながら進む。3周目で,スプーンカーブに差し掛かるあたりでT.H.氏が少し前にいるのが見える。逃げているのは別人だったようであるが,T.H.氏は前に出ていたのは事実だったようで,3周目に入るゴールラインを3番手で通過したらしい。
 スプーンカーブを過ぎた辺りで集団が逃げていた1人を吸収した。某B組長が,集団の中で様子を見ているのが分かる。ヘアピンカーブを過ぎて某B組長が前に出る。私のすぐ近くをアクトアーミーKodakの燕尾服ジャージ姿の2名が抜いて前方に出ていくのが見える。1人はおNEWのフレームで,薬屋M氏と分かる。最後は強い人について行こうと思い,その後を追って前の方に出る。
 ダンロップカーブ手前で1人落車。近くは近くだったが,あまり危なげない位置。後方から巻き込まれる音もしないので,単独で済んだのか?
 ダンロップカーブ辺りでスピードが上がる。右端を走行しているとすぐ前にT.H.氏の姿が見える。声を掛けながら前に出る。3周目に入るところで結構足を使ってしまった様子である。
 そのまま下り。なかなか前に出るのは難しい。そして昨日と同じような場所で,左前方で落車発生。難なく避けることができたが,コースの真ん中でかなりの人数が巻き込まれた様子である。直ぐ近くをT.H.氏の姿。巻き込まれずに済んだらしい。
 最終コーナー。前方の1人がかなり振れる。それを見て思わず自分も少し振れてしまう。後ろのT.H.氏には迷惑になったかもしれない。まだまだ自分の技量が足りない。3本ローラーでも買って練習しようかとも思う。
 そして最後の直線。30番手前後という感じか。入賞は無理かも知れないと思いつつ,最後の踏ん張りでスプリントに入る。身体が前過重になるのが自分自身でも分かる。後ろ加重になるようにフォームの練習をしてきた成果が全く出ていないのが自分でも分かる。でも,ここはとにかく踏むだけと,フォームに気にせず踏み込む。左斜め前を薬屋M氏が走っているのが見える。同氏を目標に踏み続ける。実際のスピードは別として,昨日よりは調子が良い感じである。昨年の2日目のように進路を塞がれることもなく,どんどん前に出ることができた。うまくいけば10位内もという淡い期待も生まれる(前の状況を把握できていない証拠)が,もう少しで薬屋M氏に追いつくというところでゴールライン。最後にハンドルを投げたが,0.02秒足りなかった。結果13位。今年の鈴鹿も終わった。昨年に引き続いての入賞は逃したが,それなりに満足した鈴鹿であった(←向上心の欠如)。
 京都の同姓のK氏に刺されずに済んでよかった(^^;)。
 某B組長は3位入賞を果たす。鈴鹿の表彰台でVerdadジャージを披露。デジカメを忘れたのが痛い(^^;)。
 POLARの生データは
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 9月9日 サイクルロードin青少年公園(チームTT,スポーツ)
 青少年公園の特設コース?で開催されたロードレース。
 鈴鹿に続いて同姓の3人で臨んだチームTT。最初の登りで,身体の重さを感じた。結果は…まあ,これも同姓で参加することに意義があるということで(笑)。途中,すぐ後からスタートのPITレーシングと,優勝したフォルツァオールスターズに抜かれる。ゴールのときは,同じチームからエントリーしていた最速チーム(Verdad J+1)が背後に迫っていたらしい。相変わらずやかましいチームだったし,ゴール前でチーム内で差し合っていた(笑)。
 個人ロードレースまでは多少時間が開いた。2周8kmのレースでは物足りないと思って,愛知車連のレースではいつも基本はビギナーなのに,今回は無謀にもスポーツにエントリー。同じスポーツには,チームからA藤先生もエントリーしている。スポーツにエントリーした人数は70数人。人数的に一番多い。
 スタート前はばたばたしてしまい,スタート前のサインボードへのサインを忘れていて,並んでから気付く始末。A藤先生に自転車を押さえてもらい,あわててサインをしに行く始末。
 スタート。走り始めてすぐに身体の重さを感じる。無理をせずに集団について行く作戦にした。上り坂で結構息があがる。その後は集団が縦長で進む。直角に曲がる最終(?)コーナーでは大幅な減速を余儀なくされる。このようなカーブは集団の中で通過するとロスが大きい。2周目の登りで息が上がってついていけなくなった。その後はA藤先生らと数人の集団を作って先頭交代しながら走る(→写真)。結局,その後も,遅れた人を吸収しながら走り続けてゴール。せめて集団ゴールはしたかったが,これが自分の現在の実力ということで。丸岡でも登りで千切れた。今後は登りをどうにかしなければ。HRデータは
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 10月8日 技研サイクルミーティング 第4戦(ビギナー1組,スポーツ2組)
 技研第4戦。今回もビギナーとスポーツのダブルエントリーに。ビギナーでは,早い周回で前に出てしまい,足を使ってしまい,着に絡めず。息を整え,DNFのつもりで出たスポーツ2組では,あまりペースが上がらなかったせいもあって,予想外(?)に完走してしまった(笑)。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら

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 10月15日 ピストin大垣
 昨年に引き続き,大垣競輪場で1000TT,4000m速度競争,おまけのアンノウンポイントに挑戦。
 まずは1000mTT。鈴鹿以後モチベーションが落ちているのは昨年同様だが,昨年よりはまし。昨年ほど風は強くないので,目標は1分25秒に。レース前に,G氏との会話で,最初から飛ばしすぎると後でたれるという話になったので,心拍を見ながらペースを決めていこうと考えながらスタート。ところがスタート直後からHRが230台とあらぬ数字を示している。仕方なく,某B組長の声援(罵声?)を浴びながら走り続ける。今回は,少しだけギアを重く変速した。今ひとつ,スピードが乗らない感じでゴール。実はゴールラインも間違えて,少しだけ力を抜くのが早すぎた。タイムはそれでも1分25秒94と,一応25秒台。自己記録も1秒弱縮めることができた。もう少し追い込めば,24秒台も行けたかと思うと,少々残念。
 昨年先頭責任も果たせないまま千切れた4000m速度競争では,最初からポイントを狙って行きたいという誘惑を押さえて集団に付いていくことに。しかし,足が回らず,ずるずる引き離されていく。苦しくなって咳をしたら,胃の内容物(レース前に呑んだ3アクションエナジー)も一緒に少々出てきてしまったし(食事中の人,ゴメンナサイ)。先頭集団との間も空いてしまい,昨年の再現かと思ったが,それでも,後半,先頭集団が力をセーブし始めたところで何とか追いつき,タイミングを見計らって,バンク上方から一気に前に出る。同じように先頭通過を狙っていた1人をかわして先頭責任を果たす。そのまま少し先行したが,このまま逃げてみようかという誘惑を断ち切り(某B組長らからもゆっくりとのサイン),集団に戻る。1人が逃げて,それを追う展開になった最終周。その時点で2番手という位置だったが,スパートをかけた2人に付いていくことができず,そのまま取り残されて終わり。4位でレースを終えた。決勝進出は3位までだったので,昨年同様予選敗退。それでも昨年よりはかなり走れた,と思う。4000m速度競争A組予選のHRデータは
こちら
 最後は,アンノウンポイント。15分間バンクを走る間,適宜,役員がピストルを鳴らしてから最初にゴールラインを通過した選手からポイントが与えられるというレース。はっきり言って,あまり脚力は関係ない。法則を掴んだ某B組長の圧勝。最初からあまり期待せず,バンクを目一杯走ってやろうと思っていたら,運良く7ポイントを取り,3位入賞となった。初の表彰台。2位も同じチームのT木氏だった。表彰台をVerdadで独占した。

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 11月19日 秋季Ritsクリテリウム(カテゴリー4B組)
 練習不足で臨んだレース。ローラー台を忘れてしまい,アップすることもできず,序盤はそこそこのペースだろうと甘い見込みでスタート。同じ組には,何故か,アクトアーミーKodakのO武氏がいる。目標を同氏に定め,集団後方に並ぶ。が,号砲とともに,同氏はすっ飛んでいってしまった。結局最後までつけなかった。全体のペースも速く,当初の目論みはもろくも崩れる。HRMの数字は230台(勿論,エラーだと思う)。とにかく集団に付いていくことにして,1周目は大きな集団の後方につける。少し前方には京都の同姓のK氏。1周目が終わってホームストレート近くまで戻ってきたところで,某B組長から「そんなところで遊んでるな!」との檄が飛ぶ。2周目から少し前に出る。これで後方を引き離して,20人程度の先頭集団の最後尾に付けたが,いきなりの運動量で心臓がバクバク状態。それ以上前に出られない。ちらっと先頭を見ると同じチームG氏。またまた我慢できなかったみたい(笑)。そこまで追いつけず,結局,先頭集団の最後尾をひらひら。心臓がキリキリとする感じである。最終週で先頭集団から千切れ,3人くらいでローテーションをしながら走って,ゴール。スプリント力も残っていなかった。結局20位に終わる。
 ケイデンスが110と回しすぎの感じがするが,重くすると足に来る。結局パワー不足ということか。自分の場合,十分なアップがないとダメだと悟ったレースだった。

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 11月23日 関西シクロクロス第2戦(カテゴリー3)
 初めて参加したシクロクロス,惨敗に終わる。26位/32人,33分53秒,83%。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら(但しHRデータのみ)。

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 11月26日 木曽三川公園ロードレース(ビギナー):岐阜県
 昨年は出張中で参加できなかったので2年ぶりのレース。シクロクロスバイクを組んだばかりで,ロードレースに向けてのモチベーションが低下した状態で臨んだ。
 昨年は落車だらけと聞いていたので心配していたが,今回は年齢別にクラス分けがなされていて,集団で狭いコースを走る危険はなくなっていた。ただ,その分,レース開始時間が30分遅れてしまった。
 レース前に試走していたときに,昨日,取り替えたばかりの後輪のタイヤから空気が抜けているのに気づいた。チューブラタイヤを取り替えている時間もなかった(両面テープも忘れていた)。バルブ部分が取り外せるチューブラだったので,その部分を確認したところ,少し緩んでいる感じもした。空気漏れの原因はこれだったかもしれないと,淡い期待を抱きつつ出走することに。同じチームのq氏からは,シクロクロスバイクで出走するように勧められるが,ブロックタイヤでロードレーサーと一緒に走るのは無理と思って,爆弾を抱えたままのロードレーサーで出走。同じレースにはチームメイトの
G氏も出走。
 完走も難しいかもしれないと思い,スタートと同時にダッシュ。少しでも集団をばらけさせ,チームメイトを勝たせようと思って長い直線をずっと引いたが,集団がそのまま付いてきただけだった。コーナーのところで,先頭を下がったが,これでかなり力を使ってしまったので,この後は集団について行くのが精一杯。バックストレートの終わり辺りで,目の前を走っていたキャノンデールの後輪が破裂音とともにバーストし,バランスを崩して落車。内灘のレースのことを思い出したが,ぎりぎりのところで避けることができた。
 2周目に入ったあたりから,後輪の空気が抜けてきている感じが伝わってきた。やっぱりスローパンクだったようである。そのまま我慢して走るが,コーナーのところで,よれる感じがしたことから,リタイヤを決意。スタート位置が見えるところまで戻ってから自転車から降りた。
 シクロクロスバイクにばかり構っていて,整備不良が招いたDNFだった。

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 12月10日 技研サイクルミーティング 第5戦(ビギナー1組)
 第2戦と同じく,雨中の第5戦であったが,第2戦と同じ「運」はなかった。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら

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 12月23日 関西シクロクロス第5戦(カテゴリー3)
 涙を飲んで第4戦をDNSとした後の第5戦。15位/33人,30分56秒,90%。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら

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