レースの記録2002年



JシリーズXC第4戦 撮影 by Jan.T氏
2001-2002関西シクロクロス第6戦
2001-2002関西シクロクロス第7戦
2001-2002関西シクロクロス第8戦
リトルワールドサイクルミーティング第6戦
スーパービンゴ第1戦
カントリーモーニング4時間耐久第1戦in伊良湖
JCRC第2戦スポニチカップin日本CSC
2002オレンジサイクルフェスタ
JCFジャパン・シリーズ XC第2戦 菅平
JCFジャパン・シリーズ XC第4戦 富士見
リトルワールドサイクルミーティング第2戦
JCFジャパン・シリーズ XC第5戦 三瓶
全日本MTB選手権大会in瀬名
JCFジャパン・シリーズ XC第7戦 白馬さのさか
シマノ鈴鹿ロードレース初日その1
シマノ鈴鹿ロードレース初日その2
シマノ鈴鹿ロードレース2日目
カントリーモーニング4時間耐久第1戦in茶臼山
ジャパン・シリーズ J2 Mountain Biker's Festival 八幡浜
リトルワールドサイクルミーティング第4戦
2002秋季Rit'sクリテリウム
2002-2003関西シクロクロス第1戦
2002-2003関西シクロクロス第2戦
2002-2003関西シクロクロス第3戦
2002-2003関西シクロクロス第4戦
2002-2003関西シクロクロス第5戦

2002年

 1月6日 2001-2002関西シクロクロス第6戦(カテゴリー3B)
 2002年の初レース。昨年の第6戦同様に野洲町希望ヶ丘公園での開催。積雪により昨年以上のどろどろレース。10位/28人,36分59秒,91%。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら

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 1月20日 2001-2002関西シクロクロス第7戦(カテゴリー3A)
 桂川河川敷で開催された第7戦。6位/35人(完走者),31分37秒,99%。詳細なレポートはこちら。HRデータはこちら

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 1月27日 2001-2002関西シクロクロス第8戦(カテゴリー3A)
 丹波運動公園での関西シクロクロス最終戦。前日からの雨でのどろどろレース。5位/20人,31分52秒,91%。昇格ならず。詳細なレポートはこちら

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 2月10日 リトルワールドサイクルミーティング第6戦(ビギナー) 着外
 今期のリトルワールドサイクルミーティング最終戦。前日にチームの知多練に参加し,久々に100km級の走りをして,疲れを残したままの参戦となった。
 午前4時45分に家を出て,開門前に現地に到着。まだ周囲は暗い。しばし待っているうちに開門。そのうちに周囲が明るくなってくる。開門後,ビギナーのレース開始まで本当に間がない。準備が整ったのはレース開始15分前。試走することができたのもわずか1周。体は全く暖まらなかった(条件は皆同じであるが)。そして前日の練習の疲れか,足が重い。それに寒い。小牧東インターを下りた時点での気温は−3度。日が昇ったとはいえ,気温はそれに毛の生えた程度のものであろう。
 今日は長袖ジャージ(泥プロジャージに比べて薄目のもの)+Verdadジャージ+アンダー2枚,シクロクロスで使っている膝丈のタイツとオーバータイツ(さすがに膝丈のタイツだけでは寒いと思ったので),足先はゴアテックスのオーバーソックス(足の指先へウォームアップオイルを塗る暇はなかった)。重そう?な感じだったのでシューズカバーはパス。グローブは防寒グローブにしようかどうか迷ったが,レースということで動きを優先させ,普通(?)の指付きグローブとインナーの組み合わせにした。
 シクロクロス参戦でそこそこ走り込みができていると思っていたので,目指すは入賞。そのため,せっかく浜松から来ているので,もっと長い時間走れるスポーツクラスへの参戦も検討したが,最終的にビギナーへの参加にした。同じ組にはG氏と,なぜか某B組長。2人とも総合のポイント上位入賞がかかっている。前回の10月のレースの時には,ブリッジを架けさせられたり,先頭を引く時間が長くて無駄に体力を消耗してしまったので,今回は勝負に徹して無駄な動きは極力せず,最終周までは様子を見るという作戦である。でも,昨日の疲れが残っているのが大きな不安材料。
 あっという間にビギナーの招集がかかる。1周目はローリングスタート。いつもにましてゆっくりしたペースで始まる。本当に寒い。ローリングスタート中にHRMのトランスミッターも機能しなくなってしまった(結局,レース中もHRを知ることあたわずに終わる)。ローリング中に,同じビギナーに出ている子供が最前列に上がってきた。某B組長が名前を聞いたら10歳とのこと。某B組長はローリング中もウインドブレーカーを着たまま。スタート前に脱いで投げ捨てる予定とのこと。その手があったかと感心する。自分には真似できそうにないけど。
 体が冷えたまま本スタート。同時に少しペースが上がるが,普段ほどではない。集団前方をVerdad3人が固める形になる。最初の登りに入ったところで1人の選手が飛び出す。一瞬,どうしようかと思ったが,まだまだ序盤なので様子見に徹することにした。その1人も大きな差を付けるには至らない。集団は淡々と上る。勾配の緩やかな区間を挟んで,結構長く感じる登りの中で先頭との間もすぐに詰まって追いついた。そして下り。某B組長,そしてG氏が飛ばす。下りがやや苦手な自分は少し遠慮気味。その上,8月の雨の中のレースで落車した直角カーブではどうしてもスピードが落ちてしまう。おまけに後方から落車の音や叫び声まで聞こえる(後で聞いた話によると,例の10歳の子が落車したらしいが,それでも,周回遅れになりながらも最後まで走っていたので大事はなかったのだろう)。結局,この下りの区間で集団のやや後方の位置に落ちてしまう。ここで少し前の選手が中切れを起こす。つい,反射的に前に出てG氏ら先頭を追ってしまった。これで1周目は終わり。相変わらずG氏が先頭に出ている。
 2周目の上りまでには先頭集団に復帰した。あまりの寒さに指が動きにくくなっている。そのため,ほとんど親指で操作するコマンドシフターを動かすのが辛くなってきた。コマンドシフターのもう1つの欠点。登りの最中に右手の指先を口の中に突っ込んで暖めたり,指を開いたり閉じたりして動かすがあまり効果はない。こんなことなら,動きがスムーズではないものの,防寒用グローブを使えば良かったと後悔。やがて下りに入るが,あまり目立った動きはない。2周目はペースが落ち着いたか,下りでも先頭集団から後れることなく付いていった。やはりVerdad3人が先頭を固める展開。先頭集団後方に控えている面々が不気味である。
 そしてジャンが鳴って最終周。登りに入って,2名の選手がダンシングで交互にアタックを仕掛け始めた。ただ,それ程の勢いはない。ウルリッヒの如くシッティングで淡々と追い掛けるとすぐに追いついてしまう。実は,会場に来るまでの時点では,密かに,3周目の上りで自分がアタックを仕掛けようかとも思ったが,体が重く,とてもそのような余裕はなかった。指先も冷え切っており,レースが沈静化すると指を口の中に突っ込んで暖めるということの繰り返し。結局,集団のまま登りを終えて下りへ。
 最後の下り,ここで引き離されてはレースが終わってしまう。某B組長及びG氏らの先頭集団に中程で付いていく。例の直角カーブでも大きく遅れることはなかった。そしていよいよ最後のゆるやかな下り。スピードも上がる。と,ゴールまでまだ若干の距離のある段階で右手から1人の選手がスプリントを仕掛けた。一瞬の間をおいてその後ろに付こうとしたところ,後ろから大きな声。スプリントを仕掛けた選手の後に続こうとした選手がいたらしい。その人をコース脇の歩道?部分に追いやる形になってしまった。後ろを十分確認しないまま1人駆けた選手の後に付こうとしたのがいけなかった。ここで少々怯んでしまった。既に足も一杯一杯だったということもあり,結局,この後のスピードアップに付いて行けず,スプリントにも加われないまま着外に終わった。
 本日の反省:「後ろは十分に確認しましょう。」

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 2月17日 スーパービンゴ第1戦(ソロ)11位/23人(ソロ),26位/62人(総合)
 2年ぶりに参加したビンゴの耐久レース(昨年は風邪でDNS)。浜松から片道4時間をかけてレース開始約2時間前の午前10時に会場に到着。天気予報は雨だが,とりあえずこの時点では天気は持っている。朝6時に家を出るということなので家で朝食を食べるのは断念。耐久レースということで食事をどうするか迷ったが,移動しながらゼリー飲料1袋,カロリーメイト1箱,藤井寺のインターのすぐ手前のSAで買った柿の葉寿司数個で腹を満たす。会場到着後もカロリーメイト(スティック)数本とゼリー飲料1袋を補給。
 早速,自転車の組立と,着替え。耐久レースということもあり,フルサスバイクで参戦。前日に重量を計測したら約10.4kgだった。ボトルケージの装着,リアの変速機のみラピッドファイヤープラスに交換したことや,シフトケーブルのフルアウター化で多少重量が重くなったかも。寒さが心配だったが,気温はさほど低くはない。今日のウェアは,上が長袖ジャージ(泥プロジャージ)+Verdadジャージ+アンダー2枚,下がレーパン(筋肉サポート機能付き)+タイツ(筋肉サポート機能付き)+オーバータイツ,足先は厚手のソックス,手は,グリップを優先してメッシュの指付きグローブとインナー。雨に備えて半透明の自転車用のレインジャケットを用意(でもレース本番では着なかった)。
 東京でメッセンジャーをしている某P君からVerdadジャージを見て声を掛けられ,話をしたりしているうちに,名古屋発の他のチーム員が到着した。某エリートT様,某氏,BR2様であるT.I.氏,チームの若手ホープのK君。Verdadからは私も含めて5人も参加しているのに今回もみんなソロでエントリー。みんな自分より早そう。Verdadレディースも3人で参加。
 準備でバタバタしているうちに時間が過ぎていく。ピットにタープを張っているころから雨がぱらぱらと降り出した。まだ本降りという状態ではないが,このコース,泥だらけになると始末が悪い。一昨年はリッチーのペダルで参加して,泥詰まりでペダルを拾うことができず,ひどい目に遭った。今回はTIMEなので大丈夫だとは思うが,ここの泥はタイヤにまとわりつき,ブレーキ周りにこびりついて,体力を奪われることになった。今日のタイヤはパナのトレールブラスター1.8前後(レース用はこれしか持っていない)。ドロドロになったら多少は有利かもしれない。
 一昨年のレースの際は,キャメルバッグを使い,約1リットル入るパックにエネルゲンを詰めて行った。でもかえって飲み過ぎてしまい,途中で空になってさらに0.5リットルほど足すことになったし,水分の摂りすぎてトイレにも行きたくなってしまった。今年は無難に水分はボトルから補給することにした。粉末バーム5袋を1.5リットルの水に溶かしてボトル3本に分けて入れた(なお,実際にはボトル1本半くらいで足りた)。さらにカーボショッツ3袋を小型ボトルに詰めたもの1本と,ゼリー飲料(アミノバイタル・アクティブ&エネルギー)複数を用意。でもアミノバイタルのことはすっかり忘れてしまっていた(せっかく自宅から用意して行ったのだけれど)。
 タープを張ったりしているうちに時間が過ぎてしまう。3時間ということもあったし,試走時間もなかったので特に試走はしなかった。
 招集がかかってスタート位置に移動。周りにはVerdadのメンバーばっかり。招集がかかってからも確認に手間取っていてなかなか開始にならない。1分前を告げたかと思ったら,3時間耐久レースと90分耐久レースでスタート時間をずらすと言うことで,また新たに1分前を告げている。しかもレース15秒前を告げてから10秒もしないうちにスタートがかかる。おかげで?HRMのトランスミッターベルトがすっかり冷えてしまい,開始直後の心拍を拾えなくなってしまった。開始直後の激坂を上りながらHRMのボタン操作をする羽目に(そのせいで若干順位を落とした?←言い訳)。
 レース開始直後から,某エリートT様は視界から消えた。P君も飛ばして行く。T.I.氏も前の方を走っている。K君も最初の坂のところで前に出ていくのが見える。ここは付いていきたいところだが,この先長いので無理はせず淡々と行くことに。
 一昨年とコースが変更になっている。Verdadのピットはスタート地点直後付近に設けた。スタート地点を過ぎてからはダートの上り。今回のコースで一番長い。一昨年は舗装路も混じっていたが今年はダートのみ。ミドル(32T)×ロー(34T)で何とか上れる勾配である。一昨年は泥での消耗が激しかったこともあり,ほとんどインナー(20T)で走ったが,今回は結局フロントはミドルしか使わなかった。この坂自体は一昨年より短い感じ。この後は下り基調のコースをうねうねと走る。一昨年でも通ったダウンヒルもある。結構スピードが乗るし,途中にフラットな区間を交えているのでうまく自転車をコントロールしないとジャンプになってしまう。ダウンヒルからのコーナーの切り返しはバンクになっており,ここもバンクをうまく使ってスピードを殺さずに繋げたいところ。その後はちょっとした上り下りの連続。1周目,最初の上りから下った直後の2番目の上りのところにスピードが乗った状態で突っ込んだら結構ジャンプしてしまった。着地の際にハンドルを取られて転けそうになった。3時間のレースの中で一番怖い思いをした。2周目以降は気を付けて飛ばないようにした。この後,池の周りを回って,短いけれどやはりミドル×ローでないと上れない坂を上る。この上りの直後の平坦部分が一番疲れが溜まってスピードが落ちる。その後で一昨年は無かったシングルトラック区間。結構面白いポイント。そこから駐車場の方に戻って,チェックポイントを通過して1周が終わるという構成。一昨年より1周の距離自体は短いかもしれない。
 1周目を終えてピット前を通る時に,K君がピットにいるのが目に入る。何かトラブルでも発生したか?気になりながらも通り過ぎる(後で聞いたら,おろしたてのシューズが合わなかったのでこれまでのシューズに交換したとのことであった)。
 しばらく周回を重ねて,長い上りの区間で前方にT.I.氏の姿を確認。T.I.氏はかなり重いギアを踏んでいる気がする。声を掛けると「3時間の勝負っす。」との返事。そのまま前に出る。
 このコース,路面状態は悪くはないが,小さな凹凸があって,結構腰に来る。当然,腰用サポーターを装着しての参戦だったが,それでも辛い。もう少しきつく締めておきたいと思い,走りながらいじるがうまく行かない。このままでは先が思いやられると思い,何周目かで激坂を上り切ったところで一旦立ち止まり,腰用サポーターをきついくらいに締め直した。多少はましになった。でもこの後も腰への痛みが無くなることはなかった。身体を休めることができる区間で腰を伸ばしたりしながら騙し騙し走り続ける。
 走りながら気付いたのだが,リアサスのダンパーの効きが余り良くないのか,一度リアサスが動くといつまでもバネがビヨンビヨン動いている感じである(もしかしたらこのコースの小さな凹凸のせいかもしれないが)。かなりこの動きが気になった。オイル漏れの話も良く聞くAMPのB3タイプのリアサスユニットである。そろそろフレーム交換か(笑)。それにしてもラピッドファイヤープラスの変速のし易さ。やはりサムシフターとは違う(サムシフターも悪くは無いけれど)。グリップを握ったまま変速できるのは大変楽である。
 レース開始直前から降り出した雨は相変わらず降り続けている。本格的にまとまった量が降っていないので,路面も何とかドロドロになるまで至っておらず,助かっているが,少しずつ身体は濡れていく。途中,足が冷える感じがした。
 ピット前を通ると,ピットのメンバーがいろいろ声を掛けてくれる。後方にはT.I.氏,K君,そして某氏がいるはずである。そこそこ差が付いたかなと思ったが,コース内の何カ所かで後方を確認すると,皆,自分より少し後で走っている感じである。もっと引き離しておきたいところだが,思うように差が付かない。
 この間,某エリートT様に最初に抜かれてしまう。この後も,T様には,1時間に1回ずつ,合計3回追い抜かれてしまった。
 この後,計測ポイントを通過する時点でK君が後方に迫っているのに気付いた。そのまま併走して上りに入る。すぐ後ろから重い息づかい。T.I.氏だった。某氏も一緒にいる。こうしてVerdad4人のパックになった。そのまま1周はまとまって併走。でも,自分自身は必死に差を付けるつもりでいた3人にあっさり追いつかれて少々力が抜けてしまった。次の周の上りでまではパックで走ったが,上り切った後の下りで徐々に遅れる。どうもオフロードでのバイクコントロールが苦手である。細かいミスでスピードを落とし,その積み重ねでタイムをロスして差を付けられるというパターンである。結局Verdad3人のパックから大きく遅れてしまった。
 Verdad3人に抜かれた辺りで空腹感を感じる。背中から小型ボトルを出して,カーボショッツを補給。この後も何度かに分けて補給をする。この小型ボトルだと,カーボショッツの補給は楽だが,少し薄めるなどしないと最後まで飲みきるのがやや困難である(平坦な区間が多ければ飲めるかもしれないけど)。
 ダウンヒルコースの途中で,落車している選手1人が目に入る。すぐ近くに係員もいる。顔から血を出しているようである。その時点では誰か気付かなかったが,その後,その選手が4輪車で運ばれながらこちらに手を振っているのを見て,それがP君だと気付いた。救急車も来たようである。大丈夫だろうか。ピットにいたメンバーもそちらに行ったみたいである。
 こちらも,1回,コースの上の方で,下りから折り返すスピードの乗ったカーブのところでバランスを崩して転倒。でも大事はなく,すぐに立ち上がってスタート。
 スタートから2時間,バームを詰めたボトルも空になった。あと1時間のために,ピットで立ち止まって。ゼリー飲料1袋とボトルを補給。このレース2度目の立ち止まり。
 腰の痛みは相変わらず。久々に履いたレーパンのせいか,オフロードのせいか,お尻も痛くなってきた。茶臼山の4耐の時はレーパンのパッド部分にクリームを塗ったが,今回は完全に忘れていた。また,終盤に来て,右膝に少々違和感を感じるようになる。勿論,スタート前にウォームアップオイル(スポーツバルム)を塗ったが,雨で濡れたせいか少々痛みが出始めた感じである。雨の中ではNo.1では効き目が薄かったかも。幸い,大事に至ることはなかった。脹ら脛もぴくぴくし始めた。結構身体は一杯一杯になってきている。長い上りでインナーを使おうかとも思ったが,そこは我慢してミドルで通した。軽くしすぎても疲れがたまるばかりだと思ったので(後になって,もう少しインナーを活用して,ミドル×ローよりもう少しだけ軽めの組み合わせを使ってもよかったかなと思った)。
 それでも,やがて長い上りの区間で,前方を走っているVerdad3人のパックが見えてくる。目標ができて少し力が入る。やはり下りの区間で引き離されるが,前も終盤ということで少しペースを落としているのか,少しずつ間が詰まる。終盤で,ようやく追いついた。またもやVerdadパックになる。某氏が少々遅れた感じになるが,すぐに詰めてくる。登り切った後の細かなアップダウンのところで前が詰まって足を踏ん張った瞬間,左足脹ら脛にピクピクっと来た。攣るのは間近。いよいよ最後である。ピットから,この4人で8位争いをしているとの声。このVerdad(スペイン語で「本当」「真実」の意味),チーム名の由来が「ホント,ホント,ホント」という口癖から来ているくらい,口で言っていることと行動がずれているメンバーばかりなので(^^;),口では「もうダメ。」と言いながら余力を残しているに決まっている(^^;;)。自分自身,目一杯の状態なので,この先この4人の中から抜け出すのは難しいかも。
 下りでは引き離されるだけなので,上りで前に出る。が,上りきった後のうねうねとした区間でのちょっとした上りでついに左足脹ら脛が攣ってしまった。ペダリングを休めて,左足を伸ばしながら下る。他の3人に抜かれて,ずるずると後退。足の様子を見ながら進む。何とかなりそうな感じである。前の3人に食らいついて行きたい。最後のちょっとした上りと,シングルトラックの区間で多少追いつくことができた。チェックポイントで「あと○周です。」と言われるが,はっきり聞き取れない。残り僅かであることは間違いない。路面もだいぶ濡れてきてブロックの間に泥が詰まり始めているが,まだマッドマッドのコンディションには達していない。何とかこれ以上悪化しない状況で終われそうである。
 上りでK君に追いつく。K君に確認するとあと2周と言われたとのこと。T.I.氏と某氏は最後ということで力が入っているのか,上りでもどんどん前に行っている。なかなか追いつけないし,まだ残りがあると思ってセーブする。上り切ったところでK君に少々差を付けるが,その後,すぐに追いつかれる。そのまま一緒になって走る。最後のちょっとした上りを越えたところで,シングルトラック区間に入る前でK君に先を譲る。あと1周残っているので,そこでの上りにかけるしかないとの判断。シングルトラックを下った後の平地でもボトルから最後の補給。ところがK君がチェックポイントを通り過ぎたところでチェッカーフラッグが振られている。結局この周で終わりだった。後で聞いたところでは,T.I.氏と某氏が通り過ぎた後,K君の通過前に周回が打ち切りになったらしい。そうと分かっていたら,もう少し頑張った(粘った)のだが。まあ,身体の状態からして最後の平地でK君に抜かれていたことは間違いないけど。
 結果は11位。一昨年の14位よりは順位自体は上だった。8位争いは,某氏がT.I.氏を制したらしい。8位から11位までVerdadが並ぶ。この8位以下のメンバーを3回抜いた某エリートT様は2位だった。
 コンディションの違いもあって一昨年とは比較できないが,個人的には,休憩だらけだった一昨年のレースよりは走ることができたと思う。やはり自分が得意なのは上りかもしれないと思った次第である。今後の課題は,オフロードでのバイクコントロールを磨いて,下りや平地,テクニカルな区間で遅れないようにすることか。
 何はともあれ,楽しかった耐久レースである(ちょっと場所は遠かったけど)。

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 4月14日 カントリーモーニング4時間耐久第1戦in伊良湖(Men'sソロ) 25位/67人
 豊橋市のショップ「カントリーモーニング」の4時間耐久レースの第1戦。茶臼山のレース(第2戦)には過去に2回出たことがあるが,伊良湖は初めて。午前6時15分に家を出て約1時間30分で到着。すでに駐車場は車で一杯。エントリー数はかなり多い。
 今日は3月に組んだばかりのTREK FUEL100「(仮称)認知不可号」での初レース。ディスクブレーキ+チューブレスタイヤをレースに使うのも初めて。
 今日は天気も良い。気温も初夏並という。今日は,上が半袖のVerdadジャージ+アンダー+アームウォーマー,下が膝丈ケブラー補強付きレーパン。グローブはいつものOGKのメッシュの指付きグローブ。シューズもおNewのレース用SPDシューズ(SH-M220)。
 前回のビンゴでは終盤で足を攣ってしまったので,その対策として,マイナスイオンテープを両脹ら脛に貼った。念のため,腰にも貼ってみた。果たして効果があるかどうか。朝から右膝の違和感が気になったので,右膝にはスポーツバルムの赤の1,左膝には黄の2を塗り込んだ。
 補給用には前回のビンゴ第1戦にならって,粉末バーム4袋を1.0リットルの水に溶かして500mlボトル2本に詰めたもの+カーボショッツ3袋を小型ボトルに詰めたもの1本+ゼリー飲料(アミノバイタル・アクティブ&エネルギー)+アミノバイタル数袋を用意。ボトル1本+カーボショッツ+ゼリー飲料1本+アミノバイタル1袋をジャージのポケットに入れる。レース直前にはカーボショッツ1袋+アミノバイタル1袋を摂取。
 今日はチームから,ヤン・T氏(某エリートT様),若手ホープのK君が参加。
 FUELでまともにオフロードを走るのは初めて。様子見を兼ねて軽く試走。このコースは国民休暇村の敷地内を使って作られたコースで,アップダウンと言っても丘を登ったりする程度の短距離のものでほとんど平地に近いコースである。ここには豊橋在住の折り2回泊まったことがあり,敷地内を散策したこともあったが,そこが見事にMTBレース場に化けていた。走っていても楽しいコースである。ただ,地面が砂地の区間でのコントロールと,なぜか路面が裸になっている区間の路面の突き上げが少々気になる。なんと言っても一番の心配材料は腰である。登り区間が短いのでビンゴの時のように登りでタイムを縮めるというのは無理。淡々と走るしかない。
 ヤン・T氏らが自転車を並べているのを見つける。既に多くの人が地面に自転車を並べている。4時間は長い。無理せずその時点の最後尾に自転車を並べる。でも参加人数が多く,結局前の方だったみたい。若手K君もすぐ近くにいる。K君の友達らしき人から「HP見てます。」と声を掛けられた。裏日記も読まれてしまっているのだろうか。
 そしてスタート。長いレースが始まる。他の選手に注意しながら,最初のやや幅広の道を飛ばす。折り返し地点から池の周りの砂利道に続く区間は砂地である。ここで慌てて突っ込んで早速転けそうになって後ろをヒヤッとさせてしまう(このときに砂利が左のシューズの中に入ってしまい,最後まで気になってしまった)。池の周りのやや締まった砂利道に出てからはスピードアップ。HRはあっと言う間に180台後半に突入。この後は展望台(その1)の小丘を越えて,木々の間の道。この辺りは幅もある。この後荒れ地?に入ってちょっとした登り。前の選手が止まってしまってその脇をすり抜ける。この後ちょっと下って,展望台(その2)をちょっと越える。幅のある道を通って,また荒れ地の区間。この辺りが走っていて一番辛い。荒れ地が終わると2台がすれ違うのがやっとという小道の区間。展望台(その1)への丸太階段の登り(左右は乗車可能)を経て,また木々の間の道(やや広め)。草地を経た松の木の区間も砂地でハンドルを取られ易い。そのまま木の間をぬって休暇村の建物の一角で1周が終わるというコース。
 最初のうちは速いペースで回る。HRもずっと180台を示している。最前列に並んでいたヤン・T氏はあっと言う間に姿が見えなくなっている。K君の姿は少し後方に見える。このままのペースを維持していきたいところだが,やはりHR180台を維持するのは30分が限度だったようで,そのころからペースが落ちてきた。腰の痛みもだんだんひどくなって来たし,昨日の朝練で違和感があった右膝にも若干の痛みが出てきた。ここでK君に追いつかれてしまう。しばしそのまま走行。ピット近くを通った後でK君に前に出られてしまう。その後ろに付いて,ごく短時間,Verdadパックで進むが,まだ先は長いと思ったのであまり無理してもしょうがないと思ってマイペースを維持。K君と差が付いてしまった。後で追いつければとも思ったが,平坦なコースでは,結局追いつくことはできなかった。
 その後は淡々とコースを回り続けるだけである。約1時間15分が経過した時点で,腰の痛みに耐えられず,立ち止まって腰用サポーターを思い切り締め付ける。かなり楽になった(その直後にサポーターが緩んでしまい,もう一度締め直す羽目になったが)。右膝の違和感は相変わらずであるが,それ以上の悪化はない。時間が経つにつれて両腿の筋肉が張って来ている。マイナスイオンテープのおかげか,脹ら脛の方は多少は持ったが,2時間を過ぎたころから脹ら脛にも疲れが溜まってくるのが分かる。さらにだんだん掌も痛くなってきた。グリップ性の良さや甲の部分がメッシュという理由で使っているOGKのグローブだが,パッド部分が薄く,ハンドルのグリップもロードのバーテープを使っていることから,荒れ地区間の衝撃が掌に伝わってきてしまうのだ。ロード用に使っていたOGKの指切りグローブもパッド部分が薄くて長距離走に耐えられずに使わなくなったという経緯がある。これも今後の検討課題。また,1時間くらい経過したころからリアのロー側で変速不良が起きるようになった。やはり舗装路を多少走った程度の調整では不十分だったみたいである。走りながらシフトレバー部分のアジャスターを調節したところ良くなった。やはりこの手のレバー側のアジャスターは便利である。
 途中でピット近くを通ったときに,スタッフの1人に「208番!」と大声で呼ばれてしまった。思わずどきっとしてしまう。何かルール違反でもしたかな?と思ったところ,そのスタッフに「25位です。」と言われた。急に力が抜けた。あそこまで力んで言わなくても…。とりあえず自分の順位の目安にはなった。
 2時間前後ころからピット前の平坦区間でカーボショッツやゼリー飲料を少しずつ補給し始めた。苦労しながら微粒状のアミノバイタルも補給したが,一部は顔にぶちまける形になった。アミノバイタルの補給方法は要工夫である(少量の水に溶かすなどして液体状態での補給はできないだろうか)。500mlボトルのバームは3時間近く持った。トイレに行きたくなりそうな気がしたので終盤まではあまりがぶ飲みしないように注意した。ボトルが空になり,補給のために1度はピットインすることはやむを得ないのではないかとも思ったが,ボトルが空になった周回,ちょうど女房がピット近くで写真を撮っていたので,声を掛けてピット前でボトルを持って立っててもらい,止まることなく無事にボトルの補給ができた(ゼリー飲料はなくても最後まで持ちそうな感じになったので補給を止めた)。ほんの十数秒程度のタイム短縮にしかならなかったが,昨年の茶臼山では補給の間のロスで順位が1つ下がった形だったので,今回はロスがないようにしたのである。結果的に,すぐ前の順位の人とのタイム差を見る限り,あまり意味がなかったが。
 参加人数が多いだけに,抜いたり,抜かれたり,非常に慌ただしい。ヤン・T氏には,合計4回抜かれた。最初はほぼ1時間毎にパスされたが,終盤はこちらのスピードが落ちたせいか50数分くらいでパスされた。序盤は180台だったHRも徐々に上がらなくなってきた。途中からは150台後半〜170台で動いている。足の筋肉の張りと,腰の痛みは相変わらず。お尻の痛みも多少気になる。このセラ・イタリアSLRで長時間オフロードを走るのは初めてである。耐えられないほどの痛みではないけど。これまでレーパンのパッドにはあまり気を使っていなかったが,今後はもう少し考えないといけないかもしれない。課題のオフロード走行の技量であるが,案の定,砂地の区間で,何度かハンドルを取られて転けそうになった。とっさに足を付いて転倒は免れたが,その都度足を攣りそうになってしまった。ただ,マイナスイオン効果のおかげか?最後まで足を攣ることはなかった。
 3時間が経過してアナウンスが頻繁に入るようになった。あとは走りきるだけ。1周約10分強のペースで走り続ける。最終周の時点で残っていた力を振り絞ってペースを上げるが,順位的には変わらなかった。そしてゴール。まだ余力を残していた。後で聞いたら,K君はレース後しばらくの間は立てないほど追い込んでいたとのことである。それに比べると,ちょっと後先のことを考えて力を温存しすぎてしまったかもしれない。若干の反省点。まあ今シーズン初めてのレースとしてはまあまあといったところか。
 FUEL100の乗り心地も言うこと無しだった。乗ってる本人はあまり感じないが,一時期すぐ後ろに付いていたK君の話では,リアサスは一生懸命仕事をしているとのことである。前のフルサスに比べてペダリングロスは感じなかった。約1kgの重量増もほとんど感じないすばらしいバイクである(なお,大人気で在庫がなくなったという噂もある2002年モデルのFUEL100であるが,私が気づいた限りで,この会場では2001年モデルのFUEL100とFUEL80を1台ずつ見ただけで,2002年モデルのFUELは1台も見かけなかった)。
 今シーズンの初レースも終わった。4時間たっぷり走れてまずまずといったところか。30分〜1時間くらいならかなり追い込むことができそうである。菅平でのJシリーズのスポーツクラスでどこまで頑張れるか,やってみるだけである。

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 4月28日 JCRC第2戦スポニチカップin日本CSC(Eクラス) 5位/48人(Eクラス),9位/36人完走(D,E混成クラス)
 今期初のロードレースは初めての修善寺。JCRCのシリーズ戦に参加するのも初めて。浜松からS谷氏,らぶ吉氏ことK藤氏(両名とも今期から強豪SpadeAceに所属)そしてトライアスリートのM屋氏と一緒に会場入り。朝ということもあり午前5時にS谷氏宅を出て午前7時20分ころには会場に着いていた。前日にチームの浜名湖練に参加し,気が付いたら走行距離130kmになっていて,リトルワールド最終戦と同じく疲れを残したままの参戦。
 初めてのコースということもあり会場入りして早速試走。やはり足が重い。身体も重い。スタートライン直後の登りで他の3人に置いて行かれてしまう。レースを断念して帰りたくなった。風も強い。コースはいわゆる「逆回り」で,スタート直後から登り。そして下り。結構スピードも出るが,道幅もあってそれほどきつくはない。2号橋を過ぎて上り。とたんにスピードが落ちる。向かい風で39T×25Tでどうにか上る。少し勾配が緩くなってまた勾配がきつくなって登りのピーク。また少し下って1号橋を渡ってホームストレートに至る最後の登り。行き先が見えず,まさに「天に向かって上る」感じ。1周でやる気が萎えた。と言いながら様子見のためにもう1周試走をしてしまう。
 気温自体はまあまあだが,風が強いこともあってかなり冷える。レース本番はチームジャージ+パンツ+アームウォーマー+レッグウォーマーで臨むことにした。試走時から膝にはスポーツバルムの赤のNo1を塗り込んだ。ホイールの方は,当初,SPOXで行くことも考えたが,前日疲れすぎたので少しでも軽いSHIMANOカーボンを選択。スプロケットは保険のつもりでDURA12T-25Tの14Tを外してTAの27Tを加えた山岳仕様。
 最初のJCRCということなのでEクラスにエントリーしたが,このレースは,Eクラスのみの単独レースは2周,その後で,Eクラスの9分前にスタートしたDクラスと一緒になって,さらに2周(Eクラスは合計4周,Dクラスは合計5周)の混成レースというやや複雑なルールになっている。
 Cクラス出走のS谷氏は慌ただしくアップのローラー台に乗っている。その間,まだ召集まで1時間くらい時間が余っている私は出走のサインを済ませるが,自分で取ることになっているヘルメットカバーがないというアクシデント。既にサイン済みの前の番号の人のは残っているので多分その人が間違えているのではないかと思ったが,受付の係員に言っても「召集まで待って欲しい。」と言うだけ。あまりあてにならないし,スタート前にバタバタするのも嫌だったので,結局召集がかかるころに自力で探し出した。
 S谷氏のレースが始まった後は,氏のローラー台を借りて軽めのギアで回してアップ。寒すぎて全然汗が出ない。HRMもほとんど動かない。S谷氏がホームストレートに戻ってくるときに,デジカメを取り出して写真撮影をするだけ。距離が離れているので米粒程にしか写らないが。
 いよいよ召集がかかる。同じクラスに出るM屋氏とともに移動。風が強くて冷えるので,ぎりぎりまでウィンドブレーカーを着ておくことに(スタートラインに並んでからS谷氏に預かってもらった)。全然汗をかいていないのでPOLARの「乳バンド」(トランスミッター)は全然HRを拾わない。K藤氏らが出るDクラスの出走を見送り,Fクラス,Gクラスの出走を見送ってからようやくスタートラインに移動。広さもあって最前列になってしまった。スタートを待つ数分間,ボトルの水を手に取って体に塗ってHRを拾うようにしてみたりした(結局,スタートしてちょっと上った直後の下りで冷え切って乾いてしまい動かなくなってしまったけど)。
 スタート。私の位置から見て左右から飛び出して行く。スタート直後は体が重い。せっかくの最前列スタートだったが無理せず集団に付いていくことにする。カーブを曲がってピークまでの上り。ここでも無理はしない。下りに掛かる。ここで前に出ていく人もいる。どちらかと言えば苦手なところ。SHIMANOカーボンは派手なブレーキ音を立てる。下り切ったところで十数番手くらいの順位か。苦しくてずっと口を半開け状態で来ていたせいか,喉がからからになっているのに気付く。ボトルの水で喉を少し潤す。ここから上り。周りがどんどんペースダウンして行く。自分が前に出られるのはここしかないので,苦しいけど39T×25Tをシッティングで淡々と回して前に出ていく。ゆっくりアップをしたおかげか,試走の時よりは回せる。M屋氏もここでパス。ここで前から数番手くらいに付ける。前に出走したクラスの人の姿もあるので少々分かりにくいが,どうやら同じクラスで1人が逃げているみたいである(結局,その人が最後まで逃げ切ってしまった)。さらにその少し前にGIANTに乗ったONCEジャージの人が1人。数人でこれを追い掛ける展開。ホームストレートの上りでもONCEジャージの人に追いつけそうで追いつけない展開。
 そのまま2周目に突入。先頭の選手の姿はもう見えない。数人が入れ替わりながら走っている状態。下りでは遅れないようにするだけ。そして2号橋からの上り。ここで前に出てマイペースで進む。足が重くてダンシングができない。シッティングで39T×25Tを回すのが丁度良い感じ。疲れた足でも27Tは必要なかった。見ると後ろに数名が付いて来ている。一瞬平坦になった区間で何人かが前に出る。そのまままた勾配のきつい上りに入って下る。1号橋を超えて「天に向かう」最後の上り。赤いYAMADAジャージの人が前に出て行く。付いていけない。このままかとも思ったが,YAMADAジャージの人はゴール前のやや勾配が緩くなったところでスローダウン。頑張って踏み込んでゴールライン直前でちょい差し。Eクラスプロパーのレースが終わった。もう混合クラスを走る気力もなかったのでゴールラインを超えたところでペースダウン。一緒のクラスで走っていたファッサボルトロジャージの人(上りでも下りでも結構良いペースで走っていたが,なぜかゴール前は来なかった)が「2周で終わりだったんですか。」などと声を掛けてきた。ルールがよく分からなかったらしい。もしその人がルールを知っていたら順位は1つ下がっていたかもしれない。まあ,ルールはレースの最も大事な要素だし,これも勝負ということで。
 すぐ後ろでDクラスも来ていたようで,スローダウンしてピットエリアに入ったところで後ろからK藤氏が姿を見せる。同氏もこれでレースを止めるつもりだったらしいが,既にレースを終えていたS谷氏から「走り続ければ混合クラスでも入賞!」などとハッパをかけられて2人して走り続けることになった。K藤氏は周りに話しかけながら走るなどすっかりくつろいでいる。アップ中のブリジストン・アンカーの選手らがコース上にいて,まだレース中なのかどうか判断に苦しんでいる様子である。2号橋からの上りでK藤氏に置いて行かれる。ほとんど単独で走り続け,練習のつもりで2周をこなし,最後はへろへろになってゴール。
 速報を見るとEクラス5位,混合クラス8位とのことで両方とも入賞だった(後日,混合クラスは9位と訂正されたが)。シーズン初めのレースでの入賞はそれはそれで嬉しかった。ロードレースで初の表彰台も経験できたし。

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 5月5日 オレンジサイクルフェスタ(エンデューロmini) 2位
 昨年に引き続き(昨年「耐久レース禁止令」の発布を受けたレースであることにも懲りずに),地元?オレンジサイクルフェスタのエンデューロmini(ミニベロ部門)に出場。去年は6人走って3位という成績。受付を済ませて早速人数を確認。今年も出走は6人。入賞確定(笑)。今年は耐久1本に絞って参戦なので,昨年よりは少し上を目指したい。でも,ピット付近で見るミニベロは,Bike Fridayなど早そうな人ばかり。昨年最終周で抜かれたダイヤモンドフレームのミニベロ乗りの人もエントリーしている。
 昨年は耐久の後に一般のロードレースがあったが,3時間も待たされることへの苦情でも出たのか,今年は耐久が最後だった。そのため遅く会場入りをした(大会スケジュールには選手受付は午前7時45分までのようなことが書かれていたが,一応大会事務局に電話をして確認して遅く行った)。ピットは,偶然にもS谷氏らが車を止めていた近くだった。ポンプを借りてBROMPTON用のハイプレッシャ−タイヤに7気圧近い空気を入れる。レース前までの時間にカロリーメイト1箱半とゼリー飲料を流し込む。本当はコンビニに寄っておにぎりでも買ってくる予定だったが,袋井インターを降りてからは見つけられなかった。
 昨年はレース中に2回補給を行ったが,今年はできるだけロスを少なくしたいので全部背負って走ることにした。昨年は500mlのボトルを2本消費したが,私のPACIFIC-16にはボトルは1本しか付けられないので,今回は750mmのボトルを選択。バーム3袋を溶かして入れる。ただ,ボトルケージとの相性がいまいちで,するする抜ける状態である。レース中に飛び出してしまうのが心配なので,ペットボトル用のカバーを付けたら,出し入れするのにきつくなってしまった(おかげで飲み過ぎることはなかった)。その他,ジャージの背中にゼリー飲料×3(うちバームゼリーが1つ)+アミノバイタルプロ2袋,フレームにカーボショッツ3袋を小型ボトルに詰めたもの1本を用意(結局,レース後,ゼリー飲料が1つ余ってしまい,持ちすぎたことが判明した)。
 昨年同様天気が良い。昨年は日焼け対策をせずにレースに臨んでレース後に夏風邪を引いてしまったので,今年は日焼け止めクリームを露出している部分に塗りまくった。昨日の時点で,念のため荷物中にニーウォーマーやアームウォーマーを忍ばせたがこの天気で使わずに済んだ。膝を露出させて走るのは実は今期初めて。また昨年はレース終盤で足を攣りそうになってしまったので,今年はマイナスイオンテープを貼って出ることにした。伊良湖の4耐ではテープを貼った脹ら脛は持ったが,テープを貼っていなかった大腿がぴくぴくしていたので,今回は大腿部にもテープを貼った。
 去年はロードバイク+ローラー台でアップをすることができたが,今年はないので,レース前にピット脇を軽めのギアをくるくる回してアップ。不十分なのは仕方ない。
   チャンピオンクラスのレース中から既に場所取りが始まっている。慌てても仕方ないのでゆっくり後方に並ぼうとしたら,ミニベロはMTBの後ろに付くように言われてしまった。スタート直後の混乱を避けるためやむを得ないとは思うが,これで最初だけでもロードバイクの集団に付いて行く計画は崩れた。ミニベロやリカンベント乗りの人たちとだべりながらスタートを待つ。スタートラインに移動。そして,何の前触れもなくレースが始まった。HRMのスイッチを押してスタート。
 最初はぐんぐんスピードが上がる。Bike Fridayが飛び出していくのが見える。昨年は,前の方のスタート位置だったこともあり,最初の上りではロードバイクの集団について行ったのだが,今年はアップ不足か,思う様に前に進めない。早くも集団から千切れてしまう。目標にしていたダイヤモンドフレームのミニベロ乗りの人も前に行ってしまう。結局,昨年同様,最初からマイペースで走り続けることになる。
 今日は浜松祭り最終日。凧揚げ日和で,遠州名物の強い風が吹き付けている。ヘアピンを過ぎてからのコースが向かい風を受けるところ。最初のうちは上手くペースの合うロードバイクを見つけてその後ろに小判鮫となってひたすらついて行く作戦でこの向かい風地帯をクリアーする。序盤は,(苦手ではない)上りも調子が良い。ホームストレートで抜いていったロードバイクを上りでパスする場面が何度もあった。ところが序盤以降,こちらのペースも少しずつ落ちてきたせいか,皆ばらけてしまったためか,なかなかペースの合う人を見つけられず,向かい風をもろに受けることになってしまった。
 今回は,急遽,POLARのクロストレーナープラスのスピードセンサー用の台座を作ってこれを取り付けてきたが,調整不十分だったか,時々,同じ側に取り付けているCATEYE社のセンサー用のマグネットを拾ってしまうらしく,平地で60km/h,上りでも40km/hなどというとんでもない値が出ている。装着後,念のために家の周りを10数kmほど走ったときは異常がなかったのに。
 レース開始後50分くらいしたところで早くも集団にパスされる。ちょっとばかりついて行こうかと思ったが,全然スピードが違っていた。
 走り出してしばらくしてサドル位置の低さを感じるようになった。最初は気のせいかとも思ったが,本当にサドル位置が下がっていることが判明。しばらく我慢して走り続けたが先も長いので,1時間くらいしたバックの上りを登り切ったところで立ち止まってピラーを上げた。このピラーはかなりきつく締めないと固定が不十分なことを忘れてしまっていた。このトラブルの後はノンストップで走り続けた。
 何周目かに先頭集団にパスされた際に,中にBike Fridayの人も一緒に混じっているのを見てびっくり。さすがにBike Friday,ロードバイク並みの走りができるみたい。うらやましい。結局このBike Fridayの人(東京のM木さん)にはもう1度パスされてしまった。恐るべし。
 昨年は無理して最後までアウターで走って,バックの一番きつい上りでかえって体力を消耗したので,今年は必ずインナーに落として上った。マイナスイオンテープの効果か,両足の痙攣もない。でも辛いことには代わりはない。段々とスピードが落ちてくるのが自分でも分かる。当然,下りでは極力体力を温存する方法。タイヤが太いので抵抗は大きいはずであるが,思い切り前傾姿勢を取ると,ヘアピンに至る下りでは,ロードバイクより速く下れる場面もあった。
 先頭集団もいくつかに別れたようで,逃げている数人の中に,同じチームのT木氏の姿が見えた。今日は名古屋外大OBチームで出場しているらしい。結局,T木氏らのこのチームがロード部門で優勝した。もう一人,同じチームの薬屋M氏も別のチームで出走している。ピット前やレース中にパスされるときに何度も声を掛けられた。
 終盤の一番きつい上り坂,急に背中を押されてびっくり。「アシスト」の声とともにS谷氏登場。先頭集団を追っているみたいで,あっという間に見えなくなった。
 開始時間が去年より遅いせいか,段々日が落ちてくるのが分かる。スプーンカーブからの立ち上がりはレース終盤はすっかり日陰になっていた。それでも暑い。この暑いさなか,「虎」「カッパ」「猿」の着ぐるみを着たチームや,普段の仕事着を着た消防士?の人たちもいる。見ているだけで暑そう(^^;)。
 2時間半が経過。残り時間からしてあと3周と計算。ひたすら走り続けるしかない。結局1周目以降,ダイヤモンドフレームのミニベロ乗りの人の姿は1度も見ることはなかった。自分の順位もよく分かっていない。そのまま最終周をこなしてゴール。最後のホームストレート,そのまま流して終わるつもりだったが,リカンベントチームのピット前を通り過ぎる際に歓声を浴びたのを良いことにダンシングでフルスプリント(前サスのエラストマーを硬くしているからできる芸当)。前を走っていたロードバイクを抜いてゴール。今年の耐久レースも終わった。走行距離は88.2kmだった。90kmにやや達しないのが残念。去年はどれくらいだったのだろうか。
 レースが終わって,結局2位だったことを知る。ミニベロ部門のトップには2周も差を付けられるという結果だったが,昨年のレースより1つ順位を上げることができたのは良しとするか。昨年のレポートで「もう1段上を狙って参加するつもり」と書いた誓い?を守ることができた。
 昨年は3位でサコッシュを4つももらった。今年も賞品は4つ。ボトルとベル(スケボー乗りのために指に付けて使うもの)。こんなにもらってどうしよう(笑)。
 何はともあれ順位を1つ上げたことに満足して帰宅。シャワーを浴びようと足に貼ったマイナスイオンテープを剥がしたら,綺麗に日焼け跡が付いていた(T_T)。

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 5月19日 JCFジャパン・シリーズ XC第2戦 菅平(スポーツ) 91位/132人(完走)
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 6月2日 JCFジャパン・シリーズ XC第4戦 富士見(スポーツ) 78位/138人(出走)
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 6月9日 リトルワールドサイクルミーティング第2戦(スポーツ) 着外
 今期のリトルワールドサイクルミーティングに初参戦(第1戦はパス)。今期からビギナークラスは初心者でも気軽に参加できるクラスにするということで入賞によるポイントはなし。それより上位のスポーツクラスで入賞できる足は自分にはないが,少しでも上を目指すべく,リトルワールドサイクルミーティングは実践練習と考えて今期はスポーツクラスに参戦することにした。
 練習ということで今回はシクロクロスバイク+SPOX+決戦用WOタイヤで参戦。
 ビギナークラスの次のスタートということで多少の余裕はあるが,会場入りの時間が予定より十数分遅れたこともあり,試走も1周が限度。体が重い。普段使っていないスプロケット(8Sの12T-25T)にしたら変速が若干もたつくのでこれを調整した。
 早めに帰らなければならない某B組長が出走していた3周のビギナーのレースはあっという間に終わる(結果は某B組長が上りの途中でアタックを決めて逃げ切ったらしい)。すぐに招集がかかると思ったが,ビギナークラスの選手はかなりばらけていたこともあって結構時間がかかった。
 今回VerdadからはスポーツクラスにJ野氏や,久々の監督のq氏も出走。他にN武氏やS谷氏ら見知った顔も多い。
 ローリングスタートを1周してから本スタート。周りがスピードを上げていく。今回は何も考えず集団に付いていく作戦。というよりそれがやっとかも。J野さんやq氏の後にぴったり。Verdadパックになるが,全然チームプレイはなし。下りでやや遅れてその後の平地で追いつくという展開。前に出ることもない。それでも心拍は193まで上がる。最近ではなかなかそこまで心拍が上がらない。ここまで追い込めるのも実戦練習ならでは。集団前方にはN武氏が積極的に前に出ている姿がある。
 2周目くらい?のゴールラインを超えた辺りで,後方から「変わった自転車ですね。」との声。結構息が上がっていて,ワンテンポ遅れて「シクロです。」と声を出せた。でもこの後,上りで,何とスリックタイヤのMTBの人が後方から前に上がっていくのが見えた。よく見ると見覚えのあるKHSのジャージに金色のVブレーキのソフトテール。伊良湖4耐で何度も抜かれたKHSのS田氏だった。さすがにエリートライダー,そのまま集団の前に加わっていった。途中までは1人で先頭を引いていた。
 終盤になって,序盤先頭を引いていたN武氏が落ちてきた。「お疲れ様。」との声を掛けるが,こっちも余裕はない。
 4周目の上り,q氏が後方に下がってきた。と,上りの途中で落車。進路前方だったが上手くかわして集団に残る。q氏は落車の影響で千切れてしまったみたい。あっさり監督を見捨ててしまう(^^;)。
 そのまま集団最後尾で最終周。ここでペースが上がる。こちらもペースを上げて行くが,J野氏やS谷氏が入っている集団先頭の勢いが勝る。ついに千切れる。先頭を引いていたS田氏もMTBでの限界かここで先頭集団から落ちる。そのまま数名で下ってゴールを目指す。周りがペースアップするがこちらは思い通りにスピードが上がらず,そのままゴール。
 どうせ着外なら途中でもっと動けば良かった,というのはレース後時間が経ってから思ったこと。まあ練習ではなかなか追い込めないところまで追い込めたのは良かったということで。
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 7月7日 JCFジャパン・シリーズ XC第5戦 三瓶山(スポーツ) 57位/89人(出走)
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 7月28日 全日本MTB選手権大会in瀬名(マスター) 91位/129人(出走)
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 8月4日 JCFジャパン・シリーズ XC第7戦 白馬さのさか(マスター) 68位/133人(出走)
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 8月31日 シマノ鈴鹿ロードレース初日その1 (オープン MII A2組) 18位/145人(完走)
 2002年の鈴鹿の初日。2年ぶりに行ったら会場のレイアウトもかなり変わっていた。朝練で高速巡航の練習はしたものの,以前のようなスプリント練習もできず,その点に不安を残して臨んだ。
 前日まで迷った足周り。疲れを残さぬよう軽量のSHIMANOカーボンにしようかとも思ったが,一昨年も同じこと考えて重いコスミックの方が調子が良かったのでこちらを選択。リアは最大23Tのが欲しかったが,9Sでは12T-23Tを持ってないので25Tのにした。PACIFIC-16では11T-23Tを使っているが,トップ11Tは使わないし,だとすれば25Tのでも一緒だし,会場までのアプローチのことを考えると最大25Tのものの方が楽である。
 レース前に試走1回。大体の感覚をつかむ。今日は風が強い。上りは追い風で下りが向かい風。曇り。暑くはない。
 レースは某B組長と一緒。301番スタートでの376番というゼッケン。スタート前の心拍は割と低め。ちょっと緊張感がなさすぎ?
 カウントダウンが終わってスタート。無難にクリートを拾ってスピードアップ。後方からスタートの某B組長が前に出るのが見えた。こちらも前に出て集団の前方に位置する。西ストレートではかなりスピードが上がるが,マウンテンポイントでは急にペースが落ちる。ここでは周りのスピードが落ちてくるので自然に前に出てしまう。その直後は向かい風でペースが落ちる。某B組長は数番手のところに付けている。少しずつ前に出てくる選手がおり,どんどん順位が下がる。1周目はそのまま終わる。
 ホームストレートの登りにかかって2周目に入る。ここでも周りのペースが落ちて自然と前の方に出る。西ストレート付近で某B組長も少し後ろに下がる。密かにマウンテンポイントを狙って前の方に出るが,2名ほどが先に前に出てしまったので諦めた。結局,2周目もそのまま集団の中で走り終える。
 そして3周目。ここにきてパラパラと雨が降るが,路面が濡れるほどではない。集団内の位置を確保しながら走ることを考える。ホームストレートの上りで前の方に出る。そのまま西ストレート。某B組長も集団の前の方にいる。上りに入ってマウンテンポイントが近づいて集団がペースダウンする中で,すぐ目の前を走っていた名古屋の某Bチームの選手が前に飛び出す。すぐ後ろから「つけ!」とのかけ声が掛かって,一瞬迷ったものの,つい追ってしまった。これが中途半端な追いで,タイミングも遅れてすぐに追いつけず,結局ブリッジ未遂にしかならなかったみたい。最終周回で余計な体力を使ってしまった(レース後,某B組長から,無理にブリッジするまでの逃げではないし,一緒に逃げるというには飛び出しが遅いとの御指摘)。そのまま集団の中で息を整えながら最後のゴールスプリントを目指す。直線に入ったところでダンシングにかかる。コース右手をシッティングで思いギアを踏んで走る。少しずつ前に出るがスピードの伸びはない。どうも思い切ったダンシングができない。少し前に某B組長の姿があるがとても追いつけそうにない。もう何人か抜きたかったが,最後は力も抜けてしまい流し気味にゴール。最大心拍は194,平均心拍は177だった。
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 8月31日 シマノ鈴鹿ロードレース初日その2 (1時間サイクルマラソン) 25位/389人(完走)
 朝のレースが終わって,ローラー台でクールダウン。そのうちに雨が降り出す悪天候。一時期はDNSで終わらせようかとも思ったが,雨も止んだし,せっかくここまで来たので出ることにした。ところが,スタート前に移動した時点から雨が降り出し,レースの間はずっと雨だった。SHIMANOカーボンにしなくて良かった。両足には,念のために持ってきたスポーツバルムレッドの1を塗りたくってレースに臨む。
 2年前に初めて実施されるようになったレース。昨年秋に袋井のレースで同じ種目に出てみて,「サイクルマラソン」とは銘打っているものの,先頭集団は普通のロードレースをしているということを体験済み(周回遅れの選手がかなり多いけど)。今回も長距離を走りたくてエントリー。目標は最後まで集団に残ってスプリントに参加すること。
 エントリーが400人を超えるというかなり大がかりなレース(実際には悪天候でDNSの人も多かったかも)。自分のスタート位置から前にもかなりの人数。少し前には一緒に参加していると思われるMTB乗り数名。上手くかわして前に出ないと,スタート早々に千切れてしまうのではないかとの不安感もよぎる。実際は取り越し苦労で,難なく前に上がることができた。
 先頭はかなりのスピードを出している。雨と,前走者からの水しぶきで頭から水を被る。最初の1〜2周目はスリックタイヤのMTBの姿もちらほら見えた。やがて周回を重ねるにつれてロードバイクしか見えなくなった(実は1台モールトンが混じっていたみたいで最終周で前の方に出てきていた)。
 あとは西コースでひたすら周回を重ねる。序盤で2名ほどが前に出たが,スプーンカーブで見事に2人とも落車していた。その後もスプーンカーブでは落車する人がちらほら。ここはスピードを落として慎重に走るが,何度か立ち上がりの加速時に後輪が滑っていた。
 レースの中盤,1人が少し前に出て,後方を振り返って逃げようと合図をしてくる。この時点で前から数番目に位置。前の選手が先頭交代に加わらないので,マウンテンポイントを過ぎたところで前に出て引いてみた。全然スピードが上がらず。先頭交代してもらいたいと思って少し後ろを見るが誰も前に出る気配なし。徐々にペースを落としてやや強引に先頭を代わって貰う。しばし集団内で休憩。実は朝方のレース前にゼリー飲料を飲んだきり,今回のレースまで何も補給していなかったことに招集後に気付いた。レース中は,今回初めて使ってみた3アクションをちびちび飲みながら走る。この悪天候で気温も上がらず,もっと濃いめに作っても良かったと思った。
 集団の中には第1回サイクルマラソンの勝者の某O塚氏や,某N沢氏の姿もある。途中でそれぞれの後ろにつかせてもらった。巨漢の某N沢氏の後ろに付いたときは非常に楽だったが,某O氏の後ろは…。このまま某O氏直付けで行けば入賞も夢ではないと思ったが,途中で某O氏が前に出たときに千切れてしまった。
 そんなこんなしているうちに1時間が経過。長いようで結構短かった。最終周(?)に入り,集団内で少しでも前に出ようと思ってやはりマウンテンポイントで駆けて前に出た。見ると1人が前に飛び出して逃げようとしている。前のレースの教訓を生かさず(?),一緒に逃げようと思い,上りの勢いのまま集団から少し飛び出し,追いついて声を掛けながら前に出た。しばし雨中で先頭を引く。このレースで初めてハンドルの下を持った。でも悲しいほどにスピードが上がらない。後ろを見ると集団が悠々追いついてきている。諦めてペースダウン。やはり自分の足では「逃げ」は無理だと悟った。集団内で息を整えて最後のスプリントを目指す。この辺りから続々と前に出てくる選手がいる。気が付くとモールトンも前に出てきている。周回遅れの選手も集団で走っていて左側のラインは埋まっている。集団の中程で今回のレースで最初の下りに入り,周回遅れの走者に注意しながらそのままそのまま最終コーナーを抜けてホームストレート。スプリントで少し前に出るが,あまりモチベーションも上がらず。少し順位を上げたところでゴール。幸い?モールトンには負けずに済んだ。平均心拍168というレースだった。
 袋井の1時間サイクルマラソンでは,集団に付いて走っただけで終わったが,今回は多少は積極的に走ることができた(結局自分の力不足を味わっただけだったが)。その点は満足。一応目標も果たしたし。
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 9月1日 シマノ鈴鹿ロードレース2日目 (マスターズ M30+2組) 19位/150人(完走)
 2日目。同じクラスには昨日に引き続き某B組長,そして桑名のG氏,結婚してすっかり貫禄が付いてしまった師勝の同姓のY氏が参加。なぜか旧FCYCLEカモシカRT出身のVerdadのメンバーが揃っている。今回は最後のスプリント勝負に賭けることにしたので,集団内で良い位置で最終コーナーを曲がることを目標にした。マウンテンポイントなどという欲は抑えて…。
 昨日と比べても風が強く感じる。昨日のレースで鈴鹿ではやはりコスミックが一番と確信したので,今日も同じホイールでレースに臨む。
 前の選手が迫った位置だったので,スタートに気を遣ったが,何とか無事にスタートできた。ゆっくり目に前に上がっていった。後方からスタートの某B組長とG氏が既に前に出ている。西ストレートで少し加速し,某B組長の後にいたG氏の隣に並ぶ。G氏が弱気なことを言っていたので,「このままBさん直付けで行かなきゃ。」などと声を掛けた。その声が聞こえたのか,登りに入ったところで某B組長は集団の中をするっと抜けて前の方に出て行ってしまった。そのまま某B組長は数番手を走っている。そこまで行こうかとも思ったが,まだ先は長いので1周目はそのまま集団内でレースを終える。
 2周目も集団内で進む。途中で某SAチームの人と並ぶ。最近勝手に朝練に混ざらせてもらったりしているので,声を掛けようかとも思ったが,レース中ということでつい遠慮してしまう。レース後にでも声を掛けることにした(結局,その機会はなかったけど)。マウンテンポイントでも動かず。集団の中に埋もれてしまってなかなか身動きが取れない。
 そして3周目。ホームストレートで少し前の方に出る。西ストレートでは集団が一列になるが,なかなかスピードが上がらず。別の列車が上がってきて,皆そちらにシフトする。そしてマウンテンポイントの登りにさしかかる。この辺りで前に出ておきたかったので,1周目の某B組長のイメージで集団の合間を抜け出てみたが,罵声の嵐。なかなかうまくさばけない。集団の先頭の方に出ると,1人が逃げに入っているのが見えた。見ると某B組長も数番目。このまま逃がしては集団スプリント勝負に持ち込めない。某B組長の横を通り過ぎざまに「どうしますか。」などと声を掛けながら先頭に出て前を追う。向かい風の中,必死に踏み込むも,絶対的なスピード不足。どんどん離されるだけ。「無理!やめ!」との某B組長の声で後に下がることにした。結局2日間の3レースとも,最終周回の同じ場所で無意味に体力を消耗してしまった。
 そのまま集団内で下る。周囲からどんどん前に出て行くので,順位がどんどん下がる。また位置取りが悪い。先ほど逃げた1人にもう1人が合流したみたい。前の方に見えてるけど,追いつけない。集団からは,もう1人,旧SHIMANOジャージの人が少し前に出ているのが見える。
 最終コーナーを経て,いよいよスプリント。少し前に某B組長の姿。今日はもうエントリーしてるレースもないので全力で,とも思ったが,やはりスピードが伸びない。少し順位を上げて前に出るも,以前に入賞した時のような勢いはない。目の前のパックを抜けば,と思うも力尽きてそのままゴール。平均心拍165と,3日間では最も低かった。
 気のせいかも知れないけど,以前に比べると楽に集団内で走れるようになっている。とはいえ,集団から逃げられる程の足はない。スプリント力も鍛えた方が良い感じ。まだまだ精進が必要みたい。
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 9月8日 カントリーモーニング4時間耐久第1戦in茶臼山(Men'sソロ) 11位/42名
 昨年に引き続き参加したレース。昨年はチームVerdadから多数が参加したが,今年は皆都合が悪くて1人だけで参加。
 当初はキャメルバッグで行こうかと思ったが,家内の「格好悪い。」の一言で,500mlのボトルで行くことに。ぎりぎりに絞って2本。1本目には3アクション,2本目には水分補給+エネルギー補給を謳い文句にしたCCDドリンク(いずれも先週末の鈴鹿で入手)。エネルギー補給用にパワージェル2個を背中に。レース前に飲むため,粉末バームを解いた水約200mlを用意。
 天気予報では曇りということだったが,レース前は晴れ。但し高度があるせいかやや涼しい。上は半袖のVerdadジャージ+アンダー,下が膝丈ケブラー補強付きレーパン。グローブは全日本選手権の会場で某マダムの店のブースで買った指付きグローブ。某エリートK様や某エリートS様お勧めの1品。シューズはいつものレース用SPDシューズ(SH-M220)。今回も,足攣対策でマイナスイオンテープを両脹ら脛+両腿に貼る。朝方バタバタするのが嫌だったので昨日の風呂後から貼っておいた。膝にはスポーツバルムの黄の1。万が一のパンクに備えてC02ボンベ+スペアチューブ+タイヤレバー(パンクの際にはチューブドとして使う計画)+携帯工具を背中のポケットに。
 余裕を持って試走を2周。コースは昨年と同じくキャンプ場内をうねうねと走るもの。昨年よりシングルトラックの下りは楽になっており,終盤のキャンプ場内を走る部分も少し短くなっていた。昨年見事に前転した部分もコースから無くなっていた。今回もフロントはミドル固定でリアだけで走れた。1周目の試走を終えた時点で,ヘッドが若干緩んでいるような感じもしたので増し締めしたところ,カーボンコラム用アンカープラグをなめてしまった。それ以上いじらないようにしてステムを固定。レースが終わったら早めに注文しないと…。
 試走の最中に,今年の王滝村100kmの勝者のS田氏と会う。そのS田氏,試走中にチェーンを切ってしまっていた。見ると完全にプレートが歪んでいた。そのままコマを詰めて走ることにしていた。
 今回は走行中の自動車内で午前6時30分ころからカロリーメイトや菓子パン+野菜ジュースで朝食。現地入りして受け付け直前の午前8時45分にゼリー飲料1本を飲む。ただ,少々エネルギー補給が足りなかったみたいで,レース中に早々に空腹感を感じてしまった。
 今回は昨年の反省に懲りて早めにスタート地点に移動。昨年とは若干位置が違っていたが,最初に舗装路を上らせるというのは同じ。最前列にはU23の全日本チャンプの姿も。某エリートK様の友人のO合氏も先頭にいる。4時間の長丁場なので遠慮して少し後方からのスタートにした。
 スタート。先頭は勢いよく飛ばしていく。上りにかかる。S田氏がダンシングをしながら激しい勢いで前に上がって行くのが見える。こちらはマイペース,と行きたいところだが,アップが足りなかったか,かなり苦しかった。
 レースの序盤。淡々と走る。何周目かに,シングルトラックで前に遅い走者がいての渋滞に巻き込まれる。それで先頭との差がかなり広がってしまった。途中からは遠慮せずに声を掛けて抜かすようにした。1時間を経過する少し前くらいに,先頭集団に抜かれる。これは当初から予想していたとおり。S田氏も先頭集団の少し後方を走ってきてパスされる。この後S田氏には何度も抜かれることに(最終的にソロで2位になっていた)。
 1時間経過したころからかなり辛くなってくる。昨年同様,1時間から2時間の間が一番辛かった。腰痛はいつものことだが,何か体全体が疲れている感じ。このまま終わらせてしまいたいという誘惑にも駆られる。腰痛の方は,途中で一瞬立ち止まって腰用サポーターをきつく締め直して多少ましになった。それでもやはり辛い。前日,リアサスを固めに調整したのが裏目に出たのだろうか。そのしばらく後で,ちょっとした上りで腹筋に力を入れた瞬間に外れてしまってまた締め直しを余儀なくされる。このサポーター今年で5年目。そろそろ買い直しか。あとはひたすら腰痛に耐えるだけ。
 シングルトラックから出た直後のキャンプ場内で,1カ所,極端に路面状態が悪くなっているところがあり,時間が経つに連れて自分の足では乗車したまま走るのが難しくなった。その区間では押して走ることにした。疲れてくると,ほとんど歩きの状態になった。
 今回は落車1回。傾斜のところでコントロールを逸して自転車が止まってしまった。うまく両足で着地できたのでダメージは皆無だった。
 1時間経過した辺りで早々に空腹感を感じたので,パワージェルを1個開けた。カーボショッツに比べると割高かもしれないが,かなり飲みやすかった。第1戦の伊良湖では500mlのボトルが3時間もったが,さすがに季節が違うせいか,飲み物の消費量が多い。2時間15分くらいで2本目に切り替える。家内にサポートしてもらってうまく走りながら補給を受けることができた。ただ,500mlのボトル2本は少なすぎた。ぎりぎりの状態だった。3時間経過した辺りで2個目のパワージェルを開けた。
 2時間経過後くらいから力が出なくなる。遅い人は追い抜かし,自分より速い人には道を譲って走り続ける。3時間過ぎたころ,ピットゾーンから出た後の直線で後ろから来た選手が右側から前に出ていったが,その直後に反対側をオーバーランしてきた選手と接触して転倒。もう少しで轢きそうになってしまってヒヤッとした。
 伊良湖の時と同様,途中でO合氏に抜かれる。しばし一緒に走る。しばらく行ったところでO合氏が止まっている。足を攣ってしまったらしい。こちらも,前の選手がつかえて地面に足を付いた瞬間にぴくっと来たが,マイナスイオンテープのおかげで走行中は全く支障がなかった。でも足を攣らなくなったからといって,疲れなくなった訳ではない。3時間辺りから流す場面も多くなる。腰痛も辛い。
 残り1時間を切った辺りで残りの周回を計算しながら走る。1周10分弱。ぎりぎりで4時間経過前に通過する計算。昨年同様少しペースダウンして4時間経過を見計らってゴールインしようかとも思ったが,やはり1周でも多く走ろうとそのままのペースで走る。最終周は周りの選手をチェックしながら,ソロで走っている選手に注意を払って走る。それまでの周回で既に自分をパスして行った選手は先に行かせて,そうでない選手に対しては頑張ってみるつもりだったが,後から迫ってくるソロの選手は速い人ばかり。最後の最後でまた先頭の選手(TARGETのM藤選手)に抜かれる。拍手の中でゴール。
 最終的に28周回っていた。トップからは−6LAP。去年より順位が上なのは単に速い人が少なかっただけ。
 HRデータは
こちら

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 9月29日 Jジャパン・シリーズ J2 Mountain Biker's Festival 八幡浜(スポーツ) 44位/61人(出走)
 詳細なレポートはこちらから。

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 10月13日 リトルワールドサイクルミーティング第4戦(ビギナー) 着外
 6月以来のリトルワールドサイクルミーティング。今期からスポーツクラスに参戦するつもりだったが,今回はその後のRit'sクリテリウムとダブルヘッダーだったので時間的なことを考え,同じくダブルヘッダー組の某q爺,某B組長とともにビギナーに参戦。ここ1か月間徹夜続きでまともに自転車に乗れていない某G氏も同じくビギナーに参戦。某q爺と愛知車連との間では「着に絡まないからビギナーに出させて。」との話を通してあるらしい。リトルワールドのビギナークラスでは着に絡んだことなど1回もない自分であるが,一応心がけとしては大人しくそれに従うことに。同じクラスにはスポニチカップで一緒だった浜松のM屋氏(トライアスリート)も。
 午前7時10分出走のレースであるが,さすがに犬山の山の中,浜松に比べて寒い。アームウォーマー+ニーウォーマー装着でレースに臨む。試走は1周半。右膝がやや痛むがまあ支障のない範囲か。一昨日の落車で右親指を痛めてた上,この寒さのせいでリアの変速がやや辛い。今回は決戦用のSHIMANOカーボンを持ち込む。GIANT TCRに付けて本格的に走るのは初めてであったため,センサーが上手くマグネットを拾わない。無理矢理センサーを引っ張って拾わせる。
 あっという間に招集がかかる。招集場所では某q爺や某B組長らと集団の後ろでひらひら。1周目のローリングスタートが始まる。ビギナークラスということもあってMTBerも目立つ。ローリング中に少し前に出る。ローリング中の上りでHRMを見たら160を示していた。ちょっと上がりすぎ。
 スタートとともにスピードが上がるのはいつもと同じ。某B組長や某q爺らと中盤を走る。上りに入って,目の前の選手がたれて来たのが分かる。その前の選手と中切れしかけている感じだったので前に出ようと考える。右に出て前に出ようとしたところで目の前の選手が右に振れて来て体が接触。一瞬バランスを崩したが持ち直す。ひやっとした。一昨日の練習で落車したばかりであり,ここで落車しててはしゃれにならない。後で某B組長からふらふらしている人の近くに寄ってはだめだと指摘を受ける。まさにそのとおり。1周目の上りのピークを過ぎて下りにかかる。前から数番手まで上がっていた。ここで某q爺が先頭に出た。チームメイトが前に出ているのでこちらは無理に追わず,追い掛ける選手の後に付いていく。そのまま1周目が終わる。先頭は某q爺。
 2周目の上りに入って某q爺がスローダウン。ここで某B組長がスピードを上げて前に出る。こちらも真似して踏み込んで先頭に出てみた。気がついたら1人前に飛び出した形(所謂「なんちゃってアタック」)。仕方ないのでそのまま走り続けた。できればここで後続を引きちぎるくらいの走りをしたかったが,さすがに自分にはその足はない。後ろがじわじわ追いついてくるのが分かる。ピーク前で集団に抜かれる。ここで千切れては格好悪いので集団後方につく。下りでまた某q爺が前に出るのが見える。「やってるな。」と思いながらそのまま集団の後ろで走る。2周目も終わる。やはり先頭は某q爺。案の定,見てた人は某q爺が1周逃げ切ったと思ったらしい。
 3周目の上りに入って某q爺が後ろに下がる。某B組長と某G氏らが集団前方に上がる。M屋氏も前に見える。そのまま集団後方についていく。ピーク直前で後ろを振り返ると,後ろが見えなくなっていた。そのまま集団末尾で下りに。平坦区間で少し前に出る。先頭を1人が逃げて,某G氏が前を引いて追い掛けるのが見えた。自分はもうそこまで追いつく気もないのでそのまま。ゴールが見えたところで流してダブルヘッダーの第1戦の終わり。
 結局某B組長は3位,某G氏は4位だった。着に絡んでしまった某B組長のコメント「某G氏のために引っ張ってゴール前で譲ろうと思って後ろを見たら誰もいなくて…。」
 HRデータはこちら。スピードセンサーもなんとか最後まで拾ってくれていたみたい。

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 10月13日 2002秋季Rit'sクリテリウム(C3H) 26位/66人完走
 春季Rit'sはパスしたので1年ぶりのRit'sクリテリウム。今回はカテゴリーを上げてC3での参加。思えば3年前の秋に初めて季Rit'sで初めて参加した時にC3に出て,研修明けで約3週間自転車に乗れなかったこともあってぼろぼろで,集団から千切れて最後尾でゴールすることになり,自分にはC3は無理だと感じてC4を走るようになっていたのだった。昨年の秋季Rit'sで着には絡めなかったものの7位になったこともあり,ステップアップを目指してC3でエントリーしたもの。でも一昨日の落車で,目標は集団ゴールと下げてしまった。
 同じクラスにはリトルワールドを終えて一緒に移動してきた某q爺,某B組長のほか,「なんであなたがこのカテゴリーにいるの?」のアクトアーミーkodakのO武氏や,チーム泥んこプロレスの泥若氏ら強豪の姿も。
 試走時間に余裕で間に合ったので,たらたらと試走。リトルワールドではもったスピードセンサーの調子が悪い。試走中にやはりリトルワールドから移動してきたM屋氏と会って会話。
 午後1時49分の出走時間までだらだら過ごす。いろいろな人と挨拶。それでもC4のレースが始まるころになると,自分のレースのことも気になりじっくり観戦はできない。今回はローラー台も持ってきていないので十分なアップもできない。駐車場内をうろうろするだけ。
 直ぐ前の組が移動して取りあえず自転車だけ並べて場所取りをしたおかげで前の方に並ぶことができた。前には某B組長や某q爺の姿。そして前のレースが終わり,スタートラインに移動した。場内アナウンスとスタート係との時間調整が合ってなくて,スタート10分前だったのが急に3分前になり,さらに急に30秒前のアナウンス。慌ただしいスタートだった。
 ピストルの音とともにスタート。前方でクリートを拾えずにもたついている選手もいたが難なくかわして前にでる。スタートは比較的上手くいった。良い位置につけることができた。某q爺や某B組長は後ろの方にいるみたい。そのまま集団の中で走る。かなり体が重い。HRMのスピード表示が出ていないのに気付く。そのためどれくらいのスピードが出ているかも分からないが,かなりスピードは速い気がした。1周目の間に後ろから直ぐ脇を抜けてO武氏が上がって行く。それに着いていけば上位入賞とも思ったが,気持ちだけで終わる。泥若氏も前方を走っているのが見える。カーブの立ち上がりでスピードを上げて少し順位を上げるが,長持ちしない。ホームストレートに差し掛かるところでは誰の声か分からないが(←見ている余裕なし),自分に対する声援も聞こえる。
 序盤で,早くもこのまま集団に付いていくので精一杯であると感じてしまう。バックストレートでは速度が落ちて集団が大きくなるのだが,そこでは「前に出よう。」というより「これで休める。」という気持ちが先に出てしまう。某B組長や某q爺が前に出ていくのが分かったが自分はそのままの位置。集団が縦長になっていて,先頭とはかなりの差がついてしまった。これでは先頭に出るのも無理と悟る。上りに差し掛かるところでは順位を上げるが,ホームストレートの辺りでは力尽きてずるずると抜かれて順位を落とし,バックストレートの下りで千切れそうになりながら何とか息を整えるということの繰り返し。最大HRも190台を示している。
 そうこうしながら周回が進む。6周目終わりの最終コーナー手前で,三角コーンが1つコース上に飛び出ているのが見える。何とか避けたが,後方から三角コーンに衝突する音や叫び声が聞こえる。誰かがぶつかって落車したのか。ホームストレートに入り,ジャンが鳴って最終周。ホームストレートの最後で後方を振り返ると,三角コーンでの落車のせいか,後ろには誰の姿もない。第一集団の最後尾になっていたみたい。「集団ゴール」などという目標を立ててしまったせいか,頑張って最後の力を振り絞って1人でも前に出ようという気力が沸かない。それでもカーブの立ち上がりで頑張って少しずつ順位を上げる。前方から下がってきた某q爺の姿が見える(後で知ったが,先頭で逃げる1人を追い掛けてブリッジをするなど一働きしていたらしい)。落車コーナーの立ち上がりで某q爺の前に出た。でも次のコーナーで抜かれる。そのまま緩やかな上りを走り,最終コーナーを抜けてスプリント。某q爺が下ハンドルを握ってダンシングに入る。こちらもダンシング。某q爺とともに数人を抜かしたが,某q爺には追いつけそうにない。気力もでない。ゴールが近づいたところで,後ろをちらっと見て,抜かれそうにないことを確認してダンシングを止めてゴール。一応集団ゴールだった。
 目標の集団ゴールは果たしたのかもしれないが,何もすることができないまま終わったレースで,内容的には少し不満が残ったレースだった。ただ,これで次回もC3で上を目指すという目標はできた。
 京都車連のリザルトによれば,私で平均速度約42km/h,かなりの高速レースだったみたい。

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 2002年11月10日 関西シクロクロス第1戦(カテゴリー3B)25位/28人(完走)
 いよいよシクロクロスの開幕戦。仕事に追われながら何とか時間を見つけて参戦したが,準備ミスからパンクに見舞われ,さらに焦ってミスを重ね,-1LAPに終わる。詳細なレポートはこちら

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 2002年11月24日 関西シクロクロス第2戦(カテゴリー3B)13位/36人?(完走)
 3回目の野洲川ステージ。一応朝練で走り込んでレースに臨んだのだけど…。詳細なレポートはこちら

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 2002年12月8日 関西シクロクロス第3戦(カテゴリー3B)10位/45人?(完走)
 3回目の希望ヶ丘ステージ。長い上りもあって自分に向いているコース(のはず?)。まあ今の時期からするとこの成績もやむを得ないか。詳細なレポートはこちら

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 2002年12月15日 関西シクロクロス第4戦(カテゴリー3B)5位/31人(完走)
 河川敷シリーズの初戦。平坦レースだったが,調子が良くて5位,昇格まで後一歩だった。詳細なレポートはこちら

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 2002年12月23日 関西シクロクロス第5戦(カテゴリー3B)2位/42人(完走)
 前回の調子の良さを持続させロケットスタートで前に出てそのまま2位。遂に昇格。詳細なレポートはこちら

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