レースの記録2004年

2003-2004関西シクロクロス第6戦
2003-2004関西シクロクロス第6戦
2003-2004関西シクロクロス第7戦
2003-2004関西シクロクロス第8戦
静岡県民スポーツ大会
リトルワールドサイクルミーティング最終戦
SHIMANO鈴鹿ロードレース スーパーバイカーズ
SHIMANO鈴鹿ロードレース マスターズ30+
秩父サイクルフェスティバル2004秋・シクロクロス
2004-2005関西シクロクロス第2戦
2004-2005シクロクロスミーティング第2戦
2004-2005関西シクロクロス第5戦
2004年
1月12日 2003-2004関西シクロクロス第6戦(カテゴリー2)
例年雪や寒さに苦しめられていた希望ヶ丘公園で,初めて,穏やかな天気で迎えた今年の初レース。C2で,淀川を上回る完走者55人という大人数。体調はいまいちで,やはり走り込み不足を感じたが,41位/55人,90%で,何とかC2残留を果たす。詳細なレポートはこちら。
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1月18日 2003-2004関西シクロクロス第7戦(カテゴリー2)
前回と180度異なるコンディションの三段池公園。テクニック不足の自分にとって毎年相性の悪いコースで苦手意識が先行。風邪のために1週間自転車に乗れなかったという負い目や,前週で残留を果たしたからという意識も重なって,ずるずると順位を下げて,マイナス1周,38位/41人,83%と散々な結果に終わる。詳細なレポートはこちら。
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1月25日 2003-2004関西シクロクロス第8戦(カテゴリー2)
昨年は雪解けで重くなった路面と強風と寒気に苦しめられた桂川。三段池のようなテクニックが必要な訳でもなく,自分にとっては不得意なコースではないはずであったが,終盤の落車+トラブルで大きく順位を下げてしまった。45位/54人,それでも何とか90%だった。落車さえなければC2では最高の成績を収められたかもしれない,というのは捕らぬ狸の何とかである。詳細なレポートはこちら。
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2月29日 静岡県民スポーツ大会(成年登録者の部) 14位/20人(総合),5位/9人(30歳以上)
一昨年の秋Rit's以来のロードレース。雨でもう少しでDNSにするところだった。12時の出走前に雨が上がって,気温も若干上がったので,上は半袖下着2枚+Verdadジャージ+アームウォーマー,下は3Dパッド+レッグウォーマーという組み合わせで十分だった。ただ,足先が冷えると辛いのでゴアのオーバーソックスを着用し,指先用にはウインドブレーク手袋。レース用のグラスを忘れたので普通の眼鏡で参戦。捻挫から回復傾向にある右足首はテーピングで固定した。足攣り対策として,Titanテープを貼るつもりだったが,朝のドタバタで食卓の上に忘れてしまって断念。HRMの「乳バンド」にはニベアを塗って装着。ただ,バンドのゴム部分が延びてしまい,最初に装着した時は緩んでしまっていてなかなかHRを拾わなかった。バンドを交換しないといけないみたい。
会場入りが遅れ午前11時ころになってしまったので,時間がなくて,コースを1周試走しただけだった。コースはほとんど平坦。鈴鹿のような複雑なカーブもない。こんなコースは,既に手放してしまったコスミックのような重量級ホイールが良い。今回は,雨ということでSPOX+練習用WOタイヤにしてしまったが,ブレーキをかける場面も少なかったのでSHIMANOカーボンの方が良かった(後の祭り)。
成人登録者レースの出走者は21名。オレンジ色のジャージのチーム(MATTO VELOCE)が数的に一番多い感じ。次は某SAチーム?。オレンジジャージのチームの1人は,無線まで持ち込んでいて,途中で交信して情報を仕入れていた。ちょっとびっくり。
久々のロードレースだし,周りは早い人だらけなので集団に付いていくことだけを考えた。それでも序盤,調子に乗って前の方に上がってしまったら,やはりすぐにずるずると遅れてしまった。そのまま後方に千切れるのではないかと思ってひやっとしたが,集団のペースが落ちて何とか追いつくことができた。バックストレートを過ぎた辺りから最後尾付近をうろうろ。後はほとんどそれが定位置。ホームストレートでラインを超えるときは半分以上は一番後だった気がする。
レースは序盤から2人が逃げてしまい,残りが集団で走る展開。レースの中盤辺りで,らぶ吉氏の流れに乗って走ってたら,集団の前の方に出てしまい,瞬間的に前を引く羽目になる。少しだけ引いて下がったが,かなり消耗。そのままずるずると最後尾まで下がってしまい,また後方に千切れそうになった。集団のペースが落ちたおかげで何とか復帰できたが,やはり自分の実力を考えないといけないと悟った。
中盤,ホームストレートを抜けたところで,1人がメカトラっぽい感じでペースダウン。1人減ったが,DNFはその人だけだったみたい。1度だけ,ハスッたような音がしてびくっとしたことはあったが,人数が少なかったせいか,それ以外はひやっとする場面はなく,安心してレースを進めることができた。
途中で,脚の脱力を意識してみたりした。トルクを掛けつつ,なお脚からは脱力するという状態を何となく感じることができたような気がしたが,心拍が一杯一杯で,そんなことを意識する余裕はすぐに無くなってしまった。
序盤に2人が逃げた後のレースは,集団から何人かが飛び出そうとするが,誰かが追いついて,牽制になって,またまったりとしたペースで落ち着くという具合で,逃げる2人とはどんどん差がついていった。結局,終盤は,集団がホームストレートに戻ってくると,逃げる2人がバックストレートを通るという具合である。観客からするとつまらない展開かもしれないが,特に私の場合はそのおかげで集団から千切れずに済んだものだった。終盤は残り周回を数えながらひたすら集団に付いて行くことだけを考えた。左足脹ら脛がビクビクして攣りそうな感じ。
最後2周のところで,審判車がコース脇に止まって何やら集団に向かって叫んでいたが,良く聞こえなかった。どうやら協力して前を追うように言っていたらしい。終盤は集団も完全に諦めムードで全くその気無し。私には全くその力無し。
そして最終周。スピードが上がってばらけるかと思ったが,やはり牽制しあっている。終盤,らぶ吉氏1人が集団から飛び出した形で泳がされている。ホームストレートに至る前に吸収される。最後の最後でスピードが上がり,力を使い果たした人が遅れて行く。何とか前の人についていくが,それ以上前に出られる余裕はない。順位がほとんど変わらないままゴール。一応目標は果たした。
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3月14日 リトルワールドサイクルミーティング最終戦(スポーツ) 着外
一昨年の秋以来のリトルワールド。春らしくなってきたことや,いつもの朝練の感覚から,半袖下着+Verdadジャージ+アームウォーマーしか用意していなかったら,犬山は予想以上の寒さ(長袖ジャージを下に着たかった)。幸い,靴カバーを用意してあったので,足先は冷えなかったが,指先は手袋2重でもやや辛かった。HRMの「乳バンド」用のクリームを忘れてしまい,HRは最後まで全く分からなかった。上りのあるコースということでSHIMANOカーボン+12T-25Tの組み合わせ。
今回もスポーツクラスに参加。チームからは自分も含めて5人(としひろ氏,どーろ君,がや氏,かがみ君)が参戦。到着の時間が遅かったのでほとんどアップができないままレースを迎えることに。おまけに,せっかく用意していったゼリーを運転中に補給するのを忘れていて,やや空腹気味(浜松を出発前にシリアルを少し食べただけだった)。
準備不足のまま参戦したレースで良い結果が出るわけもない。ローリングスタートの後の1周目はとしひろ氏,がや氏らと集団前方でこなせた。体重が軽くなったせいかどうかしらないが,下りでなかなかスピードに乗れない。見かねて?かがみ君が前に出て引っ張る。2周目から足(大腿部)が重くなる。かがみ君やがや氏の姿も見えなくなる。中切れ気味で体力を消耗。3周目の登りでどーろ君が前に出て行くところでこっちが力尽きて千切れた。空腹感が激しくなってさらに力が抜ける(精神的なもの?)。1人が追いついてきて,その後さらに数人が追いついてきて最終周に。最後は1,2人が飛び出し,それを追ったが追いつけずに終わる。
やっぱりアップダウンのあるコースではごまかしがきかず,実力がそのまま出てしまう。それだけに面白いコースだ。気軽に参加できるお勧めのレースだと思う。東京からの参加はちと厳しいけど…(今日も住所は東京という人がいたけど)。
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8月28日 SHIMANO鈴鹿ロードレース スーパーバイカーズ 20位/74人(完走)
東京に転勤になってから初めてのレース。仕事やら鎖骨骨折やらでレース参戦は勿論,追い込んだ練習をすることもできなかった。それでも年に1回のお祭りということで遠路遙々鈴鹿に乗り込んだ。初日は新種目のスーパーバイカーズ。シクロクロス乗りの血が騒いでしまって参戦を決めてしまった種目。当日にならないとオフロードのコースが分からないということだが,舗装路区間が多いのは間違いないと思ったので,SPOX+ミシュランスプリントの組み合わせにした。舗装路のことを考えて空気圧は高めの4.5くらい。スプロケットは11T-28Tを選ぶ。シクロクロスバイクなので当然MTB用シューズ。ジャージの下に鎖骨固定帯を装着しての参戦。
シクロクロスバイクでの参戦者は少ないのではないかと思ったが,現地入りしてからプログラムを見ると京都の同姓のK氏(泥山田氏)やKAI氏(泥乃海氏)の名前があってやや安心(KAI氏は遅刻でレース参戦には間に合わなかったけど)。会場にローラー台を持ち込んでアップをしたが,ばたばたしていてあまり心拍を上げられないまま招集時間を迎えた(午前9時出走のレースに午前8時会場入りは時間が足りなかった)。オフロードのコースの状態を見ることができなかった。泥山田氏の話によると途中からは砂利道で,端の方に芝生のラインがあるとの話だった。砂利道ではMTBであっても走れない。ちょっとだけ担ぎの練習。朝の天気を見る限り,サングラスの必要はないと思ってカラーレンズ部分を外していたが,その後薄日が刺してきたのでカラーレンズを装着し直した。
今回はエントリーが素早かったせいか,18番目という良い位置だった。周りを見るとMTBが多いが,ぼちぼちシクロクロスバイクもいる。少数派だがロードバイクでの参戦者もいた。
2列目くらいでスタートラインに並べた。気分が高揚してきて,「うまくいけば入賞も…。」などという甘い考えも浮かんでしまう。スタートと同時に飛び出す。うまく流れに乗って良い位置に。5,6番手で芝生区間に突入。前の選手(確かロードバイクの人)のスピードが落ちたのでその横を抜いて順位を上げる。そして問題の砂利道区間に入る。両端に芝生が生えていて,そこなら何とか乗車して走れそう。る何も考えずに前の選手に続いて左側のラインに飛び込む。が,こちらの芝生は少なめで,前の方の選手が砂利に捕まって動けなくなった。すぐに下車して担ぎに切り替えた。今日はダウンチューブにボトルを取り付けて来ているので前三角ではスムーズに担げないと思って,昔のようにサドル下に肩を突っ込んで担いだ。ここはシクロクロス乗りの本領発揮?でかなりスムーズにいった。前の方の人たちはうまく押し担ぎに移行できなかったみたいで,その人達を抜いて左側のラインでは先頭に出た。しかし砂利道の担ぎではなかなかスピードが上がらない。右手を見ると右側のラインを乗車したまま走っている選手が1人いて,かなり差を付けられてしまった。それでも2位。「このまま行けば表彰台」の文字が脳裏に浮かぶ。そのまま2番手で舗装路区間に戻って自転車に飛び乗った。見知った人が応援してくれていると思ったらKIM氏だった。
夢を見たのもここまで。心拍が198まで上がるのは久しぶり。下りでも全く踏めずに後続に追いつかれてずぶずぶ。砂利道区間での砂埃のせいか喉ががらがら。ボトルの水で喉を少し湿らせた。10番手くらいで下りS字カーブのところにあるダート区間に飛び込む。ここの砂利道区間は右のラインを選んだが,これも失敗。乗車できるのは左のラインだった。また担ぐ羽目に。さらに体力を消耗。
舗装路に戻ったところでしばし息を整える。足が軽いと思ったら,前がインナーに落ちていた。気が付くと少し前に泥プロジャージの泥山田氏がいた。抜かれたことに全く気づかなかった。負けるわけにいかないので並んで声を掛けてからホームストレートで前に出る。ここで後から声を掛けながら抜いていった人がいた。Leon君だった。そのまま後に続いてホームストレートを抜ける。砂利道区間では今度は右端のラインを選ぶが,狭くてなかなかうまく走れない。それにコースに戻るためには結局砂利道を横切らなければならないことに気づいた。また担いで走る。これで完全に息が上がってしまい,飛び乗るときもほとんど歩くような状態だった。下りも流すだけ。ここでまた喉を湿らせる。最後のダートだけは何とか無難にこなした。ほとんど力が残っていない感じだが,ホームストレートに戻ったところで観戦中のY田氏から「あと1人抜けば20位」との声を聞いて少し力が戻った。。後方を確認して,抜かれそうな選手がいないことを確認してから,ゴール前で前を走るMTBerを抜いてゴール。ともあれ復活レースは終わった。
練習不足が祟って,猛烈にたれるのが早かった。もっと強度の高い練習で追い込まないといけないみたい。
なお,ダート区間は一部だけだったし,路面の衝撃もたいしたことはなかったので,シートサスペンションは不要だった。
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8月29日 SHIMANO鈴鹿ロードレース マスターズ30+(1組目) 37位/113人(完走)
SHIMANO鈴鹿ロードレースの2日目は朝から雨。落車して左肩から落ちてまた鎖骨骨折,という事態だけは避けたい身にとっては嫌な天気である。昨日のレースで己の実力を知ったので,今日は安全走行に徹し,集団に付いていくことだけを考えた。今日はロードバイクにバッテンホイール(REV-X)の組み合わせ。スプロケットはホイールの重さを考えて12T-25T(実際に走ったら25Tは不要だった)。雨なので,当然のことながらSHIMANOカーボンなどという選択肢はない。今日はカラーレンズは必要ない。膝〜足にはウォームアップオイル(黄1番)をたっぷり塗り込んだ。
雨具を着て試走1周。アウター×ローでも重く感じるが,昨日の疲れは残っていないみたい。試走の途中で一旦は雨が降り止んだのだが,レース前になったらまたパラパラと降り始めた。今日はローラー台を持ち込まずに,その辺を走ってアップ。
今日も43番という早い番号。後の方を見るとMaxSpeed97のS藤氏が見える。手を振ったらこっちに気づいてくれた。MS97の人は他にも数人参戦している。
スタート。今日も序盤はまあまあで,うまく集団に着いていった。前の人からの跳ね上げがすごい。MS97の人たちがスタートと同時に飛び出すのが見えた。シケインのところで前に2人が出て,残りの2人くらいが集団の前を押さえるような感じになった。どれがS藤氏なのかよく分からない。シケイン後にスピードが上がり,少し切れかけた感じになったが我慢して前に追いついた。前2人の逃げもそれほど距離が空いていないみたいである。ヘアピンカーブの手前には2年前には無かったシケインが設けられている。声を掛け合いながらここもクリアー。そして問題のヘアピンカーブ。係員からも減速の声が掛かる。と,先頭を行くMS97の2人が縺れ合うようにして落車。集団内でも「落車!」の声がかかる。落車したのが誰なのか良く確認できないが,自転車同士が絡み合っているみたい。大きく減速してここを抜ける(後で,そのうちの1人がS藤氏だったことが分かった)。
後は当初の目標どおり安全走行に徹して集団内を走る。ホームストレートに入ったところですぐ前を右から左に動いていく選手がいてひやっとした。罵声も飛ぶ。どうやらスタンド前の応援の人に挨拶するために動いたみたい。いい迷惑である。
無難に2周目を終えて,最終周へ。この周も集団の中に止まる。跳ね上げがひどくなったと思ったら,雨足が強まっていた。ヘアピンカーブ前のシケインで2人ほどの選手が行く手を塞がれたのか芝生の方に入るのが見えた。その直後のヘアピンカーブでも,先頭を走る数人が落車。落ちたボトルが転がってきてひやっとする。ヘアピンカーブでの減速が大きい分,その後の立ち上がりの加速が重要なのだが,ここも後輪が滑ったりしないように慎重に踏み込む。ダンロップカーブからの下りにかかったところでブレーキが効かずに一瞬ひやっとした(リム上に乗った水のせいみたいで,すぐに効くようになった)。ゴールが近づいて,前に出ようかという欲もちょっとは沸いたが,やはり足はなかった。ホームストレートに入ってもダンシングでスプリントする気になれず,かと言ってこのまま流す気にもなれず,座ったまま走り続けた。集団の中でゴールを終えた。
集団ゴールはできたが,よく考えると,雨のために全体的なペースが遅かったみたいで,だからこそ今の自分でも着いて行けたみたいである。とにかく久々のレースを無事に終えられてほっとした。
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10月17日 秩父サイクルフェスティバル2004秋・シクロクロス(マスターズ)
東京に越してから半年経ってようやく2度目のレースとして,秩父サイクルフェスティバルのシクロクロス部門に参戦した。エリートでなくマスターズに参戦するという卑怯な手を使ったためか,結局階級別では1位だった。桃シャンパンによるシャンパンファイトを経験できた。頭が桃臭くなった。詳細なレポートはこちら。
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11月28日 2004-2005関西シクロクロス第2戦(カテゴリー2)
東京から滋賀まで片道約480kmを遠征してのシクロクロス参戦。本格的なシーズン初めのレースということで,レース強度に身体を慣らすことだけを考えて参戦,予想どおりボロボロの結果だった。詳細なレポートはこちら。
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12月5日 2004-2005シクロクロスミーティング第2戦(カテゴリー2)
2回目のシクロクロスミーティングへの参戦。某高校生もいないということであわよくば…だったが,やはり世の中そんなに甘くはなかった。でも最後まで集中力を欠かせることなく走り終えることはできた。詳細なレポートはこちら。
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12月26日 2004-2005関西シクロクロス第5戦(カテゴリー2)
風邪気味だったけど大阪まで遠征して参戦。風邪でしばらく練習も休んでいたので参加するだけで終わると思ってたが,意外と走れて92%。詳細なレポートはこちら。
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