レースの記録2005年



2004-2005関西シクロクロス第6戦
2004-2005関西シクロクロス第6戦
2004-2005関西シクロクロス第8戦
2004-2005尾道シクロクロス
第4回チャッキーズCUP MTBサイクルマラソン
秩父サイクルフェスティバル・シーズンオープニング祭り2005・シクロクロス
2005年筑波春の8時間耐久レース
JCFジャパンシリーズ XC第2戦 仙台泉が岳
JCFジャパンシリーズ XC第3戦 富士見パノラマリゾート
JCFジャパンシリーズ XC第4戦 田沢湖
全日本MTB選手権大会 富士見
JCFジャパンシリーズ XC第5戦 白馬さのさか
JCFジャパンシリーズ XC第7戦 青森モヤヒルズ
秩父サイクルフェスティバル2005秋・シクロクロス
2005-2006シクロクロスミーティング第1戦
2005-2006シクロクロスミーティング第2戦
2005-2006関西シクロクロス第2戦
2005-2006シクロクロスミーティング第4戦
2005-2006関西シクロクロス第4戦
2005-2006シクロクロスミーティング第5戦
2005-2006シクロクロスミーティング第6戦

2005年

 1月9日 2003-2004関西シクロクロス第6戦(カテゴリー2)
 今年の初レースも希望ヶ丘公園のシクロクロス。過去,相性は決して悪くなかったコースだけど,上りがめっきり弱くなって沈没。36位/55人,87%。最終戦に残留を賭ける羽目に。詳細なレポートはこちら

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 1月23日 2003-2004関西シクロクロス第8戦(カテゴリー2)
 今季最終戦のレースに残留を賭けたが,身体が重くて序盤から遅れ,数カ所の砂山にミスの連発。51位/62人,88%に沈む。「ほぼ」降格確定。詳細なレポートはこちら

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 2月13日 2003-2004尾道シクロクロス(カテゴリー2)
 桂川で最終戦のはずだったけど,いろいろ悩んだ挙げ句,諦めきれずに残留を賭けて尾道シクロクロスに参戦することに(妻の顰蹙買いまくり)。高い遠征費をかけた甲斐もあって,8位/12人,95%!という結果。ホッとした。詳細なレポートはこちら

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 3月19日 第4回チャッキーズCUP 16位(総合)/3?人
 2年ぶりのJ参戦前にMTBのレースに出ておこうと考え,修善寺でのMTBサイクルマラソンに出走。FUEL100をフルXTRに交換した後,実は初めてのレース。散々な結果に終わった2002年のJシリーズ後は,FUEL100自体に乗るのも1回くらいしかなかった。それでも,今年に入って2回ほど,自転車店主催の朝ツーに参加して,デュアルコントロールレバーの操作方法には身体を慣らした。
 土曜日の午前9時スタートということで,当日現地入りして参戦することにした。1周約6.2kmのコースを制限時間4時間以内に6周するレース。Jシリーズのスポーツクラスと比べると所要時間は結構長く,耐久レースのソロ参戦的な感覚で臨むことにした。
 午前7時に現地入り。ばたばたして試走は午前8時から1周するのがやっと。1周するのに約30分もかかってしまった。今回はJシリーズ開催も念頭に置いた特設コースを設けたとのことで,ロードのコースから林に入り,木々の間をうねうねと走る形となっている。技術のない自分には苦手なコース。終盤は常設のMTBコースをこれでもかというくらいぐるぐる走らされる。シングルトラックもあり,結構な登りや下りもあり,なかなか走り堪えのあるコースだった。元々高低差のある地形のため,未舗装路の上りは結構きついが,富士見やさのさか程ではなく,自分でも何とか乗車して上れる。1箇所,急な切り返し後の上りの部分だけは乗車して行くことができなかった(時間がなかったので何度も試せなかった)。基本的に前はミドルで行けるが,未舗装路の上りの終盤区間と,木々の間を走る区間の一部ではインナーを使用した。午前9時のレース開始まであまり時間がないので,試走後半はペースを落として走ったが,結構息が上がった。
 朝のうちは寒く(コースの一部には霜柱が立っていた),試走の時点では長袖泥プロジャージ+ウインドブレーカーで臨んだが,天気が良くてレース中は気温が上がりそうだったので,本番は冬用半袖下着+Verdadジャージ+アームウォーマーで十分だった。下はレーパン+タンクトップ型膝丈ビブショーツにした。手袋も,試走時は内手袋+防風手袋にしたが,本番では防風手袋だけにした。汗対策の帽子を忘れてしまったので代わりに久々のバンダナを巻いた。ほとんどソロの耐久レースに近い競技時間なので,攣り対策として脹ら脛裏側と大腿部外側にマイナスイオンテープを貼った。ほぼ2年ぶりの使用なので,貼り付ける際には角を丸めるという使う際のコツをすっかり忘れていて,端がピラピラ剥がれかけている状態だった(接着力が低下していたかも)。
 補給用には,カーボショッツ1袋を硬水に溶かしたボトル(500ml)をボトルケージに,ジャージ背中のポケットにカーボショッツ2袋+アミノバイタルプロ1袋を用意。念のため,妻に硬水500ml入りのボトルを渡し,レース開始後2時間くらいで渡してくれるように頼んだが,最初のボトルだけで足りることが分かったので,レース途中で断った。なお,背中のポケットには,念のため,空気入れ+チューブ+タイヤレバーも忍ばせた。
 元々はチームとソロで募集していたはずだったけど,どうもチームでの参加がほとんどいなかったみたいで(プログラムだと1組),結局みんなソロで走ることになったみたい(実際には,チームでの参加者の1人が風邪でDNSのためソロに切り替えたらしい)。主催者側の発表によれば35名が参加しているとのこと(実際の出走者数は不明)。トップクラスの選手だと1周20分くらいという計算らしい。トップに周回遅れにされるのは確実。
 スタート地点はかなりの幅があるので,35人程度なら余裕で並べる。レース10分前になっても誰もスタート地点に並ばない。どうせ抜かれることは分かっていたが,せっかくなので1列目に並んだ。隣に,前三角もOCLVのFUELの人がいると思ったら,女子の全日本チャンピオンだった。
 気持ちを集中させる間もなくスタート(もっとも,成績等は関係なかったので,あまり緊張感もなかった)。10数人くらいの先頭集団の中に入って逆回りの5kmコースを上っていく。ほとんどの人が長袖長パン(レッグウォーマー)の中,1人だけ半袖半ズボンの外国人がいて目立っていた。どこかで見たことあると思ったら,関西シクロクロスC1のD選手だった。間もなく,集団から勢いよく1人の選手が飛び出して逃げて行くが誰も追わない。集団の後方辺りに位置したまま未舗装路に突入。最初のうちは2台が並んで走れる状態だけど,そのうち道幅が狭くなるので,最初の切り返しの地点で全日本チャンピオンに先を譲る。その後は全日本チャンピオンを目標に走る。問題の上りの切り返しでは,皆降りて押していたので,素直にそれに習った(以後も同じ)。そのまま前の選手らに続いて未舗装路の上りを走る。前方を走っていたD選手が上りで押しに入っていたのでその脇を抜いた。ずっとこのペースで主要選手について行こうかと思っていたが,勾配が一瞬きつくなってから一旦舗装路に出るところで力尽きてしまった。以後は自分のペースに切り替えた。ここでずるずると抜かれる。
 1周目の後半,今回のコースの最下部に位置する常設MTBコースに向けて高さを下げていく結構急な九十九折りの下りところで,足を踏ん張った瞬間,右脹ら脛を半分攣ってしまった。少しペースが落ちたところを後から抜かれる。さらに常設MTBコースから少し下るところで,後輪を滑らせて倒れた瞬間,今度は左脹ら脛にも来てしまった。この間に後から走ってきたD選手に抜かれてしまった。序盤で早くも両脹ら脛を攣ってしまい,最悪の出だしとなってしまった。それでも何とか1周目を終える。アナウンスによると26分台。トップは21分台で回ったらしい。
 2周目以降もひたすらマイペースで走る。2周目の上りでも,前方のD選手が押しているのが見える。ロード用のギアでも付けているのかなどと思いつつ,最上部に至る未舗装路の上りでD選手を追い抜く際に見たら,何とシングルギアのディスクブレーキ付きMTBだった。どうりで…。声を掛けると「きついよ!」との返事(そりゃそうだろう)。その後の平坦区間?でやはりそのD選手に抜かれてしまい,そのまま差を付けられて視界に捉えられなくなってしまった。結局,D選手,3周目でチェーン切れ?のトラブルに見舞われたようで,そのままレースを終えていた。
 1周目の転倒に懲りて注意していたので,2周目以降は転けるまでの事態に至ることはなかったものの,ミスからコースアウトして止まってしまうのはしばしば。まだまだ未舗装路の走りは課題が多い。最初のうちは同じようなペースの選手らと抜きつ抜かれつの展開だったけど,周回が進むにつれて間隔が拡がり,ほとんど1人で走っていた。
 2周目くらいから,フロントサスペンション付近から,何かカタカタする感触が伝わってきた。Jに参戦していた2002年の途中で修理に出した以降はずっと放置してあったので,そろそろ逝ってしまったか,などと憂鬱な思いに捕らわれてしまう。いつの間にかHRMのスピードも表示されなくなっていた。ますます気が滅入ってきた。しかし,その後の上りで,手に伝わるショックから,何となくサスペンションの問題でないような気がして,停車して確認したら,前輪のクイックが緩んでいたことが判明。慌てて締め込んで再スタート。恥ずかしいばかりの基本的なミス。クイックを締め直したらスピードも表示されるようになった。それにしても,サスペンションフォークの脱落防止用凸部を削り取っていなかったから助かったようなもの。カンチブレーキ等と違い,ディスクブレーキだとブレーキが車輪の脱落防止にはならないから,もし脱落防止用凸部がなかったらかなり危なかったかもしれない。クイックの締め付けがまだ緩いように感じたので,もう一度止まって少し締め付けた。不調の原因が1つ判明して多少気が楽になった。
 4周目に入った直後,まだホームストレートからそれほど離れていない山中を走っている最中に,先頭の選手が5周目に入ったとのアナウンスが聞こえてきた。いつ抜かれるかと思いながら最上部への上りを終える。その後のシングルトラック区間で,後方からかなりの勢いで迫ってくる物音が聞こえたので,おとなしく道を譲って周回遅れにされた。その後,常設MTBコース内でもう1人に抜かれ,5周目に入るゴールラインところでさらにもう1人に抜かれた。1周の距離が長かったおかげで,ラップされたのはその3人で済んだ。
 3周目に入るホームストレートでカーボショッツ1袋を補給。5周目に入るホームストレートではアミノバイタルプロを補給しようとして,落としてしまってまたまた凹んだ。その後の舗装路区間でさらにカーボショッツ1袋を補給。終盤,ボトルケージからのボトルの出し入れの際に何か引っ掛かりを感じた。違和感を感じながらも,レース中なのでそれ以上深く考えないで走った。
 終盤はかなり消耗が激しい。序盤はミドル×ローで行くことができた未舗装路の上りが,インナーでしか上れなくなってしまった。また,終盤は握力も低下。基本的にブレーキレバーに中指1本を掛け,残りの指でグリップを握るようにしていたが,終盤の常設MTBコースに至る速度の出る下りでは,ブレーキレバーに掛けた中指が外れそうになり,中指と人差し指の2本で何とかブレーキを掛けている状態だった。それにしてもergonの幅広グリップはかなり楽である。今回も恩恵を受けまくった。今回もバーエンドバー部分を持ったのは,意識的に握った数回程度だった。バーエンドバーの必要性については今後の検討課題。
 5周目の終盤,ホームストレートへ至る林道?の上り区間でペースダウンしている選手がいた。てっきり周回遅れの人かと思って抜いた。その直後に両大腿部内側膝寄りの筋肉を攣ってしまった。ペースを落として騙し騙し走っていると,さっき抜いたばかりの選手がすぐ後に迫ってきた。その後も離れずについてきて,ホームストレート上に戻る時に抜かれてしまった。そのまま2人でゴールラインを通過。アナウンスによれば17,18番目の通過ということで,同一周回を走っている選手であることが判明。その選手を抜けば,主催者発表の35名中の上位に入れることが分かった。相手は折り返し後のホームストレートの上りを重いギアを踏みながら少しずつ差を広げていく。応援らしき人が,もっと軽いギアを踏むように叫んでいる。こちらは大腿部内側の痙攣が気になって軽いギアを回すだけ。その後,シングルトラック区間に入って,前方に周回遅れの選手が現れたせいもあって,一気に差が迫った。「押し」の切り返しで周回遅れの選手を抜く。そのときは前の選手の背中が見える辺りまで迫ったが,その後はまた差を広げられてしまった。両足脹ら脛と大腿部内側の痙攣が気になってあまり追い込めない。「何とか追い抜いて順位を上げたい」という気持ちの反面,あまりの苦しさに,つい「順位など気にせずマイペースで走れば良い」などと考えてしまい,1周目に力尽きた登りの途中の舗装路区間ではかなりの差を付けられてしまった。その時点では一旦諦めたが,その後の未舗装路の上り区間で,前の選手がペースダウンするのが目に入って,再び元気が出てきた。じわじわと相手に迫り,インナー×ローの高回転で一気に抜かして前に出た。ここで差をつけないと追いつかれてしまうと思って,そのまま頂上まで回し続け,さらに勾配が緩やかになったところで前をミドルに上げ,脚の悲鳴を無視して踏み込んだ。某B組長のアドバイスどおり,下りに入ってからもしばらくは踏み込んで速度を上げた。そのおかげもあって,抜き去ったその選手に追いつかれることはなかった。
 こうなると欲が出てくるもので,前方にちらちら見えるハードテイルのスペシャライズド乗りの選手(レース序盤で抜かされてしまった人)を抜いて順位を上げたくなった。フルサスのメリットを生かして下りで差を詰めて後方に迫ってプレッシャーを掛けた。しかし,ここで焦りからコントロールを失ってミスコースして止まってしまい,かなりの差を付けられてしまった。気を取り直して再度追撃。今度はミスに注意しながら追いつき,何とか抜き去った。その後もシングルトラック区間が続くので気を抜けない。ここで差をつけないと最後の平坦区間やホームストレートに至る林道の上りで追いつかれてしまうと思い,ペダルを回し続ける。一旦,舗装路に出たところで,すぐに相手が現れないのを確認して,多少安心できたが,1回の落車等で追いつかれてしまうかもしれないと思うとなかなか気は抜けない。常設MTBコースに入って,後方とかなり差が開いているのが分かってようやく一安心。最後の林道の上りで周回遅れらしき選手をパス。ここでまた大腿部内側が攣りかけたが,何とかこらえて登りを走りきり,ホームストレートの下りを流してレースを終えた。「13位」とのアナウンス。一瞬,「あれ?」と思ったが,後で結果を見て,招待選手がいるのが分かって納得(招待選手込みの順位は計算どおり?16位)。所要時間は2時間50分だった。
 久々のMTBレースで,相変わらず課題は多いけど,予想以上に走れた気がする。このまま調子を上げるとともに,「朝ツー」で未舗装路の走りに慣れて,Jシリーズでも良い走りをしたいところである。
 追記その1。
 レースで初めて使うデュアルコントロールレバーの操作,右(後)側は迷うことはなかったが,左(前)側は,インナーからミドルに上げる際に,なぜかレバーを押し上げる動作をして空振りしてしまうことが何度かあった。後の変速に比べると回数的にはあまり多くないので特に大きな支障はなかったけど,もう少し慣れておきたい。
 追記その2。
 ボトルの出し入れがしにくくなった問題,レース後に自転車を積み込む時点では気づかなかったが,帰宅後,洗車中に,樹脂製ボトルケージ(S社リブケージプロ)の後側が千切れて無くなっているのに気づいた。このボトルケージは,2002年のJシリーズ最終戦の八幡浜の会場で買ったもので,これもレースで使うのは初めてだった。壊れた原因は不明だけど,やはりレースでは金属製のが無難みたい。

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 4月3日 秩父サイクルフェスティバル・シーズンオープニング祭り2005・シクロクロス(エリート)
 昨年秋の本格的シーズン前に参戦した秩父サイクルフェスティバル・シクロクロス部門。今回はマスターズの対象年齢が引き上げられたためにエリートでの参戦。相変わらず技術のない自分にとっては苦手なコース設定だったけど,前回よりは多少マシな走りができた(と個人的には思ってる)。詳細なレポートはこちら

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 5月3日 2005年筑波春の8時間耐久レース 97位(全体)/381チーム
 板橋の店で誘われ,久々に舗装路の耐久レースに,しかもチームで参加することにした。店に出入りする人たちのチームに加えてもらった形になったため,レース当日までほとんどのチームメイトと顔を合わせることすらない状態。1人がフラットバーでの参戦ということなので,オープンクラス?ということらしい。総勢384チームの参加ということで(結果的には381チームだったみたい),どこも人でごった返していた。
 朝のうちは曇り空だったけど,現地に着いたころから日が差すようになり,支度をするころにはきれいに晴れ上がっていた。日差しが強く気温も上がりそう。今日は半袖ジャージ(+半袖下着)+レーパンの組み合わせ。チームで衣を統一するという話もなかったので,気合いを入れるためのVerdadジャージを着用。妻からうるさく言われていたこともあったので腕と足に日焼け止めクリームを塗る(ただ,腕は,塗りむらがあったせいで部分的に日焼けしてしまったし,脚は途中でマッサージオイルを塗り直したりしたせいで日焼け止めクリームが薄くなってしまったみたいでやはり日焼けしてしまった)。
 5名で参戦なので,計算上は1人あたり8時間÷5=96分の走行時間。最終走者は決まっていたので,残りの順番をじゃんけんで決定。最後まで負けて最初の走者となった。序盤は様子見で1人あたり6周,約20分を目途に交代してゆくこととなった。
 試走時間まではうだうだと過ごす。予定より若干遅れて試走時間となったので,アップ代わりに走る。1周2km強と,鈴鹿サーキットや袋井のテストコースに比べるとかなり距離が短い。おまけに高低差もほとんどない。コマネズミのようにぐるぐると回っている感じである。384チームに所属する個々の選手が一斉に試走していることもあって,コース上はどこも人で溢れかえっていた。
 当初の予定では午前10時のスタートのはずだったが,時間が近づいても計測チップが配られず,結局40分遅れでスタートということになった。過去何度も開催されている大会であることを考えると,手際が悪すぎるように思えた。スタートは,コースの左右にゼッケン順に並び,そこから一斉にスタートするというもの。自分のチームは160番台のゼッケンなので先頭からはかなり後方。先頭集団に入るためには序盤から飛ばさないといけない。それでも全体では中程の位置。最後尾の人たちはホームストレートに入り切れず,最終コーナーにまでかかっていた。とにかく人が多い。
 各チーム,選手のほか,サポート1人がコース内に入れるということだったので,両足をペダルに固定した状態でサドルを支えて貰ってスタートを待つ。今日は乳バンドを忘れてしまったので,心拍計は時間を計測するストップウォッチとして代わりになるだけだった。本気で順位を競うレースでもないので,かなりリラックスした状態でスタートを迎えることができた。
 5秒前からカウントダウン。2秒くらい前にすぐ近くの気の早い選手が飛び出していくのが見える。こちらは時間どおりにスタート。コース左右から一斉に沢山の走者が飛び出してくるが,速さも走り方も様々な人がいるので気を遣う。一気に速度が上がる。遅れないため,左右後方の安全を確認しつつ,速い人の後に続いて前に出る。心拍が計測できないが,おそらく一気に180台くらいまで上がっているはず。後方からどんどん前に出て行く人がいるけど,自分の方は1周目の終盤から早くもきつくなってきた。長く伸びた集団の後方に必死に食らいついて走る。あっという間に1周目が終わってしまう。気が付くとすぐ後方は走者がいなくなっていた。空気が乾いているせいか,喉がすぐカラカラになってしまう。喉を湿らせるように水分を補給。2周目が終わって3周目に入る際,ホームストレート上が何か騒がしいと思ったら落車だった。3周目も集団の勢いは衰えず,終盤でついに力尽きて中切れしてしまった,と思ったら,最終コーナーで大きく赤旗が振られていた。赤旗の意味を思い出しながら(この時点で,なぜか自動車競技の黄旗の意味の方を思い浮かべてしまった)ホームストレートに差し掛かったところ,レースは(一旦)中止とのアナウンス。思い切り力が抜けてしまった。ゆっくり走って息を整えるとともにクールダウン。
 結局,午前11時10分からの再スタートとなった。その前に計測チップの作動具合を調べるためにさらに1周走らされてからスタート位置につく。今度も同じようにスタート。今度も同様に前後後に注意しながら前に上がる。余分な3周のおかげで身体が温まったせいか,それともみんな余計な運動で疲れてしまったせいか,再スタート後は集団から千切れることなくついて行けた。再スタート後の2,3周目くらいの時に,ダンロップコーナーに差し掛かった際,左前方で1人が落車して(原因はよく分からなかった),そこに突っ込むようにしてさらに2人ほどが巻き込まれるのが見えた。次の周回の時も1人はまだ倒れている様子だった。打ち合わせどおり,6周で交代することにし,6周目に入るホームストレートでピットに向けて合図。そしてピットイン。不格好なセンサーを取り外して次の走者に手渡す。序盤だというのに結構足にきている。溜まり場?に戻ってから,ローラー台を使って5分ほどクールダウン。梅干しタブレットを補給した後は,早めの間食。脚には筋肉リフレッシュオイルを塗ってマッサージ(以後の休憩時も,ローラー台でのクールダウンとリフレッシュオイルでのマッサージ,梅干しタブレットでの塩分等の補給は欠かさなかった)。その後は出番までのんびり。
 2巡目以降はうまく速い集団を捕まえることができるかどうかで楽さが違う。チームの他の人は,ちょうどいい集団を見つけられずほとんど1人で走った人もいたみたい。私の時はコースに出て1周も走らないうちに,うまい具合に追い抜いていく集団を見つけることができてその後方につくことができた。2巡目も6周で交代。終盤,間食時に飲んだトマトジュースが若干逆流しかけた。最後の方は前方で中切れするような感じになったけど,切れた人達の集団に残れてあまり速度を落とさずに終えることができた。2巡目を終えた後の休憩時に折り畳み椅子に座った状態でうとうとと仮眠。
 3巡目からは作戦変更で体力がそれなりに続く限り走ってから交代することになった。最初は他の人を風よけに使いながら自分のペースで前に出る(約36km/hくらい)。後に何人か付いて来ている感じがあったが,しばらくはそのまま飛ばす。最終コーナー前の直線で,そろそろ替わって貰ってもいいのだろうと思い,脇に避けて先頭交代を促す。このときすぐ後についていた人もきついみたいで,一旦は集団が崩壊したけど,すぐ後から別の集団が来たので,そこに合流することができた。集団だと40km/hで進んでいける。交代回数まで規定されている耐久レースだけあって,入れ替わりが激しく,なかなかまったりとした具合にはならない。良いペースで走ることができたので,ここでは30分を目標にすることにした。1周の距離が短く,周回数を数えるのはやっかいだったけど,1周3分ちょっとで回ることができたので,時間が目安となってくれた。8周回目に入る時にピットに向かって2周の意味で指2本を立てた。意味は通じたみたい。9周目に入る時に指をくるくる回して交代の合図。3巡目も,中切れはあったけど,集団のまま終えることができた。
 3巡目が終わったころから,若干日が傾いて,風も冷たくなってきた。休憩時はウインドブレーカーを羽織って身体を余り冷やさないようにした。計算上は次が最後となることから,ここでアミノバイタルプロを補給。この3巡目は皆30分くらい走っていたので,休憩時間が若干長かった。
 4巡目になると残り時間も計算できるようになってくる。この時も特に規定周回数は予め決めず,適宜交代することになった。交代前は8周を目安にすると伝えてコースに出た。ここでもうまく速い集団を捕まえることができた。ただ,さすがに終盤ということもあって段々スピードが出なくなっている。40km/h超の速度には付いて行けず,38km/hくらいの人たちについていく。疲れは溜まっていたけど,最後だし,ここでも9周を走ることにした。こうして自分の役割は無事に終えた。
 1時間10分遅れで始まったこともあって,自分の走りが終わったころからコースはかなり暗くなってきて,赤色点滅灯が義務づけられるようになった(ただ,コース上は照明のおかげで明るく,前照灯は必要なかったみたい)。最後は真っ暗な中で,苦労しながら同じチームの走者を捜して応援していた。
 久々の耐久レース,チーム参戦ということでお気軽仕様で望んだけど,交代を前提に走っている集団はかなりの速度で,結構良い感じの練習にもなった(心拍計を使えなかったのは痛い)。筑波という比較的近場でアプローチもまあまあ。惜しむべきは運営側の手際の悪さか(+1チーム5万円という参加費の高さ)。次回までに少しでも改善されていることを望みたい(とはいえ,10回以上も開催しながらこの状態なので,あまり期待できないかもしれないけど)。

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 5月22日 第2戦 泉が岳(スポーツ) 45位/102人(完走)
 久々のJシリーズ参戦。かなり不安な気持ちで臨んだが,何とかポイント圏内で終えることができた(多分)。詳細なレポートはこちら

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 6月5日 第3戦 富士見パノラマリゾート(スポーツ) 60位/152人(完走)
 今期2戦目。3年前に参戦したときの激坂は消えていたけど,やはり登りがきつかった。序盤(+前日)の落車で苦戦しながらも,何とかポイント圏内で終えることができた(はず?)。詳細はこちら

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 7月10日 第4戦 田沢湖(スポーツ) 41位/98人(出走・完走)
 Jシリーズに参戦するようになって初めての雨レース。練習不足もあってかなり辛かったが,苦手?な下りを(自分的には)無難にこなすことができて,今回も何とかポイントを獲得できた。詳細はこちら

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 7月18日 全日本MTB選手権大会 富士見パノラマリゾート(マスター) 49位/77人(完走)
 因縁?の富士見。近場ということで,ポイントはほとんど期待できないけど,調整レース?ということで参戦。2002年のJシリーズ参戦の際はトップに周回遅れにされて終わったけど,今回は何とか完走することができた。ということで自分的には良い結果。詳細はこちら

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 7月31日 JCFジャパンシリーズ XC第5戦 白馬さのさか(スポーツ) 41位/142人(出走)・127人(DNF以外)
 スタート直後の激坂が有名だけど,下りも結構怖いさのさか。3年前の雪辱を晴らすべく参戦。序盤でずるずる遅れてどうなることかと思ったけど,「落ち穂拾い」が功を奏し,終わってみれば目標の40位台を確保できた。というわけで自分的には満足。詳細はこちら

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 9月18日 JCFジャパンシリーズ XC第6戦 青森モヤヒルズ(スポーツ) 24位/66人(出走)
 1ヵ月半ぶりのレース。この間LSDで走り込みはしたけど,追い込む走りができなかったことや,雨のため滑りやすいシングルトラックにかなりの苦戦。ただ,参加人数のおかげもあって,24位という順位でレースを終えることができた。詳細はこちら

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 11月5日 秩父サイクルフェスティバル2005秋・シクロクロス(エリート)
 今期もシクロクロス初戦は秩父サイクルフェスティバルから。前年に比べると時期が遅く,自分の中では本格的なシリーズ戦の前哨戦としての位置づけ。春に引き続いてエリートでの参戦だったが,序盤から集中力が途切れて落車の連続。春に比べても散々な結果に。詳細なレポートはこちら

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 11月13日 2005-2006シクロクロスミーティング第1戦(カテゴリー2)
 今期のシリーズ初戦のシクロクロス。前の週の秩父で散った後は「小技よりも登りのパワーと下りの勇気が必要」という宣伝文句付きのコース。体調的にはまだまだという感じだったが「あわよくば90%!」のつもりで出走。「そうは問屋が卸さない。」という結果(9位/11人(出走),83%)。まあ,前の週よりはマシな走りができた点で良しとすることに。詳細なレポートはこちら

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 11月20日 2005-2006シクロクロスミーティング第2戦(カテゴリー2)
 慣らしのつもりの初戦の後,風邪をひいてしまって全く練習もできないまま望んだ第2戦。初戦は試し,第2戦から本格的に行くつもりだったのが全てパー。参加自体どうするか迷ったが,昨シーズンも風邪でDNSが続いて調子に乗れなかったことや,病みあがりで期待しないで臨んだ大阪寝屋川ステージで残留基準の1つを達成できたこともあったので,頑張ってみることに。後半,タレてしまったけど,先週よりはましな走りができた気がする。17位/19人,89%。詳細なレポートはこちら

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 11月27日 2005-2006関西シクロクロス第2戦(カテゴリー2)
 今期初の関西シクロクロス。相性はいまいちの野洲川河川敷。関西シクロクロスのC2は強豪が集まるので,満足に走らせてもらえないことが多い。とにかく今回は駄目もとで最初から飛ばしてみることにした。朝のうちは結構やる気満々だったけど,レース前になると何か疲れが出てきて,不安な気持ちが強くなってしまった。案の定,やはり散々な結果。45位/49人,88%。詳細なレポートはこちら

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 12月4日 2005-2006シクロクロスミーティング第4戦(カテゴリー2)
 昨年は,前日の台風崩れの雨のせいで田んぼ状の泥に苦しめられたコース。今回は多少水を吸った区間があるだけ。昨年は2戦目であともう少しの88%,今年は5戦目で,そろそろ90%を,のつもりだったけど,平坦部分の脚力の差が出るレースにギアの選択ミスもあってずるずる遅れたが,「重いギア!」を心がけて最後まで踏み通した。レース後の時点では駄目かなと思ってたけど,結果は17位/20人,91%と,ようやく90%を1つ達成。詳細なレポートはこちら

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 12月10日 2005-2006関西シクロクロス第4戦(カテゴリー2)
 全日本選手権観戦を兼ねた関西遠征。前前回,前回に引き続いて平坦基調の脚力がものを言うコース。後半は疲れが出てきてじわじわ遅れたけど,自分的には結構走れたという感じ。21位/46人(完走)と,これまでのC2では一番上位の成績。レース後に発表された結果は,先頭でゴールしたオープン参加の選手を基準に記されていたので86%だったけど,正式な結果では95%!今期も何とか残留を果たした。詳細なレポートはこちら

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 12月18日 2005-2006シクロクロスミーティング第5戦(カテゴリー2)
 路面凍結を心配しながら寒波が襲ってきた安曇野大会へ参戦。昨年も,申し込みをしたものの風邪でDNSだったいわく付きのコース。事前の天気予報では「最高」気温がマイナス2度。寒さと戦いながらのレース。既に残留を決めているので,気楽に出走のつもりだったけど,レース前にいろいろバタバタして落ち着いた気持ちでレースに望めなかった。それでも良いペースで走ることができて,このまま行けば90%は余裕という感じだったが,最終周に入ってこれからというところでパンク。そのまま走ったけど,14位/14人(完走),88%。”Asi es ciclismo.”詳細なレポートはこちら

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 12月25日 2005-2006シクロクロスミーティング第6戦(カテゴリー2)
 2005年最後のレースは静岡県でのシクロクロスミーティング参戦。要項には緩やかなアップダウンのコースと書かれていたけど,今回も平坦基調のコース。背後には富士山の雄大な姿を望むことができて,景色的にはとても良い場所。主に牧草地で,後は砂利道や林の中の平坦コース。凍結?した牧草地の凸凹に苦しめられ,なかなか思い通りの走りにはならなかったが,結果は8位/11人(完走),93%。とりあえず目標達成。詳細なレポートはこちら

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