2通目の手紙
おじさん。
今日は、僕の名前が授業で取り上げられました。・・・
「公平」――これは、FAIRですね。
正確には「公平な」と言うべきでしょう。
一般的にみて、良い意味で使われる言葉です。
良かったですね、睦君。君は良い名前をいただきました。
しかし、
All's Fair in Love and War.(板書)
「恋愛と戦争では、すべて正しい」、どういうことでしょう。(クスクス笑う声)
そう。つまり、恋と戦争では、何でもあり。手段を選ばない。すべて正当化される、ということです。
理性や人間性は、どこかへと押しやられてしまう、それが恋であり戦争である。
実に妙なことです。戦争はともかく、恋が? そう思っているのではありませんか?
ほらほら、そこでにたついている君、君には覚えがあるのでしょうか?(ここで爆笑)
まあ、恋については、またあらためて、考えましょう。
続けます。
「すべてが正しい」とは、「何も正しくない」と同義です。
恋では、すべて正しいが、すべて誤りでもある。
戦争は、何でもあり。卑怯な、とか、嘘つきとか、残虐とか、そんなことが実際に問題にされることはない。表向きは別ですよ。しかし、実情として、正しくないことが正しいと置換可能である、それが戦争というものです。
君たちは、もう小学生の子供ではありません。言葉そのまま、つまり「直訳」を鵜のみにしてはいけません。その言葉、その文のむこうにある意味、それをしっかりと受け止め、さらには、自分なりにその考えを自問する、そんな姿勢を持たねばなりません。
FAIRという、実にすばらしい言葉さえ、人間の勝手で、FAIR とは縁遠い意味合いを持つ状況も生まれる。どんな良い言葉も、勝手にどうにでも捻じ曲げられる。
そのことは、肝に命じておきましょう。言葉を学ぶとは、そういうことでもあるのです。
が、しかし。
私は、英語の教師である。受験で英語に失敗してもらっては、私の立場がない。仕事を失うことを恐れる私は、そんなことばっかりは言っておられない。
というわけで。
井上君。FAIRの反対語は何ですか?
――UNFAIRです。
そのとおり。UNFAIRですね。
UNというのは、否定、欠如、反対を表す接頭辞でしたね。
さて、どんな言葉を思い出しますか。
――UNBALANCE! UNEASY! UNPUNCTUALLY!(ここで、爆笑)
真北君、この前の「アンパンくうちゃりぃ」の癖が身についてしまったようですね。(再び、笑い)
アンパンは身についてしかるべしですが、その発音PRONUNCIATIONは、身につけない方が無難でしょう。
未来の君のマドンナが、まあ、田舎中学の真北さんだわ、この単語教えていただこうかしら、と寄ってきた時に「アンパンくうちゃりぃ!」では、本式の田舎っぺと思われてしまうのがオチです。
そうならないためにも、はい、発音して。
――UNPUNCTUALLY!(アンパンクチュアリ)
はい、結構でした。
では、皆さんも。
はい、結構。
・・・といった具合なんです。
何だか、胸の奥にドカーンと何か落ちてきたような授業でした。よもや僕の名前からこんな授業になるなんて。先生は少しも説教くさくない、むしろ笑いに充ちた授業だったのに。ずぅんと響いてるんです、おじさん。
ここまでとはいかないまでも、ほかの教科もこんな調子で、その日のトピックを教材にして授業が始まるんです。これには脱帽です。これひとつ取っても、都中学とは大違い。
でもね、おじさん、だからといって先生が全員すばらしいか、というと、そうでもない、とクラスの仲間は言っています。
説教狂の先生あり、体罰狂の先生あり、白昼夢先生あり・・なんだそうです。
今日の英語の先生も、全然笑わないのにはびっくりしました。でも、先生は笑わないのに、生徒の方はとにかく笑い転げながらいろんな知識が脳みそに入るというのですから、すごいでしょ。知識だけでもない、何かを授かったような気のする授業です。
この先生はやはり、人気ナンバーワンなのだそうです。当然のような気がします。
今日は、その先生からの膨大な宿題が出ています。
本当は、こんな長々と手紙を書く余裕なかったのですが、どうしても書かずにいられなかったんです。
さあ、これから大変です。
ということで、ここで終わりにします。
どうぞ、風邪などひかれませんように。
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