杜が丘異聞――NS・田舎中学バージョン



3通目の手紙

おじさん。
UNFAIRの授業以降、僕は「フェア君」と呼ばれるようになりました。あんまりありがたかくないニックネームですが、前の都中学での「チビ公」とか「おムツ」とかに比べたら、数倍良いと思います。

都中学といえば、否定接頭辞の学習では「un-mis-in-des-non」というのが流行っていました。誰かの参考書に、否定接頭辞の覚え方、として出ていたというのです。
ひところ僕たちの間では「アン・ミス・イン・ディス・ノン」と言い合うのが挨拶みたいになっていました。おじさんたちの昔の英語では、こういう覚え方ってありましたか。

今日、その「アン・ミス・イン・ディス・ノン」の話を、帰り道が一緒の三人の級友たちにちょっと話したのです。
すると、突然一人が立ち止まり、空を見上げました。
これほどの反応を受けるとは思ってなかったので、むしろ驚いたのは僕の方です。
あとの二人は、にやにやしていました。
僕がひとこと彼に言葉をかけようとした時、彼は空を見上げていた首をついと戻し、にっと笑ったのです。そして、言いました。
「なかなかうまいな」

「・・・は・・・?」
呆気にとられるというのは、この時の僕のような状態ではないかと思います。
「アン・ミス・イン・ディス・ノン」という覚え方はなかなかいい、という意味かとも思ったのですが、それにしてはあまりに時間がたちすぎています。
二の句が継げずにいると、彼が再び、言いました。
「アンミツイイデスノー」
「・・・へ・・・っ??」と、僕。
間抜けな反応だと笑わないでください。わかるでしょう? おじさん!
そんな僕を無視し、あとの二人が唱和するように言いました。
「アンみつ、いいですのぉ」

ア、ア、アンみつ?! いいですのぉ???
僕はきっと、口をパクパクしていたろうと思います。
すると、最初の彼が、何ということもない顔で僕に尋ねました。
「フェア君。君、今、お金、いくら持ってる?」
いきなり人にお金のことを聞く方も聞く方だけど、
「え・・っと」と言いながらカバンを開けようとした僕も僕です。

おじさん、今また笑ったでしょう。僕にはそれが見えます。まあ、笑われても文句は言いません。僕がおじさんなら、大いに笑ってやります、素直でアホな中学二年生の公平クンを!
結局、編入祝いだということで、僕ら四人は「僕のお金」で「僕の歓迎会」をすることになりました。

「アンみつが逸品なんだ」との彼の勧めで入ったのは、「千田屋」という甘味処。
内心ぶつくさ言いながらしぶしぶ入ったのですが、これが大当たり! 都ではついぞお目にかからない、すこぶるおいしいアンみつでした。
「アンみつ、イイですのぉ〜」とさかんに言いながら、かの級友たちは顔をとろかしつつ食ってました。罪のない顔した彼らを見ていると、何だか怒る気持ちも失せてしまいました。

が。食べている途中、急に三人がふにゃけた顔を緊張させたかたと思うと、いきなりガタンと音をたて、弾かれたように椅子から立ちあがるではありませんか。わけがわからないものの、僕も後に続きました。
三人の視線の先には、めがねをかけた日陰のもやし、といった風情の学生がのっそりと立っていました。あはあ、きっと「先輩」だな、と僕は直観しました。
「先輩」というのは、どうやら都でも田舎でも変わりないようです。僕は「先輩」という存在が、あまり好きではありません。もちろん、人によりけり、なんだけど。

後で聞いたところ、「千田屋」の息子で千田次夫というのだそうです。田舎中学三年生(ただし落第三年生)だそうです。ひょろひょろした、ちょっとつかみどころのない、でも悪気のなさそうな先輩でした。聞けば、物凄い俊才なんだとか。ふぅん・・・と、僕はちょっと意外な気がしました。

で、食べ終わって店を出ようとした時、なんと、この前の手紙にちょっと書いた「弁慶」にも出くわしたんですよ、おじさん。
戸口で体をぶつけてしまった僕が仰天しておろおろしていると、「よぉ。ここのアンみつ食ったか。なかなかだったろ」とドスのきいた、でも何だかほっとするような口調で話しかけてくれたのです。人は見かけによらないって、本当ですね、おじさん。
後で聞くと、千田屋の息子と弁慶とは親友なのでそうです。「花の四人組」って、田舎中学の名物グループの仲間なのだそうです。
僕には、とても「花」には見えない二人ですが、花だっていろいろですから、いいです。
どういう名物かは教えてもらえませんでした。そのうちわかるよ、と僕のお金でアンみつ歓迎会をしてくれた彼は、何やら意味ありげなものいいで応えただけでした。

なんだか、ヘンな学校です。
でも・・・「アンみつ、いいですのぉ」・・・は、ないんじゃないかなあ。
英語の接頭語の勉強をするたびに、思い出しそうな気がします。

それでは、今日はここまで。
あ、そうそう、ネムねえさんに、「個展おめでとう!」と伝えておいてください。
「ネムおばさん」とはやっぱり呼べないや。だって小さい時から「ねんねーちゃ、ねんねーちゃ」と言って遊んでもらってたんだもの。
今度、長期休暇の時に会えたら嬉しいんだけど。
とにかく、ネムねえさんに「絵の方がんばって!」とお伝えくださいね、おじさん。
では。

4通目につづく

メインページへ
祭りもくじへ