6通目の手紙
おじさん。
長い間、お手紙出さないですみませんでした。でも、その代わり、と言ったら変だけど、大ニュースをお知らせしますからね。乞う、ご期待!です。
まぁまぁ、慌てないでください。僕だって、少しは書き方を工夫して、おじさんにアッと言わせたいんですから。
事は、あの憂鬱で不安な「決闘」騒ぎから始まります。
土曜日の四時、集合場所は鎮守の森(ここは昼間でも薄暗いんです)。
一年二クラス、四十名。二年二クラス、三十八名。三年選抜二十二名の計百名。参謀と指揮官は別で、五名。四年が二名、五年が三名。それにオブザーバーとして、名誉五年が二名ずつ(名誉五年というのは、はっきり言えば落第組のことです)。
ものものしいこと限りなし、でしょ? 今だからこんなふうに陽気に書けるんだけど、本当は当日まで、食事ものどを通らなかったんだから。
とにかく決闘の日が来ました。僕は覚悟を決めました。少々怪我しても、僕にはパイプ先生がついている! 僕だって男だ、がむしゃらに突っ走っていく時だって必要なんだ!とかなんとか心の中でわめいて、無理にでも気持ちを奮い立たせようとしたんです。なんて健気だ、と思いませんか?
ところが僕は結局、決闘シーンを抜け出して、騒ぎがおさまるまで森の祠でじっと身を潜めることになったのです。
おじさん、僕が自分からそんなことできっこないことは、おじさんが一番よく御存じですよね。逃げ出したい状況にあっても、僕は逃げ出さない。覚悟があるから逃げない、のではなく、逃げる勇気がないから逃げない。
そうなんです。僕は、見知らぬ誰かに腕を引っ張られて、あれよあれよと言う間に・・・気がついたら祠の中だったというわけです。
鎮守の森から少し離れた所に、その祠はありました。が、その祠の中というのが、とっても暗いのです。もともと鎮守の森自体、暗かったのですが、祠はその比ではありません。異質な空間に迷い込んだような気分でした。
だから僕は、決闘から抜け出せた安堵感よりも、そんな所に連れ込まれた恐怖感の方に捕らわれてしまいました。
で、次の瞬間、これは僕自身、とても不思議に感じたのですが、僕は、もしも相手が不埒な悪党だったりしたら、断固戦うぞ! とキッと身構えていたんです。
ひょっとしたら僕は、自分が考えているほど弱虫じゃないかもしれない・・・と、ちょっと体が熱くなりました。
でも、結局、僕は戦う必要はありませんでした。僕を引っ張ったその人は、やはり田舎中の生徒だったのです。悪党どころか、言葉づかいから物腰から、そう、貴公子といった雰囲気を漂わせている優しい上級生でした。
何せ暗い祠ですから、しっかりと見ることはできません。でも、感じというのはつかめるものです。そうなると、僕の恐怖心は、今度は羞恥心に取って代わりました。
「あの・・・」
やっと口を突いて出た言葉は、その先を知らず、という情けない有様。
でも、扉の方を向いていたその人は、ちょっと振り返って僕に話しかけてくれました。
「決闘なんて、初めてで驚いたろ」
・・「はい・・」・・
「怖かった?」
・・「いえ・・あ、いえ、怖かったです・・でも、どうして僕を助けてくれたんですか?」・・
「怖いだろうな、と思ったからさ」
・・「でも、みんなは、まだ、頑張ってるんですよね・・」・・
「気になる?」
・・「ちょっと・・僕だけ逃げ出して、卑怯かも知れないなって・・」・・
「卑怯、か。そうだね。君にはおせっかいだったかもしれないね・・」
「いえ!ちっとも! 僕、ほんとは、逃げたかったんです。こっちが全然手も足も出せないうちに、ボカスカやられちゃって・・ギュッと押え込まれて・・僕、何とか立ち上がったんですけど・・あの時、助けてもらわなかったら・・僕・・」
おじさん。
僕は本当に、卑怯者にはなりたくなかった。
でも、もっと切実に、やられたくないって思ってた。
その人に言い訳しているうちに、本当の気持ちが流れ出してきて。
恥ずかしいことに、僕、半泣きしていました。
でも、その人は何も言わなかったし、ただ黙って優しそうに(見たわけじゃないけど、そういう気がしたの)見守っていてくれました。
しばらくしてその人は静かな調子で、こう言ったんです。
「助けたのは、君一人じゃない。怖がってた下級生はみんな、手分けして助けだした、僕の仲間がね」
僕は、自分一人が卑怯で弱虫なんだと思っていたのに、他にもやっぱり決闘を嫌がっていた生徒がいた、そのことだけで随分と気が楽になりました。
と同時に、決闘にはもともと救護班というものがあったのだなと思いました。
そのことを尋ねると、そんなものはないよ、とその人は笑いながら答えました。
僕がもっと突っ込んで聞こうとした時、突然、「どうやら終わった」と、その人は立ち上がりました。僕は言葉を引っ込めました。
祠の扉を開けた途端、僕の目を、鋭い陽の光が射抜きました。痛い!っという感じで。
僕は一瞬、体が竦んでしまいました。鎮守の森といい、祠の中といい、とにかく暗い暗いずくめだったのに・・信じられないその突然の明るさに、僕は目だけでなく心まで幻惑されてしまっていたのです。
そんな僕を、その上級生がどのように見ていたかは知りません。でも、僕の伏せた目に、その人の白いシューズが映りました。僕はやっと落ち着きました。
そして初めてその人の顔を見上げたのです。そしたら―――
おじさん! 僕は、あの時の自分の気持ちをうまく表現できません。
ただ、僕は直感しました。この人だ!って。
そうなんです。間違いなく、その人です。
その人こそ、おじさんが言ってらした、あの「空前絶後の美少年」です!
でも、おじさん。正直なところ、その人の顔がどのような造作だったか、僕はきっちりとは言えません。
僕が前にいた都中学にもきれいな生徒は結構いましたが、彼らとは全く異なるのです。目がパッチリしているとか、女の子のように色白だとか、口びるが紅いとか、睫毛が長いとか、そんなことではありません。
強いて言えば、雰囲気です。ATMOSPHEREです。
僕は、実のところあの陽の光さえ、ひょっとしたらあの人が発したものではないか、と後で考えたくらいです。
「この時間帯には、西陽がちょうどこの角度に射すんだ」と、その人は言いましたが、僕は今でも少し疑っています。
次の月曜日、僕は思いもかけず、その人の訪問を受けました。
・・・今日、五年生に呼び出しを食うかもしれないけれど、その時は、三年の中野ってやつが無理やり引っ張って連れ出したんです、と答えておくといい・・・
その人は、それだけ僕に伝えて帰りました。
僕は五年生からの呼び出しのことなど、もはや少しも怖くなくなっていました。
それより、朝の光の中で見るその人は、もう・・・
僕は、間違いなく、真っ赤っ赤だったと言い切れます。
それを見た級友たちの大騒ぎったらありません。
やはり、その人、空前絶後の美少年、中野さんは、この田舎中学のスーパーヒーローだったのです!
その中野さんに助けてもらったと知った級友たちの顔。
僕は、もみくちゃでした。
土曜日の決闘では、被害甚大。靴を持って行かれた者、帽子を取られた者、学生服のボタンを引きちぎられた者は言うに及ばず、ズボンをはぎ取られたり、最もひどいのになると、何とパンツまで全部持ち逃げされた生徒がいたとか言いますから。
どうして彼らを、中野さんたちは助けなかったんだろう? と心の中で不思議に思いましたが、むろんそんなこと、口に出したりするもんですか。
今なら僕ははっきり答えます。
卑怯でも、いい!って。パンツなんか持って行かれたりした日には、間違いなく僕は自主退学します。
本当に、良かった!
今日は、ここで終わりにします。お祖父さんには、何事も順調と伝えてください。でないと、すぐにでも戻ってこい! と怒鳴られそうで。
いろいろ蛮行が行われる奇妙な学校ではあるけれど、波風立たなかった都中学とは違った意味で、楽しいこともありそうな気がします。
パイプ先生も愉快で親切です。ちょっぴり変わった所もあるみたいだけど。
では、おじさん、おやすみなさい。
7通目につづく
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