杜が丘異聞――NS・田舎中学バージョン



7通目の手紙

おじさん。

前言撤回します! この学校の生徒は(殊にうちのクラスは)ことごとく野蛮人です。
僕は、もう二度と学校へなんか行きたくないです。パイプ先生は、そんな柔な神経でどないするんや、と変てこりんな口調で笑うのですが、僕には絶対に許せません。

先日、僕が学校に行くと、みんなが何食わぬ顔で、こう聞きました。
「フェア君(あの授業以来、僕は、こう呼ばれてました)、ケンベンは持ってきたかい」
「ケンベン? 何、それ」
「ケンは検査の検、ベンは便利の便!」

便利の便、なんて言われてわかるわけありません。僕は、ポカンとしていたと思います。
そしたら、周りの連中がクスクス笑いだすではありませんか。
僕は、やっとわかったのです。急に顔中がカッカッとしてきました。

「そんなの持ってきてないよ」
「だめじゃないか。隔月二十日は検便の日で、毎朝、提出しなくちゃいけないんだぜ」
「そうだよ。忘れ物した人数でクラスの成績が下がっちゃうのに・・」

そんなこと急に言われたって、僕は転校生だからわかりっこないよ・・と、ここまで出かかってはいたのだれど、みんなの目が恨めしげに僕を見つめているものだから、僕は、つい、しょぼくれてしまったのでした。

「よし。それじゃ、仕方ない」
学級委員の広田君が言ってくれたので、僕はホッと胸を撫で下ろしました。
ところが、この広田のやつが、とんだ食わせものだったのです。

「今日中に、提出してくれれば、いいよ。先生の許可を取ってみるよ」

今日中に、って・・
僕は今度は蒼くなりました。一日一回。これがやっとなんだから。
朝、頑張って出したものを、どうしてまた出せるっていうんだ・・と、これも思いはしたのですが、抗議なんかできません。何しろ、みんなは委員の広田に同情的眼差しを送っているのですから。

その時、僕は「検便」というそのこと自体を疑ってみるべきだったのです。寄生虫なんかとっくの昔に駆除されているのに。いくら田舎という名称の町だからって、生活環境が大きく違うわけではないことくらい、ちょっと考えたら気づくはずなのに。
おじさんは、僕のことをよく「幼児顔したオマセ君」と言ってましたが、「生意気顔したトンマ君」と改めてくれていいです。

しかし、あいつら、知能犯なんです。
先生にも手を打ってあったんです。

「先生。クラスの忘れ物は、一人でした」
「ひとり? 誰だね」
「睦 公平君です。でも、彼は転校して間もないことですから・・それで、先生。お願いなんですが、忘れ物、取りに行ってもいいですか?」
「取りに・・・いつだね」
「今からです」
(今からだって!)
「はい。それで、睦君ひとりでは心細いかもしれませんから、班の者の連帯責任ということで、一緒に取りに行ってやろうと思うのですが・・」

冗談じゃない! 何が心細いってんだ! 他人と一緒にウンコなんか取られてたまるか! と言えるような勇ましさは微塵もなく、熱さえ涙さえ出てきた僕です。
どこか大らかなところのある担任の京野先生は、多少のことなら自分のホームルームの時間くらい割いてやっても良いと考えるようなタイプなのです。それが災いすることも多々あるらしいのですが、いっこうに頓着しない先生なのです。

僕は結局、数人の「心優しき生徒たち」に取り囲まれるようにして、無理やりトイレに押し込まれてしまいました。
一分毎に「出たか?」です。そんなもの出るもんですか。
第一、僕は、しゃがみさえしませんでした。たとえ、おなかが痛い時でも、誰かが外で待っていると思ったら、途端に僕の腸は運動停止してしまうのです。
そんな過敏な僕が、「出たか?」と催促されながらウンコなんかできますか!

でも、敵は相当しつこいので、本当に脂汗ものでした。こんな場合、フン!と箱の中でふんぞり返っていられる精神力が欲しい・・そう思うと、また、じわりと涙が滲みました。
でもさすがに、ここで泣いてなるものか! という意地くらいは、この僕にだってあります。

ついに委員長の広田が、
「こいつ、どうやら便秘らしいな」と宣言。
「じゃ、明日も出ないかもしれないじゃないか」と、もう一人。
「その時は、医務室で浣腸をもらってきてやろう」と、また広田。
「そうだな」今度は別の声。

この時の、僕の気持ち。おじさん、わかりますか? 世の中、真っ暗やみ・・・貧血起こして倒れそうになってしまったくらいです。

でも、これすべて、彼らの邪な陰謀だったんですからね!
検便なんて、真っ赤も真っ赤、深紅の特大嘘だったんです。京野先生にまで手を回し、今日の午後の授業で某かの教材が必要である、との虚偽の通知を耳に入れていたのです。すべてつじつまが合うように巧妙に仕組まれていた罠!!!。

僕は、それを知った時、悔しさと恥ずかしさで、何にも考えられなかったです。一日中、授業も何もあったものではありません。唇をただかみしめて、ひたすら俯いて・・だって、涙なんか流そうものならそれこそ敵の思うつぼ、ではありませんか。
今回の件で、これだけは自分でも偉かったと思っています。誰とも口を聞いてやりませんでした。エヘラエヘラなんてするもんですか。帰ってから、その分、布団の上でワアワアいって泣きました。

翌朝、見知らぬ生徒が僕の横をわざと走り抜けながら、「便秘は治ったかい、ケンベン君!」と、これみよがしにからかって行きました。僕はまた唇をきつく引き結んで、厳しい顔つきをしていました。あれから僕はずっと厳しい顔つきのままです。

実は、おじさん。僕が厳しい表情をし続けるのには、もうひとつ別の理由があるからなんです。
ああ、おじさん! 僕、本当に便秘になっちゃった。
いつもの時間にしゃがみこむんだけれど、その時、決まって、あの日の広田の
「出たか?」
を思い出しちゃうんです。
そうすると僕の器官は即、停止命令を発するのです。主人の意向など全く無視して。

おじさん! 僕は絶対、絶対! 絶対!! あの連中とは仲直りしませんからね! 
今日は、終わり! 

8通目につづく

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