杜が丘異聞――NS・田舎中学バージョン



8通目の手紙

おじさん。

今日はまた少し長いお話を書くつもりです。
僕は、今日初めて三年生の教室を訪ねました。というのは、瀬尾さんという三年生に、お礼とお詫びをする必要があったからです。瀬尾さんというのは、実はこの前話した「弁慶」その人の名前です。瀬尾三郎―――それが本名です。
その弁慶、瀬尾さんとどういういきさつがあったかを、まずお話しなくてはいけません。

前の手紙で僕が便秘だと書きましたよね。そのしつこい便秘を治してくれたのが、と言うか、治す方策を与えてくれたのが、瀬尾さんなのです。
が、この僕ときたらその瀬尾さんにとても無礼なことをしてしまっていたのです。こともあろうに、瀬尾さんに対してひどい暴言を吐き、パイプ先生の診療所から追い返してしまったんです。瀬尾さんは、その日家族のお使いで薬をもらいに来ていたというのに。

大体、タイミングが悪かったのです。僕がとてもセンシティブになっている時に、「おい、便秘はまだ治らんのか?」と瀬尾さんが馴れ馴れしく聞いてくるのですから。
僕はまた例によってからかいに来たんだなと思ったのです。だって、あの件からこっち、みんな寄ってたかってケンベン!ケンベン!とからかい続けたんですからね。

でも、瀬尾さんが帰った後でパイプ先生に言われました、瀬尾は心から君の便秘を心配して言ってくれたんやぞ、と。
実は瀬尾さんも時々便秘や下痢に悩まされているというのです。それで、同病相憐れむ、というのか、僕のことを心配してくれたらしいのです。
瀬尾さんは実に立派な体格をしていて、はじめはちょっと信じられませんでした。が、それが本当なら、瀬尾さんに八つ当たりした僕に全面的非があります。
なかなか治らない便秘と、人の気も知らないではやしたてる級友たちへの腹立ちで気が立っていた僕は、いつもの公平クンではなかったのです。だいいち、いつもの僕なら、上級生相手に文句なんて言えっこありません。何しろ見上げるほどの相手なんですから。

そうそう、噂では、落第しっぱなしの五年生となっていましたが、パイプ先生によると、落第の三年生だということでした。噂がいかに当てにならないか、おじさんに何度も言われていたのに、僕は噂を鵜呑みにしていました。このことも、反省。

すっかりしょげ返った僕を見て、パイプ先生が笑って言いました。
「そう気にやむことぁない。根に持つ連中やないから。それより、これは瀬尾からの見舞いやそうな」
そう言って、トンと机の上に置いてくれたのは、一合ビンでした。なにやら緑色したドロドロの液体が詰まっています。(アオミドロ・・・)と、僕は心の中で言っていました。
何ですか、これ、と僕が尋ねると、先生はニヤニヤしながら答えました。
「連中推薦の特選便秘薬、とか言うとったな」

連中って誰のことだろうと思って、問い返したら、まあ、そのうち嫌でも出会う、と取り合ってくれません。
瀬尾さんの仲間であることには違いないので、僕は、あ、と思い当たりました。前に千田屋で聞いた「花の四人組」のことです。
パイプ先生に言うと、先生は、また笑っただけで何も答えませんでした。

さて、瀬尾さんに対する反発はすっかり消えていたものの、だからと言って、はい、それでは、と何やらわけのわからないアオミドロを、ありがたくも頂戴しようという気にはなれませんでした、最初は。

でも、おじさん。おかしなもので、便秘がますます悪化の様相を呈してくると、もうワラをもつかみたい!という気持ちになってきます。それで、ついに僕は、そのアオミドロに手を伸ばしたのです。結果は―――

勘の良いおじさんのこと、今回の文面からすでにおわかりでしょう。そうです。アオミドロは効果てきめん。翌朝、出てくる出てくる。あんなに爽快な朝は、生まれて初めてだったような気がします。
僕は、人を疑ったことを仏様の前でざんげしました。そして、とにかく瀬尾さんにお詫びとお礼をと、今日の昼休み時間、三年生の校舎へ渡っていったというわけです。

仏様も、反省する者には寛大なのでしょうか。
僕は、瀬尾さんに会いに行って、またまた予期せぬ幸運を拾ったのです。

僕は初めて三年生を訪れるというのでかなり緊張していたのだと思います。
廊下を曲がる時、下ばかり向いていました。
そしたら、突然の人影。
ウアァア!と、僕はものすごい声をあげて飛びのきました。たぶん。
さらに、まだぶつかってもないというのに、ひとりで後ろによろめいて、挙句の果てには廊下にドテン。
驚いたのは当の相手。
すぐに駆け寄ってきて「おい、大丈夫か!」と肩に手をかけてくれました。

僕はと言えば、痛いとか何とか、それどころではありません。もう、みっともないやら恥ずかしいやら。相手に謝るどころか、相手の顔を見る勇気さえ出ませんでした。すぐ立ち上がろうとするのに、腰が抜けたみたいになっちゃって。
そしたら、相手の上級生が僕の片腕を軽く捕えてスイッと助け起こしてくれました。

僕はますます相手の顔をまともに見られず、ただ床にくっつかんばかりに深深と頭を下げ、かろうじて「すみませんでした」と謝りました。
すると相手はクスッと笑い、「こっちこそ、反対側歩いてて悪かったな」と言います。

意外でした。上級生が下級生に、それも僕のような、小学生と言っても通用するチビに「こっちこそ悪かったな」と言ってくれるなんて・・・。あれこれ因縁つけられてもしょうがないのに。
僕は、自分でも気づかないうちにポカンと相手を見上げていました。
そこには、紛れもなく、屈託のない笑顔を浮かべた上級生の顔がありました。
きれいな目が印象的な上級生でした。

「で、誰かに用事か?」
その人が僕に尋ねました。
が、しばらく僕は答えられませんでした。頭の中がグルングルンと渦を巻いて、思考が働かなかったのです。
おじさん。僕はひょっとして、恋をしてしまったのでしょうか?

その時ちょうど、弁慶―――瀬尾さんが教室を出てきたところに出くわしました。
「よぉ、パイプ先生んとこの」
僕はやっと正気に返り、ひととおりの挨拶をすることができました。

ぶつかった上級生は、「パイプ先生」という言葉が出た時、へぇっという顔をしたような気がします。でも、何かほかに用があったようで、じゃな、と言うとスタスタと歩いていってしまいました。
僕がぽうっと見送っていると、急に瀬尾さんが言いました。

「あれが、志村だ」

「シム・・・エ・・・エェェーッ!」

志村! 志村! 志村! 志村! 
僕は、また、頭がグアングアンしてきました。
あの、超ジャンピング・シュート!の主だったんです!

と言っても、おじさんには僕の話が見えてこないでしょう? 少し詳しく書きます。
(今日は、宿題のことなんてどうでもいい気分です。宿題は蛍の光でも使って後でやります。今夜は月夜でもありますから)

実は、決闘の日、祠から出た後、中野さんにくっついて帰っていた途中で勇気を出して尋ねたのです、もしかしたら超ジャンピング・シュートの上級生も中野さんではなかったのかという気がして。かの日、グラウンドに残ってひとりサッカボールを蹴っていませんでしたか? と。

しかし、中野さんの答えは、NOでした。が、続けて中野さんは言いました。
「それなら、おそらく、志村だ」と。
この学校でそんな器用なことができるのは、志村くらいのものだから、と。

それから僕の「志村さん探し」が始まったのです。
が、なかなか思うようにいきません。むろん中野さんにお願いすれば話は早かったでしょう。けれど、そんなこと口が裂けても頼めません。
僕は別にサッカーを習いたかったわけではないし、紹介されたからと言って何を話したいのかさえわかりません。自分でも、どうして探したいのか、本当のところはよくわからなかったんです。
それにもってきて、検便事件の発生、さらにつづく便秘。人探しどころではなかった、というのが本当のところです。
僕の「志村さん探し」の道は、長く険しいものと思われました。
それがこんな形で見つかるなんて―――

だけど、おじさん。おかしいと思いませんか?
僕は、中野さんには志村さん(つまりジャンピング・シュートの人)のことを話しましたが、瀬尾さんには言った覚えはありません。何しろ口もろくすっぽ聞かずに診療所から追い返しちゃったんですから。

つまり、こういうことだと思うのです。パイプ先生が言っていた「連中」の中に、中野さんが入っている、ということです。そして、弁慶の瀬尾さんと、中野さんは仲間、ということです。あるいは、志村さんも、そうなのかもしれません。それだとちょっとできすぎでしょうか。

おじさん。僕、今、最高に幸せな気分です。まさしく、苦あれば楽あり、ですね。
便秘も治ったし、空前絶後の美少年のみならず、超・ジャンピング・シュートの人にも助けられたし。(もちろん、助けてもらうより、もっとカッコよく出会いたかったとは思うけれど。そんなことはこの際、どうでもいいって気分です。)
今は、検便事件の主犯格である広田のことも、ちっとも憎たらしくありません。

あ、そうそう、もうひとつ。千田屋の日陰のモヤシなんて無礼なことを書きましたが、特製便秘薬アオミドロの発明(発案?)者が、この千田さんだったのです。
なんでもパイプ先生によると、千田さんは研究することが趣味なのだとか。研究が佳境に入ると、たとえ試験中であっても家に閉じこもって研究をし続けるツワモノなんですって。だから実際には中野さんや志村さんより年上なのに同級になったのだそうです。

年上といえば、瀬尾さんの場合は、試験アレルギーという厄介な病があるとかで、試験本番になると下痢をしたり熱が出たりし、結果、落第ということになるというのです。それで僕の心配をしてくれた―――と、これは最初に書きましたっけ?

目下、千田さんの研究課題は瀬尾さんに効く特効薬を生み出すこと、だそうです。きっと、アオミドロはその途中の試作品のひとつだったんでしょうね。ちょっとコワイ気もしますが、うまくいったんだから、文句はありません。パイプ先生だって、本当に怖い物ならすんなり僕に差し出すはずはないですよね。

さあ、ほんとに長くなりました。この辺で終わります。
日は長いものの、このあたりでは夜の灯りが制限されているので、その点は不便です。
もうこの字もやっと見えるというていどです。
それではまたお便りしますね。暑いからって、おなかを出して寝冷えなんかしないでくださいね。

9通目につづく

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