UESP―――創作メモ

1.
その光をキャッチした時、ネモはある種の違和感をおぼえた。
だがそれにこだわっている暇はなかった。
すぐさまネモは発信した。
「新たなESPだ」
ネモの言葉を受信したメンバーたちの反応が、すぐさまネモに跳ね返って
きた。
「どっちです」
ひとりめが問い返した。
「ノーマークだ」
ネモは応えた。
どよめき、それとも歓喜だろうか、一瞬、ネモの全身に微弱だが電流が流
れた。
メンバーたちの思いは、わかりすぎるほどわかる。現状を知るメンバーた
ちには、「ノーマーク」が存在したこと自体、奇跡なのだ。ひとりめの問
いかけ自体、「どっちです」と言いながら、「また敵が増えましたか」と
いう意味で受け取られていたはずだ。
だからだろう、ふたりめが言った。
「ペルソナ、ということは、ないのでしょうね」
ペルソナ。仮面。
ネモたちを騙し、油断させ、そのうえで完膚なきまでに叩き潰そうと機会を
うかがっている敵の優秀なる子飼いのスパイESP集団。
「いや、まちがいない」
そう応えたネモの体に、二度目の電流が流れた。最初よりも強かったが、最
初よりも温かく感じられた。
ネモが保証した。保証したからには、まちがいなく、「ノーマーク」なのだ。
「ノーマーク」ならば、貴重な味方になりうる。増殖するアメーバのように
増えつづける敵。味方さえ取り込んでいく勢いだ。そんな状況の中、敵が見
逃した潜在ESPが存在しようとは。それがメンバーたちの過剰な反応の理
由だった。ネモにしても同じだ。
だが、それは、確実に、いた。
スクランブルをかけなくともスムーズに会話ができていた時代は、終わった。
スクランブルをかけてさえ油断のならない時代が来ようとしている。
だが、ノーマークが、まだいた。
「あきらめるには、早すぎる、ということだ」
ネモの言葉に、三度目の電流が返った。その電流は、一様ではなく、徐々に
高まる大波のように、途切れることなくネモをおおい尽くしていった。
(パンドラの箱には、光る石が残っていた・・・神の意志・・・か・・・)

1964年 10月10日
日本の首都。
初めてのアジアでの開催、オリンピックが始まろうとしていた。歓喜の声が
スタジアムを埋め尽くす。それでも足りずスタジアムを発信源に歓喜の怒涛
は、その国を土台から打ち震わせながら、各地に波及していった。
ツナミがこの国を呑み込もうとしていた。

2.

「本当に大丈夫なんかいなぁ。ボス、どう思います?」
「大丈夫って、何がだ」
「いや、ノーマークのことですよ。ネモが俺達にノーマークの存在をキャッ
チしたと伝えてきたのは、ずいぶん前でしょ。以来音沙汰なしだったのが、
いきなりまた見つかった。しかも、日本にいる。そのくせ、いまだに名前も
わからなきゃ、具体的な居場所も言わない、だいいち、男か女かさえ不明、
ってのは、どういうことですよ」
二人の会話はつづく。もちろん、頭の中で交わされている会話だ。
「男か女かって問題なら、ほぼ決まりじゃないか」
とは、第三の声。
「え・・・じゃ、またかよ」
第一の声が頭の中にまで響くため息をつく。
「そんなにはっきり失望の声をあげるなよ」
その第三の声に応じるように笑ったのは、ボスと呼ばれた第二の声だったが、
言葉は聞かれない。第一の声が続く。
「失望するなって方が無茶じゃねぇかよ。だいたいな、超能力集団なんて言う
のはだな、恰幅のいいダンディなボスのもとに、俊敏で頭が切れて女にモテモ
テのナイスガイが、ナイスバディのいい女とペア組んで、ってのが定番だろう
よ。それが、どうだい、俺達の冴えないこと」
「へえ、以外だな、おまえが自分のことを冴えないと自覚しているとはな。
己惚れもそこまで重症には至ってなかったというわけだ。それはめでたい」
「ちぇ、言いたいこと言いやがる。俺が『冴えない』と言ったのは、状況だよ、
状況。俺ほど絵になるエスパーはいませんよ、ってんだ。足りないのはただひ
とつ。いい女。どうして、ここにゃ、野郎しか集まらないんだよ、ったくぅ」
「別に、良いではないか、我々の仲間に女性がいなくても。君たちは現実の生
活の中で『イイ女』たちと『イイ時間』を持つこともできるのだから」
ボスの声はそれでも笑いを含んでいる。
「もういいですよ」
むくれた第一の声が聞こえた。
「ところで、ボス、たしかに、ノーマークの件では、あまりにもわからないこ
とが多すぎます」
第三の声がまじめなものに変わった。
「うむ。・・・ネモはあれから何も言わないが、ノーマークの存在には一片の
疑念も持ってない。ネモがそれほど確信していること自体、珍しいことだから
な、たぶん、我々の想像を超えた潜在能力を持っていることは確かだろう」
「そうは言っても、この5年間の世界のめまぐるしい動きと、我々に関する不
穏な静けさは、不気味ですよ」と、第三。
「そうそう。ネモがノーマークの存在を発した時は、もはや絶体絶命か、って
な雰囲気があったもんなぁ。あちこちの俺達の仲間がふいに消息を絶ったかと
思えば、いきなり出現して。俺達が喜び勇んで迎え入れたと思ったら、裏切り
行為ときたもんだ。あれぁ、洗脳だったんだろうか」と、第一。
「消えたままの者もいた」と、第三。
「その中には、女だっていたんだ・・・」第一の静かな反応。
「各国中枢がエスパー狩りを目論んでいる、と俺達は思い込まされていた。
だが、実際は、狩るどころか、奴らはエスパー探しに躍起になっていたんだ」
「探し出して、利用しようとしてたんだ」
「それも、サンプルとして集め、そのデータを集積し解析し、純粋兵器として
の『自前のエスパー』を作ろうとした」
「俺達には、心ってもんがあったからな。昔から、エスパーってのは、悪人が
でにくいというか、迫害の対象になるケースの方が圧倒的に多いんだよな。
エスパーなんだから、手っ取り早く頂点に立っちまえばいい、とか考えそうな
もんなんだがなぁ。そういう遺伝子でも組み込まれてたんだろうか」
「あるいはな」
「まさか。・・神様がそうお決めになった、なんて言うんじゃないだろうな」
「あるいはな」
「おいおい、よせよ」
その時、これまで黙っていたボスの波長が微妙に乱れた。
「ボス!」
二人が同時に発した。
ボスは、しばらく思考していたようだったが、やがて、ふたりに言った。
「どうやら、ノーマークが、自ら出向いてくるらしい」
聴いていた二人の息遣いが流れた。
やがて、第三の声。
「まさか、今の俺達の声・・・」
ボスが、そうだと答えると、第一が言った。
「そんな馬鹿な。だって、俺達の会話は、俺達だけの特殊な周波のスクランブル
で・・・それに、俺達のバリアを侵入してくる相手はネモ以外はいないはずだっ
たでしょう、ボス!」
ボスの声は途絶えたままだった。ただ、息遣いのような波長は伝わってくる。
ボスの驚きが見えるようだ。
「どうしたんです、ボス!」
二人がまたいっせいに言った。

ボス・・・伏見明人は、言葉を失っていた。
回路を動かしもしないのに、自分の意志に関係なく透視の扉が開いたのだ。そして、
その扉のむこうのスクリーンに映し出された姿を目の当たりにした時、これから起
こるであろう様々なことが一瞬のうちに焼き付けれた気がした。
それは、これから勃発するはずのできごと、ではなく、これから襲うであろう自分
の精神的な嵐への覚悟を要求するものだった。

スクリーンの上に立つ少年は、優雅な微笑みでそれを要求した。
これ以上に優しく、これ以上に慈愛に満ち、そしてこれ以上に残酷な微笑み、とい
うものを、伏見明人は知らない。

3.

予知・・・それは、特別なことではない。碁盤の中で先の先の手を読むように、手
持ちのデータと精緻な計算能力とを冷静に処理することができれば、それは可能だ。
絶対、が、確率、という言葉に置き換えられるのは、すべての要素に突然変異とい
う不確定因子が潜在しているからにほかならない。
だが、碁盤の宇宙をながめることができる者も天才の名を冠されてしかるべきとは
言え、少なくとも己の上にどこまであるか想像することすら不可能な宇宙を相手に、
手持ちのデータはあまりにもなさすぎる。精緻な計算以前に、圧倒的に不足するデ
ータ。
もしもそれをクリアする者があれば、予知は、既知の中に取り込まれるのである。

4.

「伏見君、レポートの方、もうやっちゃった?」
また、参考にさせてくれと言うのだろう。たいがいにしてくれよ、と思うのはいつ
ものことだが、何も言わずにただうなずくだけなのも、いつものことだ。
伏見明人のクラスメート葉月有子は、気のいいやつだが、こと勉強となるとてんで
他人任せ、そのくせ点数だけは稼ぎたい、というけしからんやつでもある。ただ、
点数稼ぎをしたい理由というのが、進学なんかのためではなく、ひとえに年のいっ
た両親を少しでも喜ばせるため、というから、伏見としても、まあいいか、という
ことになってしまう。
伏見を頼りにしているのは、何も葉月有子に限ったことではない。まじめで大人し
いのをいいことに、要領よく立ち回る級友たちは少なくない。
「何よ、明人、あいつらにまでへこへこすることないじゃない」とは、常習犯の葉月
有子の口ぐせであるから、始末が悪い。
頼りにする時以外、葉月有子は、伏見明人を、明人と呼び捨てにする。小学校以来の
ことだから、あきらめている。それに、明人は、そんな葉月有子のあっけらかんと悪
びれない様子を気に入ってもいる。むろん、男女関係とか恋愛感情といったものとは
無縁である。
恋愛。よくよく考えてみても、明人の頭の中でそれに該当する女性の名前は浮かばな
い。かすかな憧れと言うのなら、人並みに、幼稚園の先生だとか、ないわけではない。
しかし、こと、本当の恋心となると、ぴんと来ない。恋愛はわずらわしい。それが本
音だ。
それに・・・
もしも、恋が片想いの域を越えたとして・・・そう考えると、むしろ、ぞっとする。
何も、伏見明人が女を愛せないタイプなわけではない。ただ・・

「ボス・・・今、いいですか?」

ふいにアクセスがきた。反射的に、明人は心の中にパーソナルバリアを張る。

「ん?・・・あ、オーケイ。何か起きたのか?」
「いえ、例のスクランブル突破のノーマークの件なのですが」
「うん」

Pバリアのこちら側は、先ほどまでの物思いの余韻で冷や汗を拭っている高校生の
伏見明人、そして、バリアを隔てた向こう側は、ひとつのエスパー集団を統率して
いる「ボス」としての伏見明人。

エスパー集団の中で、明人は、自分の実生活での年齢や身分は伏せている。それで
なければ、ボスという役割は遂行できないからだ。しかし、ボスである明人は、特
別意識して偽りを演じているわけでもない。時に、どちらが本当の伏見明人なのか
わからなくなることさえある。ひょっとして、実生活のうえでの伏見明人こそが、
冴えない高校生を「演じている」姿なのかもしれない。
そんなことを思う時、明人は、ふと頬が弛むのを押さえられなくなる。
他の連中だって、似たりよったりの顔を持っているのかもしれないのだ。
それでも、明人は、連中が好きだ。小学生の頃に襲った、自分でもどうコントロール
してよいか全くわからないままに突きつけられたESPという力。あの頃の恐怖とも
パニックとも絶望とも言えぬ、孤独と疎外感に比べれば、今の生活は、天と地との開
きがある。姿かたちこそ知らないものの、今は、仲間としての彼らがいてくれる、そ
れは、常人が持ち得ない力を持ってしまった者にしかとうてい理解できないほど心強
いことなのだ。

(恋は、とうぶん御法度だろうけれど、それでも、いいさ)
恋を焦がれないわけではないけれど、それ以上に、自分には差し迫った務めがある。
人並みの経験はできない、だが、人並みでないこともまた固有の経験と言っても良い
ではないか。そして、それはまんざら悪いことでもないのだ。
それが、伏見明人の、最近の心境だった。

ただ、ノーマークの存在をわずかながら垣間見た時からこっち、事態は少なからず急
展開を見せ始めている。頭の中だけでなく、伏見明人の顔もまた、今はボスの顔に変
貌しつつあった。
伏見は、にわかづくりのPバリアを外し、ボスとしての自分へと集中した。




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