阿寒の神話
-その火山学的解釈-
道東の阿寒には雌阿寒岳、雄阿寒岳といういかにも夫婦らしい名の山があります。阿寒湖も含め、これらは火山です。特に雌阿寒岳は現在も頻繁に噴火活動の起きる活発な火山です。これらの火山に関する、壮大な神話があります。そこでは魔神と英雄の戦いが語られています。
(あらすじ)
石狩のほうに魔人の住むニッネプリという山があった。魔神たちはあちこちのアイヌのコタンに災いをまき散らしていた。魔神は病気や飢餓をもたらしていた。このままではアイヌは滅びる。ニッネヌプリの魔神を退治しなくてはと、勇者のひとりオタシトンクルが立ち上がった。そして、あちこちのコタンの勇者たち60人が集まり、ニッネヌプリへ向かった。魔神の住処らしき山の中の穴を見つけた。夜になり、魔神たちが現れ、戦いとなった。両者引かず、何時終わるともなく戦いは続いた。魔神たちは次々に切り倒され、6日目にはとうとう魔神の頭以外はみな斬り殺してしまった。しかし勇者たちも最後に残ったのはわずか6人だった。魔神の頭は追いつめられ、ついに逃げ出して姿をくらましてしまった。オタシトンクルが天のよい神々に訊ねると、雷の神がそれに答え、居所を教えた。
そのころ魔神は遠く雄阿寒へやってきた。魔神は、雄阿寒にかくまうように頼んだが、災いをふりまくものをかくまわないとはねつけ、魔神を殴りつけた。魔神はその一撃で雌阿寒の麓まで飛ばされた。魔神は今度は雌阿寒に頼み込んだ。雌阿寒は情にもろかったため、断りきれずかくまった。
オタシトンクルたちが雌阿寒にやってきた。そして、雌阿寒に向かって魔神を差し出すよう言った。天上の神もそれに呼応した。雌阿寒がため息ばかりついてぐずぐずしているので、オタシトンクルたちは雌阿寒に分け入ろうとした。それで雌阿寒は仕方なく魔神を差し出した。オタシトンクルは一刀のもとに魔神を切り捨てた。オタシトンクルは、雌阿寒に向かって、償いをしなければ祭りの酒は雄阿寒にはあげても雌阿寒にはやらないと言った。雌阿寒は償いに、薬を差し出し、薬湯を作った。それが今の阿寒湖畔の温泉だという。
混沌を思わせる激しい物語です。雄阿寒、雌阿寒のうち、現在も激しく活動し、噴気もあげているのが雌阿寒です。ため息ばかりつくという表現が噴気を思わせます。この物語自体は、雌阿寒の噴火の関連もあったかもしれません。神戦伝説として噴火が表現されることはよくあることで、東北では八郎太郎と南祖坊の戦いの伝説があります。アイヌの伝説では、火山活動は魔神たちと結びつけられるようです。本州のだいだらぼっちと同様です。十勝岳が魔神たちの住処であると言われているのもその証拠でしょう。
この阿寒の伝説に限れば、魔神とオタシトンクルたちの戦いで雌阿寒の噴火を表現したのかもしれません。しかし、物語の文脈からすると、雌阿寒以上に、石狩のニッネヌプリという山での戦いが激しいものとして描写されています。私の手元の文献ではニッネヌプリが現在のどの山かはわかりません。しかし、もし魔神たちと英雄たちの戦いが噴火の描写ならば、石狩で伝説に残るほどの噴火活動をするう活火山といえば一つしかありません。樽前火山です。実はこの伝説は樽前と雌阿寒の両火山を又に掛けた壮大な物語ではないでしょうか。そして、かなり大きな災害をもたらした樽前の噴火が伝説として残されているのかもしれません。
参考文献 日本の伝説17 北海道の伝説 更科源蔵・安藤美紀夫