茨海小学校
99/11/15
作品「茨海小学校」は浜茄と火山弾を採取に来た農学校教師が狐の小学校に迷い込み、そこで狐の授業の参観をする童話です。
私が茨海の野原に行ったのは、火山弾の手頃な標本を採るためと、それから、あすこに野生の浜茄が生えているという噂を、確めるためとでした。浜茄はご承知のとおり、海岸に生える植物です。それが、あんな、海から三十里もある山脈を隔てた野原などに生えるのは、おかしいとみんな云うのです。ある人は、新聞に三つの理由をあげて、あの茨海の野原は、すぐ先頃まで海だったということを論じました。それは第一に、その茨海という名前、第二に浜茄の生えていること、第三にあすこの土を嘗めてみると、たしかに少し鹹いような気がすること、とこう云うのですけれども、私はそんなことはどれも証拠にならないと思います。
ところが私は、浜茄をとうとう見附けませんでした。尤も私が見附けなかったからと云って、浜茄があすこにないというわけには行きません。もし反対に一本でも私に見当ったら、それはあるということの証拠にはなりましょう。ですからやっぱりわからないのです。
火山弾の方は、はじが少し潰れてはいましたが、半日かかってとにかく一つ見附けました。
見附けたのでしたが、それはつい寄附させられてしまいました。誰に寄附させられたのかっていうんですか。誰にって校長にですよ。どこの学校? ええ、どこの学校って正直に云っちまいますとね、茨海狐小学校です。愕いてはいけません。実は茨海狐小学校をそのひるすぎすっかり参観して来たのです。そんなに変な顔をしなくてもいいのです。狐にだまされたのとはちがいます。狐にだまされたのなら狐が狐に見えないで女とか坊さんとかに見えるのでしょう。ところが私のはちゃんと狐を狐に見たのです。狐を狐に見たのが若しだまされたものならば人を人に見るのも人にだまされたという訳です。
浜茄と火山弾は冒頭に出てはきますが,物語の中ではさほど重要なものではありません。特に浜茄については、見つかりもしなかったものです。学校の先生が標本採集をするというシチュエーションは、しばしば賢治の童話の中にでてきます。例えば「サガレンと八月」では、オホーツク海岸で内地の農林学校の助手が貝殻を採取します。また、「ポラーノの広場」の中では博物館職員の主人公が、イーハトーブ海岸へ赴き、岩石標本などを採取します。また、火山弾そのものが主人公の「気のいい火山弾」では、物語の終わりに東京帝国大学地質学教室の先生が火山弾を採取します。賢治自身、花巻農学校時代に教鞭をとりながら頻繁に標本採取に出かけていたので、そのことが童話に頻繁に出てくるのでしょう。
浜茄は見附からず、小さな火山弾を一つ採って、私は草に座りました。空がきらきらの白いうろこ雲で一杯でした。茨には青い実がたくさんつき、萱はもうそろそろ穂を出しかけていました。太陽が丁度空の高い処にかかっていましたから、もうおひるだということがわかりました。又じっさいお腹も空いていました。そこで私は持って行ったパンの袋を背嚢から出して、すぐ喰べようとしましたが、急に水がほしくなりました。今まで歩いたところには、一とこだって流れも泉もありませんでしたが、もしかも少し向うへ行ったら、とにかく小さな流れにでもぶっつかるかも知れないと考えて、私は背嚢の中に火山弾を入れて、面倒くさいのでかけ金もかけず、締革をぶらさげたまませなかにしょい、パンの袋だけ手にもって、又ぶらぶらと向うへ歩いて行きました。
賢治の童話世界の中では、日常から不思議の世界に突然足を踏み入れることがよくあります。特に、野山を彷徨ううちに向こうの世界に入り込んでしまうようです。この物語では,この後、主人公は狐の小学校へ迷い込み、不思議な体験をするのです。
「ええと、失礼ですがお職業はやはり学事の方ですか。」校長がたずねました。
「ええ、農学校の教師です。」
「本日はおやすみでいらっしゃいますか。」
「はあ、日曜です。」
狐の校長とのやりとりです。「農学校の教師」は賢治自身の職業です。様々な童話の中で農学校の教師,農学校の助手といった人物が主人公として現れます。「台川」や「イギリス海岸」には、賢治が農学校教師として現実に経験したことが現されています。
「アッハッハ。それはどなたもそう仰ゃいます。時に今日は野原で何かいいものをお見付けですか。」
「ええ、火山弾を見附けました。ごく不完全です。」
「一寸拝見。」
私は仕方なく背嚢からそれを出しました。校長は手にとってしばらく見てから
「実にいい標本です。いかがです。一つ学校へご寄附を願えませんでしょうか。」と云うのです。私は仕方なく、
「ええ、よろしうございます。」と答えました。
校長はだまってそれをガラス戸棚にしまいました。
私はもう頭がぐらぐらして居たたまらなくなりました。
すると校長がいきなり、
「ではさよなら。」というのです。そこで私も
「これで失礼致します。」と云いながら急いで玄関を出ました。それから走り出しました。
狐の生徒たちが、わあわあ叫び、先生たちのそれをとめる太い声がはっきり後ろで聞えました。私は走って走って、茨海の野原のいつも行くあたりまで出ました。それからやっと落ち着いて、ゆっくり歩いてうちへ帰ったのです。
で結局のところ、茨海狐小学校では、一体どういう教育方針だか、一向さっぱりわかりません。
正直のところわからないのです。
賢治はなにやら火山弾がお気に入りのようです。他にも火山弾のことが描かれた童話は沢山ありますが、火山弾そのものが物語と関係のない狐小学校の物語でも「火山弾の寄贈」という落ちで物語を終了させるとは驚きです。