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「台川」



98年11月、台川に行ってきました. 釜淵の滝まで遊歩道がついてましたよ.         

道路から5分.子どもが車の中で寝てしまったので, 薫を車において,一人で行ってきました. 釜淵の滝


 賢治の作品「台川」の舞台となった台川とは、花巻市の西方の花巻温泉付近を流れる川です。「台川」の内容は、この川で筆者が地質巡検の引率指導をした話です。
 地質巡検とはどんなものかを説明しておきます。「地質調査」というのは、一人でその場所の地質を詳しく調べ、最後には地質図などの結果が得られるものです。「地質巡検」というのは、すでにそこがどんな地質かがわかっているところに、大勢で見学に行くことです。つまり、地質の見学会のようなものと考えて結構です。地質巡検は様々な場所で頻繁に行われています。いろんな人が対象になります。専門家や地質の学生ではない一般の人向けの巡検もあります。ときどき、市の広報などに宣伝がのっていることがあります。化石採集会や鉱物採集会は一般向けの地質巡検といっていいでしょう。専門家が集まって巡検をすることも頻繁にあります。地質関係の学会では、必ずといっていいほど室内の講演会の後に、巡検があります。先日の山形の火山学会のあとには、蔵王で巡検がありました。もっと最近、北海道の恵山で火山の勉強会があって講演会と巡検に参加しました。また、多くの大学の地質教室では、学生向けの巡検が必ずあります。私のところでも、必修授業として幾つかの巡検があります。週一回、大学の周辺での巡検があります。その外に、3年生は、2回ほど遠くまで出かけて、それぞれ一週間ほど巡検をします。毎年巡検をする場所は変わるのですが、今年は、岐阜と韓国済州島でした。
 この「台川」は、文面から解釈すると、花巻温泉付近に宿泊しておこなった学生巡検のようです。巡検では、引率者は、皆に説明するために、そこの地質を知っている必要があります。賢治はこの台川付近の地質をよく知っているようですね。ところで、巡検案内者って大変なんですよ。地質を知っているだけではだめなんですよ。私も巡検の案内経験があるので(つい最近、仙台で専門家相手にやりました。学生相手だったらしょっちゅうです)、この台川に書かれてある細々とした点に、妙に共感をおぼえるのです。


〔もうでかけませう〕
〔さあでかけませう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方ない。さっきからもう二十分もまったんだ。

台川に行くのは、巡検行程の中では、ほんのついでのような位置付けのようですね。あまり生徒にも行くことを強要してないようです。校長先生も「私はここで待ってますから」といって行かないのですから。こんなことって、巡検ではよくありそうなことです。
出発まですこし時間があるし、折角だからすぐそこの沢をみて来ようか。それじゃあ8時に玄関前に集まって下さい。
といった調子だったのでしょうか。

木の青、木の青、空の雲は甘酸っぱく、足なみのゆれと光の波。足なみのゆれと光の波。
粘土のみちだ。乾いている。黄色だ。みち。粘土。

巡検でも、目的地までの移動中は、ピクニックや登山みたいな感じです。気分いいですよ。天気が好ければ。このときの天気はそんなに良くはなかったようですけど。「粘土のみち、乾いてる、黄色」という表現をみると、本当に賢治は地質学者だなって思います。そう、山道って粘土なんですよ。道をみて粘土だと思うのは地質学者ですよ。それが乾いているとか黄色だとか、観察するあたりが特に地質学者ですね。山道を歩いている時、私もおんなじこと考えますから。「ここの道は黄色い粘土、粘土だ。おっそこから黒色土だ。もう少し向こうは岩が出てるな。」なんて具合にね。

〜明らかにあの黒曜石のdykeだ.〜
ダイクと云はうかな.いいや岩脈がいい.

こういうこともよく考えますね. 専門家相手ならダイクでよいのですが,生徒にはやはり岩脈と教えますね. で,なぜ,初めに出てくるのが英語のdykeなのかと言うと, 著者の頭の中では「dyke」なのです.一人で地質調査をする際,野帳に記載するのは,「岩脈」でも「ダイク」でもなく「dyke」ですから.賢治の地質の専門性の高さがうかがわれます.

わかるだろうさ.けれどもみんな黙って歩いている.これがいつでもかうなんだ.さびしいんだ.けれども何でもないんだ.

説明の後,反応がなかったことに対しての文章です. これも学生巡検ではよく経験することです. 専門家相手の巡検では, 説明の後でうるさいほど質問や議論があるんですが, 反して学生相手だと,何の反応もなくてすごくさみしい思いをすると同時に,まあ,仕方ないか,とも思いますね.

いいや駄目だ.おしまいのことを云ったのは結局混雑させただけだ.

巡検に限らず,生徒相手に授業をする先生なら誰でもわかると思います. たまに理解の妨げとなることを言ってしまって後悔することがありますよね.

地質調査をするときはこんなどこから来たかわからない曖昧な岩石(もの)に金槌を加えてはならないと教えようかな。

そうなんです。地質学者は、このようなものを「転石」と呼んで、地質調査のデータにはしないのです。さすがに、立派な「稗貫郡の地質および土性略図」を作っただけのことはありますよね。岩石のルビが「もの」というのも、いかにも地質学者です。

 この崖は急でとても下りられない。下に降りよう。松林だ。みちらしく踏まれたところもある。降りて行かう。藪だ。日陰だ。山吹の青いえだや何かもじゃもじゃしてゐる。先に行くのは大内だ。〜(中略)
 急にけはしい段がある。木につかまれ木は光る。雑木は二本雑木が光る。〜(中略)
 崖だ。滝はすぐそこだし。ここを下りるより仕方ない。さあ降りよう。大内はよく降りて行く。急だぞ。この木は細いぞ、青いぞあぶないぞ。なかなか急だ。大丈夫だ。この木は切ってあるぞ。〔ほう、〕そこはあんまり急だ。
 おりるのか。仕方ない。木がめまぐるしいぞ。「一人落ちればみんな落ぢるぞ。」誰か後ろで叫んでゐる。落ちてきたら全くみんな落ちる。大内がずうっと落ちた。
 河原まで行ってやっととまった。
 おれはとにかく首尾よく降りた。

 地質調査のときには、道がないところの藪や林を通って行くことが頻繁にあります。特に、沢に行くときには、藪や林の急斜面を注意深く降りて行かなければなりません。これがかなり大変なんです。とりわけ、大勢の地質巡検でそのような急斜面を降りるときは、かなりの注意が必要です。滑り落ちて下の人を道ずれに落下してしまうだけではなく、後方の上の人が石を転がすと、下の人にあたって怪我をしてしまいます。幸い、賢治の巡検では、先頭の大内さん一人だけ落下したけど、怪我なく降りられたようですね。どうでしょう?われわれはこのようなことをしょっちゅうやっているのですが、このような経験のない方が、賢治の文を読んで、その大変さが伝わっているでしょうか?
 ちなみに、現在ではこのコースには遊歩道ができて、簡単に釜淵の滝へアクセスできます。

けれども足はやっぱりぬれる。折角ぬらさない為にまはり道して上から来たのだ、飛石をひとつこさえてやるかな。
〜中略〜 
引率の教師が飛石をつくるのもおかしいが又えらい。
 

いや、まったくえらい!ほんとに。私なら、きっと

「仕方ないね、濡れて行くか。(じゃばじゃばじゃばじゃば)」
学生「っえ〜濡れるんですかあ〜。」(学生はしぶしぶ川を渉り、一部の学生はあきらめずに自分で飛石を作る)

となりますねえ。間違いなく。でも、結局はその後、賢治たちも水の中に入ってしまったんですけどね。まあ、それもよくあること... 

このあと賢治たちは滝の周辺で、観察したり、試料の採取をしたわけですが、こういうのって気持ちいいですよ。水に入ってしまうとさらに気持ちいいです。私は今年の夏、宮城県花山村の浅布渓谷というところに学生たちと行きましたが、似たような状況で、なかなか気持ちよかったですよ。道があってアクセスは楽でしたけど。


本文はちくま文庫「宮沢賢治全集6」より引用

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