グスコーブドリの伝記
99/11/23
この童話は,私が火山学者であるため,賢治の作品で最も好きなもので,特別な思い入れがあります。この仕事に就いてから,何度も読み返しました。同じ「〜の伝記」として,「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」がありますが,両者はよく似た伝記物語です。内容が大変似ており,同じようなシチュエーションや地名がでてきます。すでにペンネンネンネンネン・ネネムの伝記についての解説をしており,そちらと重複する解説も多々出てきます。
グスコーブドリの伝記は火山学者と密接な関係のある物語です。ますむらひろしさんが漫画にしたグスコーブドリの伝記の一シーンを,1998年の火山学会での講演の中で引用された方もいらっしゃいました。
では,物語の中の「地学」を追いかけてみましょう。グスコーブドリは飢饉で家族を失った後,イーハトーブてぐす工場で働きます。しかし,その工場は噴火災害にみまわれます。
そして網はみんなかかり、黄いろな板もつるされ、虫は枝に這い上り、ブドリたちはまた、薪作りにかかるころになりました。ある朝、ブドリたちが薪をつくっていましたら俄かにぐらぐらっと地震がはじまりました。それからずうっと遠くでどーんという音がしました。
しばらくたつと日が変にくらくなり、こまかな灰がばさばさばさばさ降って来て、森はいちめんにまっ白になりました。ブドリたちが呆れて樹の下にしゃがんでいましたら、てぐす飼いの男が大へんあわててやってきました。
「おい、みんな、もうだめだぞ。噴火だ。噴火がはじまったんだ。てぐすはみんな灰をかぶって死んでしまった。みんな早く引き揚げてくれ。おい、ブドリ。お前ここに居たかったら居てもいいが、こんどはたべ物は置いてやらないぞ。それにここに居ても危いからなお前も野原へ出て何か稼ぐ方がいいぜ。」そう云ったかと思うと、もうどんどん走って行ってしまいました。ブドリが工場へ行って見たときはもう誰も居りませんでした。そこでブドリは、しょんぼりとみんなの足痕のついた白い灰をふんで野原の方へ出て行きました。
賢治の物語の舞台イーハトーブの活火山といえば,1999年現在も地下での活動が注目されている岩手山です。岩手山での大きな噴火は江戸時代に起きていますが,賢治の時代にも一度噴火が起きています。現在騒がれている岩手山の噴火は,とりわけ水蒸気爆発の発生が想定されていますが,大正時代の噴火は西岩手火山で発生した水蒸気爆発でした。大地獄谷の大正噴火と呼ばれています。ここで出てくる火山灰の色は「白」ですね。ふつう、火山灰は灰色〜黒ではないでしょうか?特に岩手山のマグマは玄武岩マグマなので,黒い火山灰のほうが普通のように思えます。しかし,大正の噴火もそうですが、水蒸気噴火の火山灰は,むしろ白っぽいものです。「白い火山灰」は、大正噴火のイメージがあったのでしょうか?岩手山の大正噴火以前から国内外で様々な火山災害が起きており,賢治もさぞ興味があったことでしょう。最近の噴火でも,ここに描かれているような火山灰の堆積による農作物などの被害が深刻だったれいがあります。フィリピンのピナツボ火山の噴火です。
さてブドリは農家で働いた後,イーハトーブの市の大学で仕事を紹介してもらいました。その勤め先とは,「イーハトーブ火山局」です。
その室の右手の壁いっぱいに、イーハトーブ全体の地図が、美しく色どった巨きな模型に作ってあって、鉄道も町も川も野原もみんな一目でわかるようになって居り、そのまん中を走るせぼねのような山脈と、海岸に沿って縁をとったようになっている山脈、またそれから枝を出して海の中に点々の島をつくっている一列の山山には、みんな赤や橙や黄のあかりがついていて、それが代る代る色が変ったりジーと蝉のように鳴ったり、数字が現われたり消えたりしているのです。下の壁に添った棚には、黒いタイプライターのようなものが三列に百でもきかないくらい並んで、みんなしずかに動いたり鳴ったりしているのでした。
国中の火山をモニタリングしているわけです。このような常時監視モニターは現在日本でも行われていることは行われています。イーハトーブ火山局のように完全に一つのセンターに集中しているというより,実際にはある程度複数の機関で,地域ごとに行われています。気象庁の関係でも,実際に観測情報を出しているのは管区気象台(仙台管区気象台,札幌管区気象台,福岡管区気象台など)です。また,大学の火山観測所でも同様で,たとえば北海道大学の有珠火山観測所では北海道の活動的な火山全体を常時監視しています。ところで,「監視」とは何をみているのでしょうね?現在,体系的に観測システムができているのは地震観測網です。最近では観測の仕方がずいぶん変化してきていて,GPSなどを使った地殻変動観測網も作られつつあるようです。
イーハトーブ火山局技師ペンネンナーム(ペンネンネンネンネン・ネネムと似てますね)がブドリに言います。
ここの仕事は、去年はじまったばかりですが、じつに責任のあるもので、それに半分はいつ噴火するかわからない火山の上で仕事するものなのです。それに火山の癖というものは、なかなか学問でわかることではないのです。われわれはこれからよほどしっかりやらなければならんのです。
本当にそのとおりです。現在の火山学者が全く実感していることです。火山の癖はなかなか学問ではわからないですね。
次の朝、ブドリはペンネン老技師に連れられて、建物のなかを一一つれて歩いて貰いさまざまの器械やしかけを詳しく教わりました。その建物のなかのすべての器械はみんなイーハトーブ中の三百幾つかの活火山や休火山に続いていて、それらの火山の煙や灰を噴いたり、鎔岩を流したりしているようすは勿論、みかけはじっとしている古い火山でも、その中の鎔岩や瓦斯のもようから、山の形の変りようまで、みんな数字になったり図になったりして、あらわれて来るのでした。そして烈しい変化のある度に、模型はみんな別々の音で鳴るのでした。
これは先に出てきた常時観測システムの詳しい説明です。現在の先端技術をもってしても,イーハトーブ火山局の観測システムは夢のシステムです。上で述べたように,現在完全整備されているのは,せいぜい地震観測網程度で,それ以外の方法での観測網は,最近始まったところです。地震で火山の全てがわかるわけではありません。地下のどの辺で何かが動いていることがわかっても,その火山の中の瓦斯(ガス)やマグマの状態が完全にわかるわけではありません。テレビのニュースなどでは,観測によって何でもわかるような印象を与える報道がされているふしがあります。それでも最近,岩手山の観測などではずいぶんと進歩していまして,イーハトーブの夢の観測システムに近づいてきたと思います。
「山の形の変わりよう」などは,最近の観測(常時観測というより臨時観測)でずいぶんわかるようになってきました。GPSによる精密な測量,傾斜計による山の動きの観測が進歩したからです。ガス,熱水,マグマの動きについては,最近では地電位や磁力の観測が行われています。また,これらが無人で観測され,衛星携帯電話などを使って,常時モニタリングされています。しかし,火山観測はまだまだ進化する余地がありまして,化学成分などをしらべる化学的観測は,かなり火山を知るため(特に「その中の鎔岩や瓦斯のもよう」)にかなり重要なのですが,こういったものについては技術的制約があって常時観測システムが完備されておらず,観測者が時々現地で試料を採取して実験室に持ち帰るという作業をおこなっています。しかも,活火山についてそのような観測を行っている研究者はかなり少ないのが現状です。
しかし,最近のシンポを考えると,私が現役で火山学者でいるうちに,賢治の夢の観測システムになんとかたどり着けるかもしれません。
ブドリはその日からペンネン老技師について、すべての器械の扱い方や観測のしかたを習い、夜も昼も一心に働いたり勉強したりしました。そして二年ばかりたちますとブドリはほかの人たちと一緒に、あちこちの火山へ器械を据え付けに出されたり、据え付けてある器械の悪くなったのを修繕にやられたりもするようになりましたので、もうブドリにはイーハトーブの三百幾つの火山と、その働き具合は掌の中にあるようにわかって来ました。じつにイーハトーブには七十幾つの火山が毎日煙をあげたり、鎔岩を流したりしているのでしたし、五十幾つかの休火山は、いろいろな瓦斯を噴いたり、熱い湯を出したりしていました。そして残りの百六七十の死火山のうちにもいつまた何をはじめるかわからないものもあるのでした。
実際,火山観測は簡単なものではありません。いろいろ勉強しなければなりません。当然,観測器械の使い方,観測の仕方も覚えなければなりません。ブドリのように火山へ観測機器を据え付けたり,時々行って管理したりする火山学者は日本にもたくさんいます。ブドリは国中の火山の動きを掌握していますが,現実にはそれだけたくさんの火山をみるのは大変なことです。やはりたくさんのマンパワーが必要だと思います。日本には活火山は80余りありますが,いつも煙をあげたり熔岩を出している火山は,桜島などごくわずかです。ブドリの世界よりはずっと少ないです。本当にきちんと精密に観測されているのは,そのような活動的な火山や,岩手山のような火山といった,わずかな数だけです。しかし,それでも私の印象では,人手が足りていないと思います。火山の数に対して,火山を観測する人があまりに少ないように思えます。
ある日ブドリが老技師とならんで仕事をして居りますと、俄かにサンムトリという南の方の海岸にある火山が、むくむく器械に感じ出して来ました。老技師が叫びました。
「ブドリ君。サンムトリは、今朝まで何もなかったね。」
「はい、いままでサンムトリのはたらいたのを見たことがありません。」
「ああ、これはもう噴火が近い。今朝の地震が刺激したのだ。この山の北十キロのところにはサンムトリの市がある。今度爆発すれば、多分山は三分の一、北側をはねとばして、牛や卓子ぐらいの岩は熱い灰や瓦斯といっしょに、どしどしサンムトリ市に落ちてくる。どうでも今のうちにこの海に向いた方へボーリングを入れて傷口をこさえて、瓦斯を抜くか鎔岩を出させるかしなければならない。今すぐ二人で見に行こう。」二人はすぐに支度して、サンムトリ行きの汽車に乗りました。
サンムトリ火山は,ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記の最終部でも出てくる火山です。このサンムトリ火山は賢治の童話世界の火山ではありますが,その語感からして,実在の火山「サントリーニ火山」をモデルにしたもののようです。このサントリーニ火山はギリシャの地中海に浮かぶ火山島で,紀元前1400年頃にカトストロフィックな噴火を起こしています。そのとき,ミノア文明は大打撃を受けました。サントリーニ島には当時ミノア文明の都市があり,噴火とともに地中海と火山灰の底へ沈んでしまったのです。後世、プラトンが海に沈んだ王国アトランティスとしたのはおそらく、これでしょう。ところで、日本人として最初にサントリーニ火山の地質調査を行ったのは,田中館修三という人で、1928年のことです。グスコーブドリの伝記が発表されたのはその数年後のことです。
ところで,”これはもう噴火が近い。今朝の地震が刺激したのだ”という一節があります。火山と地震が関係があるというのは専門家でなくても直感的に感じ取られることですね。火山の噴火に伴って地震が起きるのは普通にあることです。1986年の伊豆大島の噴火のときも震度5程度の地震が起きています。ところが,そのような火山性の地震ではない,通常の地震と火山噴火の関係はよくわかっていません。いわゆるプレート性地震だとか,あるいは直下型地震と呼ばれるものと,火山噴火との関係は,あるような,ないようなという状況です。最近になって、これまでのデータから,そういった地震と噴火が関係あるだろうという研究が行われるようになっています。
二人は次の朝、サンムトリの市に着き、ひるころサンムトリ火山の頂近く、観測器械を置いてある小屋に登りました。そこは、サンムトリ山の古い噴火口の外輪山が、海の方へ向いて欠けた所で、その小屋の窓からながめますと、海は青や灰いろの幾つもの縞になって見え、その中を汽船は黒いけむりを吐き、銀いろの水脈を引いていくつも滑って居るのでした。
老技師はしずかにすべての観測機を調べ、それからブドリに云いました。
「きみはこの山はあと何日ぐらいで噴火すると思うか。」
「一月はもたないと思います。」
「一月はもたない。もう十日ももたない。早く工作をしてしまわないと、取り返しのつかないことになる。私はこの山の海に向いた方では、あすこが一番弱いと思う。」老技師は山腹の谷の上のうす緑の草地を指さしました。そこを雲の影がしずかに青く滑っているのでした。「あすこには鎔岩の層が二つしかない。あとは柔らかな火山灰と火山礫の層だ。それにあすこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶことも造作ない。ぼくは工作隊を申請しよう。」老技師は忙しく局へ発信をはじめました。その時脚の下では、つぶやくような微かな音がして、観測小屋はしばらくぎしぎし軋みました。老技師は機械をはなれました。
海に面した外輪山という設定が,いかにもサントリーニ火山に似ています。ところで,ここで二人は,噴火が何時何処で起きるかを予測しています。これはすごいです。なかなかこのようには行かないものです。特に,これまで活動していない火山が噴火を始めるのであれば,なおさ予測は困難です。
「お茶をよばれに来たよ。ゆれるかい。」大博士はにやにやわらって云いました。老技師が答えました。
「まだそんなでない。けれどもどうも岩がぽろぽろ上から落ちているらしいんだ。」
ちょうどその時、山は俄かに怒ったように鳴り出し、ブドリは眼の前が青くなったように思いました。山はぐらぐら続けてゆれました。見るとクーボー大博士も老技師もしゃがんで岩へしがみついていましたし、飛行船も大きな波に乗った船のようにゆっくりゆれて居りました。地震はやっとやみクーボー大博士は、起きあがってすたすたと小屋へ入って行きました。中ではお茶がひっくり返って、アルコールが青くぽかぽか燃えていました。クーボー大博士は機械をすっかり調べて、それから老技師といろいろ談しました。そしてしまいに云いました。
「もうどうしても来年は潮汐発電所を全部作ってしまわなければならない。それができれば今度のような場合にもその日のうちに仕事ができるし、ブドリ君が云っている沼ばたけの肥料も降らせられるんだ。」
「旱魃だってちっともこわくなくなるからな。」ペンネン技師も云いました。ブドリは胸がわくわくしました。山まで踊りあがっているように思いました。じっさい山は、その時烈しくゆれ出して、ブドリは床へ投げ出されていたのです。大博士が云いました。
「やるぞ。やるぞ。いまのはサンムトリの市へも可成感じたにちがない。」
老技師が云いました。
「今のはぼくらの足もとから、北へ一キロばかり地表下七百米ぐらいの所で、この部屋の六七十倍ぐらいの岩の塊が鎔岩の中へ落ち込んだらしいのだ。ところが瓦斯がいよいよ最後の岩の皮をはね飛ばすまでにはそんな塊を百も二百も、じぶんのからだの中にとらなければならない。」
火山の下のマグマの中に,その上盤の岩石が破壊しながら落ち込む(専門的にはストーピングと言います)ことで地震が起きるという説明がされています。なかなか地震から地下で何が起きているのかを説明するのは現実には難しいのです。地震波の波形などを詳細に調べて,ある程度のことはわかるのですが、なかなか難しいようです。
ところで,電気の問題は現在でも深刻です。普段生活するぶんには感じませんが,多くの火山には電線など無く,電気は供給されません。簡単な観測器機でも多くは電力を必要とします。現在の観測でも,いろんな工夫がなされていて,自動車のバッテリーを使う他に,太陽電池や風力発電を利用しています。サンムトリは海岸沿いなので潮汐発電なわけですね。
そして暁方麓へ工作隊がつきますと、老技師はブドリを一人小屋に残して、昨日指さしたあの草地まで降りて行きました。みんなの声や、鉄の材料の触れ合う音は、下から風が吹き上げるときは、手にとるように聴えました。ペンネン技師からはひっきりなしに、向うの仕事の進み工合も知らせてよこし、瓦斯の圧力や山の形の変りようも尋ねて来ました。それから三日の間は、はげしい地震や地鳴りのなかでブドリの方も、麓の方もほとんど眠るひまさえありませんでした。その四日目の午后、老技師からの発信が云ってきました。
「ブドリ君だな。すっかり支度ができた。急いで降りてきたまえ。観測の器械は一ぺん調べてそのままにして、表は全部持ってくるのだ。もうその小屋は今日の午后にはなくなるんだから。」ブドリはすっかり云われた通りにして山を下りて行きました。そこにはいままで局の倉庫にあった大きな鉄材が、すっかり櫓に組み立っていて、いろいろな機械はもう電流さえ来ればすぐに働き出すばかりになっていました。ペンネン技師の頬はげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて眼ばかり光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶しました。老技師が云いました。
「では引き上げよう。みんな支度して車に乗り給え。」みんなは大急ぎで二十台の自動車に乗りました。車は列になって山の裾を一散にサンムトリの市に走りました。丁度山と市とのまん中ごろで技師は自動車をとめさせました。「ここへ天幕を張り給え。そしてみんなで眠るんだ。」みんなは、物を一言も云えずにその通りにして倒れるように睡ってしまいました。
その午后、老技師は受話器を置いて叫びました。「さあ電線は届いたぞ。ブドリ君、初めるよ。」老技師はスイッチを入れました。ブドリたちは、天幕の外に出て、サンムトリの中腹を見つめました。野原には、白百合がいちめん咲き、その向うにはサンムトリが青くひっそり立っていました。
俄かにサンムトリの左の裾がぐらぐらっとゆれまっ黒なけむりがぱっと立ったと思うとまっすぐに天にのぼって行って、おかしなきのこの形になり、その足もとから黄金色の鎔岩がきらきら流れ出して、見るまにずうっと扇形にひろがりながら海へ入りました。と思うと地面は烈しくぐらぐらゆれ、百合の花もいちめんゆれ、それからごうっというような大きな音が、みんなを倒すくらい強くやってきました。それから風がどうっと吹いて行きました。
「やったやった。」とみんなはそっちに手を延して高く叫びました。この時サンムトリの煙は、崩れるようにそらいっぱいひろがって来ましたが、忽ちそらはまっ暗になって、熱いこいしがぱらぱらぱらぱら降ってきました。みんなは天幕の中にはいって心配そうにしていましたが、ペンネン技師は、時計を見ながら、
「ブドリ君、うまく行った。危険はもう全くない。市の方へは灰をすこし降らせるだけだろう。」と云いました。こいしはだんだん灰にかわりました。それもまもなく薄くなってみんなはまた天幕の外へ飛び出しました。野原はまるで一めん鼠いろになって、灰は一寸ばかり積り、百合の花はみんな折れて灰に埋まり、空は変に緑いろでした。そしてサンムトリの裾には小さな瘤ができて、そこから灰いろの煙が、まだどんどん登って居りました。
その夕方みんなは、灰やこいしを踏んで、もう一度山へのぼって、新らしい観測の機械を据え着けて帰りました。
人工的に噴火を発生させたり,その噴火の様式,向きなどをコントロールするような工作ができるのなら、それはすばらしいことですね。現在の技術では,噴火した後の熔岩の流路をかえるように工作するのが精一杯ですね。ただ、小規模な噴火ならいいのですが,フィリピンピナツボ火山のような巨大な噴火では,コントロールすることを考えるより,如何に噴火被害を小さくするかを考えることの方が現実的でしょう。
さて,この物語の最終部は,ブドリの自己犠牲により飢饉を回避するという結末です。
どうもあの恐ろしい寒い気候がまた来るような模様でした。測候所では、太陽の調子や北の方の海の氷の様子からその年の二月にみんなへそれを予報しました。それが一足ずつだんだん本統になってこぶしの花が咲かなかったり、五月に十日もみぞれが降ったりしますと、みんなはもう、この前の凶作を思い出して生きたそらもありませんでした。クーボー大博士も、たびたび気象や農業の技師たちと相談したり、意見を新聞へ出したりしましたが、やっぱりこの烈しい寒さだけはどうともできないようすでした。
ところが六月もはじめになって、まだ黄いろなオリザの苗や、芽を出さない樹を見ますと、ブドリはもう居ても立ってもいられませんでした。このままで過ぎるなら、森にも野原にも、ちょうどあの年のブドリの家族のようになる人がたくさんできるのです。ブドリはまるで物も食べずに幾晩も幾晩も考えました。ある晩ブドリは、クーボー大博士のうちを訪ねました。
「先生、気層のなかに炭酸瓦斯が増えて来れば暖くなるのですか。」
「それはなるだろう。地球ができてからいままでの気温は、大抵空気中の炭酸瓦斯の量できまっていたと云われる位だからね。」
「カルボナード火山島が、いま爆発したら、この気候を変える位の炭酸瓦斯を噴くでしょうか。」
「それは僕も計算した。あれがいま爆発すれば、瓦斯はすぐ大循環の上層の風にまじって地球ぜんたいを包むだろう。そして下層の空気や地表からの熱の放散を防ぎ、地球全体を平均で五度位温にするだろうと思う。」
「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」
「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても遁げられないのでね。」
「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るようお詞を下さい。」
「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事に代れるものはそうはない。」
「私のようなものは、これから沢山できます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」
「その相談は僕はいかん。ペンネン技師に談したまえ。」
ブドリは帰って来て、ペンネン技師に相談しました。技師はうなずきました。
「それはいい。けれども僕がやろう。僕は今年もう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望というものだ。」
「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発しても間もなく瓦斯が雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思った通りいかないかもしれません。先生が今度お出でになってしまっては、あと何とも工夫がつかなくなると存じます。」老技師はだまって首を垂れてしまいました。
それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。そこへいくつものやぐらは建ち、電線は連結されました。
すっかり仕度ができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって、じぶんは一人島に残りました。
そしてその次の日、イーハトーブの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月が銅いろになったのを見ました。けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖くなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。そしてちょうど、このお話のはじまりのようになる筈の、たくさんのブドリのお父さんやお母さんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪で楽しく暮すことができたのでした。
ご存じの通り,異常気象そのものを回避するのは現在の科学技術では不可能です。飢饉を回避するには,農業経営にかかっています。如何に異常気象に強い品種を作るか,如何なる栽培方法にするかなどです。最近,日本では大きな異常気象に襲われ,米がとれなかったことがあります。このときはついに米を輸入することになりました。実は、このときの異常気象は火山噴火により引き起こされたものです。火山噴火が世界規模の異常気象を引き起こすのです。フィリピンのピナツボ火山で大きな噴火が発生し,微細な火山灰粒子が成層圏をずっと漂いながら世界中を覆ったのです。このころの空の色,特に夕方の色は特異だったと思います。火山噴火によって寒冷化が発生したわけです。
ところが,物語では火山噴火を人工的に発生させ,温暖化を引き起こそうというわけです。この火山の噴火では,多量の炭酸瓦斯CO2が放出され,温室効果が生じるというわけです。何十年も前の発想とはとても思えませんね。火山から放出される揮発性物質(ガス)で最も多いのは水蒸気ですが,次に多いのは炭酸瓦斯です。他に,硫化水素や亜硫酸ガスなども放出されます。火山により(または一つの火山でも時と場所により)火山ガス中のどの成分が多いかは異なります。最近の火山ガス災害も多様で,1997年に東北地方で起きた二件についてみると,八甲田山の自衛隊員の火山ガス事故は炭酸瓦斯,安達太良山の登山者の事故は亜硫酸ガスでした。この時期,地下の活動が活発化していた岩手山では,強烈な塩酸のにおいがしていました。もっと大規模な炭酸ガスの災害が,1980年代にアフリカカメルーンで起きています。ニオス湖という火山湖湖底に多量にたまった炭酸ガスが急に放出され,周辺の村々を襲ったのです。なにも見えないわけですから,なにもわからないまま人々は倒れてゆきました。千人を超える大災害です。炭酸ガスは空気より重いので,地表は這うように流れてくるのです。恐ろしいです。このニオス湖はまたいずれ災害を引き起こすことは明らかなので,現在国際協力により,その対策が練られている最中です。
現在は火山噴火させなくても,人間文明により勝手に炭酸ガスが増えて温室効果が起きるといって困っているのです。さすがの賢治もそこまでは予想しなかったでしょう。