春と修羅 序
2000年1月5日
春と修羅の序文は,あまりにも有名な賢治作品の一つです。しかし同時に賢治文学,あるいは賢治の世界観の難解さを示すものとも言えるでしょう。この序文は,賢治の世界観がもっともよく表されていると思います。その辺のことは,様々な賢治研究の中で述べられていることでしょうから,ここでは私的感想を述べるだけにしておきます。
私の率直な感想は,春と修羅に著された賢治の世界観は,"仏教信仰に裏付けられた賢治「独特の」世界観"なのだろうけれど,そのような言い方では表せないものだと思ったのでした。春と修羅に初めて触れたときには,私はかつての賢治と同様に地質学を学びんでいました。また,当時,ニューサイエンスという分野がもてはやされ,私もいくつかの本を読みました。特に物理学者フリッチョフ・カプラの「タオ・自然学(工作社)」は愛読書でした。実は私が「春と修羅・序」を読んだときの強い印象は,このカプラの考え方によく似ているというものでした。現代物理学の基礎を成す量子論と相対論は,ともに東洋宗教,東洋哲学と類似しています。特に,道教,あるいは道教の影響を著しく受けた中国,日本の仏教の思想とはかなり通ずるものがあります。現代科学で示される自然の理は,道教的な世界なのです。そのような目で見ますと,我々地球科学者が扱っている地質現象も,道教的な世界の理に従っていることがわかります。
春と修羅の序は,まさしくそのような世界を描いています。1980年代に科学者を中心にブームが起きた世界観(ニューサイエンス)について,賢治は何十年も前にすでにはっきりと述べているのです。このような世界観自体は古くから日本にあったものですが,それを科学と深く結びつけたのは,ほぼ一世紀の時代を先取りしたものといえるでしょう。さらにそれを文学作品として著したところが賢治の比類なさです。
わたくしという現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です。
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
これはまさしく現代物理学の基礎概念そのものと言ってよいのではないでしょうか。これは現代物理学が教えるところの相対論的量子論による「存在」の概念に適合するものです。時代的に,賢治は相対論以前の「エーテル理論」などを学んでいたわけで,それらの物理学は(質量不変→「真空溶媒」にでてきます,時間の絶対性),賢治の道教的世界観に追いついていなかったことでしょう。賢治にとってはむしろアインシュタインの相対性理論の方がマッチするであったでしょう。ちょうどこの頃紹介された相対性理論は,賢治の持っていた世界観と完全に適合し,彼に多大な影響を与えたのではないでしょうか。
さて、本題です。ここでは地球科学的解説をするわけですが,春と修羅の序文の後半部分は,地質学的な記述になっています。ここでは,「春と修羅」という文学作品が,まるで地史と同様に扱われています。文学作品として表されるような見聞き感ずるものも,過去(地史)を解明するための科学的観察も,彼にとってはどちらも同じものなのでしょう。
けれどもこれら新世代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一点にも均しい明暗のうちに
(あるひは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を変じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
新生代沖積世は,普通,現在では,新生代完新世と呼ばれます。約1万年前から現在までの地質時代を指します。「現在」を地質時代名で言い直すと「新生代沖積世」となるわけです。ちなみに十億年前は地質時代名で言うと原生代であり,地球上には単純な構造の生物しかいませんでした。”修羅の十億年”は我々の言うところの十億年とは異なるものかもしれません。なにしろこれを著したときの賢治は相対性理論の影響を相当に受けていますから,「時間」が絶対的なものではないことは解っています。仏教的な意味も含め,異なった時間の流れを持つ世界があるということを言っているのかもしれません。ここでは地質学,相対性理論,そして生々流転の考え方が併せられています。
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史、あるひは地史といふものも
それのいろいろの論料といっしょに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたったころは
それ相當のちがった地質學が流用され
相當した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいっぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大學士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるひは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません
記録,歴史といったものは,絶対的なもののような気がしてしまいがちです。でもそれらは,あくまでも絶対的存在ではなく,人間の感覚によって”感じられる”ものです。古文書や史料といったものがあるために,”感じられるもの”ではなく変わらない絶対的なもののような気がするのです。ここで地質学者宮沢賢治は,「地史」を引き合いに出しています。露頭観察,地質調査という科学的作業結果があるため,地史も絶対的なもののような気がしてしまいます。地史に限らず,われわれも科学的成果は絶対的なものと考えがちです。しかし,それらもやはり”感じられるもの”でしかないわけです。だから賢治は二千年後の地質学を想像しているのです。二千年後の地質学者がどのように(科学的に)「感じるのか」を想像しているのです。ちなみに賢治の約90年後の地質学ではどうでしょうか?それほど大きく変わってはいません。ただ,地質学者は月や火星,あるいは太陽系の地史も地質学的に解る(感じる)ことができるようになってきた点は当時と違っているでしょう。