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気のいい火山弾

99/11/17


地質学と直結した物語がいくつかありますが、「気のいい火山弾」はまさしくそのひとつです。全く表題通りです。火山弾とは、火山が噴火するときに火口から地表に向かって放出された、比較的大きな溶岩塊です。英語ではvolcanic bombと言います。溶岩流は、マグマが地表に流れ出て、一つの流れとして火口から流れ下るものです。これに対して、マグマが火口から破片状に分裂して、空中へ放り出されるのが火山弾です。この物語は、ひとつの火山弾「ベゴ」が主人公です。

  ある死火山のすそ野のかしわの木のかげに、「ベゴ」というあだ名の大きな黒い石が永いことじぃっと座っていました。
「ベゴ」と云う名は、その辺の草の中にあちこち散らばった、稜のあるあまり大きくない黒い石どもが、つけたのでした。ほかに、立派な、本とうの名前もあったのでしたが、「ベゴ」石もそれを知りませんでした。
 ベゴ石は、稜がなくて、丁度卵の両はじを、少しひらたくのばしたような形でした。そして、ななめに二本の石の帯のようなものが、からだを巻いてありました。非常に、たちがよくて、一ぺんも怒ったことがないのでした。

bomb1.gif (1330 バイト)火山弾には様々な形があり、その形に基づいて、いろいろな名前が付けられています。
紡錘状火山弾と呼ばれるものがあります(右の絵)。これは、糸巻き(紡錘)の形をしているのでこのように呼ばれています。どうしてこんな形になるのかについては、うまい解説が作品の中に書かれています。高温で柔らかい状態のマグマが空中に放り出されるため、回転してこのような形になるのです。その後、冷えて固まって岩石となり、紡錘状の形のまま保存されるのです。東北大学理学部自然史標本館には、きれいな形のメキシコ産の紡錘状火山弾が展示してあります。

 bomb2.gif (1368 バイト)高温の溶けた状態で火口から放出された場合、柔らかいままで地表に落ちると、べちゃっとつぶれて平たくなることがあります。平べったくつぶれた状態で、地表で冷えて固まります。この平べったい形が、餅ににているので、これを溶岩餅と呼んでいます。スキー場で有名な蔵王は、活火山ですが、ここではたくさん溶岩餅を観察することができます。以前、蔵王でこの溶岩餅を観察していたら、餅の中からあんこがはみ出しているよなものもありました。これは、地面に着弾した直後、外側がある程度冷えて固まりつつあるのに、餅の内部はまだ高温で、どろどろに溶けていたため、その内部がとろりとでてきたものでしょう。はみ出したあんこ部分、中からでてきてすぐに冷え固まったので、全体がそのままの形で保存されています。

 bomb3.gif (1616 バイト)パン皮状火山弾というものもあります。これは、火山弾の表面に規則的な割れ目があり、パンを焼いたときに表面にできるような割れ目に似ているということで付いた名前です。火山弾の表面は急速に冷え固まりますが、内部はゆっくり冷えます。急に固まると、マグマ中の揮発性成分は抜け出さずにそのまま固まるのですが、ゆっくり冷えると、揮発性成分が分離して気泡がたくさんできます。その結果、ゆっくり冷える内部では泡がたくさんでき、全体に膨張します。そして、最初に急冷してできた「皮」が割れるわけです。


「ベゴさん。おれたちは、みんな、稜がしっかりしているのに、お前さんばかり、なぜそんなにくるくるしてるんだろうね。一諸に噴火のとき、落ちて来たのにね。」
「僕は、生れてまだまっかに燃えて空をのぼるとき、くるくるくるくる、からだがまわったからね。」
「ははあ、僕たちは、空へのぼるときも、のぼる位のぼって、一寸とまった時も、それから落ちて来るときも、いつも、じっとしていたのに、お前さんだけは、なぜそんなに、くるくるまわったろうね。」
 その癖、こいつらは、噴火で砕けて、まっくろな煙と一諸に、空へのぼった時は、みんな気絶していたのです。
「さあ、僕は一向まわろうとも思わなかったが、ひとりでからだがまわって仕方なかったよ。」
「ははあ、何かこわいことがあると、ひとりでからだがふるえるからね。お前さんも、ことによったら、臆病のためかも知れないよ。」
「そうだ。臆病のためだったかも知れないね。じっさい、あの時の、音や光は大へんだったからね。」
「そうだろう。やっぱり、臆病のためだろう。ハッハハハハッハ、ハハハハハ。」

 bomb4.gif (1791 バイト)上で説明した火山弾のうち、紡錘状火山弾が一番「ベゴ石」に近いようです。噴火時に放出されたマグマがくるくる回ってできたものだという、きちんとした地質学的説明がされています。さて、では、このベゴ石を馬鹿にしている稜のある石たちとはいったい何なのでしょう。確かに、このような稜のある石は、火口周辺にごく当たり前にあります。でも、このようなものがどうやってできたのかという説明がきちんと書かれた地学の教科書を私はみたことがありません。噴火でできたことは間違いないのでしょうけれど。賢治は、稜のある石に着目し、それがどうやってできたものか、それなりに説明しています。これはすごいことだと思います。きちんと自然を観察し、現在でもきちんと説明がなされていない事象に対して先入観なく自分で解釈しているのです。

このような稜と稜の間には、比較的平坦な面があります。このような面は、「破断面」というようなもので、まさしく「砕けた」ときにできる面です。固いものに急激な力が加わったときに、ぱきんと割れてできる面です。高温の溶融状態のマグマではできにくく、冷え固まった岩石でできやすい面です。チョコレートを割ったときにはこのような「破断面」ができますが、水飴ではできませんね。

つまり、この稜のある石たちは、一度冷え固まった岩石が、噴火時に砕けたものであると考えるのが自然です。どこでどのように固まったものか、あるいはどのように砕けたのかについてはいろいろ可能性はあるでしょう。例えば、火口の下のマグマの通り道である火道中で冷え固まった岩石が、下からのマグマや火山ガスの上昇によって破壊されることがあります。このような場合には、破断面のある岩石がたくさん放出されます。このような噴火をブルカノ式噴火と呼んでいます。


 その時、向うから、眼がねをかけた、せいの高い立派な四人の人たちが、いろいろなピカピカする器械をもって、野原をよこぎって来ました。その中の一人が、ふとベゴ石を見て云いました。
「あ、あった、あった。すてきだ。実にいい標本だね。火山弾の典型だ。こんなととのったのは、はじめて見たぜ。あの帯の、きちんとしてることね。もうこれ丈けでも今度の旅行は沢山だよ。」
「うん。実によくととのってるね。こんな立派な火山弾は、大英博物館にだってないぜ。」
 みんなは器械を草の上に置いて、ベゴ石をまわってさすったりなでたりしました。
「どこの標本でも、この帯の完全なのはないよ。どうだい。空でぐるぐるやった時の工合が、実によくわかるじゃないか。すてき、すてき。今日すぐ持って行こう。」
 みんなは、又、向うの方へ行きました。稜のある石は、だまってため息ばかりついています。そして気のいい火山弾は、だまってわらって居りました。
 ひるすぎ、野原の向うから、又キラキラめがねや器械が光って、さっきの四人の学者と、村の人たちと、一台の荷馬車がやって参りました。
 そして、柏の木の下にとまりました。
「さあ、大切な標本だから、こわさないようにして呉れ給え。よく包んで呉れ給え。苔なんかむしってしまおう。」
 苔は、むしられて泣きました。火山弾はからだを、ていねいに、きれいな藁や、むしろに包まれながら、云いました。
「みなさん。ながながお世話でした。苔さん。さよなら。さっきの歌を、あとで一ぺんでも、うたって下さい。私の行くところは、ここのように明るい楽しいところではありません。けれども、私共は、みんな、自分でできることをしなければなりません。さよなら。みなさん。」
「東京帝国大学校地質学教室行、」と書いた大きな札がつけられました。
 そして、みんなは、「よいしょ。よいしょ。」と云いながら包みを、荷馬車へのせました。
「さあ、よし、行こう。」
 馬はプルルルと鼻を一つ鳴らして、青い青い向うの野原の方へ、歩き出しました。

さんざん皆に馬鹿にされたベゴ石は、科学者たちにとってはものすごく貴重な火山弾の試料だったわけです。なんだか「みにくいあひるの子」に通じるものがありますね。「東京帝国大学地質学教室行」というのが妙に具体的で面白いですね。


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