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「楢の木大学士の野宿」

その1.野宿第一夜 


この物語りは授業の教材につかえますね。中学〜高校の理科くらいのレベルではないでしょうか。

宝石の専門家の楢の木大学士が、蛋白石探しを依頼されて、調査の旅に出て、そこで野宿した。そこで彼は不思議な夢を見た。これはそんな物語です。

楢の木大学士が旅をしたのは、「葛丸川」。葛丸川は実在する川であり、岩手県石鳥谷町を流れる北上川の支流です。石鳥谷町は賢治のふるさと花巻のすぐ北の町です。葛丸川の南には、尾根を一つはさんで台川があります。この葛丸川の源流付近に四つの山があります。諸倉山(714m)、権現森(776m)、青ノ木森(831m)、塚瀬山(892m)です。野宿第一夜は、この四つの山の語り合いの話です。楢の木大学士の野宿の原型となる、「青木大学士の野宿」の青木は、山の名前の青ノ木森からとっているようです。

大学士は野宿することにして、向こうの四つの山を眺めてこんなことをいいます。

「ははあ、あいつらは岩頸だな岩頸だ、岩頸だ。相違ない。」
そこで大学士はいゝ気になって、
仰向けのまゝ手を振って、
岩頸の講義をはじめ出した。
「諸君、手っ取り早く云ふならば、岩頸といぶのは、地殻から一寸頸を出した太い岩石の棒である。その頸がすなはち一つの山である。えゝ。一つの山である。ふん。どうしてそんな変なものができたといふなら、そいつは蓋し簡単だ。えゝ、こゝに一つの火山がある。熔岩を流す。その熔岩は地殻の深いところから太い棒になってのぼって来る。火山がだんだん衰へて、その腹の中まで冷えてしまふ。熔岩の棒もかたまってしまふ。それから火山は永い間に空気や水のために、だんだん崩れる.たうとう削られてへらされて、しまひには上の方がすっかり無くなって、前のかたまった熔岩の棒だけが、やっと残るといふあんばいだ。この棒は大抵頸だけを出して、一つの山になってゐる。それが岩頸だ。ははあ、面白いぞ、つまりそのこれは夢の中のもやだ、もや、もや、もや、もや。そこでそのつまり、鼠いろの岩頸だがな、その鼠いろの岩頸が、きちんと並んで、お互に顛を見合せたり、ひとりで空うそぶいたりしてゐるのは、大変おもしろい。ふふん。」

岩頸は、ふつうとんがった山になります。三角山と呼ばれるような山です。映画「未知との遭遇」に出てきたデビルズタワーも岩頸ですね。葛丸川上流のこれらの山は確かにとんがり山です。ここと岩手山の間には七ツ森と呼ばれるとんがり山の集合がありますが、同じようなものでしょう。本当に岩頸かどうかはわかりません。熔岩ドームかもしれません。


それは実際その通り、
向ふの黒い四つの峯は、
四人兄弟の岩頸で、
だんだん地面からせり上って来た。
楢ノ木大学士の喜びやうはひどいもんだ。
「ははあ、こいつらはラクシャンの四人兄弟だな。よくわかった。ラクシャンの四人兄弟だ。よしよし。」
注文通り岩頸は
丁度胸までせり出して
ならんで空に高くそぴえた。
一番右は
たしかラクシヤン第一子
まっ黒な髪をふり乱し
大きな眼をぎろぎろ空に向け
しきりに口をぱくぱくして
何かどなってゐる様だが
その声は少しも聞えなかった。
右から二番目は
たしかにラクシャンの第二子だ。
長いあごを両手に載せて睡ってゐる。
次はラクシャン第三子
やさしい眼をせはしくまたたき
一番左はラクシャンの第四子,末っ子だ。
夢のやうな黒い瞳をあげて
じっと東の高原を見た。

おそらく第一子は塚瀬森、第二子は青ノ木森、第三子は権現森、第四子は諸倉山でしょう.東の高原は北上山地です。

楢の木学士がもとよく
四人を見ようと起き上がったら
俄かにラクシャン第一子が
雷のやうに怒鳴り出した。
「何をぐづぐづしてるんだ。潰してしまへ。潰してしまへ。灼いてしまへ。こなごなに砕いてしまへ。早くやれっ。」
楢ノ木学士はびっくりして
大急ぎでまた横になり
いびきまでして寝たふりをし
そっと横目で見つゞけた。
ところが今の怒鳴り声は
大学士に云ったのでもなかったやうだ。
なぜならラクシャン第一子は
やっぱり空へ向いたまゝ
素敵な怒鳴りを続けたのだ。
「全体何をぐづぐづしてるんだ。砕いちまえ、砕いちまえ、はね飛ばすんだ。はね飛ばすんだよ。火をどしゃどしゃ噴くんだ熔岩の用意っ。早く。畜生。いつまでぐづぐづしてるんだ。熔岩、用意っ。もう二百万年たってるぞ。灰を降らせろ、灰を降らせろ。なぜ早く支度をしないか。」
しづかなラクシャン第三子が
兄をなだめて斯う云った。
「兄さん。少しおやすみなさい。こんなしづかな夕方じゃありませんか。」
兄は構はず又どなる。
「地球を半分ふきとばしちまへ。石と石とを空でぶっつけ合せてぐらぐらする紫のいなびかりを起せ。まっくろな灰の雲からかみなりを鳴らせ。えい、意気地なしども。降らせろ、降らせろ、きらきらの熔岩で海をうづめろ。海から騰る泡で太陽を消せ、生き残りの象から虫けらのはてまで灰をすはせろ,えい畜生ども,何をぐづぐづしてるんだ。」

楢ノ木大学士が講釈したとおり、岩頸は火山の痕です。第一子が怒鳴っている言葉の内容は、もう一度昔のような噴火をしようということのようです。

ラクシャンの若い第四子が
微笑って兄をなだめ出す。
「大兄さん、あんまり憤らないで下さいよ。イーハトプさんが向ふの空で、又笑ってゐますよ。」
それからこんどは低くつぶやく。
「あんな銀の冠を僕もほしいなあ。」
ラクシャンの狂暴な第一子も
少ししづまって弟を見る。                        
「まあいゝさ、お前もしっかり支度をして次の噴火にはあのイーハトプの位になれ。十二ヶ月の中の九ヶ月をあの冠で飾れるのだぞ。」                 

イーハトーブさんは岩手山のことです。標高2039mの岩手山は、あまり高い山のない南側からはよく望むことができます.東北の寒い気候で,これだけ標高があると、山頂に近いほうではずっと雪が積もっています。銀の冠は冠雪のことですね。初冠雪は例年10月、雪がとけるのは6月です。ですから、十二ヶ月のうち九ヶ月というわけです。1998年の10月末に西岩手山に火山観測のため行きましたが、氷点下の吹雪きで、少し積もりました。東岩手山はかなり下まで真っ白でした。

若いラクシャン第四子は
兄のことばは聞きながし
遠い東の
雲を被った高原を
星のあたりに透かし見て
なつかしさうに呟いた。
「今夜はヒームカさんは見えないなあ。あのまっ黒な雲のやつは、ほんたうにいやなやつだなあ,今日で四日もヒームカさんや、ヒ−ムカさんのおっかさんをマントの下にかくしてるんだ。僕一つ噴火をやってあいつを吹き飛ばしてやらうかな。」
ラクシャンの第三子が少し笑って弟に云ふ。
「大へん怒ってるね.どうかしたのかい。えゝ。あの東の雲のやつかい。あいつは今夜は雨をやってるんだ。ヒームカさんも蛇文石のきものがずぶぬれだらう。」
「兄さん。ヒームカさんはほんたうに美しいね。兄さん。この前ね、僕、こゝからかたくりの花を投げてあげたんだよ。ヒームカさんのおっかさんへは白いこぶしの花をあげたんだよ。そしたら西風がね、だまって持って行って呉れたよ。」
「さうかい。ハッハ。まあいゝよ。あの雲はあしたの朝はもう霽れてるよ。ヒームカさんがまばゆい新しい碧いきものを着てお日さまの出るころは、きっと一番さきにおまえにあいさつするぜ。そいつはもうきっとなんだ。」
「だけど兄さん。僕、今度は、何の花をあげたらいゝだらうね。もう僕のとこには何の花もないんだよ。」
「うん、そいつはね、おれの所にね、桜草があるよ、それをおまえにやらう。」
「ありがたう、兄さん。」

東の高原、つまり北上山地を眺めての会話です。「ヒームカ」という名前からすると、そのモデルは姫神山(1124m)ですね。姫神山は、北上川を挟んで岩手山の東側にあります。蛇文石は、かんらん石という鉱物が変質することでできます。主にかんらん石からできている岩石のことをかんらん岩と呼びます。その辺のことは以下の第一子とのやり取りの中で表されています。ただし、姫神山は実際には花崗岩の山です。むしろ、かんらん岩(もしくは蛇紋岩)からなるのは、これら四つの山から真東にある早池峰山(1914m)です。物語の中の「ヒームカのおっかさん」はもしかしたら早池峰山のことを指しているかもしれません。

「やかましい、何をふざけたことを云ってるんだ。」
暴っぽいラクシャンの第一子が
金粉の怒り声を
夜の空高く吹き上げた。
「ヒームカってなんだヒームカって。
ヒームカっていうのは、あの向ふの女の子の山だらう。よわむしめ。あんなものとつきあふのはよせと何べんもおれが云ったぢゃないか。ぜんたいおれたちは火から生まれたんだぞ青ざめた水の中で生まれたやつらとちがふんだぞ。」
ラクシャンの第四子は
しょげて首を垂れたが
しづかな直かの兄が
弟のために長兄をなだめた。
「兄さん。ヒームカさんは血統はいゝのですよ。火から生まれたのですよ。立派なカンランガンですよ。」

「火から生まれた」と「水の中で生まれた」とは,それぞれ火成岩と堆積岩を指しています。四兄弟はマグマが冷え固まったものですから「火から生まれ」たものです。火成岩には、火山岩と深成岩の二種類あって、その違いはさらに下で説明されます。ただ、かんらん岩を単純に深成岩の仲間としていいかどうかは迷うところです。かんらん岩のでき方は二通り考えられます。一つは、マグマの中で初めに結晶化するかんらん石などが、マグマより重いために下に沈んで集積し、固まったもの。集積岩と呼びます。もう一つは、地殻の下のマントル(マントルはかんらん岩でできている)が、なにかの拍子で地表に上がってきたものです。まあ、マントル自体も地球ができたばかりの46億年前には、全体が熔けたマグマ(マグマオーシャンと呼ばれている)であったので、それでも深成岩の仲間にしていいのかもしれません。いずれにしても,ヒームカが姫神山だとしたら、それは深成岩です.われわれは「姫神深成岩体」と呼んでいます。次では深成岩と火山岩のでき方の違いが説明されています。

ラクシャンの第一子は
尚更怒って
立派な金粉のどなりを
まるで火のやうにあげた。
「知ってるよ。ヒームカはカンランガンさ。火から生れたさ。それはいゝよ。けれどもそんなら、一体いつ、おれたちのやうにめざましい噴火をやったんだ。あいつは地面まで騰って来る途中で、もう疲れてやめてしまったんだ。今こそ地殻ののろのろのぼりや風や空気のおかげで、おれたちと肩をならべてゐるが、元来おれたちとはまるでうまれつきがちがふんだ。きさまたちには、まだおれたちの仕事がよくわからないのだ。おれたちの仕事はな、地殻の底の底で、とけてとけて、まるでへたへたになった岩漿や、上から押しつけられて古綿のやうにちぢまった蒸気やらを取って来て、いざといふ瞬間には大きな黒い山の塊を、まるで粉々に引き裂いて飛び出す。
煙と土を固めて空に抛げつける。石と石をぶっつけ合せていなづまを起こす。百万の雷を集めて、地面をぐらぐら云はせてやる。丁度、楢ノ木大学士といふものが、おれのどなりをひょっと聞いて、びっくりして頭をふらふら、ゆすぶったやうにだ。ハッハッハ。
山も海もみんな濃い灰に埋まってしまふ。平らな運動場のようになってしまふ。その熱い灰の上でばかり、おれたちの魂は舞踏していゝ。いゝか。もうみんな大さわぎだ。さて、その煙が納まって空気が奇麗に澄んだときは、こつちはどうだ、いつかまるで空へ届くくらゐ高くなって、まるでそんなこともあったかといふやうな顔をして、銀か白金かの冠ぐらゐをかぶって、きちんとすましてゐるのだぞ。」

深成岩は、地下でマグマがゆっくり冷え固まったものです。それに対して、火山岩は、マグマが地表に噴出してできたものです。(教科書どおり)現在深成岩が地表で観察できるのは、長い時間をかけて地殻が隆起し、流水などの浸食作用によって上の岩石が取り去られることによって露出するためです。そのことを専門用語をつかわず、わかりやすく説明してます。
 また、「おれたちの仕事」として、噴火活動とはどんなものかを説明してます。岩漿とはマグマのことです。マグマは岩石が熔けることによってできます。火山ではマグマが噴出するだけではなく、地下に閉じ込められた高圧蒸気も噴出します。岩石の荷重で高圧になった水蒸気は、大気圧での水蒸気よりずっと密度が高くなります。このような状態では水の沸点は200℃〜300℃を超えます。場合によっては、400℃を超え、そのような状態では液体と気体の区別もつかなくなります。
 また,火山噴火の際には火山雷といって、噴煙の中で雷が起きます。火山灰が噴出したときの様子をこと細かく表現していますね。

ラクシヤンの第三子は
しばらく考へて云ふ。
「兄さん、私はどうも、そんなことはきらひです。私はそんな、まはりを熱い灰でうづめて、自分だけ一人高くなるやうなそんなことはしたくありません。水や空気がいつでも地面を平らにしようとしてゐるでせう。そして自分でもいつでも低い方低い方と流れて行くでせう、私はあなたのやり方よりは、却ってあの方がほんたうだと思ひます。」
暴っぽいラクシャン第一子が
このときまるできらきら笑った。
きらきら光って笑ったのだ。
(こんな不思義な笑ひやうを
いままでおれは見たことがない、
愕くべきだ、立派なもんだ。)
檜ノ木学士が考へた。
暴っぽいラクシャンの第一子が
ずゐぶんしばらく光ってから
やっとしづまっかう云った。
「水と空気かい。あいつらは朝から晩まで、俺らの耳のそば迄来て、世界の平和の為に、お前らの傲慢を削るとかなんとか云ひながら、軽日こそこそ、俺らを擦って耗して行くが、まるっきりうそさ。何でおれのきくところに依ると,あいつらは海岸のふくふくした黒土や、美しい緑いろの野原に行って知らん顔をして溝を掘るやら、濠をこさへるやら、それはどうも実にひどいもんださうだ。話にも何にもならんといふこった。」
ラクシャンの第三子も
つい大声や笑ってしまふ。
「兄さん。なんだか、そんな、こじつけみたいな、あてこすりみたいな、芝居のせりふのやうなものは、一向あなたに似合ひませんよ。」
ところがラクシャン第一子は
案外に怒り出しもしなかった。
きらきら光って大声で
笑って笑って笑ってしまった。
その笑ひ声の洪水は
空を流れて遥かに遥かに南へ行って
ねぼけた雷のやうにとゞろいた。
「うん、さうだ、もうあまり、おれたちのがらにもない小理窟は止さう。おれたちのお父さん
にすまない。お父さんは九つの氷河を持っていらしゃったさうだ。そのころは、こゝらは、一
面の雪と氷で白熊や雪狐や、いろいろなけものが居たさうだ。お父さんはおれが生れるときな
くなられたのだ。」

今度は、水と空気による浸食作用について二人は論じています。最後に第一子が納まったのは、「お父さんにすまない」ということのようですが、これはなぜでしょう。岩頸というのも結局は水や空気の浸食作用によって、母体となる火山体が削り取られることによってあらわれるわけですから、浸食作用に否定的な態度をとることはできないわけですね。多分「お父さん」とはもとの大きな火山体のことではないでしょうか。

この第一夜の物語りはまだもう少し続きます。火成岩の産状についての解説書として使えますね。


本文はちくま文庫「宮沢賢治全集6」より引用

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