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翁島の由来

 福島県磐梯山のすぐ南には,猪苗代湖があります。猪苗代湖に浮かぶ翁島という小さな島があります。この島は昔の磐梯山の噴火のときにできたものだいう民話が伝わっています。明治の大噴火より前、大同元年(西暦806年)に磐梯山は噴火しています。民話では、この時に翁島ができたと伝えられています。はたしてそれは本当なのでしょうか。その真相にせまってみます。


(あらすじ)

 ある日、この辺に住む機織りの娘の家に、旅僧が立ちより「あまりのあつさにのどがからからです。水をいっぱい飲ませてください。」と言った。しかし機織り女は見向きもせず、「この辺は水が不足していて旅の人に飲ませるほど余裕は無いね。」と断った。旅僧は歩きはじめ、村のはずれにさしかかると、身なりの貧しい女が小川のほとりで米をといでいた。僧は「小川の水でも、米のとぎ水でも結構ですから、どうか水を一杯飲ませてください。」と言った。すると、その女は「さあ、お飲みください」と言って、自分の大切な飲み水を飲ませてくれた。

 そんなことがあった後、磐梯山が大噴火した。最初に意地悪した女の家は湖の底深く沈み、貧しい女の家は沈まず島として残った。これが今の翁島と言われている。

 

-その解釈-

 火山現象にはさまざまありますが、特に恐ろしいものの一つに、「大規模山体崩壊」という現象がhoukai.gif (4857 バイト)あります。最近では、1980年にアメリカのセントへレンズ火山でこの大規模山体崩壊がおきています。大規模山体崩壊とは,右図のように火山の山頂を含むかなりの部分が噴火により崩れ落ちる現象です。山は大きくえぐりとられて原型をとどめず、巨大な凹地ができます。崩れ落ちた部分は山麓に流れ下り、小さな小山をたくさんつくります。これを流れ山と呼びます。
 磐梯山は明治時代に大噴火があった火山です. 明治21年(1888年),7月15日の噴火では,山体の北側で大規模山体崩壊がおき, いくつもの村を襲い, 多数の死傷者をだしています。現在観光地になっている五色沼のあたりには小山がたくさんあり、これが流れ山です。このときの噴火では桧原湖ができたといわれています。

 さて、この磐梯山は昔、南側でも大規模山体崩壊が起きています。そのときの堆積物は磐梯山の南麓に広く分布し、こちらにも流れ山もたくさんあります。猪苗代湖の湖底にもあります。地質学者は、この堆積物を「翁島岩屑なだれ堆積物」と呼んでいます。1888年の大規模山体崩壊とおなじことが昔起きたことは間違いありません。

 と、ここまでの話だけで解釈すると、民話で伝えられる話は、大規模山体崩壊でできたような印象をうけます。結論を言ってしまうと、それは間違いです。この南側の大規模山体崩壊が起きたのは,西暦806年ではなく、もっとずっと昔、約4万年も前のことです。翁島もこのときできたはずです。このことは、通産省工業技術院地質調査所の詳しい調査によって明らかにされました。地質調査所の調査によると、806年の噴火はそれほど巨大なものではなく,噴火により直接村が水没するとは考えにくいようです。しかし、言い伝えだけでなく、古文書にも噴火の時の村の水没は記録されており、水没は事実のようです。噴火に伴なう火山性地震に関係したものかもしれません。


参考文献 やさしく書いた会津の伝説 (村野井幸男編.歴史春秋社)
テフラ層序からみた磐梯火山の噴火活動史。山元孝広・須藤茂 地質調査所月報47

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