「ポラーノの広場」
主人公の仕事について
99/11/17
「ポ゚ラーノの広場」という物語は、特に科学的なトピックを扱っているわけではありません。モリーオ市付近で繰り広げられる、小作人の苦悩、地方の名士による汚職、新産業の開拓といった、社会的な物語です。この物語にでてくる地名は、モリーオ、センダード、トキーオ、あきらかに、それぞれ盛岡、仙台、東京がもとですから、実在の都市をモデルにした物語です。他の細かな地名も実在の地名からとっているようです(たとえばシオーモは塩竃のこと)。ポラーノの広場そのものも、小岩井農場がモデルのようです。読者があたかも実話のように感じられるような設定になっているようです。
さて、賢治自身が学んだ地質学など、科学に関わる設定もいくつかあります。特に主人公の職業設定と彼の行動に注目すると、科学に関わることがらがいくつか浮き上がります。
まず、主人公の職業。冒頭に書かれています。
そのころわたくしはモリーオ市の博物局に勤めて居りました。
十八等官でしたから役所のなかでもずうっと下の方でしたし、俸給もほんのわずかでしたが、受け持ちが標本の採集や整理で、生れ付き、好きなことでしたから、わたくしは毎日ずゐぶんと愉快にはたらきました。
現在盛岡市には岩手県立博物館があります。物語の主人公はどうやら、博物館勤務の職員のようです。学芸員のようですね。博物館の職員は公務員ですが、標本採取、整理担当の、公務員のなかの位はあまり高くない人のようです。ファゼーロとの出会い、ポラーノの広場での山猫博士とのもめごとがあり、物語は進みます。
とにかくその七月いっぱいに私のした仕事は
一.北極熊剥製方をテラキ製作所に照会の件
一.ヤクーシャ山頂火山弾運搬費用見積もりの件
一...
ヤクーシャ山とは、岩手山の主峰薬師岳ですね。火山弾を運搬する物語として「気のいい火山弾」があります。そこでの運搬先は東京大学の地質教室です。火山弾とは、火山噴火の際に、上空に吹き飛ばされたマグマが、放物線軌道を描いて落ちてくる間に冷えて固まって岩塊になったものです。その形状はさまざまあって、冷えて固まる時に岩塊の表面が細かく割れる「パン皮状火山弾」、牛の糞のような形状になる「牛糞状火山弾」、冷えてかたまる前にくるくると上空で回転してできる紡錘状火山弾などがあります。
やがて主人公は仕事のためモリーオを離れ、イーハトーヴォ海岸を経て、センダードへ向かいます。ここでいうところのイーハトーヴォ海岸とは、三陸海岸がモデルです。ここでの仕事は、「海鳥の卵などの採集」ということでしたが、実際には岩石の標本をとったり、地形観察をしたということです。「三陸海岸で岩石の標本を採取する」という行為自体を発想するあたりが賢治らしいです。三陸海岸はきわめて地層の露出がよく、また、さまざまな岩石が産します。
さて、彼はシオーモからセンダードへ入ります。そこでは蛾のトラブルとデストゥパーゴが待ち受けているわけですが、本来の目的は、センダードの理科大学の標本を見せてもらうことです。
三十一日わたくしはそこの理科大学の標本をも見せて貰うやうに途中から手紙を出してあったのです。
(散髪のあと)これなら、今夜よく寝んで、あしたは大学のあの地下になった標本室で向ふの助手といちにち暮らしても大丈夫だと思って・・・
センダードの理科大学−このモデルは私の勤め先です。現在の東北大学理学部の前身は理科大学でした。ちなみに私はそこの助手ですので、「向ふの助手」は、実在の方なら私の何代かまえの助手の方ですね。数年前に、東北大学理学部には、付属の自然史標本館ができました。仙台市青葉区荒巻(青葉山)にあります。そこに展示・収蔵されているさまざまな化石や鉱物岩石標本は、理科大学時代から蓄積されてきたものです。標本館が完成するまでは、仙台市片平にある旧理学部の使用されていない建物の中に埃をかぶっておいてありました。理学部はだいぶ前に郊外(仙台市青葉山)に移転しています。そこにおかれていた標本は、標本館建設に伴い一部は整理、一部は新しい標本館に移されました。そのときの作業の一部は私が担当しました。標本がおかれていたのは、昔からの標本室というわけではないようです。部屋は物語の中の理科大学標本室とはちがうようです。地下ではありませんし。
現在、自然史標本館には貴重な資料がたくさん展示してあります。一見の価値はあります。