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「さいかち淵」と「風の又三郎」
-鼻の尖った人-

99/11/17


 地質関係の仕事を始めてから「風の又三郎」を読んだとき、その中の一シーンで、少し気になるところがありました。子どもたちが川で遊ぶ場面で、大人による発破の漁があった後に、「鼻の尖った人」があらわれます.

そのころ誰かが、
「あ、生洲、打壊すとこだぞ。」と叫びました。見ると、一人の変に鼻の尖った、洋服を着てわらぢをはいた人が、手にはステッキみたいなものをもって、みんなの魚を、ぐちゃぐちゃ掻きまはしてゐるのでした。

ところがその男は、別に又三郎をつかまへる風でもなくみんなの前を通りこしてそれから淵のすぐ上流の浅瀬をわたろうとしました。それもすぐに河をわたるでもなく、いかにもわらぢや脚絆の汚くなったのを、そのまゝ洗ふといふふうに、もう何べんも行ったり来たりするものですから、みんなはだんだん怖くなくなりましたがその代り気持ちが悪くなってきました。

 風体、行動がともに子どもたちにとって奇怪で恐ろしげな、謎の人物です。この一場面は、その子どもたちにとっての奇怪さを描いたものであって、読者にもその奇怪さが伝わるように表現されていると思います。でも、私はこの人物が何者かが気になりました。この人物の風体と行動が妙に具体的に表現されていますね。

 さて、子どもたちが川で遊ぶ「風の又三郎」の一シーンの原型は、「さいかち淵」です。文章を多少変えてありますが、ストーリーはほとんど同じです。発破漁があってから、この鼻の尖った人が現れ、そして子どもたちとのやりとりがあります。いったいこの人物は何者なのでしょうか?(何者かがわからないことこそが、このシーンの重要な点だと思いますが)

 ステッキのようなハンマーを持って、河原を行ったり来たりうろつく。これはよく私もやってることです。傍から見たら、ものすごく奇怪だろうと思います。何時そんなことをするかというと、それは「地質調査」中にします。地質調査は川沿いを徒渉して行うことが多く、露頭を捜して河原をうろつくことは普通です。この人物はステッキのようなハンマーを持っているようですが、これは地質調査の必需品です。ハンマーがないと調査できません。

 「鼻が妙に尖って」いるのは、この人が欧米人だからでしょう。随分日本語が上手なようですけどね。現在、日本で活動する地質学者のほとんどは日本人です。かなりたくさんいます。しかし、実は日本で初めに地質学研究を行ったのは、日本人ではないのです。賢治の時代より少し前に、ナウマンというドイツ人が日本各地の地質調査を行いました。あのナウマン象で有名なナウマンです。かなり長い期間日本で調査を行ったようです。日本語も上手だったことでしょう。賢治は地質学を学んだので、当然ナウマンのことを知っていたはずです。鼻の尖った人がナウマンかどうかはわかりませんが、欧米人の地質学者が田舎の河原に奇妙な風体であらわれても、賢治にとっては何の不思議もなかったはずです。

そういえば、又三郎のお父さんも、鉱山技師で、モリブデン採掘に関わっているようです。このように賢治の作品には、端々に地学に関わることが描かれています。



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