「谷」と「種山ヶ原」の渓谷
99/11/17
村童たちの生活を題材とした風の又三郎,十月の末,光の素足,谷,種山ヶ原などの作品には,彼らの生活を取り巻く自然との関わりがよくあらわされています。その中で、「谷」で主題材となった渓谷は,他にも「種山ヶ原」や「風の又三郎」でも出てきます。「谷」では,冒頭部分で,その谷の描写が行われています。
楢渡のとこの崖はまっ赤でした。
それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。
谷底には水もなんにもなくてただゞ青い梢と白樺などの幹が短く見えるだけでした。
向ふ側もやっぱりこっち側とおなじやうでその毒々しい赤い崖には横に五本の灰色の線が入ってゐました。ぎざぎざになって赤い土から喰み出してゐたのです。それは昔山から流れて走って来て又火山灰に埋もれた五層の古い溶岩流だったのです。
崖のこっち側と向ふ側とは昔続いてゐたのせうがいつかの時代に裂けるか罅れるかしたのでせう。霧のあるときは谷の底は真っ白でなんにも見えませんでした。
私がはじめてそこに行ったのはたしか尋常三年生か四年生のころです。
この谷の描写は大人が冷静に観察したもの,もっといえば賢治のような地質学者が観察した表現です。一連の村童スケッチ作品で出てくる「谷」は,子供にとって恐ろしいもの,危険なものです。大人でも誤って崖から転落したら命を落とすわけですから恐ろしい危険なものであることは事実です。「谷」では,大人に脅かされながら見た谷の恐ろしさが表されています。
「さあ、見ろ、どうだ。」
私は向ふを見ました。あの真っ赤な火のやうな崖だったのです。私はまるで頭がしいんとなるやうに思ひました。そんなにその崖が恐ろしく見えたのです。
冒頭での客観的な地質学的な崖の見方とは全く違います。「真っ赤な火のやうな」という形容は,その恐ろしさをさらに増大させています。溶岩の間に挟まれる赤い火山灰のせいで,崖全体が赤く見えるということが冒頭でわかります。野に迷い込んで突然このような谷に出くわす恐怖というものが、他の「風の又三郎」や「種山ヶ原」にも出てきます。種山ヶ原では,牛に逃げられて探し回っていた達二が谷に出くわします。
達二は早く、おぢいさんの所へ戻らうとして急いで引っ返しました。けれどもどうも、それは前に来た所とは違っていたやうでした。第一、薊があんまり沢山ありましたし、それに草のそこにさっき無かった岩かけが、たびたびことがってゐました。そしてたうとう聞いたこともない大きな谷が、いきなり目の前に現はれました。
いずれも、大きな谷は子供にとって恐怖の対象なのです。なお,「種山ヶ原」の谷は,「谷」の赤い谷とは同一のものではありません。なぜなら、種山ヶ原の冒頭で,
種山ヶ原といふのは北上山地の真ん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできています。
といっているので、赤い火山灰と溶岩の谷ではあり得ないのです。実は,本当のところは蛇紋岩や橄欖岩でできているのは早池峰山で、種山ヶ原はむしろ花崗岩類からできています。「谷」で出てくるような溶岩と火山灰が互層しているような所は,北上山地ではなく、むしろ奥羽山脈側でしょう。賢治も、地質調査のために奥羽山脈の渓谷には行っているので,このような情景描写ができたのでしょう。岩手山には「谷」の描写そっくりな場所がいくつもあるので,岩手山の谷がモデルかもしれません。