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由布岳・鶴見岳をめぐる物語

 大分県別府から近い由布岳と鶴見岳は活火山であり,二つ東西にならんでいる。その美しい山容は大分の人々の自慢である。この二つの火山に関する民話がいくつかこの地方にある。


(物語1) もともと日向の国(宮崎県)にあった高山の日向岳は、豊後由布岳の名声を聞いて背比べを挑むが,並んでみると到底およばない。思わず腰を抜かし、その場に座り込んで動けなくなった。だから腰抜山ともいう。

-その解釈-

 由布岳と鶴見岳は別府の西に二つ並ぶ火山です。有史時代の噴火でわかっているのは、鶴見岳の平安時代の噴火です。理科年表にはそう書いてあります。しかし、火山学者の多くは歴史資料を深く検討していない場合が多いので,歴史時代に噴火があっても分からないことがありますし、逆に噴火があったと言われていても,本当かどうか分からなかったりします。ですから、平安時代の一回の記録以外にも、鶴見岳も由布岳も案外歴史時代に噴火しているかもしれません。
 由布岳は豊後富士ともよばれるように,美しい円錐形の火山です。由布岳にはいくつもの寄生火山がありますが,日向岳は由布岳火山のその寄生火山のひとつです。由布岳の南東側にくっつくようにあります。
 この日向岳ができたのは,6000年前よりも前のことです。なぜそんなことがわかるかというと、それは、「広域火山灰」というものの存在でわかるのです。ときどきおきる大きな噴火では、火山灰が遠くまで広がります。場合によっては日本全土を覆い尽くすほど広がります。その広域火山灰の一つに、「アカホヤ火山灰」というのがあります。鹿児島県の,薩摩半島と,屋久島の丁度真ん中あたりの洋上に、硫黄島と竹島があります.これらの島のあたりの海底には大きなカルデラがあります.このカルデラで約6000年前に大噴火が起き、その火山灰が日本の大部分を覆ったのです。日向岳の山の上には,このアカホヤ火山灰が見られます。6000年より後にできた火山だったら、上にこの火山灰は堆積していません。
 日向岳は熔岩ドームなので、平成新山とおなじようなできかただったのでしょう。


(物語2) 西行の歌という話。由布岳を仰いだ西行法師が、「豊国の由布の高嶺は富士に似て..」と詠じはじめると由布岳が怒り出し,噴火する。富士に似て,」が気に入らなかったらしい。改め,「駿河なる富士の高嶺は由布に似て..」とよみかえたら噴火が止んだ.

-その解釈-

 由布岳の山容は富士に似た美しい形です。ところで西行法師(1118〜1190)は鎌倉時代のお方。鎌倉時代どころか,由布岳の噴火の記録は全くありません。しかし、上に述べたとおり,記録がないから噴火してないとは言いきれないようです。伝説のとおり,本当は噴火したのかもしれません。あるいはまったくの作り話かもしれません。


(物語3) 湯布院盆地は昔は湖だった。由布岳の女神である宇奈岐日女は、太古の昔、干拓を思いつき、配下の巨人に命じて、湖の壁の一角を破らせた。巨人は南西の隅の壁を一蹴り、ふた蹴りすると、湖壁は破れ、水は流れ出した。そして大分川を形作り海に注ぎ、湖底に平野を生じた。

-火山学的解釈-

 火山活動ではなさそうですが、何らかの地質現象を伝えているものかも知れません。この物語りのとおりではないにせよ、湖が埋積するような山崩れなどがあったかもしれません。


参考文献 大分の伝説 梅木秀徳・辺見じゅん 日本の伝説49 角川書店

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