非おすすめ本です。そのものずばりのタイトルの本を、とんでもない著者が出して
くれたものです。精神科医を兼業するこの“問題山積”のモノ書きは、ADHDの子ども
をもつ親の感情を、今までどれだけ逆撫でしてきたことか。たとえば:
「『注意欠陥/多動性障害』とは、集中力がなく多動(教室などで授業中座っていな
ければならないようなときでも、じっとしていられない、など)で、衝動的・攻撃的
ということです。」(『「自己チュー」人間の時代』双葉文庫、p.19)
↑ADHDを一般論的に解説する文脈の中で書かれているのですが、専門家ならずとも
ADHDのことを知っている人なら、特徴をあげろと言われれば、注意集中の困難・衝動
性・多動の3点をあげるはずです。 ICDの「多動性障害」も DSMの「注意欠陥/多動
性障害」も診断基準に攻撃的ということはあげていません。
「『注意欠陥/多動性障害』の場合、集中力に欠け落ち着きがなく、攻撃的です。そ
こで、女子に対する性的ないたずらや万引き、盗みなど、いろいろな小さな悪事を重
ねます。先ほど『行為障害』の基準をあげたように、そうしたことが慢性化すれば、
当然、『行為障害』になります。ですから、『注意欠陥/多動性障害』は、イコール
『行為障害』ということになるのです。/それでは、逆に『行為障害』がすべて『注
意欠陥/多動性障害』になるのかというと、『行為障害』の要件を満たしていても、
集中力に問題がなく、多動でもない場合もあるのです。ですから、『行為障害』のな
かに『注意欠陥/多動性障害』は包含されてしまいますが、『行為障害』には、『注
意欠陥/多動性障害』からはみ出るものがあるということになります。/そして、一
般に『反社会性人格障害』は、学童期には『注意欠陥/多動性障害』という形で出て
きます。いま説明したように、『注意欠陥/多動性障害』は『行為障害』と重なり、
十八歳以上になると『反社会性人格障害』になるケースが多いのです。」(『「自己
チュー」人間の時代』双葉文庫、p.20−21)
↑ADHDイコール行為障害? あいた口がふさがりませんが、この著者に診てもらう
と、とんでもないレッテルを貼られそうです。行為障害とADHDを包含関係でとらえる
というのは、どの診断基準にもないことで、この著者の思いつきにすぎません。一般
に反社会性人格障害は学童期には注意欠陥/多動性障害という形で出てくる、なども
著者の勝手な思い込みにすぎず、それを示す調査もデータもありません。
「『注意欠陥/多動性障害』の人たちは、それがはっきりする前というのは異様に長
く泣くという報告も多いのです。」(『「自己チュー」人間の時代』双葉文庫、p.22)
↑そんなに報告が多いのなら、それらのいくつかをご教示いただきたいものです。
(神戸事件をとりあげて)「報道された記事から見る限りでは、彼の行動は多動より
も暴力性と集中力の欠如が目立つようになっています。(中略)専門医なら、少年の
行動に多動はないものの、残虐性、暴力性が顕著であり、そして、集中力がないとい
うので『注意欠陥/多動性障害』と診断したはずでしょう。」(『「自己チュー」人
間の時代』双葉文庫、p.22)
↑マスコミ報道を鵜呑みにする愚。顕著な残虐性、暴力性、集中力のなさからADHD
と診断する愚。専門医ならそうしたはずとのたまう愚。ついでに、こんなことを言わ
せっぱなしにしている著者と同業の専門家の無責任。
「しかし『注意欠陥/多動性障害』となると、ただ落ち着きがないというのではあり
ません。非常に暴力的で、ナイフを持ち歩いて、ちらつかせて脅かす。(中略)時に
は、授業中にいきなり隣の子供をナイフで刺したりするといったこともします。」
(『「自己チュー」人間の時代』双葉文庫、p.23)
↑この著者はどういうわけか、ADHDの特徴として攻撃的・暴力的であることを、繰
り返し強調してきました。自著の中で、行為障害などについては DSMの診断基準を引
用しても、ADHDについてだけは、これもどういうわけか、診断基準を載せてきません
でした。著者はADHDの診断基準に攻撃性や暴力性がないことを知っていて、なおかつ
神戸事件とADHDを強引に結びつけるために、こうした方便が必要だったのだ、という
推測が可能です。もしそうなら、そうまでして神戸事件とADHDを結びつけたがるのは
なぜでしょう。著者の口から語ってほしいものです。
(神戸事件をとりあげて)「これは既に述べた注意欠陥/多動性障害(ADHD)で
あり、縮小脳症とも言われているものである。」(『人はなぜ、心を病むのか』成美
文庫、p.237 )
↑縮小脳症? 文献を提示してこの怪文を解説してほしい。
(神戸事件をとりあげて)「(前略)生物学的な要因では、ADHD(注意欠陥多動
性障害)が小学三年生から見られたそうです。/次に考えられるものは、心理学的要
因です。この一四歳の少年は、幼稚園のころから怒り出すと自分でもわけがわからな
くなり、相手をめった打ちにしていたことや、なんら不安げな様子もなく、ときに半
ば朦朧状態になって人に暴力を加えていたこと、小動物を虐待していたことなどが報
告されています。/これはADHDの症状であり、同時にこうした傾向は、「行為障
害」の典型です。」(『危ない少年』講談社、p.56)
↑この著者の頭はよほど朦朧としているようで、ここでも行為障害とADHDを区別で
きずにいます。しかもこの著者は、少年を診たわけでなく、伝聞を検証することもせ
ず、典型と決めつけています。
(神戸事件をとりあげて)「さらに少年Aには、『注意欠陥/多動障害(ADHD)』
の形跡があります。この障害は、注意力が散漫で、それでいて多動であり、さらに非
常に攻撃心が強いという三つの特徴があります。睡眠が少なく、大泣きすることが多
いという報告もあります。」(『「子供がいちばん」はやめなさい』海竜社、 p.160
−161 )
↑攻撃心が強いことをひたすら強調することが世の中を毒している点については、
あとで触れます。
「少年Aによる連続殺人は、このADHDと性的サディズムが合流して起こっている
という感じがします。小学三年生くらいでADHD、小学五年生くらいで性的サディ
ズムが発生し、このあたりでもうサイコパシー(精神病、精神異常)の性格を揃えて
きています。凶悪で、残酷で、哀れみの気持ちがなく、しかも一見魅力的に見せるの
がうまくて人を騙したり、操作することにたけています。(中略)中学一年生で同級
生へ暴力をふるったりするのも、サイコパシーのひとつの現れです。」(『「子供が
いちばん」はやめなさい』海竜社、p.161 )
↑ここに描かれているのは、町沢静夫の中の少年Aであり、実際の少年Aとは関係
がありません。たとえ実際にこのとおりであったとしても、それはたまたま一致した
だけの話です。重要なのは、この著者の語りの本質が、事実を検証せずに伝聞と想像
で作りあげた勝手なイメージを事実のように語る点にある、ということです。
「ADHDに対する知識がないため、神戸の少年Aが小学三年生で軽いノイローゼと
誤診された当時、すでにアメリカの精神医学界はADHDに関して簡単に診断できる
段階に達していました。/データによると、アメリカでは学童期にある子供の約一〇
パーセントにADHDが発現しています。日本での発現率は一〜二パーセントです。」
(『「子供がいちばん」はやめなさい』海竜社、p.167 )
↑簡単に診断できないから、いまでもアメリカで診断をめぐる論文が書かれ続けて
いるのではないかしら。発現率のデータも、種々の報告があります。
「その原因に関して(中略)支配的な意見としては、大脳辺縁系の側頭葉に微小な傷
があるというもので、妊娠中や出産時の障害が影響していると見られています。(中
略)一般的には生物学的障害に加え、心理的要素も原因と言われています。」
(『「子供がいちばん」はやめなさい』海竜社、 p.167−168 )
↑いくつかの仮説とそれらを裏付ける調査や研究はありますが、支配的な意見が存
在する、と考える専門家はいないのでは? ましてや微小な傷→MBD を今ごろ持ちだ
してくるとは。
「ADHDの治療薬としては、リタリンが効果があると言われていますが、(中略)
私の経験では日本人には五パーセント程度しか効きません。むしろハロペリドールと
いう抗精神病薬やテグレトールという抗てんかん剤のほうが効果があります。」
(『「子供がいちばん」はやめなさい』海竜社、 p.168)
↑著者の経験というけれど、ADHDとほんとうに診断できるケースで使っての数値な
のだろうか。そもそもこの著者はADHDの診断能力があるかどうかもあやしい。すなわ
ち:
「ここで私が扱ったADHDの子供の例を見ておきましょう。(中略)一人は暴力が
ひどい(中略)教室で暴れる(中略)クラスメートを見かけると殴ったり、ケンカを
吹っかけたり(中略)もう一人も(中略)外で仲間を集め、盗み、放火などやり放題
(中略)この例でわかるのは、ビルばかりで緑が少なく、動物もいないような都市環
境というものは、ADHDの子供にとってはきわめて好ましくない環境だと言えます
。」(『「子供がいちばん」はやめなさい』海竜社、 p.169−170 )
↑なるほど、5パーセント程度にしか効かないわけだ。
枚挙にいとまがない、とはこのことです。文庫本は、数年前に単行本として出した
ものをほとんどそのままタイトルを変えて出しなおしただけです。用語も一定せず、
サイコパシーなどは語源的検討もおこなわず、神戸事件については冤罪説が強く主張
されていることなど知ってか知らずかまったく無視して、この著者の言い回しを借用
すれば、ウソ八百を書き散らし垂れ流し続けている“感じがします”。
事実関係を叙述しているのか、それも定説の記載なのか仮説の紹介なのか、自分の
意見を披瀝しているのか、他人の見解を引用しているのか、文章表現の基本が無視さ
れているので、読むほうは混乱します。ADHDイコール行為障害だの縮小脳症だの、こ
ういうのを、アタマの中がグチャグチャ、と言う以外、どう形容したらいいでしょう。
こうした“前科”を積み重ねてきた人の書いた本ですから、内容は推して知るべし、
批評にあたいするものはありません。われわれ親がよく読んでいる程度の文献を寄せ
集めただけの“形跡があり”、それらを語彙選択も文法もあやしい貧弱な作文に仕立
てなおしただけの“感じがします”。今度の本でADHDについては初めてDSM の診断基
準を自著にかかげ、ほかでもDSM に言及していますが、どうせDSM を引くなら、2000
年に改訂された最新版に触れてほしいものです。行為障害の下位分類など、少し変更
されているのですから。
この本から1か所だけ引用すると:
「アメリカでは朝、リタリンの有効量を投与するだけで他に薬は与えないようである。
日本では朝二錠、昼一錠といったように分割して投与することが多くみられるもので
ある。アメリカ流に朝一回で投与をやめられることは、子どもにとって一番望ましい
ことと考えられる。」(p.76)
↑アメリカの学校ではスクールナースが薬を管理し、子どもたちはスクールナース
から薬を渡されて飲んでいることを、この著者は知らないのだろうか。また、1回の
投与云々は、徐放性製剤がアメリカにはあって日本にはないことを、この著者が知ら
ないことを示しているのかもしれません。
リタリンについて「その薬の意味、つまり覚醒剤であること」という表現もみられ
ます(p.77)。
この著者は、『現代用語の基礎知識』2001年版(自由国民社)の「特集」中の「こ
ころと社会」の項を執筆しており( p.176−186 )、この中でADHDについて、上に引
用したのとほぼ同内容のことを書いています( p.186)。この「こころと社会」はほ
かにも問題を指摘できますが、大部数が発行されマスコミ関係者やプロの書き手も参
照するこのような情報源で、あやまった情報を流され、誤解と偏見を生むような表現
をされると、社会に与える害毒の大きさはたいへんなものだと思います。われわれは
何かにつけ、活字を権威としてありがたがる傾向があるのですから、なおさらです。
2000年に「毎日教育メール」が、ADHDについて、成人してから凶悪犯罪を犯す可能
性が高い、どう対応しても悪化する者がいる、日本でADHDが問題にならないのは注意
欠陥障害児の親たちに差別だ誤解だと反論されるのが怖いからだ、などとする匿名の
医師の投書を載せ、読者から強い反論が寄せられたことがあります。この医師の言っ
ていることは、親の態度の述べ方を含めて町沢静夫の書いていることとかなりの部分
重なります。医療の専門家にも害毒が及んでいるのかもしれません。
この本の出版に万にひとつも意味があるとすれば、それは、この著者自身が、本書
執筆のために遅れ馳せながら多少の勉強をしたかも知れない“形跡がある”点です。
この本にいたって、ADHDの3大特徴の中に攻撃性を含めることをやめ、 DSMの診断基
準もはじめて掲載しました。行為障害は合併障害として扱われています。この本が出
たあとに書かれた文章では、殊勝にも DSMの下位分類まで解説しています(「女性セ
ブン」2002年第18号)。新知識を披瀝したくてしかたがないのかもしれません。進歩
はしないよりしたほうがいいでしょう。しかし、それで覆水が盆に返るわけではあり
ません。
この本の版元自身による宣伝文は:
「最近の未成年者の犯罪で注目されているADHDについて、90年代以後の内外の研
究成果をもとにADHDとは何かにせまる。そして、この病気にいかに対処するか指
針を示してくれる。」
です( http://www.surugadai-shuppansha.co.jp/shinkan.html#Anchor325955 )。
このコピーこそ“犯罪”的ではないでしょうか。だいたい、自社出版物の著者名をま
ちがえて掲げているなんて、信じられません。この著者にしてこの版元あり、でした
か。上記の文章は、ほぼ同文を版元と監修者にも抗議文をそえて送りましたが、そん
なことをしても意味がないレベルかもしれません。それにしても、監修の先生がたも、
出版社の編集部員も、この原稿を受け取って、どんな感想をいだいたのか、聞いてみ
たいものです。
(Black Ice)
『ADHD(注意欠陥/多動性障害)』21世紀カウンセリング叢書,
町沢静夫, 駿河台出版社, 2002年, B6判, 210頁, \1600, ISBN4-411-00344-9.
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