くだらない本のワースト2といえば、株式投資の指南書と勉強術の指南書でしょう。
書いてあることが本当なら、皆が億万長者であり、誰もが東大生です。書いた人間だ
けが印税で儲かる、あるいは書いた人間がもともと東大出身者という、これら馬鹿げ
た本の書き手のひとりが、医学博士・精神科医を名乗る和田秀樹です。この人の職業
は、いまや売文業だと思うのですが。
和田秀樹が発達障害のある子どもの親にとって迷惑なのは、発達障害とくにADH
Dについて、以前からいいかげんなことを言っているからです。すでに1999年に、小
学館の週刊誌「女性セブン」第28号にADHDについて書いた雑文が親や関係者の反
発を買い、猛烈な抗議を受けたことがあるのに、全然懲りておらず(当時の抗議の一
端についてはここを参照)、この本でも同じことを繰り返しています。本書から引用
します。
|こうした集中力が足りないタイプを医学では「注意欠陥多動障害」とか「ADHD」
|と呼ばれていますが、アメリカでそれについての精神科の診断基準を用いた調査で
|は、多いもので人口の二〇%近くがその診断基準にあてはまったとされています。
|かつては、それがせいぜい三〜五%といわれていました。
| ところで、このADHDは、最近の研究では遺伝的な要素が強いということが判
|明しつつあります。落ち着きがなくて、いつもそわそわしている。じーっと座って
|いられない。こういうとどなたにも身に覚えがありそうな症状で、いかにもストレ
|ス過剰でせわしない現代社会を象徴しているようですが、さまざまな調査で遺伝的
|な要因が強いとわかったのです。
| しかし、こうしたタイプの方、特にお子さんの場合は、遺伝的なものと放置して
|おいても結果はよくありません。実際、こうした子どもも、昔みたいな厳格な教育
|を受けていた時代には、三%ほどしかいなかったのですから。この症状が遺伝性で
|生まれつきのものだったにしても、昔風の教育のほうが人を落ち着きのあるタイプ
|にする可能性があるわけです。
| 昔風の教育といっても、誤解しないでほしいのは、命令ではなく適切に導くこと
|です。その点は昔の教育は優れていたようです。
| たとえば、最近の精神医学で盛んになりつつある「行動療法」の手法では、じー
|っとしている時間が長くなったら褒めてあげるとか、ちゃんとできなかったらきっ
|ちりと叱るという方法をとります。
| このやり方で、八割以上の人が改善したというデータもあります。導く側に首尾
|一貫した姿勢が求められます。この方法を子どものときにキチンとすれば、成長の
|プロセスのなかで、自然に治ってしまうというわけです。(p.39-41)
ADHDは遺伝的なものだが、それをもつ子どもが増えているのは昔風の教育がす
たれたからで、昔の教育と同じ役割をはたす行動療法を早期からやれば、ADHDは
自然に治ってしまう−−自然に治るなら行動療法はいらないではないか、とも思いま
すが、てにをはの破綻にも目をつぶって要約すれば、和田秀樹の言っているのは、こ
ういうことです。
しかし、診断基準を満たす子どもの数がほんとうに増えているのかどうか。実際の
調査結果はまちまちです。調査方法が異なれば得られる数値は違いますし、ADHD
への世間や専門家の関心が高まれば、それだけで、そうと診断される子どもの数は増
えます。
また、ADHDの子どもが増えているとしても、増えているのはADHDだけでは
なく、自閉症も疫学調査のたびに年々増えています。社会学的視点をもつ人間なら、
これらの増加に社会学的理由をさぐるでしょうけれど、この著者には社会学の素養は
ないのかもしれません。
問題なのは、和田秀樹の言っていることは科学的、統計学的に証明された事実では
ないということです。昔風の教育をほどこしたグループと今風の教育をほどこしたグ
ループを比較対照してADHDの出現率を調べた、などという調査はありません。だ
から「昔の教育は優れていたようです」と推測しか語れないわけです。
そもそも「昔みたいな厳格な教育」とは、具体的にはどの国のどの時代のどの公教
育の制度のことを言っているのでしょうか。それとも私教育やしつけのことを言って
いるのでしょうか。「昔」も「厳格」も「教育」も説明なしで使われているので、何
を言っているのか見当のつけようがありません。このような作文術を使えば、「和田
秀樹みたいなチャランポランなアタマ」とか、いくらでも文が作れます。
この著者は、子どもの障害が遺伝的だった場合親は放置する、とでも思っているの
でしょうか。「遺伝的なものと放置しておいても結果はよくありません」と言うけれ
ど、放置する親がどこにいますか。障害が遺伝的であろうとなかろうと、まともな親
なら、わが子のためにいろいろと手を尽くしていますよ。
行動療法は、子どもが小さいうちからプログラムをきちんと実行することが大事、
と強調されている方法です。しかし、行動療法は、犬のしつけと同じじゃないか、と
日本では受け入れられにくいうえ、プログラムをきちんと実行するのが何かとむずか
しいのが実態ではありませんか? きちんと実行しにくいのは、親がだらしがないか
らだけではありません。たとえば、学校で教師の理解を得るのはむずかしい、という
感想に親なら同意するでしょう。デパートなどでタイムアウトをやれば、その親は虐
待のそしりを受けるかもしれません。導く側に首尾一貫した姿勢が求められると同時
に、世の中も、その首尾一貫を理解し支える姿勢が求められるのです。親が行動療法
をやりやすいように、この著者は世の中にどんなはたらきかけを具体的にしてくれて
いると言うのでしょう。
行動療法を「子どものときにキチンとすれば、成長のプロセスのなかで、自然に治
ってしまう」などは、世間知らずが垂れる能書きにすぎません。親たちに必要なのは、
この手の本にまどわされない賢明さではないでしょうか。
(Black Ice)
『この差はなにか? 勉強のできる人できない人』
和田秀樹著, 中経出版, 2002年, 四六判, 223頁, \1200, ISBN4-8061-1590-8.
【目次抄】前編 勉強ができる?できない?分かれ道は…タイプ別対応法
中編 勉強誤解・曲解・早とちりを質そう
後編 年齢で追う…勉強指南
完結編 勉強ができる人になるために…
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